宰相の諦観
「ふぅ……」
気が重い、気が重いが……やらねばならない。
もはやサミュエル王国は風前の灯。
王家の派閥はないも同然、私の派閥も瓦解している、完全に瓦解する寸前だろう。
ルーデンドルフ侯爵も離れた。
これが痛かった、他の中立派閥も一斉に公爵派閥へ変わった。
いまや中立を維持するのは心の底から無関係そうな人間だけ。
どちらに転んでも残る家、どちらに敵対もしていない家。
前者に関しては果たしてあの公爵令嬢が許すとは思えないが……。
パウエル子爵もおそらく……国王陛下から離れただろう。
モレル伯爵を重用しすぎたからだろう。
先代モレル伯爵を重用し、当代モレル伯爵も変わらず重用している。
そして忠言を聞く耳は持たない。
いくら先代ハーバー陛下から頼まれたと言っても所詮は友人の息子。
しかも目をかけていた方ではなく、問題が多く期待されなかったほうだ。
それでも友人が暗殺された後も支えようとしていたが、次々と死んでいく先代陛下の相談役達。
普通にやめてしまった人間もいる。
相談役ではないにしても側近に数えられていた人間ですら離れていった。
彼も登城はしているもののどこにいるのか。
婦人もよく登城しているのを見るが、別に謁見をすることもない。
どこでなにをしているんだかまったくわからない。
ここまで持たせたしもう良いだろう。
王家の尻拭いは私の手には余る。
もとより宰相の職ですら私の手には……余る。
そして1年で僅かな自信は完全に粉砕された。
最後のとどめを刺したのが支えるべきヴィルヘルム殿下だったとはさすがに思わなかったが……。
ライヒベルク公爵令嬢をこちらに、あるいは味方にできなかったのは私の能力もあるのだろうが、致命的な失敗はどこだったのだろう?
公爵令嬢の乱心で対決姿勢に切り替えた際だろうか?ブランケット侯爵令嬢を推さずに中途半端に静観したことだろうか?娘のキャスが侯爵令嬢と友人になったのを利用しようと働きかけたところを掣肘された際だろうか?
我々にとって最も厄介な軸がライヒベルク公爵令嬢で、その次がブランケット侯爵令嬢だった。
どれだけ陰謀を働きかけても意に介さず、喧嘩別れもせず一緒につるんで問題を起こしていた。
そしてフリードリヒ殿下もあの2人から候補を選ぶ気も全くなさそうだったのがより我々の対応を悩ませた。
そして、私達は気がついた。
フリードリヒ殿下は我々を試しているのだと、次世代について来れるのか?どうやってこの2人を抑え込むか、あるいは動かすかを。
殿下自身ができなかったのにそれをさせようと言うのかと思ったが、社交界で猛威を振るうあの一派はたしかに驚異的だった。
王宮部署の解体。
あれは王子が主導した出来事だったと思う。
公爵と公爵令嬢の暗殺未遂を逆手に取り責任を問わせる形で解体して、王宮部署の職務を掌握し、政務代行を始めた。
あるいは2人に暗殺者をおくったのはフリードリヒ殿下かも知れない。
やりかねん、公爵令嬢も知ったうえで乗っかったのかも知れないが。
他にもあるが主なのはこのへんだろうか?
軍務省、司法省炎上事件。
全く理解ができなかった、なぜ婚約者の筆頭候補たちが一派を使い軍務省・司法省を焼くのか。
なぜブランケット侯爵令嬢は罪に問われず婚約者を内定させたのか。
どうして公爵令嬢は抗議もせず黙って見送ったのか。
もしかしたら公爵令嬢はあの時に完全にこの国自体を捨てる決意をしたのかも知れないが、聞いても答えてはくれまい。
キャスに何度聞いても知らない、ただブランケット侯爵令嬢を婚約者内定にするべく力を入れてほしいと。
わかってはいるがそれで決まるのであればとうの昔に決まるだろうと思ったのもつかの間、あっさりと通ってしまい私ですら拍子抜けしたくらいであった。
おおよそ公爵令嬢に罪をなすりつける機会を淡々と狙っていたのだろう。
大きな貸しだったのか、それとも怒りを買ったのかと不思議であった。
流石に友情とは言えここまでコケにされることをあの公爵令嬢が飲むわけがないのだから。
実際、翌年に王太子の儀に向かう最中……お二方は事故により亡くなった。
私はまっさきに公爵令嬢が報復に出たと思った。
キャスに何度問いただしても公爵令嬢は本気で驚いていたと答え、演技であろうと何度詰問してもあれは演技ではないと意見を変えなかった。
相手は役者だ、二重の意味で。
しかし、本当に事故かどうかをこちらに嗅ぎつけられるほど派手に金を撒いて調べ、振り上げた拳を八つ当たり気味に近衛騎士団にぶつけたのを見ておそらくこれは本当に関わっていないのだと思った。
キャスからは長い付き合いだからどれだけ演技がうまくても取り繕えないレベルの出来事は見抜けるとまで言われた。
私は疑いすぎた。
そのせいで派閥を切り崩され一気にやり返されてしまった。
そしてヴィルヘルム殿下の教育を降ろされあっという間に……。
崩壊させられた。
「お父様?」
キャスの声でハッとする。
珍しい、いつもは少し遅いのに。
「ああ、どうした?早いではないか」
「いつも通りですよ?」
ああ、長々考え込んでしまったか……。
「キャス、今日はエリーゼ公女は?」
「王宮へ向かうはずです。すぐではないでしょうが」
「そうか、それまでどこへ?」
「王宮医師団筆頭医師、リッパー男爵の元です」
「リッパー男爵?どうしてまた……」
そんな危険な場所へ?
「昨日の成果です。お父様にはまだ秘密です」
なるほどな、何らかのキーマンというわけか。
今更なんのキーマンが必要なのかは知らないが……。
フリードリヒ「暗殺者なんて送ったら絶対殺されるし、アーデルハイドも流石に庇ってくれないよ」
エリー「当たり前ですわ、命を狙われたら命を取る。これが正しき世の中。報復なき貴族はカモでしかないですもの」
アーデルハイド「本当にその通りとしか言えないわね」




