忌み子
「くそ、あいつら好き放題言いやがって!」
パーティーを追い出された俺は内心激怒しながら、あてどもなく歩く。これまで半年間一緒のパーティーだったというのに、あんなに簡単に見捨てるなんて。
それとも半年間仲間としてやってきたというのは俺が一方的に思っていただけで、俺が何度かパーティーの方針に文句を言っていたことを実は疎ましく思われていたのだろうか。
俺としてはパーティーメンバーとして意見を言って、通らなかったらそれで終わりという風にしていたつもりだったが、向こうはうるさいやつとでも思っていたのだろうか。
「唯一持っているのはこのゴミスキルか」
パーティーに所属している時は強さだけでなく連携や索敵、探索なども役に立つが、一人で冒険者をするならある程度の戦闘力が必要だ。だが俺は戦士の中でもシーフと言われるようなスタイルであり、個人的な戦闘力は高くない。
しかも俺が持っているのは『論破』とかいうゴミスキル。これではこれから一人で冒険者をするのも難しい。またパーティーを組めばいいが、半年間一緒にいた仲間にすら毛嫌いされるスキルであることを考えると、パーティーが組んでくれる人がいるのかもわからない。
「いっそのこと、法律家にでも転職するか?」
裁判の際は『論破』スキルは大いに役に立つだろう。とはいえ俺は別に法律家になりたい訳でもないし、そういう知識がある訳でもない。
「ああもうむしゃくしゃする!」
俺はイラつくままに街を出た。俺たちは仕事をこなしながら旅をする冒険者であり、あの街もたまたま滞在していただけで家がある訳ではない。ならばあいつらに会ってしまう可能性がある街になどいない方がいいだろう。
それから俺は数時間、脳内で彼らの悪口を言いながら隣町を目指す。
そしてアルザスという小さな街に着くと、真っ先に酒場に入った。
「おお、旅人さんか、いらっしゃい」
「一番強い酒をくれ!」
そう言って俺は手に持っていた財布をカウンターに叩きつける。それ以外のお金がある訳でも、宿のあてがある訳でもなかったが、その時の俺は自棄だった。何でもいいから酔っぱらって意識を失いたい、そんな気持ちだった。
「お、おお」
俺の剣幕に驚きつつも財布の中を見た店主は俺に何本かの酒瓶を出してくれる。俺はそれを片っ端から開けると、グラスに注いで飲んだ。
「そんなに飲んでは……」
「うるさい!」
店主の制止を無視して飲んだからだろう、すぐに俺の意識は遠くなっていく。
やがて俺はその場で気を失った。
どれくらい経っただろうか。
「や、やめてください!」
「おいおい、忌み子の癖に人間様に逆らおうっていうのか?」
「さ、逆らうとかではありません」
「いいだろ? 俺たちの言うことを聞いてくれればここで自由に酒を飲んでいいって言ってるんだ」
「や、やめてください!」
「……あぁ?」
俺はそんな会話を聞いて意識を取り戻す。
何も食べずに自棄酒したからだろう、頭がガンガンと痛む。その上不愉快な会話を聞かされたのだからなおさらだ。
俺が顔を上げると、すっかり遅い時間になっているせいか酒場の中の客もほとんどいなくなっている。
代わりに明らかにカタギではなさそうな男たち四、五人が一人の少女を囲んでいるのが見える。会話でおおよそ察しはついていたが、男たちは下卑た笑みで少女の体に手を伸ばし、少女は懸命に拒んでいる。
「おい、お前みたいな穢れた存在が人並みに生きていいって言ってるんだからこれぐらい当然だろ?」
今も男の一人が少女に手を伸ばしている。
「や、やめてください!」
それを少女は気丈にも払いのけた。
パシン、という音が人が減った酒場の中に鳴り響く。
「おい、今やりやがったな?」
先ほどまでの下卑た笑みから一転、男たちがギロリと少女を睨みつける。店主は面倒事に関わりたくないと思ったのか、奥に引っ込んでいるようだ。
「そちらが触ってきたんじゃないですか!」
一方の少女も震える声で言い返す。普通あんな人相の悪い男たちに囲まれれば委縮してしまいそうなものだが、彼女は気が強い性格のようだ。
俺は近くにあった水をコップに注ぎながら少女の方を見る。
先ほどから男たちはしきりに「忌み子」を連呼していたが、確かに彼女の肌は異常なほど白く、体つきも年頃の少女にしては異様に細い。旅人なのか、フードのついたマントを着て普段は肌の色が見えづらいようにしているのだろうが、酒場で食事でもしようとしたところを見つかったのだろう。
フードの下から見える顔から察するに年齢は十五ほどだろうか。
透き通った肌に人形のような整った顔立ちが合わさって目を見張るような美少女だった。
「忌み子」というのは百人から千人に一人ぐらい生まれる子供で、魔力の偏りによって通常とは違う外見で生まれるというが、詳しいことは分かっていない。
いくつか言われているのは、魔力か身体能力のどちらかが異常に高いことが多いということ、コミュニケーションに難があり、周囲と馴染めないことが多いということだ。そして聖教会の神官の一部には、「忌み子の魔力の偏りは人間より魔物に近い」と主張する者がいるらしく、あまりよく思われていない。地域によってはかなり差別的な扱いを受けていると聞く。
もっとも、俺が実際に忌み子を見るのは初めてだったが。
そんなことを考えつつ水を飲むと、不快感からか急激に酔いが醒めていった。
「これは教育してやらねえとな」
そう言って男たちが彼女への包囲を縮める。
「待て」
気が付くと俺は立ち上がっていた。




