アンと父
「と、いうわけだ……。王国軍の部隊を率いて王城に向かい、バルカレス男爵令嬢とともに行動せよ」
なるほど、王国軍と騎士団の共同行動か。
圧をかけるのだな、王か愚物が癇癪かなにかを起こした際に。
あくまで実力行使はしないで置くか。
まぁエリーがそれでも蛮族の力を行使する可能性はあると思うが。
「わかりました、父上。一つよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「合流以降の命令はないのですか?」
「ない、自己判断で動け。ただ必ずバルカレス男爵令嬢と相談せよ。歩を合わせよ、いいな?」
「無論です、マーグと肩を並べられるなら誇らしく頼もしい。将来の騎士団長……あるいはもっと上を狙えるのは彼女くらいなものです」
「ほう、ライヒベルク公爵家のキサルピナ騎士長は?」
「公爵領の差配をしてる時点でこれより上はエリーを討つしかないでしょう、そしてそれはありえない」
「魔が差すかもしれんぞ?」
「キサルピナ騎士長よりエリーのほうが強いので不可能でしょう」
「は?」
「キサルピナ騎士長よりエリーのほうが強いので……」
「待て、戦闘指揮とかだろう?」
「実際の切り合いですよ」
「馬鹿な、あり得ない!」
……?
言ってなかったか?
「キサルピナ騎士長の師はエリーですよ?」
「ライヒベルク公爵令嬢は彼女が頭角を現したときにいくつだったと思っている!」
「私と同じ年ですが?」
「それがいくつだ!」
「確か7歳くらいですね、武闘会は見てましたよ」
「計算が狂っているのか?」
「言ったではないですか、10歳の頃に蛮族の族長を下して北部を平定したと」
「それはキサルピナ騎士長だろう!」
「いえ、エリーですが?あとアーデルハイドか。キサルピナ騎士長は軍勢同士の戦い以外では前に出ず平定した周辺への周知をしてたはずですが?」
「そのような報告は聞いてないぞ!?」
「エリーと蛮族と戦ったと伝えたはずですが?」
「その報告を……まとめて報告書にしたのか!」
「家族間では報告書は味気ないと母上が会話報告に切り替えたではないですか」
「あ、あぁっ……!」
言われれば答えたのに。
報告書ならちゃんと出したのに。
「あれは家族間の報告書だとお前がどうでもいいことを書くからだ!」
「どうでもいいとはなんですか!娘の恋愛をなんと心得る!」
「理想の出会いと婚約者像を毎回報告書より分厚く書かれて読ませられる私達の身になれ!」
あの程度で厚い?父上は書類仕事ができない脳筋なのか!?
「だから婚約が決まった後はシチュエーションやデートプランの提案にしたではないですか!ポート伯爵家に出そうとしたら止めてくるからせめてお二人に……一度もかなってないではないですか!私は政略結婚のコマではありません!」
「家のことを考えよ!」
いうに事欠いて家ですと!
「母上だって家のことを考えて父上と結婚したわけじゃないと思いますけど!?政略結婚で相手に文句言わなかったんだからデートプランくらい叶えてくれてもいいじゃないですか!知ってるんですよ!父上のやりたいことを母上が手を回して聞き出して叶えてやってもらってるのを!自分たちはきちんとやって娘の願いを無下にするのですか!」
「えっ?…………限度があるわ!この劇を見たいくらいならまだしも!家に来るのに薔薇100本だとか、相手の服装が王子風はまだいいわ、劇の内容もお前の指定された作品を書かせて女優も指定して貴族がよく使うレストランを貸し切りとか無茶ばかり言うな!あと賢く振る舞うの時点で伯爵子息では不可能ではないか!相手に最初から文句を言ってるようなものだ!合わせたら叩きのめすし、お前は本当になにを考えてるんだ!」
えっ?気がついていなかったの?さすがは母上!
「私は父上と母上のような夫婦になりたいのです!」
「え……?お前には私達がどんな夫婦に見えているのだ……?」
「私は父上のようになりたいのです!」
「……話をすり替えるな!」
「すり替えてません!そして母上のように私の理想の夫にはしてほしいことを先回りして甘い愛を囁いて甘やかしてくれる。母上のような夫が欲しいのです!私は父上を尊敬しています!だからこそ私の理想の男性が!母上のような男性が欲しいのです!」
「いや、ちょっと待て……。私はそうなのか?そう見えるのか?いや、そうなのか……?」
「はい!もちろんです!母上のやり方は勉強になります!ですが私は父上のようになりたいのです!ですので父上のようにどうしたら相手が興味を持ってくれるか!自分を愛してくれるか!どう相手に甘やかしてもらえるかを幼き頃から学んできたのです!」
「…………」
「どう相手に気遣ってもらえるか!父上のやり方はこの年まで生きていても未だに勉強になります!先日も新しい剣を送っていただいたように!」
「…………」
「父上のような男性を目指しているのです!」
「…………」
「尊敬しています!」
「……私の、軍人としての……腕とか、武ではなくか?」
「腕は母上のほうが上ですし、武はエリーやキサルピナ騎士長のほうが上ですし、搦手ならクラウもマーグも上ですし……」
「うん、そうか……」
「はい、そうです」
「そうか……」
なんか父上が落ち込んでしまった。
母上のとのことで照れてるのだろうか?
「もう、よい……」
「はっ!それでは王国軍の指揮所でよろしいですか?それとも軍務省でしょうか?」
「指揮所だ……」
「では失礼します」
リンジー「どうしたの?アンドリュー……?アンからなにか言われたの?」
アンドリュー「いや、なんでもない。娘から憧れていると言われただけさ」
リンジー「そう?(バカ娘、言ったわね?)」
アンドリュー「そうさ」
リンジー「あなたは立派な夫よ、アンからなにを言われたとしても私の素晴らしい夫なの。私の選択で失敗していないと胸を張って言えるのはあなたを選んだことなの、本当よ?」
アンドリュー「そうだといいんだけど」
リンジー「(今日は頑なだな、どこまで言った?あのバカ娘)」




