お出かけ
「すまない、待たせたな」
「ステファンが遅刻なんて珍しいな。何かあったのか」
俺とステファンは王都まで遊びに来ている。
野外活動の際、ステファンに軽く腹を立て、何気なく交わした約束を律儀に守ってくれている。
「いや、ウェルトン嬢を迎えに行っていたんだ」
「え? アリスも来てるの?」
俺とステファンの二人かと思っていた。まさか、また俺が邪魔をしているのでは……。
ステファンルートは俺の中で、アルノルドルートと同じくらい俺に関わる人が誰も不幸にならない最善のルートだと思っている。
俺の知らない人が犠牲になるかもしれないが、そこはごめんなさいとしか言いようがない。
「ごめん、俺、用事思い出したから帰るわ」
そういって馬車に戻ろうとするとアリスに引き止められた。
「アークライト先輩帰っちゃうんですか。私がいるとご迷惑でしたか」
「迷惑とかじゃなく、用事が……」
うるうるした瞳で見上げられ、言葉に詰まる。すると、アリスの後ろからもう一人聞き覚えのある声がする。
「先輩! 野外活動ぶりです。便乗してついて来ちゃいました」
ははは、と笑いながら出て来たのはアルノルドだった。まさかの三角関係……。
「クライヴ、どうした? 来たばかりなのに帰るのか。寂しいではないか」
「男に寂しいとか言うなよ」
ステファンも本気で寂しそうな顔をする。
「分かった。帰らないからそんな顔をすんな」
アリスとステファンの顔が同時にパァッと明るくなる。どうしたんだこの二人は。
仲介に誰か入ってくれないと恥ずかしくて喋れないとかだろうか。いや、この間普通にキノコの話してたか。
あれか、スフィアがいないから変な話して嫌われないように見守って欲しいんだな。
「お前の考えていることは分かった。任せておけ」
と、ステファンに耳打ちする。
「考えていること?」
惚けたフリしてアリスにバレないようにしているんだな。うんうんと頷いてやる。
「よし、じゃあ行こう」
◇◇◇◇
「何処に向かっているんですか?」
「最近できた、コーヒーの上に猫を描いてくれる店だ」
「へぇー、お洒落ですね!」
アリスがステファンの横からひょこっと顔を出し、興味津々に聞いてきた。それに対し、自分の店でもないのに何故か得意気に応えるステファン。
「あ、ちょっとここ寄って良いか?」
道中、俺は雑貨屋を指差した。
「クライヴが持つには可愛すぎる物ばかりだが」
「馬鹿、フィオナにお土産買って帰ろうと思って。最近機嫌が悪いんだよ」
可愛い物でも買って帰れば機嫌を直してくれるかもしれない。
「ああ……あれはクライヴが悪いな」
ステファンも色々事情を知っている為、すぐにピンと来たようだ。
「でも兄妹が増えたと思えば嬉しいことじゃないのか?」
「何の話をしている」
「フィンのことだろ?」
「ああ、そっちもあるのか。だが、一番はアレン殿下の事だと思うぞ」
アレン? 何のことだ?
まさか二人きりでテントの中にいたことを怒っているのか。
「いや、俺はアレンに手を出していない。むしろ出されたというか……」
「何を言っているか分からんが、女性はプレゼントに弱いからな。良い案ではあると思う」
「僕とアリスも探すのお手伝いしますよ!」
アルノルドがアリスの腕を組みながら無邪気に笑う。腕を組まれたアリスはやや顔を引き攣らせているように見える。
◇◇◇◇
「わぁ、可愛い物が沢山!」
「本当だ、これなんてアリスに似合いそう!」
入店すると、アリスとアルノルドが感嘆の声をあげた。
「この間のわびだ。ウェルトン嬢、何か欲しい物があれば僕が買おうじゃないか」
「え、とんでもないです」
「これなんてどうだい? 君のピンクの瞳と合わさって、まるで花にとまった蝶のごとく可憐に周囲の目に映ることだろう。こっちも儚気で、純真無垢な君が着ければ……」
得意の美辞麗句で商品をアリスに勧めていくステファン。アリスは若干困った表情を浮かべるが、こうなったステファンは誰にも止められない。
「アリスにはこっちの方が絶対可愛いよー。僕とお揃いなんてどう?」
負けじとアルノルドが参戦する。
「いやいやいや、ウェルトン嬢は……」
「フィオナのプレゼント一緒に選んでくれるんじゃなかったのか……ま、良いけど」
三人は放っておいて、どれにしようか悩んで店内を歩く。すると、羽をモチーフにしたペンダントを見つけた。
「それ、可愛いですね」
横から声をかけてきたのはアリスだった。
「あれ、アリス? ステファンとアルノルドは?」
「なんか良く分からない勝負が始まって、逃げてきました」
ははは、と困り顔で笑うアリス。
だが、こっちに来て良いのだろうか。攻略対象の好感度アップの絶好のチャンスなのに。きっと、どちらのプレゼントを選ぶかで今後が左右されていくと思うのだが……。
「良いんですよ。アークライト様……フィオナ様へのプレゼント選びに入ったんですから」
俺に対してフィオナを姓で呼ぶとややこしくなると思ったのか、アリスは名の方に言い換えながら喋る。
「フィオナ様と仲が良いんですね!」
「ああ、最愛の義妹だ。嫌われたら生きていけない」
「まぁ、そんなにですか」
シスコンが過ぎて引かれただろうか。誰もが知っていることだから今更隠すつもりもないけれど。
「私もフィオナ様とお友達になりたいんですけど、同じクラスなのに接点が中々なくて……。今度ご紹介して下さいませんか?」
「え?」
「やっぱり私なんか駄目ですよね」
「いや、駄目ではないけど……」
ヒロインと悪役令嬢がせっかく離れているのに無理に会わせるのはいかがなものかと考える。
「では、是非」
キラキラ光る桃色の瞳に上目遣いされながらお願いされる。
ぅう……その顔はやめてくれ。目が、目がヤられる。
「分かった」
俺は観念して、今度アリスを屋敷に招待することになった。
◇◇◇◇
フィオナへのプレゼントも決まり、目的の喫茶店に着いた。各々好きな物を注文して待っている。
「ステファン先輩、僕にもその技を伝授して下さい」
「良いだろう」
何やらステファンとアルノルドは闘いの末に意気投合したようで、仲が良くなっている。
「何を伝授するんだ?」
何のことか気になってステファンに質問すると、意気揚々と返事が返ってきた。
「美辞麗句の使い方だ」
「は?」
「ステファン先輩、素晴らしいんですよ! 次から次へと女性を褒める言葉が出てきて、僕、感心しました」
目をキラキラさせて言うアルノルド。
良いのか? ステファン二号になってしまっても。そのままの純真無垢なアルノルドの方が俺は好きだぞ。
アリスの意見を聞けば、考えも変わるかもしれない。と名案を思いついた俺はアリスに聞いてみる。
「アリスはどういう男性がタイプなんだ?」
「そうですね。モ……」
「も?」
「いえ、優しくて頼りになる人が良いです。命懸けで守ってくれて、最後に頭ポンポンってされた時にはもう……。きゃー、何言わせるんですか」
だそうだぞ。ステファン、アルノルド、二人とも頑張れ!
心の中で応援しつつ、フィオナへのプレゼントの渡し方を考えながらウサギの描かれたコーヒーを飲んだ。




