老人と婚約
「それで、なぜここにいるのかね?ジャック・バンサ君」
浮かれきっていた私は彼女がどこへ行くのかもすっぽ抜けてサッチ・リッパー男爵の執務室で鉢合わせることになった。恋は盲目と言うが、父すら好きにせよと投げやりな扱いをする私は何も考えなくてもいいとは言え流石にアホだったと思う。
「挨拶がしたいんですって」
「先程済ませたが、何か王子のことで報告することでもあるのかな?」
威圧されながら言っても王子のことで報告することもなく、ただ先程あったメイドと結婚したいので言われるがまま付いてきただけだった。
圧に屈した私はなるべく堂々と見えるように胸を張った。
「この人と結婚させていただきたいのです!」
「は?」
「この人と結婚させていただきたいのです!正式なご挨拶は後ほどですが、まず上司であるリッパー男爵にご報告をと!」
「ジェーン、コイツ……なにを言ってるんだ?」
「フフフフ……」
この時点でおかしな空気を感じ、もしや男爵の愛人かと思い血の気が引いたのも懐かしい。ジェーンと気さくに呼んでいるのも私にそれを疑わせたのだ。
「私が必ず幸せにします、貴族としては私は無能だと思います!私は文才もなければ博才もありません!おおよそ貴族として必要な能力は兼ね備えていないと思います!しかし、必ず部下の彼女を幸せにします!お願いいたします!力仕事でも何でもします!お願いいたします!何卒!何卒!」
「それを決めるのはバンサ伯爵であろう?」
「父は私に興味はないので事後報告でも大丈夫です!何卒婚姻許可を!この後は彼女のお父様に許可を取りに行きます」
「…………ん?」
「フフ……フフフフ……」
「おい、ジェーン……。お前はなんと言ったんだ?」
「ここのメイドで平民だからと言ったら問題ないから結婚したい、お父様にご挨拶したいと言うので連れてきただけですよ」
「…………ジャック・バンサ伯爵子息、彼女は私の娘だ。勘違いするなよ?ここでの肩書が平民のメイドでちゃんと貴族席もある。リッパー家だからわかるだろう?もし隠し子がいるなんて吹きまわったらバンサ伯爵に金を詰んでもお前を殺すからな?」
頭が真っ白になった。リッパー家は王国の要の一つだ、職務の大きさから男爵家に甘んじてるに過ぎない。兄ならまだしも私では婚姻の芽はないだろう。
「とにかく、帰れ。娘相手にそう言いきった根性は買ってやるがな……」
私はとぼとぼと王城をあたおして父の元へ駆け込んだ。
「は?なんと言った?」
「リッパー男爵家の、ジェーン嬢と婚姻を結びたいのです!結婚したいのです!」
「お前貴族の結婚が何かわかっているのか?借金を返してもらうために結婚するわけではないのだぞ?いや、金目当てでリッパー家がお前なぞ選ぶわけ無いだろう。そもそもただでさえジャックがライエン侯爵家の婿になったのにお前がリッパー家の婿になったらバランスが崩れるではないか」
「借金は全て返しました!私の婚姻には口を出さなかったではないですか!私はあの人を愛してしまったのです!一目惚れです、お願いいsマス!他には望みません!何卒婚姻を!お願いいたします」
「本当に貴族としてお前は無能だよ。理由は気にいったがな」
父上は母上にしか興味がなかった。母上こそが全てでそれ以外は仕方ないからするものとしか思っていないくらいでそこをうまく利用していたのが兄上と姉上だった。
母上は子供には優しかったが流石に私の放蕩具合には手を焼き顔も見せなくなっていた。
「お前の婚姻は義妹に聞け、そもそもお前が頼んだのではないのか?」
どうやら借金の返済のことと言い伯母上は父上には色々伏せていたらしい、その上で婚姻は私が頼んだことにしたらしい。借金を理由に駒を手に入れたというのはいくら見放された放蕩息子とは言え流石に問題んだからよほどの相手でなければ黙っておけということだったのだろう。
私は流石に殺されるかも知れないと思いながら、それでも一縷の望みを書けてライエン侯爵家へ向かった。
「それで?何のようなの?借金はちゃんと返したみたいね偉いわよ。ブタン子爵夫人の婿入りは辞めてあげるわ」
「そ、そのことですが……」
「え?ブタン子爵夫人のもとに行きたいの!?」
さしもの伯母上も驚いて椅子から立ち上がっていた、この日はドレスだったがお構い無しで足を上げて立ち上がっていた。
「流石に考え直しなさい?」
「い、いえ……実は好きな人が出来たので口添えをと」
「………………は?」
困惑と焦燥とほんの少しの狼狽から間をおいて導き出されたのは怒りだった。
「なにを言ってるの!貴方これがどういうことかわかるの!貴族として最低限のやり取りすらわからないってこと!?流石に、あなたそれは私も困るわ!貴族籍を抜いて叩き出すしか無くなるわよ!」
「え、貴族籍は残る予定なのですか」
「えっ……オズワルドは、何も、説明してないの?」
「はい、母上もしばらく顔も合わせていませんし……」
「オズワルドはマリーナ以外は本当に……。いい?貴方の婚約候補はベガ子爵家キャステット子爵家、イタ伯爵家から選ぶ予定よ。そもそもどこの誰に惚れたの?まったく変なところだけ父親に似て……」
「ジェーンです!ジェーン・リッパー男爵令嬢です!」
「はぁ?……はぁ!?貴方正気?正気じゃないわね、思うのは構わないけど口に出したら……」
「結婚していただきたいと頼んで父親に合わせてほしいと言ったらサッチ・リッパー男爵の執務室に通されたのでその場で婚姻をお願いしました!」
嘘は言ってない、ただそのときは父親だと知らなかったという事実を伏せただけだ。
私をぶん殴った後、伯母上はどこかへ行ってしまった。
ただ、起きた際には話はまとまっており、私はリッパー男爵家を継ぐか死ぬかということになっていた。
オズワルド「愛は何事にも回る原動力だからな」
マリーナ「そうですわね」
グウィネス「同感だけど限度があると思いませんこと?」
オドニー「姉上は理解を示すのですね、私には理解できませんね」




