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開けよ天蓋、世界は総てチョコレート

いつかの没作品をいつかのタイミングで書き上げたのをなぜか公開してなかったやつ。

 ナッツ・チョコレート。特にアーモンド。宇宙の箱を開けるのに必要なのはただそれだけだったのだ。


 偶然に理由を求める方がアホである。宇宙人が地球にやってきたのは偶然だったに違いない。その宇宙人は、銀色の小人とか、赤いタコとか、人類のイマジネーションを軽く飛び越えた姿をしていた。言葉でなんとか表現するのなら、テトラポッドからツノをひとつ取り除いたものを斜めにねじって、それをマッシャーで荒く軽く潰し、なめしたシマウマの毛皮を貼り付けたような存在だった。幸いなことに宇宙人はテレパシーが伝えたから、コミュニケーションにあたっての障害はある程度で済んだ。

 それから宇宙人は、地球基準で言えば穏やかな性格をしているようで、宇宙戦争というようなものになどなりそうもなかった。我々の常識がどこまで通用するかさっぱり分からないこの宇宙人に対して、地球人は歓待の限りを尽くした。何も分からないから、この星の流儀のもとであらゆる娯楽や美食を集めて、なんとかこの埒外の来訪者の機嫌を損ねまいとした。


 宇宙人が気に入ったのは、デザートのチョコレートケーキであった。スポンジケーキに挟み込まれたチョコクリームには細かく砕いたナッツが練り込まれていて、それがとても気に召した……らしい。地球の全力のチョコレートケーキよりもなお効果的だったのは、市販のナッツチョコだった。一箱百何円くらいの誰でも手に入るアーモンドチョコ。宇宙人はナッツとチョコレートの組み合わせがとにかく好きらしい。


 こうして地球と宇宙人の交渉は、平穏無事に終わった。

 宇宙人はナッツチョコレートを、我々の言葉で言うところの「輸出」すべきだと考えているらしく、そのために宇宙の箱の蓋を開けてくれることになった。

 蓋が開くには地球時間で二週間かかるそうだ。全ての地球の生命は、今まで当たり前に見上げてはそれが無限の青天井だと信じていた宙が、蓋として徐々に取り払われていく様を眺めて過ごしていた。



「これ好き。この変なカーテンみたいなピラピラ」


 ここしばらくで急激に、すっかり宇宙時代の重要輸出品となったアーモンドチョコを、石清水は悠々と食べている。

 こんなこともあろうかと普段から買い占めておいてよかった、今じゃどこでも買えないから──とは彼女の談だ。転売でもすれば稼げるんじゃないかという魔の囁きは彼女にとって何の意味もなく、彼女はただ自分が食べる分だけの残り限られたチョコを味わう。


「なんなんだろねそのピラピラ。未だにわかんない」

「食べ終わったと思ったら、このピラピラの中にまだ一粒二粒残ってることあるよね。うれしい」

「残ってた?」

「粒は残ってなかった。でも匂いがね、ピラピラに残る」


 ソファでのびのびくつろぎながら食べる石清水と背中で会話をしていた豊島は、ベランダに出て空を見上げる。夜空。黒い空。無限の宇宙の闇をそのまま移してきたみたいな黒色──が、少しずつ失われていく。ちょうど真っ暗な箱の蓋を開けて内部に光が差すように、この宇宙の蓋は今現在開かれて光が差している真っ只中だった。地球人類がこれまで知る天文のさまざまは、たかが宇宙の箱の蓋の裏に描かれたようなものでしかなかったのだ。この宇宙のどこか他の星の住人は、そのことを既に知っていただろうか。

 見渡す空の四分の一ほどは長方形の真白い光だった。それは刻一刻と面積を拡大していた。宇宙の蓋はスライド式らしい。ちょうど石清水が食べているアーモンドチョコの箱と同じ感じの。


「あー、やばい」

「何がよ」

「空」

「もうずっとやばいじゃん」

「どうなっちゃうのかなあ、空が全部開いたらさ」


 当然ながら空の蓋が開くだなんて理屈は地球人類の物の例えで、宇宙人がテレパシーで伝えようとしてきた理屈は誰にも全く意味不明なものであった。宇宙人はこの宇宙の箱の外からやってきた何らかの超越存在っぽい何者かで、そんな奴らの住まう向こうの世界で本当にナッツチョコが通用するのかすらよく分からない。「宇宙人」と言うことすら正しいのかもよく分からない。よく分からないからこそ地球は、ナッツチョコに縋るしかなかった。すぐに世界中からナッツチョコをかき集めるようにお触れが出たし、お菓子工場も大忙しだ。


「少なくとも私はチョコを温存してるから、他の人より優位に立てる」


 石清水は言う。豊島はその発言を不思議に思う。


「チョコで誰かを釣るの? 君そんなことするタイプ?」

「私がチョコひとりじめする欲張りみたいな言い方するね」

「ちがうっけ」

「親しい人にはちゃんとお裾分けするよ」


 豊島は思い出す。……そういえば、石清水と付き合い始めてすぐの頃、チョコを分けてもらった記憶があるようなないような。甘かったようなそうでもなかったような。


「……お裾分けって、まさかあれっきり?」

「分けてもらう立場でそんな。欲張り言わないの」

「えー、いや……それで、チョコ使ってどうするのって」

「親しい人にはあげるんだよ。だから私は、チョコで釣って宇宙人と友達になる」

「あ、そっち。人間じゃなくて」

「大宇宙時代の訪れなんだから、宇宙人脈つくっといた方がお得だべ。浅ましい人間には一粒だってくれてやんない」


 豊島はじわじわ開いていく空の蓋を見るのにも飽きて、網戸を閉じて部屋に帰ってきた。ソファは寝転がる石清水に占領されているので、床に座ってソファにもたれた。


「じゃあもう俺にもくれないの」

「だからあんたには昔あげたじゃんって」

「そろそろ効力切れたりしないのそれ?」

「やだぁー」

「ドケチ」

「あんたが宇宙人になったら、関係性更新のためにあげてもいいよ」

「そんならなるか、宇宙人」

「なっちゃえ」


 そう言うと、岩清水はチョコを一粒豊島にくれた。豊島は、それを覚悟して食べた。いつか食べたのと変わらないはずなのに、妙な味がする。世界と暮らしと自分の存在が丸ごと変わってしまうような、大仰な味である。

 岩清水は、豊島を追うようにチョコを食べた。岩清水が食べているのがさっきから、何粒目なのかは彼女自身も豊島も数えてはいない。


「あー、俺なったかも。宇宙人」

「うそつけ、早すぎ」

「や、でも、なんかおいしく感じたわ。今までより」

「言うてこのチョコ食べたのどんくらいぶりよ?」

「……何年ぶりかなくらい」

「ワンチャンチョコの味の方がリニューアルとかで変わった説ある」

「それもある」


 空が変わって、チョコが変わって、豊島はそれをひしひしと感じている──対して岩清水はどうなのだろう。

 豊島が知る限り、出会って以来岩清水はさっぱり変わっていないように見える。あるいは彼女は最初から強烈に宇宙人で、最初から奇妙奇天烈に変わり散らかしていただけかもしれないが。

 

いつ書いたんでしたっけねこれマジで。

没にした代わりに書いたのが8話目の「おはようバードおやすみボックス」だったのはかろうじて覚えてます。

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