パーティー結成
その後俺たちは逆恨みに遭っても面倒なので街を出る。そもそも俺もオリアナもあの街に嫌な思い出こそあれど留まりたい理由はない。
「とっさにあんな報復を思いつくなんてさすがですね」
オリアナが感心したように言う。
「ああいうやつは周囲にちやほやされるのが嬉しいから、俺がどうこうするよりも民衆に醜聞が広まる方がいいんだ」
「なるほど。この後のことを想像すると少しすっとします」
確かにこれまで民衆から白い目で見られていたオリアナよりもあいつの方が今後はもっと白い目で見られるのかもしれないと思うと少し皮肉な話である。
さて、それは済んだとして問題はこれからだ。
「ところでこれからのことなんだが、」
「確かに。無一文のようですが今後どうするんですか?」
「もし良かったら俺と一緒に冒険者をしないか?」
「えぇ!?」
俺の提案をオリアナは予想もしていなかったようで、驚きの声をあげる。
「そんなに驚くことか? 俺は論破王とかいうよく分からないギフトに目覚めたが、元の職業は冒険者だ。冒険者となれば話が通じない相手と戦うことの方が多いが、俺は探索や索敵は得意でそこまで強い訳ではない」
「でも私が一緒にいるといらぬトラブルに巻き込まれてしまいますよ?」
「そうかもしれないが、あれはオリアナが一人でいたこともあると思う。他の人と一緒なら絡まれることも減るんじゃないか?」
忌み子を差別するようなやつの大半は下に見ても反撃してこない相手を虐めたいと言うだけで、横に反撃してきそうな相手がいればちょっかいをかけてこないのではないか。俺は勝手にそう思っている。
あの神官のような偏執的なやつはそんなことはお構いなしに因縁をつけてくるだろうが、そういうやつはまた論破してやればいい。
「確かにそうかもしれません」
「むしろオリアナはいいのか?」
「え、何がですか?」
俺の確認に彼女は首をかしげる。
「これまで一人でやってきたのならその方がやりやすいかもしれないと思って。それに、二人になれば強敵を倒しても報酬は山分けになるし」
前のパーティーで揉めたことを思い出して少し怖くなる。
俺は相手がオリアナであっても報酬を山分けにすることは譲るつもりはないが、断られるとしたらこれが一番の理由だろう。
が、オリアナは心外だ、という風に首を横に振る。
「いえ、それは構いません!」
「本当か!?」
「魔物などと戦うときは私が頑張りますので、街で宿をとるとか、目撃情報を聞くとか、そういうことをしていただけるだけで十分ありがたいです」
「そうか。それなら全く問題はない」
そう言いつつも、そういう当たり前のことで不自由しているオリアナに内心同情してしまう。余計な偏見さえなければ彼女はもっとすごい冒険者になっていたかもしれないというのに。そうなれば人々にとっても魔物の脅威が減ったり、高価な素材の供給が増えたり有益だというのに気づいていないのだろうか。
「良かった、私もアランさんのような方とパーティーが組めて嬉しいです」
「そうか? 俺は悪人ではないが、とりわけ善人でもないと思うが」
「そこで自分のことを善人だと言わないあたりが好きですよ」
そう言ってオリアナはにこりと笑う。その言葉に俺は何となく共感した。確かに自分から善人や正義を名乗るやつはうさんくさんいことが多い。先ほどの神官も正義を気取っていたし。
あと、好意を向けられたのは案外嬉しかった。
そう言えば前のパーティーでは役割をこなしたことを認められても、好意を向けられることはなかった、ということに今更気づく。
「じゃあとりあえず次の街に行きましょうか」
「そうだな。とはいえ、俺はお金がないから道中で適当に魔物を倒していかないか?」
「はい」
人里を襲ってくる魔物には討伐依頼が出るが、依頼が出ていない魔物も倒さなければいずれ数が増えて人間を襲うようになる。
そのため、依頼が出ていない魔物でも討伐して証拠をギルドに持っていけば多少の報奨金は出るのだ。
何もない平原の中ひたすら続いていく道を歩いていくと、やがて右手に森が見えてくる。
「あの森とかいいかもしれない」
「分かりました」
俺たちは街道をそれて森に向かう。遠目から見るとうっそうと木々が繁っているが、近づくと意外と木と木の間隔は広く、中は広かった。
「こういう森は意外と大きな魔物がいることが多い」
「そうなんですね」
そして少しの間歩くと、やがて小動物の死体を見つける。
ということは近くに肉食の魔物がいるかもしれないと思っていっそう注意を払うと、やがて土の上に大きめの足音が続いているのが見える。
「これは大物だな。しかも二足歩行みたいだ」
「二足歩行ということは大物かもしれませんね」
さらに歩いていくと、やがて森の奥からパキパキと木の枝を折りながら何かが移動する音が聞こえてくる。ということはよほど体が大きい魔物が移動しているのだろう、と俺たちは身構える。
すると音はどんどん近づいてきた。俺たちが縄張りに入り込んだから返り討ちにしにきたのだろうか。
「来るぞ」
「はい」
その直後、俺たちの前に現れたのは全身が褐色の皮膚で覆われたこん棒を持った二足歩行の生き物、俗に言うトロールであった。
身長は三メートルほどもあり、顔のあたりは木々に遮られてよく見えない。しかし俺たちに対してウガー、グオー、としきりに威嚇してくる。
こいつからも俺たちが見えないと思ったのか、こん棒を一薙ぎすると太い幹の木々がまるで枝でも折るようにバキバキと音を立てて倒れていき、そいつの顔が見えるようになる。
「こんな大物がいたとは」
トロールの中でも特に大きな種類だろう。前のパーティーで四人がかりでようやく相手になるかどうかというぐらいの敵だ。
しかし。
「大丈夫です。……シルバーブラスター!」
オリアナが魔法を唱えると、彼女の手から白銀の魔力が噴き出す。その様はまるで目の前を流星が横切ったかのようであった。
それを見て、トロールはグオオオオオ、と一際大きな咆哮をあげる。
そして白銀の魔力に向かってこん棒を振るった。棍棒が空を切る音がここまで聞こえてくるぐらいの怪力だ。その圧倒的な膂力で魔法をも吹き飛ばそうというのだろう。
しかし次の瞬間には、オリアナが放った魔法はトロールの棍棒を叩き折り、そのまま彼の体に命中した。
トロールはさらに大きな咆哮を上げると、ずしりとその場に倒れる。地面に倒れた時はまるで地響きがしたかのようであった。
それを見て俺はオリアナの強さに驚愕する。
「まさかそんなに強かったとは」
「え、私の実力を見抜いていたから誘ってくださったのではないですか?」
驚いている俺にオリアナがきょとんとした表情で尋ねる。
「いや、すごいとは思っていたとはここまでとは」
オリアナさえいれば人間性は言うに及ばず、強さでも前の奴らを上回るパーティーになりそうだ。目の前でぴくりともせず倒れているトロールの遺体を見ながら俺はそう思うのだった。