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【陰鬱系サイコホラー】 「カウマイが存在することを証明する」  作者: 苦虫
第四章 カウマイは淵である ~小学校五年生の記憶~
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第26話 疑惑・2

 橙色の灯りが揺れる中で、僕は穴が開くほど、夕貴の整った横顔を眺めた。


 ユカリが……殺した? 黒須を……?


 シノは恐怖を顔に浮かべたまま、だがどこか満足そうに無表情な夕貴の顔を見つめていた。


「考えてみればさ、たまたま学校に入ってきた大人が、たまたま一人でうろついていた黒須を見つけて殺した、なんていう話よりも、そっちのほうがよっぽど《《現実的》》だよ。黒須はずっと……ユカリをいじめていたしな」


 シノの言葉を聞いた瞬間、僕は訳の分からない狂暴さに身体をのっとられた。


 お前は……!

 黒須の死体を見ていなからそんなことが言えるんだ!


 僕の内部で、何かが身をよじり怒りに顔を引きつらせ叫ぶ。



 あの黒須の死体を見れば……!

 あの人間としての形を留めていない、ただの肉塊と化した死体を見れば!

 こんなことを自分が知っている人間がしたのだ、なんて恐ろしくて言えないはずだ!


 そんなことを認めたら!

 ユカリが黒須をあんな風にしただなんて、認めたら!

 

 僕たちが生きてきた、今までの日常は、生活は、人生は何だったんだ!

 そっちのほうが贋物だった。そういうことか。


 

 お前は、僕の「今まで《げんじつ》」を贋物にするのか!!



 叫び出しそうになった、僕のことを夕貴がジッと見つめた。ひどく感情が読み取りにくい、静かな瞳だった。


 

 その瞳に捕らえられた瞬間、頭の中に声が響いた。


(なあ、これはカウマイなんだよ)



カウマイは「淵」である。




「と、言うことは君は大丈夫じゃないかな」


 夕貴は僕から視線を外し、シノに向かって言った。

 シノの顔から、不意に満足げな色が消えた。

 落ち着かなげに視線をさまよわせて、最後に何かに無理に引きずられるたかのように夕貴と目を合わせる。


 夕貴はひどく優しい表情で、シノに微笑みかけた。


「黒須がユカリをイジメていたから、黒須を殺したんだとしたら、シノには関係がないじゃないか。シノはユカリをイジメてはいないんだから。そうだろう?」


 シノは闇の中でもはっきりとわかるくらい、顔を蒼白にさせていた。狼狽えたように目を何度もしばたかせた。

 

 夕貴はそんなシノの様子をしばらく見ていた。

 不自然なほど長い無音の後。

 夕貴は笑った。 



「それとも、君は何かそんな心当たりがあるの?」



 夕貴の声が、教室の中にわだかまった闇を震わせる。

 まるで闇が何かの巨大な体躯であり、ブルブルと歓喜にむせんでいるようだ。


「ユカリに殺されかねないと思うようなことがさ」


 夕貴の言葉に、シノはまるで鞭で打たれたのように首を左右に激しく振る。


「そうだろう?」


 夕貴はすばやく言葉を畳みかけた。


「ユカリと二人きりになることをそんなに嫌がるっていうことは、君までユカリにひどいことをしていたんじゃないかと思っちゃったよ。《《君がそんなことをするはずがない》》のにね。 疑って悪かったよ、シノ」


 夕貴は小さく、だがひどく明確に何かを区切るような口調でそう言い、シノに信頼を寄せた表情を浮かべた。


 シノは慌てたように二、三度、口を開きかけたが、そのたびに夕貴の強い信頼の眼差しに阻まれ、最後には気弱そうに追従の笑いを浮かべて頷いた。



 夕貴はシノのその反応に満足したように鷹揚に頷くと、今度は僕のほうを向いた。


「僕たちは何もしていないんだから、大丈夫だよ。いくらユカリだって、何の関係もない人間を皆殺しにしようとは思わないだろう」


 夕貴がサラリと口にした「皆殺し」という言葉に、僕は震えた。

 何もかもが悪い夢だとしか思えなかった。


 僕たちの反応などまったく目に入れる様子はなく、夕貴はそれだけ話すと懐中電灯を手に持って立ち上がった。


 すがりつくような眼差しを向けてくるシノに、夕貴は言った。


「そんなに心配なら、またユカリを縛るか? いいよ、《《シノがそうしたい》》なら。僕たちは、君がユカリを縛るのを見ているよ」


 必死に夕貴の表情を追うシノの眼差しは、その瞬間、床に落ちた。

 シノは、照らし出された床の木目の模様を追うように、ジッと項垂れた姿勢のままでいる。



 夕貴が僕に言った。


「行こう。璃奈が心配だ」



★次回

「第27話 シノが……?」

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