表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/24

リ・ディスカバード ディストピア

大学のサークルで前に書いたやつ。


まあまあGLのつもりで書いた。

 人類の起源について解明すべくアフリカ大陸の遺跡の発掘を進めていた調査チームが、そこから未知の鉱石を回収する。それを研究所に持ち帰り分析を重ねていると、「ワープ」が突然起こったのだ、と記録されている。

 それから世界各地の遺跡で次々にその鉱石(のちにスタルカイトと名付けられる)が出土。まるで、我々が封印を解いてしまったかのように。

 ほどなく、太平洋の海底古代遺跡、そこから数キロ離れたところにある海溝から見つかった石板。そこには古代の宗教的儀式の手順が記されているようだった。

 その辺をいろいろ総合して考えると、どうにも古代人類はとっくに、スタルカイトを用いてワープ航法を実現させていたようである、ということらしい。


 人類があれほど夢にまで見たワープの方法は、つまり人類全体にとっては既知のもので、枯れた技術の再発見でしかなかった。



 まずはスタルカイトを火にくべて。火はより大きい方が成功しやすいです。そうすると綺麗な緑色にスタルカイトが燃焼します。

 それを出来るだけ多くの人数で囲みましょう。スタルカイトの炎の上に出る空間のゆらめき(現代語では陽炎と呼ばれる)を囲む人々みんなで見つめます。

 そうしたら後は、行きたいところを強くイメージして。この時に、より空間のゆらめきが大きいほど、より多くの人数がいるほど、ワープの力が強くなります。このとき、近くにあるものを巻き込まれてワープする可能性があるので気をつけて。

 うまくいけば空間のゆらめきはどんどん拡大し、火を囲むあなたたちを吸い込むワームホールとなります。気がつけば、後はもう望む場所に、というわけなのです。



 超古代の人類は、キャンプファイヤーを何のために囲んだのだろう。もしかしたらワープのためだったかもしれない。スタルカイトという物質さえ手にしてしまえば、その手順は全く難しいものではないはずだ。

 ワープ再発見からほどなく、「アメリカは、国家に危機が迫った時自由の女神像のトーチにスタルカイトの火を灯すのだ!」などとくだらない都市伝説も囁かれたそうだ。自由の女神像なら、当時から改装に改装を重ねたものであるが一応今も残っている。私も見に行ったことがあるから知っている。

 ギザのスフィンクスも、古い写真よりかなり風化していたが見た。ナスカの地上絵は白線はもうすっかり擦り切れてしまったらしいが、一応見た。スタルカイトの力で高度な文明を成したアトランティスの遺跡も、海上に引き上げられたものを見た。アトランティスはとにかく巨大だったけど、大きいだけだった。

 アームストロング船長が月面に突き立てた旗も見た。ただしオリジナルはとうの昔にすっぽ抜けてスペースデブリと化したらしい。無風の宇宙に、針金でピンと骨が入った旗が広げられていた。

 火星の水があった痕跡も見た。あの星の大地は荒涼としすぎて、ガイドさんに言われなければ何が何だか判別がつかなかった。保護服越しでも熱くて仕方なかったことだけ覚えている。


 ワープが民間でも実用可能になるまで、そう長くはかからなかった。歴史のテキスト片手に考える。千五百年というのは、地球の歴史というスケールで見ればごくごく小さいものだと、私は思う。しかし学者先生が言うにはスタルカイトの発見は人類の進歩を「急激に遅らせた」らしい。単に技術の問題ならば良かったものの、ワープは軍事・経済・倫理あらゆる場面で革命を起こすものだったから、その折り合いをつけるのに時の為政者たちは計り知れぬ苦労をしたそうだ。

 だけど、結果はまあ悪くはないだろう。おかげで今の社会はとかく平和で生きやすい。

 唯一問題があるとすれば個人的に、この世界では浪漫というものが死滅してしまった点だ。

 西暦三千五百二十三年の地球に、もはや未知はない。……ちなみに西暦といえば、かのキリストはスタルカイトの力でマリアに「処女懐胎」し、「復活」したのだという大昔の研究がある。そんなことを言い出したやつは、やっぱり浪漫がないと思う。



「クロ、また難しいことを考えているの」

 ワープ航法の再発見とその歴史──今日もまたとりとめもなく、頭の中で繰り広げられる私の、この世界への静かな喜びと生温い厭世、その分析。

 ケイ──ケイシィ・スズは私一人しかいなかったはずの空間と思考に、また今日も割って入ってきた。

「ケイ……ワープしないで来るなら連絡をしてっていつも言ってるよね」

「連絡にも気がつかないくらい考え事に没頭してないで、たまにはお外に出たらどうなの。これも、いつも言ってるわね」

 “クロエ・ナグ邸“のポータルにワープ申請は届いていない。代わりにケイからテキストメッセージは送信されていた──やはりケイは、ここまで歩いて来たのだ。

「いつも言ってることついでに、今日もお誘いかけるけどね。あたしは……昔みたいに、クロとお散歩がしたいわ。今から早速どう?」

「遠慮する。だって、」

「だって、『浪漫はもはや歴史の中にしかないんだもの』? 毎日毎日、よくもまあ!」

「……昨日は違う。料理をしていた」

「どうせ、古代ローマだかなんだかのレシピを再現でもしてたんでしょ」

 ワープは民用化された。ただし、著しくスケールダウンした状態で、だった。我々はみんな「ライター」という道具を持っている。かつてはそれは、煙草などのため火を起こす道具であった。現代でも基本は変わっていないが、起こすのはスタルカイトの緑の火だ。

 私たちは、どこへでも飛んでいけるのではなかった。観光地や商業施設や個人個人の家に至るまで、あらゆるところにワープポータルが設置されて、私たちは「イメージ」という手段を用いてそこにワープ申請を送る。それが受理されれば晴れて瞬間移動、というわけだ。社会を揺るがしかねない力を、よくもまあ技術で制御したものだと思う。

 ……ケイはワープを使うのが好きではない。昔はそんなことなかったのだけど、何か変な思想に当てられでもしたのか。

 彼女はうちまで外を歩いて来ているらしい。うっかり彼女に合鍵を渡してしまったもので、呼んでもないのにしょっちゅう来る。毎度どれだけ時間を無駄にしているのやら。

 私はエッセイを書く手を休めた。ケイが来たのだからこれ以上作業は進まない。

「チョコアイス、持ってきてよ。疲れてきたの」

「それ、私がぜんぶ食べちゃった」

「……ケイ?」

「本当かどうか、キッチンまで確かめに行ったらどう。ずっと座っていないで」

「ふざけないで」

 さっきまで文献を漁っていた端末で、冷凍庫の中を調べる。……本当に無い。あれほど買い貯めたアイスが。

「買わなくちゃ」

「一緒に行きましょ」

 ケイは何か小さな物体を二本の指でつまんで、ひらひら見せびらかす。あれは、ライターだ。ケイはライターなんて持つわけ無い。あれは私のライター。机の上に置いてあったもの。盗ったのだ。

「最寄りのお店まで、歩いて、一緒にね」

 ケイの表情が腹立たしい。



 季節が春だとは知らなかった。最後に使ったのがいつだかわからないコートを出す手間が省けた。

「ね、誰もいないでしょ」

「本当に」

 だって外に出る必要なんてないんだもの。買い物だって家から注文してワープで一瞬なのに。そういえばこの時代に、徒歩で訪ねられる店なんてあるんだろうか。

「あんた、何処へ私を連れていくつもり」

「この道をずっといくと、古風な店があるわ。あたしみたいな、ライターを使わない人のための店」

「土地の無駄遣い」

「……クロ、馬鹿になったわね」

 青緑の空。黄土色の道は、誰も使わないから荒れている。無機質な外装の建造物群。果てしなく道は続く。

 歩く、歩く。歩くなんて久しぶりだ。足が痛い。

「覚えている? 六年前、二人でいっぱい出かけた。誕生日にライター貰って。クロが本で読んで行きたいって言ったところ、いっぱい。ナントカって遺跡とか、いっぱい」

「それが何」

「あなたはそれからとっても馬鹿になっちゃった。スタルカイトの火より綺麗なあなたの瞳は、大人みたいになっちゃったの」

「あっそ」

「昔は言ってたわね。古代遺跡には浪漫があるんだって。その浪漫を……この目で存分に味わいたいって」

「もう終わったことね」

「大したことないって、思っちゃったんでしょ。馬鹿な女、クロ! ……ほしかったものを、ワープで一瞬で手に入れちゃって。よく考えたら分かったのにね。そんなのクソだって」

 私はもう何も答えない。ケイだけは一人で喋り続けた。

「勝手に世界に失望して。死んだ目で昔の本ばかり読み漁るとんだ馬鹿」

 馬鹿、馬鹿、って楽しそうに私を嘲笑して、ケイはくるくる回る。

「そんなクロは嫌い。前はもっと賢くて、きらきらしていたのにね」

 たんたんたんと荒れた道を踏みしめる。そうやって回って踊る。

「あなたより、あたしの方が、浪漫ってものをよく分かっている!この世界にはまだ浪漫はあるの、あなたが馬鹿になったから、見つけられないだけ」

 回るのをやめたケイは、私にぐっと近づく。

「ほら、外には誰もいないの。あたしたちが今ここでなにをしても、だぁれも気づかない……浪漫チック、でしょ?」

 熱を帯びた彼女の吐息が私に触れる。不快だけど、懐かしくもあった。

「やめて。店に行くんじゃないの」

「うふふ」



 ヒトがカミに近づこうとしたから、過ぎたる力を手にしたから、カミは怒って天罰を下したの。そっちの方が、浪漫がある。


 今だけはここに、記そう。浪漫も何もなくても、これが私の考察だ。


 一説によれば超古代に、地球の全土で大洪水が起こったとされる。それはカミの罰で、数多の神話に語られる崩壊の伝説。

 地球のすべての文明を飲み込んで、アトランティスすら海底に叩き込んだ大洪水だって、カミに叱ってもらわなくてもヒトは、自分でできてしまったはずなのだ。

 やり方は簡単だ。スタルカイトのとても大きな炎を燃やして、海水を空にワープさせればいいのだ。

 いっそ地球の裏側まで見渡せるような巨大な巨大なバベルの塔、いや松明を作って、それをみんなで囲むのだ。そうして人々は世界の好きなところへ散り散りになって、文明はことごとく大洪水に押し流されて、後に残るのはしょうもない遺跡がいくつかだけだ。

 そうして最後にスタルカイトも何もかも、どこかに処分すればいい。過ちを繰り返す愚かなヒトが、このくだらないカタマリを再発見してしまわないように。


 なぜ、そんなことをする必要があるのかって。

 私には理由がよく分かる。

 望む場所にすぐ行けて、望む人にすぐ会えて、望む思いを簡単に伝えて。そんな世界に浪漫は無い。浪漫が無ければつまらない。つまらないなら、ぐしゃぐしゃに破って丸めて投げ捨てたっていい。

 好きなもののほうへ足を動かし続ける時間が、愛を増幅させるのだ。一瞬で届く愛は陳腐で、愛という崇高な言葉を充てるには不十分なのだ。


 この手に届くものに浪漫は宿らない。

 浪漫とは瞬間移動の魔法で、古代遺跡の秘密で、愛だ。浪漫とは、スタルカイトそのものでも、緑の火でもない。愛は現存しなくて何にも届かないから、愛なのだ。


 古代神話世界の住人たちの誤算は、ヒトは思っていたよりもとことん愚かで、そのくせ知りたがりで、前へと進む意思だけは強かったこと。心を滅ぼすくだらない世界を、現代のヒトは昔のヒトが夢見た理想郷だと持て囃す。



「自分の足で歩いて買ったアイス、おいしい?」

「おいしいわ。いつも通りに」

 道端に座り込んで、私たちはアイスを食べた。

 誰も使わなくなったから世界は荒れ果てている。それは、かつて憧れた古代遺跡と全く同じ理屈で成り立っている。

「早く帰ろう。書かなきゃいけないものがあるし、疲れたし」

「ねぇクロ」

「なに」

「こんど、旅行でもいかない? もちろん──二人で一緒に、歩いて行くの。どこか遠い星まで」

……どれほど時間がかかると思っているのだろう。

「考えておく。あんたも、予定は空けておいて」

ワープの力ですり減らした時間と浪漫を、拾い集めるようにして私たちは宇宙へと発つのだ。途方もない、そんな旅。

青緑の空を見上げた。緑交じりの青い空。今も空の向こうのどこかで、誰かがどこかへワープする色。


構想や執筆の経緯をぜんぜん覚えてない作品。

なんか壮大なスケールの世界でごくごく狭い二人の日常を書く、とかそんな感じだった気がします。

2016年くらいの流行歌で、すべての始まりは二人からイェイイェイみたいな歌詞を含むアレがあったけど、これはマジでそうだと思っているので、とにかく「二人」にこだわった作品を書きがち。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ