悪役トリオ
「今日こそくるかな」
この時期は、アリスが悪役令嬢の取り巻き達に警告を受けたにも関わらずクリステルと会っていることを知り、嫌がらせが始まる頃だ。
アリスが嫌がらせを受けている時に、クリステルが偶然通りかかって令嬢達を注意する。ただ、クリステルが注意したことで更に嫌がらせは悪化してしまうのだが。
それを何度か繰り返すと、少しずつ距離が縮んで恋愛関係になるという、何とも簡単なシステムだ。
そのクリステル役を俺が代わりにやろうと思っている。
確か、昼休憩に体育館裏に呼ばれるはずなのだが……。何月何日かまでは分からないので、勉強会の日から張り込んで一週間が経った。
「あなた、以前も忠告したはずよね」
お、来た来た!
三人組の令嬢……あれはスフィアとは関係なさそうな令嬢達だ。
「あなたなんかが、クリステル様に近づいて良いとお思いなの? 恥を知りなさい」
ドンッ!
アリスが令嬢の一人に突き飛ばされた。よし、今だ。
「おい、何をしている?」
「だ、誰よ、あんた」
俺が出ると少し驚いて一歩後ずさったが、ひるむ様子は無かった。
「私達は、この女に忠告していただけよ。何か文句あるの」
「アークライト先輩……」
「アークライト……? どこかで聞いたような」
アリスの一言に令嬢達はビクッとした。俺って意外と有名だったりするのかな? あの可愛いフィオナの義兄だしな。
「私、知っているわ」
鼻高々にしていると、令嬢の一人が話し出した。
「アレン様の金魚のフン。クリステル様とステファン様に媚を売って、いつも間をうろちょろしている邪魔な男よ」
まじか……。俺って周りからそんな風に見えているのか。フィオナ、評判の悪い義兄でごめんよ。
「それで? 何の用?」
「一部始終見させてもらったが、このことをクリステルに言ったらお前らはどうなるんだろうな」
「なッ、私達を脅す気?」
「脅すも何も事実だからな」
「き、今日のところはこのくらいにしておきますわ。次はないですわよ!」
三人組の令嬢は足早に逃げて行った。
「アリス、大丈夫か?」
「先輩……」
転けているアリスに手を差し出すと、泣き出してしまった。
「え、ごめん、泣かせるつもりは……」
「いえ、私、怖くて」
そうだよな。複数で体育館裏に呼ばれて、いきなり突き飛ばされれば誰でも怖い。
アリスと同じ目線にしゃがみ込み、頭を撫でながら出来るだけ優しい口調で話した。
「もう大丈夫だ。これからも嫌がらせを受けるかもしれないけど、俺が何度でも助けてやるから」
「……はい」
アリスは泣きながらも笑顔を作った。さすがヒロイン、どんな表情でも絵になる。
「その顔で教室は戻れないから、ちょっと休んでから行こうか」
「はい」
アリスの隣に腰を下ろして、聞いてみた。
「ああいうのはいつもなのか?」
「いえ、二回目です。以前クリステル様と職員室の前を歩いているのを見られて」
アリスが資料を落としてクリステルが拾ったことがあった。それを見られていたのだろう。
「そんなことで」
「クリステル様は人気者ですからね」
クリステルルートに入ったからには、今後も何だかんだ理由を付けて嫌がらせに遭うのだろう。
「困ったことがあったら言えよ。スフィアやフィオナとはどうなんだ?」
「はい。あれから仲良くさせて頂いてます。アルノルドも付いてきますけど、お二人とも嫌な顔せずに付き合ってくれてます」
アリスは悲しそうな表情から一変、笑顔で話す。やはりアリスにとって友人は、かけがえのないものになってきているのだろう。
「私もう平気なので戻りますね」
「おう。じゃあな」
ペコっとお辞儀をして、アリスは去った。
◇◇◇◇
その後も、中庭や渡り廊下、校舎の裏等、張り込んでは令嬢三人組を成敗していった。
『どうしてなの? どうしていつもいつもあんたが邪魔をするの』
『お前らが俺の行くとこ行くとこ現れるんだろうが。俺のこと好きなんだろ』
『なっ! 馬鹿じゃないの!』
『自分の顔鏡で見てから言いなさいよね』
『お前らもな!』
こういうやり取りを繰り返す内に、何故か親しい仲になっていった。どれくらいかって?
「あんた、ここ教えなさいよ。頭良いんでしょ?」
「頭は良いが上級生に向かってその態度は何だ」
「良いじゃない、減るもんじゃなし」
「そうよ。宝の持ち腐れだわ」
「はいはい、どれが分からないんだ?」
ステファンとお茶をしていたら勉強を教えて欲しいと言われる程に親しくなった。
「クライヴ、いつの間にまた三人も御令嬢をたらし込んだのだ……」
何やらステファンが一人呆れた顔で見ているような気がする。
「お前ら、俺よりステファンに聞けば良いじゃないか。イケメンと話せるチャンスだぞ」
「駄目よ。あんな高貴なお方に話しかけるなんて、私達に出来るわけないでしょう」
俺は良いのか。そして、反対に高貴なお方を一人にさせている自覚はあるのだろうか。
俺はふと疑問を投げかけた。
「お前らどうして懲りもせずアリスにちょっかい掛けるんだ?」
「うーん……、どうしてかしら?」
「さぁ、何故だかやらないといけない気がするのよ」
「そうそう、何となくよ」
「何だよそれ」
教え終わったのでステファンの元に戻って、再びお茶を嗜んだ。
「誰なんだ。さっきの御令嬢方は」
「あー、そういや名前は知らないな。名付けるなら、悪役トリオ」
「御令嬢方に失礼だぞ」
そう、名前までは知らない。『お前』と『あんた』で成り立っているから。熟年夫婦のようだ。
「そうだ、クライヴ、最近アリスと良く会っているのか?」
「いや、そんなことは……」
悪役トリオを成敗する為に週二回は会うが、会話という会話はしていない。
「スフィアが心配していてな。アリスとフィオナの仲が悪くなるのではないかって」
「アリスとフィオナが? どうして」
俺が疑問を投げかけると、ステファンが呆れたような憐れむような目で見てきた。
先日、フィオナに最近の様子を聞いたが、アリスとも仲良くやっていると言っていた。順調ではないのか?
「はぁ……。とにかく二人で会うのはやめた方が良い」
「分かった」
残り一週間で長期休暇に入る為、会うこともなくなるだろう。
長期休暇中のイベントは『王都でばったり』と『夏祭り』くらいだ。『王都でばったり』は流石に防げないかもしれないが『夏祭り』は皆を誘えば良い。




