平民ジョン
「動けるのは貴様だけか?」
「はい、ポート伯爵子息はすでに辺境へ。私は入れ違いで王都に帰還したので……」
「前近衛騎士団長の子息は!?」
「あれは……口だけで役に立ちません」
「ふんっ!」
泥舟ですね。
完全に失敗でした、公爵家への対抗として近寄るには王子は愚かすぎた。
悪知恵だけ働くし、王族としては態度と性格が悪いだけで能力はあると思っていましたけどね。
元はといえば北方組合を解体した公爵家が悪い。
北方組合は財務省と……財務官僚と関係が深かった、公爵家から処断された時点で財務省に波及することは目に見えていた。
なぜ唐突に公爵家が財務省を敵に回したのかはわからなかったが。
王子と馬鹿な騒動を起こして私の籍が抜かれた際に父が私を罵るさまを見て失敗を悟った。
ついでに言うのならあっさり私も見捨てた様に失望した。
公爵家は北方組合を完全な支配下においていなかったのだ。
自由にさせておいて、とうとう羽目を外したから全員処分した。
公爵家から爵位を与えられたような貴族ですら私腹を肥やしていた、あの公爵家がそのようなミスをするとは私も考えていなかった。
結果を見れば爵位すら担保にして金を借りたり、事実上爵位を預けたような形になってる貴族が次々と殺され、ライヒベルク公爵令嬢エリーゼが多くの爵位を手にして影響力を発揮した。
この状態で公爵家につばを吐くほど愚かな貴族が周辺にいたとまではわからなかった。
ただでさえ手に負えない化け物が爵位という外でも戦える武器を振り回した。
事が起こる前でも子爵位くらいは持っていたのかも知れないが、本人が関心を持っていないから全くわからなかった。
結果的に公爵領や周辺北方貴族はほとんどが消え去り、発哺組合と関係があまりなかった一部貴族が残るだけだった。
親族すら手にかけたのだから公爵家も相当頭にきていたのだろう。
つまり、私は静観しておけば北方組合は公爵家と関係が深いからこその連携であったと言い訳できたのに行動を起こしたことで北方組合をそそのかし、公爵家の財産を掠め取り政争を仕掛けたことになった。
間違いではない。
北方組合の粛清だけなら行動に起こすのは間違いではなかった、公爵家が財務省との関係を知らなかったことがなければ。
北方組合は数年間莫大な利益を上げて勝手に新しい庇護下を探していたのだ。
公爵家どころか、貧乏な男爵家であっても実力行使《粛清》を行うであろう。
それに水を差すどころか無茶苦茶な横槍を入れたのが財務大臣の息子で、調べてみれば新たな庇護先候補として金をばらまいていたのだ。
父の失脚と同時に関係深い官僚も貴族も北方組合が公爵家から横領した金の返還を求められ、断った人間は殺害された。
スペンサー司法大臣は就任後捜査を止めさせただろう、あるいは絶対に捕まらないと高をくくって放置したか。
北方組合の粛清は財務省の収賄に関して弱みを握られることになる。
直接知られるより間に北方組合が挟まっていればどうとでも誤魔化しはきくし、うまいとこ責任を有耶無耶にして手打ちにできる。
財務省の狼狽は息子の私から見ても凄まじいものがあった。
だから、動かざるをえなかった。
あの莫大な金銭の動きを気が付かないことはありえない。
そして馬鹿な貴族が周辺にいることにかがつかないタイプでもない。
エリーゼ嬢は間抜けではない、間違いなく自分と関係のない人物を駒として見るタイプだ。
おそらく今日あった人間の顔すら覚えていないし、服装すら忘れるほど興味を持っていない。
名前すら覚えないだろう。
駒がそのような動きをすればすぐわかる、これはつまり……。
北方組合の動かしていた金はエリーゼ嬢にとっては端金程度の価値しかなかった。
そして、周辺貴族は北方組合の粛清と同時に潰したあたりいつでも潰せる程度の存在でしかなかったのでしょう。
だからこそ記録を確認してもこの程度かと完全に流していた。
おそらく思ってる以上に資産を持っていますね。
それほどの莫大な利益を上げているものは何か?
北方組合にも少量蛮族の品が流れていることがあった。
あれは茶葉にしろ加工品にしろそれだけで莫大な利益を上げる、嘘か真か蛮族を見たことがない連中は蛮族をおとぎ話のドワーフの品物と思っているくらいだ。
明らかに王国より精錬された鉄製品が出回ることもあり、それも作りが一流より荒いあたりくすねてきた不良品か一般品なのだろう。
マッセマー商会も蛮族商品を取り扱っているが、あちらは超一流だ。
マッセマーが扱わない品を北方組合に押し付け各省に賄賂を送っているのだと思ってたんですがね。
北方組合の莫大な利益はくすねた蛮族領域の品、あとおそらく毛糸製品でしょう。
販路を見ればそうなる、おそらくエリーゼ嬢に毛糸製品をぼったくりレベルで売っていて露見でもしたのでしょうね。
北方パーティーでは見事なセーターを着ていましたからね。
セーターでパーティーなんて奇妙なものだと思いましたが、ドレスを北では寒いですからね。
それで荒稼ぎして一線を越えた、ギリギリを見極められないバカの末路はああいったものです。
「うまく行けばグリンドの名を戻してやる」
おそらく私もそうなるでしょう。
グリンドの籍に戻せるのは父くらい、公爵家の許しも必要でしょうがね。
おそらくエリーゼ嬢の財力は蛮族領域の品。
それを自由に動かせるということは……。
どこまでかはわからないですが蛮族領域を占領しているのでしょう。
本当に分の悪い戦いです。
ジーナ「財務官僚殺害、問題なし」
デストラン男爵「…………そうですな、酔っ払って喧嘩でもしたのでしょう」




