ピアとパド
私はツイている。
おそらく人生で最高の運気が舞い降りている。
もしも王都の競馬場で最低人気の馬を単勝で買ってもおそらく勝てるほどの絶大な運気がある。
残念ながら大半は昨日のうちに投資に回してしまったが。
おそらくこれが当たればこの国で一番、いいや、メンツを考えれば良くて3番、悪くて6番くらいの大金持ちになれるだろう。
そう、私はツイている。
全てに勝利したと言わんばかりの絶大な力を感じる。
私は死なない。
そう確信がある。
たとえ王国一の弓の使い手が私の首を狙っても外れるであろう、キサルピナ様が無手の私に斬りかかっても私を絶対に殺せない。
たとえ毒をあおってもその毒はおそらく無毒化されてるか年月が経って弱化してしまっているだろう。
間違いない確信がある。
もはや引越し先さえ決まれば荷物を運び出せる状態ではあるがまだ仕舞っていなかった服を着替える。
昔は侍女たちに手伝ってもらったが今や一人できるくらい大したこともない。
たまにドレスくらいは着たくなる時があるものだ。
本来であれば母の形見であったとは言えども、2年後に合わせて作られた成人用ドレスは少しだけ大きめに作られていた。
生活が変わりすぎて未だにきつくないのは悲しいくらいだが。
ひっそり本来の卒業に合わせて家の中で一人で着替えたのも今は遠い話。
ドレスくらいは一人で着れるものだ。
家が無くなってからはそのような仕事を命じられることもあったから、高位貴族でも跡目を継ぐ可能性がなければ女官をやるものだ。
今や誰もやりたくもない仕事だが。
まぁ、ちょっと背中のファスナー部分には苦戦するが。
これヒモ時代だったら絶対に人はいるわね。
ファスナーに感謝感激ね。
バンサ伯爵家の馬車で仕事に向かう。
もっとも公爵家の護衛の女性も乗り込むので一人ではない。
昨日のうちの呼ばれた女性で部屋の外で寝ずの番をしていたらしい。
もう一人は窓の外にいたらしいが、私は気が付かなかった。
「王城での護衛は別のものが引き継ぎますのでバンサ伯爵におかれましてはご安心を」
「私の護衛はどなたが?」
「見えませんがいます」
そんなことをして大丈夫なのかしら?と思うものの私の反応を見たのか護衛の女性はすかさず。
「この期に及んではご配慮など何意味もございませんので。そもそも我々の配慮を出来ないと王家が侮られたのですからされたところで何の問題があるのでしょう」
「でも、危険じゃないかしら?」
「もしも主が命じれば国王のような愚物の素っ首程度はその日のうちに献上するのですが。いえ、それでは正当性がありませんからね、かといってわかりやすく主が決闘を申し込んでも意味なぞありませんでしょう?」
「ええ、決闘を申し込んで受ける貴族なんてこのご時世ではいないのではないかしら?」
「ええ、臆病な方々です。ですが、頭脳労働をその分なさる方は仕方がりません。私も公爵家で働いて力だけで解決できることは案外そう多くはないのだと思い知りましたから。力にも様々な形があり、見せびらかすことの危険性というものを知りましたから」
そうね、見せびらかすまでもなくてもこうなるのだから。
よくわかる。
「でも、意外でしたわ。公爵閣下が決闘にお強いなんて」
「あら、公爵閣下も決闘にお強かったのですか?」
「え?」
「え?」
「「………………」」
違うの?公爵家から派遣されたんじゃ……。
「ああ、そういうことですか。私の主はエリーゼ・ライヒベルク様ただお一人、我らの光にして母にして救世主」
危ない宗教かな?
「そして我らの中で最も強い」
「護衛より強いのでは護衛の意味はないのでは……?」
素朴な疑問だったと思うが護衛の女性はキョトンとしたようで。
「なぜ私達より弱い方に仕えなければならないのでしょうか?今ならまだしも、あの当時に頭脳などで活躍しただけで認めるほど私達の……村は甘くありません」
「村?公爵領の村ですよね?領主には……」
「いいえ、私の村は公爵領ではありませんでした。主に敗北して村が降ったのです」
村が下る?まさか蛮族?いや、ありえるか……。
公爵領では蛮族も融和しているところもあるというし。
村ではなく蛮族の集落を下したのか、たしかにあの集まりでは……。
ん?決闘?決闘に強いの?
「ちなみにサキルピナ様とエリーではどちらが強いのですか?」
「おそらく私がこの仕事についてから最もくだらない質問だと思いますが……」
「そうですね、自分でもそう思います」
流石にあのキサルピナ様より強いわけがないか。
「無論、主です。キサルピナ様に剣を教えたのは主様ですから」
どうやら図らずも私の選択は完全正解だったようだ。
「では、私は馬車を移動させます。交代は済ませましたので」
「ええ、ありがとうございます」
「外では普通に家人を使うようにしたほうがよろしいかと存じます」
「そうだったわね、ありがとう」
わからないが交代はもう済んでいるらしいわね。
スタスタといつもの場所に向かう。
ドレスを着ているだけで道を開ける人物がいる。どこかの使いだろうか?
「おや、どな……ピアさん?」
「ごきげんよう、パド家令」
「その姿は……」
「バンサ伯爵家当主、ピア・バンサです。これからお世話になるので正式にご挨拶をと参りました」
「な、なぜですか……?」
「当主とも慣れば王城家令であるパド家令への挨拶を……」
「いえ、あなたは当主ではなかったはずです、まだ……」
「ライヒベルク公爵家のエリーゼ様、イデリー伯爵家のキャスリーン様、バルカレス男爵のマーガレット様、アレクサンダー女伯爵家のアン様、アルベマー伯爵家のエリザベス様、スペンサー男爵家のジョージアナ司法大臣閣下、レズリー伯爵家のクラウディア様からあなたがバンサ伯爵であると認められました。マッセマー商会長のローレンス様とシャーリー様も就任を祝いしてくださいました。それではいつものメイド仕事に……」
「いえ、いいえ……今日の仕事はないので待機していてください。私は少し外します」
驚いた、本当に伝えるだけで良かったのね。
護衛もいるでしょうし、多分大丈夫よね。
屋根裏の護衛「誰か襲ってくれば芋づるで捕まえられて楽なんだけどな」




