ジョンの失策
短刀を受け取り辞去し、王城の廊下を歩く。
誰もいない、少なくとももう少し前だったら誰かいた。
私がまだ侯爵子息だった頃には。
そもそも王宮だったはずなのだ。
王家の私的スペースであったはずなのだ。
それが気がついたら……こうなっていた。
国王陛下は見せしめのようにしているがおそらくポーズ以外の何物でもないのだろう。
事実公爵家に対しては何もしていないに等しい。
公爵家は王子に手を出せないと思っているのかも知れないが、もしこれがフリードリヒ殿下であったら先代国王陛下のように暗殺されているのではないでしょうか……。
おそらくどう動くかわかるし、動いたところで対処できるから泳がされているだけなのでしょう。
少なくとも前よりは遥かによいので裏はかけるかも知れませんが……。
そうなると行動を早めるしかないですね。
公爵家が王子の変貌に気がつく前に。
あの策ならば少なくとも今よりは戦えるだろう。
おそらくだが……。
悟られてもよい、蛮族連中に金でもなんでも詰んで動かせばどうになるだろう。
公爵家が蛮族を下していくのは他の蛮族にとっても脅威のはずだ。
公爵家としてもそれを察知したら備えねばならない、ライヒベルク公爵もエリーゼ嬢も公爵領にいないのであればキサルピナ騎士長が指揮を取るはず。
キサルピナ騎士長。
騎士としては非の打ち所がない。
だが領軍の指揮はどうだろうか?大軍の指揮は経験はしていないはずだ、あったとしても今年が始まってからのはずだ。
キサルピナ騎士長が公爵領に行ったのはエリーゼ嬢の入学を見届けてから、あるいはその前後だろう。
たかだか数ヶ月でそのようなことをしているとは思えないし、公爵家の領軍が大きく動くことはなかった。
それはマルスン子息の……他に国境に飛ばされた人間の証言で確かだ。
正直あのマルスン子息の証言だけだと全く信用できないからそれは助かったが。
あの方は在学中は長期休暇以外ではたしか帰っていなかったと思う。
キサルピナ騎士長は平民、貴族からも人気が高かったからな。
特にご婦人方はそう……帰るときは毎年騒ぎになっていた事を覚えている。
母ですら嘆いていた。
長期休暇中にその手の大会が開かれなくなったのはキサルピナ騎士長、当時は騎士だったかもわからないのだが、あの方がいない大会での優勝にはなんの意味もないという声があったからなんて噂もある。
実際どうだったのかまではわからない、大会が終わった後で帰っていたのかも知れないし……。
私はあまり武術に興味がなかったからな。
その点を考えるとまさか領軍全体の指揮になれてるわけもないだろうし、蛮族をなんとかできたとしてもロバツは無理だろう。
いや?逆かな?ロバツをなんとか出来ても蛮族の波状攻撃はしのげないだろう。
騎士長たるもの軍の指揮はいくらでもできると凄まじい指揮官の才能がある可能性も否定はできないが。
全くの無傷で公爵家が勝つようなことがあったらそれはもうどうにもならない、お手上げだ。
流石に公爵家……エリーゼ嬢に頭を垂れることを具申したほうがよい。
そのような状況になれば流石に……諦めてくれるだろう。
いや、諦めるしかないと気がついて頂けるだろう。
できることなら王子には今のような精神状態で学院でお会いしたかったですね。
エリーゼ嬢に頭を垂れれば……。
婚約破棄を行う理由は王子が頑なで公爵家の反発が強いからだろう。
公爵家のほうが完全に上に立ってしまえば流石に諦めるはずだ。
ララ?を側室にすることを認める代わりにララとの子どもの継承権を放棄しておけば、その一点で交渉すれば婚約は残しておくだろう。
たかだか数年後に婚姻して子どもさえ作れば安泰なのだ。
なんとかこれは飲ませなければならない。
それくらいは元貴族として働いてもいいでしょう。
それにしても本当に惜しい、なぜ……フリードリヒ殿下が無くなる前からせめてこのくらいであればもう少しついてくる人もいたでしょうに。
この1年の苦境が成長を促したのでしたら遅いとしかいえませんが……。
それにしても誰もいない。
今日は何かあったのだろうか?
前に来たときはもう少しメイドや女中がいたが、まさかこの一帯から退避させているのか?
あの感じだと傍若無人に振る舞って人を遠ざけている可能性もあるが、他の使用人すら控えていないところを見ると違うかも知れませんね。
誰もいない廊下を抜けるとメイドが横を通った。
おや、ようやく人を見ましたね。
メイドはこちらに気がつくとすっと礼をした。
ふむ、なぜこんなところに?王子の部屋ではないですね。
この向こうは確か……貴賓室でしたかね?
王子が言うにはこの辺一帯の使用が止められてるはずですが?
事実上幽閉されていますからね、この廊下のあたりのことだけかも知れませんが。
いや?王子の近くの貴賓室なんて使いたいですかね?
そもそもあの王子ですよ?接して変わった感じはしますけど接してない人間はわざわざ……。
メイドの顔を見ると当たり前ですが覚えはない。
そもそも覚えようとしてたこともないですしね。
わざわざ危険だと言い含められてそうなこの辺をメイドが来るなんて。
王子が幽閉を聞き入れるような人物だと思っているとは思えませんし、なんなら国王陛下自体は公爵家から身を守るために幽閉してるとすら思ってると思いますが。
ん?いや、このメイドどこか見たような気が……。
この特徴的な礼の仕方、どこかで……。
この重いものが入っているかのような裾のつまみ方……。
あれは確か、どこかの夜会についていった際に……。
エリザベスに挨拶をして……。
………………あっ!
クラウディア嬢だ!
気がついた私は逃げようととっさに動いた。
なぜ学院の登校日に彼女がここにいるのか?王子の護衛?ありえない!
エリーゼ嬢に食い込んでいるのならそのようなことは家の人間にでも任せて学院で近くにいた方が良い!
休んだことで疑われるし、もし公爵家の密偵か何かが……あるいは公爵派の人間に把握されていたら、メイドや女中が知らない人間がいたと話に登り、休んでいたクラウディア嬢に似ていたとなったら!
令嬢のほうが王子の護衛などでそのような危険を犯す理由がない!
つまりエリーゼ嬢も認めている、家がそうでも娘が王家寄りであるとは限らない!
なにせ貞操の危機すらあるのだから!
「勘がいいっすね、2日連続で嫌になるっす」
何かが脚にぶつかり、よろけた私は蹴りをくらい、首を片手でしめられながらクラウディア嬢に語られる。
「一応泳がせておこうと思ったんすけどね、仕方ないっすね。あーあ、国境にいるって報告したのに……。まぁいいっすね、こうしてノコノコおびき出されてきたし」
遠のく意識の中で私は恐怖だけを感じていた。
クラウ「ジョンが王都へ?侯爵との話も付いてるし気にしなくてもいいでしょ」
クラウ「王城に来てる?まぁ今日エリーが王太女になったらどうにもならないしいでしょ」
クラウ「(鉢合わせちゃった……)」
クラウ「なんで気が付かれたんすかね?もしかしてベスじゃなくて私のことが好きだったとか?」
クラウ「うーん、興味ないし論外っすね……」




