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黒猫を追う

書いた時期は前回と同じくらいのはず。

三題噺です。

 海香の目の前を黒猫が横切ろうとしていた。

 ある昼のこと、彼女がそこらを散歩していたときのことだ。

 黒猫が横切ると、縁起が悪いとか不幸が起こるとか。黒猫は魔女のしもべだから不吉な存在で、道を遮られるのはよくないと聞いたことがある。

 またそれとは別に、黒猫は幸運を呼ぶ存在だとも言われることもあった。だから自分の前を横切るのは、自分から遠ざかることと等しく、逆に不吉になってしまうのだそうだ。


 ………どっちが正しいのやら。迷信にそもそも正しいも何もないとは思うが、それはそうと海香はちょっと閃いた。

 何にせよ横切られるのがダメなら、猫の後ろについていけばいいのだ。

 今の海香はめちゃくちゃ暇だったし、あと猫も好きだったし、猫にちょっといじわるするのも好きだったから、そうしてみようと思った。

 すいっと黒猫の背後に回ってみた。 一瞬でも足を止めたくらいで、黒猫は意外と大人しい。というかこちらに見向きもしない。五秒くらいしてから、また黒猫は歩き出した。その後ろを海香は小さい小さい歩幅で追った。


 猫が行くは人の立ち入らぬ獣道。フェンスの上、茂みの中、細長い路地裏。

 しゃがんで、ころんで、両手をついて、海香は猫を追いかける。

 猫の目の高さになってものを見ると、緑の美し街路樹たちさえ、まるで空の見えない暗い魔女の森のようだった。


 ......いや、何か変だ。

 ここは、どこ?

 ハッとして二本の足で立ち上がった海香は気付く。いつの間にか。

 彼女は本当に、知らない森の中にいた。この近くに森があるだなんて知らなかった......もしくは知らなくて当然なのかもしれない。ここはもしかすると、不吉な黒猫の住む異世界だったのかもしれない。海香はそこに足を踏み入れてしまった──海香の動揺を意に介さず、黒猫は森の中を真っ直ぐに、迷いすらなく歩き続ける。

 待って、と小さな声が出た。 ここで黒猫を見失ったら、海香はどこにも行けなくなってしまう。

 そう思った。

 鬱蒼とした森の、昼でも容赦なく真っ暗闇の向こうから、おどろおどろしい音が聞こえる。木の根は生き物の触手のごとく林床を這い、足が持っていかれそうだ。

 それでも猫は歩く、歩く、ひょいひょいと、歩くのだ。


 そして、道に出てきた。

 ここは、どこ?


 最初の道だ。海香が黒猫と出会った、黒猫が横切ろうとした道。その道に対して、横に出てきてしまった。ちょうどあの猫がしたように。

 振り向くと、狭い狭い路地があるだけで、森なんて見当たらなかった。前を見ると、黒猫はもう姿を消していた。そして下を見ると、ぽつりと何かが落ちていた。


 落とし物?


 屈んで拾ってみるとそれは、しばらく前に海香が失くしたと思っていた、ストラップだった。

 海香は、猫が去っていったかもしれない、彼女が最初に入っていった、路地裏の道の方を見遣る。


 黒猫はやはり、幸運の象徴なのだろうか。

お題は「黒猫」「落し物」「ぽつり」。

自分にしてはひねりの少ない内容の話かも。

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