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第22話 幕間・2 ~現在~

1.


 どれくらいたったろう。

 案外それは、僕たち自身が考えるよりも短い時間だったのかもしれない。


 僕と夕貴はただ立ち尽くして、何もない空っぽの教室の床に転がる人体模型を眺めていた。


 無意識に、手に持っていたスマホに目をやる。

 闇の中で浮かび上がった画面が示した時刻は、午後10時近かった。



 僕は誰に言うともなしに呟いた。


「何で、何でこんなところに……。しかも誰が……」

「忍び込んだ誰かが、いたずらでやったんじゃないかな……」


 ひどく心許なげに夕貴が言った。


 誰かが忍び込んでやった?


 僕は食い入るように、無惨に破壊され、赤い液体をぶちまけられた人体模型を見つめた。


 でもこれは……。


「《《あの時とまったく同じだ》》」


 夕貴が反応することなくただ俯いているのを見て、夕貴が僕とまったく同じことを考えていることがわかった。



 これは。

 あの時と同じだ。

 

 十年近く前、小学校五年生の時、朝、来て見つけた人体模型の姿と、寸分たがわず同じなのだ。

 僕の記憶が抜け出て、そのまま再現されたのではないかと思うほどだ。



 訳が分からないまま、人体模型を眺め続ける僕の耳に、不意につんざくような悲鳴が届いた。


 僕はギョッとして辺りを見回す。


 隣りでは、僕に劣らず慌てたように夕貴が視線を四方に走らせている。


「今の……聞いた?」


 僕が頷くと夕貴は、小さな声で付け加えた。


「女の子の声……じゃなかったか?」

「女の子?」


 あの獣じみた絶叫が?

 僕には奇怪な怪物の断末魔のようにしか聞こえなかったが、夕貴の顔を見ていると段々とそんな気がしてきた。


 しかし。

 夜の十時に、廃校になった小学校で女の子の悲鳴がする。

 そんなことがあるのだろうか?


 少し黙ってから、夕貴が言った。


「助けに行こう。子供が忍び込んだのかもしれないし、誰かに連れ込まれたのかもしれない」

「う、うん」


 夕貴の無理に作ったようなきっぱりとした声に、僕は慌てて頷いた。




2.


 僕たちがいる五年二組の教室は三階の一番端にあり、目の前に階段がある。


「急ごう。二手に分かれて探したほうがいい」


 夕貴は僕の手にペンライトを押しつけながら言った。


「君は二階と一階を見てきて。僕は四階を見たあとに、三階を見る。何かあったら連絡してくれ」


 夕貴はそれだけ言うのももどかし気に、すぐに階段を駆け上がった。

 あの悲鳴を聞くと、恐ろしく切羽詰まった状況にいるのは間違いない。


 僕は慌ててペンライトの灯りを頼りに階段を下りた。

 二階を通りすぎ、一階にやって来る。

 廊下は真っ暗で、僕が持つペンライトの灯りがか細く闇の中をゆらゆらと揺れている。

 口の中に沸き上がる唾を呑み込むと、何も考えないようにして暗闇の中を進んだ。




3.


 一階の端から端まで教室を確認しながら歩いたが、何も見つけることが出来なかった。たどり着いた反対側の階段から、今度は二階に上がる。


 二階も一階とまったく同じだった。

 辺りはシンとしており、先ほど聞いた悲鳴がまるで幻だったかのように、張りつめた静寂が広がっていた。


 この闇の世界の中を一人で歩いている。


 油断すると湧き出す思考や感情を抑えつけて、僕は出来るだけ心を空っぽにして学校の中を歩き続けた。


 教室はどこもまったく同じだった。

 机も椅子も撤去されて空っぽで、ただ木の床だけが広がっている。

 同じ光景を何度も見ると、自分が今どこにいて、何をしているのか忘れてしまいそうな心地になる。

 

 廊下を歩き、扉を開け、空っぽの教室を見て扉を閉める。そして闇の中を歩き出す。

 ただ意味もなく、この動作を永遠に繰り返すだけ。

 そんな気持ちになってくる。


 だがその作業にも終わりがあった。


 段々と廊下の突き当りにある窓が大きく見えるようになってくる。


 僕は二階の一番端の教室の確認を終え、廊下の突き当りの窓を見つめた。

 そこからは夜の暗い風景が見えた。



 ああ、あの時もこんな暗い夜だった。



 僕は不意に思い出す。

 小学校五年生の時に、こうやって薄暗い廊下を歩いたことを。

 

 そう、あの時もこんな風に、暗くて深くて……時間も空間も、感覚の全てが不明瞭だった……。


 

 カウマイは「エン」である。



 僕は何かの気配を感じて、窓の外を見た。

 その瞬間、窓の外を何かがスーッと上から下へ落ちていった。


 一瞬だった。

 だが永遠でもあった。


 その永遠の中で、窓の外の闇の中で逆さまになった美しい少女が、張り裂けるように見開かれた瞳で僕のことを凝視していた。


 十歳くらいの人形のように美しい少女の姿は、僕の記憶をすぐに呼び覚ました。


 相川璃奈。


 静止された時が動き出し、璃奈の姿はすぐに窓の枠の外へ消えた。


 

 次の瞬間、その美しい体が地面に叩きつけられ破砕され潰される音が耳に響いた。


★次回

「第23話 殺人犯」

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