論破
「あ、何だお前は?」
急に立ち上がった俺に対して一斉にならず者たちは振り返る。
「酔っぱらいは引っ込んでいろ!」
一人が俺を威圧するように叫ぶ。
普段ならそれだけで身がすくんでいたかもしれないが、むしゃくしゃしていた上に酒が入っていたので声が頭に響くな、という程度にしか思わない。
「お前たち、さっきからうるせえんだよ、酒場は酒を飲むところだ。教育がしたいならよそでやってくれないか?」
「あ? お前俺たちに逆らうのか?」
男たちの中からリーダー格の男が俺の方に進み出る。
そして彼は少女を一瞥して言う。
「いいか、こいつは忌み子なんだ。忌み子っていうのは人間様に迷惑をかける劣等種族なんだよ。だから人間と一緒に暮らすなら体ぐらい触らせてもらったって罰は当たらないだろ?」
「幸い忌み子は美形が多いからな」
そう言って、男たちは下卑た笑みを浮かべる。
が、そこで俺は不意にギフト『論破』が発動するのを感じた。頭の中にこいつらを言い負かす言葉が次々と浮かんでくる。
しょうもないギフトだが、酒場で見知らぬ奴らを言い負かしてストレスを発散するぐらいがちょうどいい使い方なのかもしれない。
「お前たち、さっきから忌み子は人間に害をなす劣等とか言っているが、それは何かデータがあるのか?」
「は?」
まさかそんな理論的に言い返されるとは思わなかったのか、男たちは一瞬困惑する。
が、すぐにリーダー格の男が怒鳴り返してきた。
「当たり前だ! ジャック・スローンの連続殺人事件を忘れたのか!?」
ジャック・スローンというのは五年ほど前に十九人ほどの聖職者を惨殺した凶悪殺人犯で、今なお人々の記憶に新しい。彼は忌み子であり、その卓越した身体能力を凶悪犯罪に使ったようだった。
「それがどうした?」
「何を言ってるんだ、そいつが忌み子だったんだ。分からないのか?」
「分からないな。忌み子のうちに凶悪殺人犯がいたとして、それ以外の人間の中にも凶悪殺人犯ぐらいいくらでもいるだろう。お前たちは忌み子が人口の何%で、犯罪全体に占める忌み子の犯行が何%なのか分かっているのか?」
「い、いや、いきなり何%とか言われても……」
一人が口ごもる。まあこいつらがそんな小難しいことを考えて生きているとは思えない。
が、さらに俺の脳裏にはこいつらを論破するための大量の言葉が浮かび上がってくる。
「そうじゃなかったら忌み子の犯罪が多いとは言えないよな?」
「だ、だが、少なくとも俺の村では忌み子は一人しかいないが、そいつは犯罪者だった!」
リーダーらしき男が叫ぶ。
それはお前の個人的な体験じゃねえか、と思ったがあえてきちんと反論してやることにする。
「そうか。だが仮に忌み子の犯罪者の割合がそれ以外の人間よりも高かったとして、忌み子が狂暴とは言い切れない」
「な、なぜだ!」
「お前たちのような馬鹿が偏見で忌み子を差別するからだ。幼いころから周囲に『狂暴』と差別され、暴行を受けていれば孤立して犯罪者になりやすくなってしまう」
「お、お前、言うにことかいて俺たちのせいだって言うのか!?」
ならず者の一人が顔を真っ赤にして叫ぶ。
「だからそう言ってるだろ? ところで質問なんだが、お前たちは忌み子が暴力的だから多少の痴漢ぐらいはいいという論理のようだったな?」
「そ、そうだが……」
最初は威勢の良かったならず者たちもすっかり勢いをそがれている。
「それならお前たちは今暴力的なことをしようとしていた訳だから狂暴な人間に当てはまる訳だ。つまり、制裁を受けなければならない。そうだろ?」
「お、俺たちは忌み子だから暴力を振るおうとしただけで、普通の人にはそんなことはしない……ん?」
そこでリーダーは気づいたらしい。
「じゃあ俺は普通の人だから暴力を振るわれることはないな?」
「お、おう……くそっ」
どうやら奴らは自分たちが墓穴を掘ったことに気づいたらしい。
とはいえいくらならず者でも普通の人に暴力を振るわない、と言った後で暴力を振るう気にはならなかったのだろう。
「帰るぞ!」
吐き捨てるように言って酒場を出ていく。まさか本当に論破しただけで引き下がってくれるとは正直思っていなかったので、それを見て俺はほっと息を吐くのだった。