君の鼻歌は悪魔のしらべ
大学のサークルで前に書いたやつ。
まあまあBLのつもりで書いた。
「告白します……俺実は人間じゃないんです……!」
「知ってた」
「えっガチで?」
十文字英次としては割と真剣で重大なカミングアウトだったのだが、残念ながら(?)米良央太郎はとっくにそんなことは知っていたのだった。
*
大切な話がある。
長い付き合いの友人である英次にそう切り出されて、待ち合わせはいつもの場所──カラオケ歌わっしょい鷲塚駅前店──だと言われて、央太郎は何かとんでもない話でもされるのかと身構えて行った。
フリータイムドリンクバー付き、アイスティーで喉を潤しつつフライドポテトで小腹を満たし、三時間くらい元気に歌ってちょっと疲れたあたりで英次は「大切な話」を始めた。
ぶっちゃけ央太郎は歌うのが楽しくて「大切な話」のことなんて忘れていたのだが。
「知ってたよ、僕は知ってた。英次が人間じゃないって……本当は悪魔なんだって、知ってた」
「ウソだろ種族の話まだしてないのに……」
「普通に知ってた」
「マジか」
十文字と米良、仲良いよなーって聞かれる度に、小学生の頃から友達なんだって答えて、幼馴染じゃん!って言われて、幼馴染の定義ってそんなアバウトだったのだろうかと首を傾げてきた。
央太郎にとって英次はずっとずっと大事な友達だったし、多分逆も然り。そんな感じで大学生になった今でも一緒に遊んだりしていた。とにかく二人は友達だった。
「いつから知ってた⁉」
「中二の頃くらいにあれコイツ悪魔じゃね? ってなった」
「めちゃくちゃ時期早いじゃん!」
「英次ん家行った時にさ、なんかデカいヤギの頭みたいなのあってそんで、最初は悪魔崇拝でもしてんのかと思ったんだけど」
「あっやべぇヤギ頭隠し忘れてる時あった⁉」
「あったあった。手の形の蝋燭みたいなのもあった」
「やべぇ〜!」
当時の央太郎はバリバリの中二病で、だから悪魔グッズにも特別忌避感みたいなのは無かったし、そのために友情が終わりを告げることもなかった。
「んでさぁ、なんか適当にダラダラしてて英次の方見たらさぁ、どうなってたと思う?」
「わからん、何? え、何?」
「めっちゃ角と尻尾出てた」
「うわっ恥ずい! ヤギみたいなやつ?」
「ヤギみたいな角と槍みたいな尻尾よ」
「隠し忘れてんじゃん! めっちゃ恥ずい!」
繰り返すが当時の央太郎は中二病で、だから友達が悪魔だったっぽくても自然に受け入れてしまった。とにかく二人は友達だった。
「え俺他の人の前でも角と尻尾出てたりしてた?」
「なかったと思う。僕と二人んときは何回かあったけど」
「よかった〜、でもなんか逆に恥ずい〜!」
「てか歌っていい?」
「いいよ」
*
央太郎はマイクを握る。
選曲は二人が高校生の頃ハマってたバンドの曲。その時からしても一昔前のバンドだったけど、歌詞がすげー最高じゃんとか言って片っ端からアルバムを聴いていた。
央太郎はまあまあ歌が上手い、央太郎自身そう思っているし客観的にも上手い。
そして英次はもっと歌が上手い。歌唱力推しのプロくらいに上手い。
「いえーい」
「いえーい。ラスサビのとこめっちゃ溜めなかった」
「めっちゃ溜めた。お前も歌う?」
「今はいいや。悪魔の話続きしていい?」
「いいけど」
「俺さ……歌上手いじゃん」
「わかる」
「悪魔だからなんだよね……」
「悪魔ってそうなの⁉」
英次は高校の時軽音楽部だった。らしい。高校はそれぞれ違った。
部活どうすっか悩んでるー、だなんて英次が話を振ってきたことがあった。英次が元々音楽好きなのを央太郎は分かってて、だから言ったのだ。「お前、軽音入ればいいじゃん」って。
それに英次、聞いてもないのに「俺はなー? そんな興味ないけど? うち軽音とかあるらしくてなー?」とか謎のアピールがうるさかったし。
「クロスロードの悪魔……って知ってる?」
「ぜんぜん知らん」
「知らねーのかよ! 中二病じゃなかったっけ?」
「七十二柱を暗唱できないニワカ中二病だったから……」
「それはよくわからんけど……まあいいや。実は俺それなんだけど」
「知らんってば」
「そんで、契約して魂を売ってもらえれば、音楽の才能を渡せるんだよ」
「へーすげぇ悪魔みたい」
「悪魔だし」
*
実は、歌がめちゃくちゃうまくて音楽が好き、という以上に英次の才能は特別だった。
彼はどんな楽器でも思うままに操ってみせた。ギタードラムトランペット、和太鼓カスタネットにギロ、笙にオカリナにパイプオルガンに至り、それから自分自身の声も。
僕の友人はすごい天才だなぁー、と央太郎は思った。だからといって特段何か劣等感とか感じることもなく、とにかく二人は友達だった。
「……今日わざわざ悪アしたのはさ。お願いがあるからなんだ」
「悪アってなに? 悪魔界ではメジャーな言い方なの?」
「あー、えっと、悪魔カミングアウトの略。割と言う」
「言うんだ。あゴメン話続けていいよ」
「で、そのお願いって言うのがさ」
「うん」
「俺の……顧客になって欲しいんだけど……」
「……えっ?」
「急にこんな話して……申し訳ないと思ってる」
「だ、だってそんなの……」
「無理だよな。急に、自分は悪魔だって言われて、魂売ってくれ、だなんてさ……」
「いや悪魔部分は知ってたけどさ……ちょっと待てよ!」
「……やっぱ、さっきのは聞かなかったことにっ!」
「待てってば! あのさぁ、悪魔界ではもしかして、契約する人間のこと顧客って言うの? そこは逆に普通すぎない?」
「割と言う」
「言うんだ」
*
カラオケ屋とはうるさいもので、自分の個室で歌っていないのなら、他の部屋の歌声がかなり漏れて聞こえる。あちらこちらで、今流行りの歌が歌われている。
あ、これ最近よく耳にするやつ。ちゃんと聞いたことないけど、結構いいよな。多分英次に尋ねたら絶対詳しく知ってるし、色々教えてくれるんだろう。あいつ音楽好きだから。
それで歌って聴かせてくれる。
「なんで急に、そんなこと話そうと思ったわけ?」
「……もうすぐ悪服だからって……」
「悪服ってなに?」
「あ、悪魔元服の略。悪魔が一人前になる儀式的な」
「どんどん悪魔語彙が出てくる」
「お前ももう大人なんだから、そろそろ契約取る準備しろって……親にさ」
「なるほどなぁ」
「うん」
「そんでさ。もし僕がその顧客になったらどうなるの?」
「さっき言わなかったっけ、音楽の才能が……」
「言葉足りなかった。英次はどうなるの、ってこと」
「う……」
英次は確かにさっき言っていた、音楽の才能を「渡す」んだって。元からどこにもないものを、誰かに渡したりはできないのだ。
「契約なんだろ、そういうのはちゃんと説明してほしい」
「……わかったよ」
もしも英次が何か苦しんでいるのなら、当然央太郎は手を差し伸べたかった。事実これまで何度だってそうしてきたし、逆の立場のこともいっぱいあったわけだし。なぜなら二人は、友達だからだ。
「変にもったいぶった言い方してごめん。 もうはっきり言います!」
「助かる」
「そーだよ、だって誰かと契約したら、俺の音楽の才能ぜんぶそいつにあげちゃうんだよ!? 嫌じゃね!? 俺まだ音楽やってたいのにー!」
「うんうん」
「でも、なんかそういう伝統らしいし、あんま親に反発とかできないし? だからせめて、俺……央太郎にならあげてもいいって、央太郎となら契約してもいいって思ってさぁ! あーめっちゃ恥ずかしいこと言った!!!!」
「おー。いやーそんな風に思ってもらって嬉しいなぁ。まぁでも契約はしないけど……」
「ここまで聞いといてなんでだよー! いけず!」
なんで、も何もない。央太郎の答えはひとつ、ただそれしかない。これまで面と向かってこう伝えたことはあっただろうか。よく覚えていない。それなら今がチャンスなのかもしれない。
「えーだって、英次の歌聴くの好きだもん」
「……!」
「英次の演奏も好きだし、なんなら鼻歌だって好きだし。英次の音楽の才能がなくなったら、困る。すっげー困る!」
「……そ、そう、か。そっか」
「だからさ……せっかくカラオケ来たんだし。いつもみたいにさ、楽しく歌えばいいんじゃん? 真面目な話は後でちゃんと付き合うよ」
「……歌うよ、じゃあ」
「もっと元気に!!」
「えぇ……う、歌うよ〜!!!」
「いーぞいーぞ!」
「きょ、今日は喉潰すぞ〜!!!」
「ほどほどにしとけー」
「喉潰せなかった、悪魔だから……」
「悪魔ズルくない?」
「まあ悪魔だし」
陽がすっかり落ちたあとの道を行く。結局あの後しっかりたっぷり歌ってストレスを発散して、央太郎だけは喉がちょっぴり痛かった。
英次が喉飴を持っていたから、貰った。夜の風とハーブの香りがスッとして若干寒い。
いくつもの路地が入り混じる住宅街。曲がり角の先に何があるか判ったものではなく、例えばこの向こうに魔物がいたりしても思いっきりぶつかってしまうことだろう。
「真面目な話すんね」
「ん?」
「もしこれから先、英次がさ。ほんと悪魔的に契約とか魂とか必要になるんだったら、僕を頼ればいいよ。予約済み、な」
だから夜はきっと人間の時間ではない。
央太郎には自分の隣を歩く英次の足取りが、ちょっぴり軽やかに見えた。もしかしたら二人は住む世界が違うのかもしれない。だとしても二人は友達だった。
「もしそうならないでも良くなったら、その時は、またちょこちょこカラオケでも行こ」
「……ありがとう、いざという時はまあ、頼りにする。でも俺、決めたよ。もしも誰かに才能ぜんぶ渡しちゃったとしても、またイチから音楽やればいいんだろなって。才能だけじゃなくて、努力が大事なんだよなやっぱ」
「天才に言われるのは嫌味っぽい」
「どうしろと……」
「あ、ところで、もし契約したとしてさ、そしたらめっちゃ短命になっちゃったりするわけ?」
「寿命についてはデ微調整が効くから、短く濃くコースとか長く薄くコースとかいろいろあるよ」
「デ微調整ってなんだ、デビルの微調整? デビル器用だなぁ。まあでも安心した、まだまだ僕ら一緒にいられるもんな」
「ん、そういうこと。いえーい」
「いえーい」
くだらないことばかり話す帰り道。いまいち話題もなくなって来た頃に、ふんふん、ふふん、と英次は鼻歌を歌う。鳥の鳴き声の綺麗なやつ、という感じ。その旋律は空にまで昇っていきそうで、おまけに空には綺麗に月が出ていた。ものすごく半端な形の月だった。
央太郎はぼんやり足を止めて空を見ていたが、視線を戻すと英次は愉快に鼻歌を携え、ふわふわと少し先を歩んでいる。
「それ、なんの曲? いいね」
「これ悪魔界の国歌」
「知らね〜」
悪魔の国歌、そんな綺麗なメロディなのかよ。
それがおかしくて、央太郎は笑った。それからつられて英次も笑った。
サークルの雰囲気的に真面目だったりシリアスだったりする作風が多そうだったので、完全逆張りギャグ作品として初参加で殴りこんだときの作品。
なかなか好評だった記憶があるし、自分でも結構気に入っている。