オープン・ユア・アイズ
「起きるんだ……小鷹千尋」
聞き覚えのある声だったが忘れてしまった、声だけじゃない……私は誰だ? それにしてもここはどこだ? 小鷹千尋というのは私の名前なのだろうか?
私はゆっくり目を開けると何かが右頬を伝った。触ってみるとそれは水、いや、涙だった。跡を指でなぞると目から落ちたのだと理解した。最初は視界がぼやけていたが段々良くなってきた。天井が見えた、やけに近い気がする。そして視野の端に何かが見える。それを触ってみると何か髪の毛のような物だった。
「ヒェッ⁉︎」
私は甲高い変な声を出しながら体を起こした。触った物を見るとそれは裸の人間の形をした何かだった。顔や体を見るに女性のようだがどこか無機質な印象があった。足元に目を移すと似たような物があった。立ち上がって見ると更に異様な光景が目に飛びこむ。
何百、いや、何千あるか分からないが人間の形をした何かが部屋一面積みあがっており、床が見えなかった。積みあがっていたというかは山になっており、私はその頂点に居た。
恐る恐る足を動かし、降りていくがこんなのを踏むのはかなりゾワゾワした。だが少しずつ慣れて観察する余裕も出来た。全部同じ顔ではなくマネキン感半端ない物が大半であった。髪が千切れていたり、顔が砕かれていたり、何かに切られていたり、服を着ていたのも居た。私は今、裸なのでサイズが合いそうな服を探すことにした。
私は気持ち悪さを押し殺し、着られそうな服を探した。黄色のショートパンツ、白いタンクトップ、グレーのショーツ、白ニーソ、23センチの赤いハイカットのスニーカーが何とか私のサイズに合うようだ。
衣類のサイズから察するに私は百五十センチ程度で幼児体型というかぽっちゃりとまではいかないがくびれがなく、胸も小さいことが分かった。いや、まぁ、見た目で大体分かるんだけどね。
衣類を探って分かったことがあり、これはどうやら女性型のアンドロイド……確か、ガイノイドと言った方が正しいのかそれとも人間をベースに作られたのだとサイボーグだと思うが名称はよく分からないがそれららしく、人間に近い皮膚や髪を使い、骨は金属で出来ていること以外本物そっくりであった。
いや、別に私は医療の知識が皆無に近いのだが動いていたら本物だと信じていただろう。ここで一つ疑問が残る。もしかしたら私もそうなのだろうか?
ただ、それを私にどう確認しろというのだ、裸でいたことに対して羞恥心を抱いていたからこれがもしも、機械の体で心は何らかのプログラムだとしたら中々凄い気がする。確認するのは難しいし、部屋から出ることにした。
入念に調べたわけではないがこの部屋には他に何も無さそうであったからだ。私はドアを開けようと近づくと頭に声が響く。耳に、というかは頭に直接呼びかけるような感じであった。
「おはようございます、製造番号THX―11380409CA 小鷹千尋」
機械的な少しぎこちない女性の声であった。
「お、おはようございます?」
私もぎこちなく挨拶を返しながら周りを見渡した。しかし、何も物音もしなければ影や形すらなかった。というか私、本当にガイノイドで小鷹千尋って言うんだね。
「これより訓練を行っていただきます、訓練と言っても失敗したらスクラップになりますのでご了承下さい」
それって実戦じゃないのか⁉︎ とツッコミたくなったが何か要らん事を言ったらやばい気がしたから胸の内に秘めておくことにした。
「まずはここ、地下三階のガイノイド廃棄室から出て地下二階の第三トレーニングルームのパソコンにアクセスして下さい、どのパソコンでも構いません、尚パスワードも入力する必要もありません……場所はご自分で探してください」
「そんなんで良いの?」
「尚、途中ガイノイドがあなたを攻撃することはありますが逃げて下さい」
「え? いきなりそんな難易度が高いの? どうにかならないの?」
「ではこれより訓練を開始します……三……二……一……」
私の問いかけは無視され、ドアが開いた。部屋の外に出ると左右に廊下が続き、瓦礫やら崩れた天井やら割れたガラスやらが散乱していた。通路の照明は所々無いが足元を照らすには十分だった。
ここは研究所というか廃墟ではないか。こんなんでパソコンが使えるのか疑問だが、言われた通りに地下二階へ上がることにした。すぐにエレベーターが二基見つかり、今エレベーターがあるフロアを示したランプは点いていた。ランプはB3に点いていた。このエレベーターは使えるようだ。
「なんだ、ガイノイドなんていないじゃない」
私はひとりごちりながらエレベーターの上へ行くボタンに触れた。右のエレベーターのドアがゆっくり開くと何かが崩れ落ち、私の足元へ転がってきた。
それはガイノイドの首であり、綺麗な断面をしており、何か鋭利な物で切られたようだった。エレベーター内には腕や脚が散乱している。
なら上に何かがいるってこと? その疑問はすぐに解決した。左のエレベーターのドアが開くとそいつは居た。そしてその顔を見て絶句した、心臓はあるのか分からないが飛び出るのかと思った。女性の顔は右半分崩れており、眼球や口にあたる体組織や機械が剥き出しになっており、口元は赤く染まっていたのだ。外見は私と背丈は変わらず、白いマントを着た色白のガイノイドだった。
私は後退りしながらも彼女に魅入られてしまっていた。対する彼女はゆっくり私に向かって歩く。歩く度にマントの隙間から肌が見え、両手に握りしめられている斧の刃は照明の光を反射して鈍く光り、そこから赤黒い何かが滴り落ちていた。彼女は生気が無いまるでビー玉のような瞳で私を見ていた。
彼女が斧を振り上げた瞬間、私は走った。物を持っているせいか私の方が速く逃げることが出来た。しかし、立ち止まることはせずに私は走り続けた。
それから何分走ったか分からない、エレベーターを見つけたがスルーした。また、あいつみたいな奴が居たら困るし、そんな勇気はなかった。階段は見つからなかったが私のスタミナの限界も見つからない、ずっと走り続けることが出来ている。
そして、ようやく階段を見つけた、地下二階は一層廃墟と化した廊下が続いていた。本当にパソコン使えるのかな? と思いながら第三トレーニングルームを探すとあっさり見つかった。
ドアを開けるとかなり広い空間が広がっていた。所々点いている照明が部屋を照らしていた。片隅にパソコンが六台あったが一台だけしか使えなかった。液晶画面には私の名前と製造番号と顔写真が写された。
写真には女性の顔が写っており、黒髪ショートで丸い目と丸く膨れた頬、カエル顔で幼さが残っていた。恐らくこれが私の顔なのであろう。
「おめでとうございます、これより戦闘訓練を開始いたします」
立て続けにするのか休ませてくれても良いのに……。すると、頭に響く声とは別の音が聞こえた。振り返るとそこには先程のガイノイドが居た。やばいと思ったがガイノイドの反応の方が速かった。私の腹部へタックルし、そのまま壁へ押されてしまった。うずくまってしまった私の頭を押さえ、左手に持った斧を振りかざした。
「三……二……一……」
何を呑気にカウントダウンしているのよ、というかこれが訓練じゃなかったのか? 何か武器はないのか? しかし、辺りを見渡して何もない、ここまでか……あっけなかった。私は目を閉じた。死ぬのか……。そう思うと涙が出た。




