第十八話 泣いて馬謖を斬る
「Sにハメられたんです!恐喝するつもりなんて全くなかったんです!」
脅迫事件で問い詰められたナユはこの言葉を残し、事の詳細についてはしばらく口をつぐんでいた。
ヤマさんに至っては問いかけても返答も弁明もなく、刑事告訴の会に引きこもっていた。
当事者の二人の黙秘が、疑心暗鬼を増長させた。
―――詐欺師に嵌められた。
ああ、そんなことだろうと思ってはいた。
相手はいくつもの会社を作って計画倒産させてきた、百戦錬磨のペテン師。
俺達のような素人を騙して交渉のテーブルに乗せるぐらい、お手のものだろう。
どうせこの前のスパイのように返金をチラつかされて、誘導させられたに違いない。
だが、騙されたからといって、それで許されるような話じゃない。
「じゃあ済んだことは水に流して、また一緒に訴訟に励もう」なんて言えるわけがない。
それは、お前だってわかるだろ?
三国志の馬謖は孔明の命令に背き、自分勝手な行動で軍全体を敗北に追い込んだ。
孔明は国を守るために、失敗した馬謖を処刑するしかなかった。
私情はどうあれ、組織を危険に晒した代表を残しておくことはできない。
俺は鬼になって彼らから管理者権限を剥奪し、会からの『追放』を決定した。
その後、何度か事情聴取を行ううちに、今回の真相が少しずつ見えてきた。
代表の地位を利用した独断専行は決して許されないことだが、それを脅迫事件のように見せかけたのはSの悪魔的な手口に違いなかった。
「被害者の会を裏切ったのか?」
「違います。会のための行動でした」
「1億もらって代表を辞任するのが、会のための行動なのか?」
「違います。Sと交渉して、皆の投資金を取り戻すつもりでした」
「このHPに記載されたメールがSとの契約書なのか?」
「いいえ、Sとは交渉できていません。代理人と接触した際に、交渉のテーブルに乗せるために作った草稿を利用されました」
「被害者の会の情報をSに売ったんじゃないのか?」
「交渉に引っ張り出すために興味を引きそうな項目を列挙しましたが、事実ではありません」
「文面通り交渉が成立したら、代表を辞任して告訴を止めるつもりだったのか?」
「仮に私達が辞めても、皆がやるのはわかっていました。情報も引き継ぐ予定でした」
「スポンサーとは?」
「そんなものはいません」
ナユの話を鵜呑みにしてはいけないのだろうが、何度か聴取して事の経緯をまとめると全貌が明らかになってきた。
彼ら二人はSの刑事告訴に向けて活動していたが、単に彼を有罪にして牢屋に入れるのではなく、その圧力を利用して被害金を補償させるのが目的だった。
告訴に踏み切る前に『調整お見舞い金』の話が持ち上がったため、一度返金の交渉ができないかと考え、融資先の会社サポートにメールを送った。
しかし、そこで対応したのは元社長本人ではなく、正体不明の代理人だった。
元社長と直接交渉したいと申し出たものの、色よい返事はもらえなかった。
交渉の場に呼び出すために、こちらの本気を見せつけることにした。
会が行っている活動に脅威があると思わせれば、あちらも重い腰を上げるかもしれないと考えた。
二人は他のメンバーに内緒で意見を出し合い、Sの目を引き付けそうな内容を列挙した。
・数百名の被害者が会を設立した
・刑事告訴を間近に控えている
・刑事事案弁護士記者会見を開催
・メディア7社と提携
・警察への被害届
・警視庁等への陳情書
・国税庁等への要望書
・同議員らへの相談
・スポンサーと提携
とんでもない大風呂敷を広げたが、これだけ書けばなんらかの返答が得られる可能性は高いと思った。
代理人にメールを送り、Sの反応を待った。
しかし、返答は来なかった。
いや、逆に最悪の形で返ってきたのか。
Sは交渉のテーブルに付くどころか届いたメールを『恐喝』として仕立て上げ、こちらを非難してきたのだ。
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上記内容は違法な恐喝にあたると判断いたしました。
したがって、今後被害届の提出および刑事告訴を検討してまいります。
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彼等が期待した返金交渉は始まる前に終わり、広げた風呂敷は脅迫の材料として世界中に晒されることになった。
代表者二人は『刑事訴訟をダシにして自分の金だけ取り戻そうとした裏切者』の烙印を押され、完全に信頼を失った。
そういえば、融資先が社名変更する前にも、奴等は同じような手口を使っていた。
投資家による差し押さえを『不当な業務妨害』として、HPで公表したことがあった。
スラップ訴訟をちらつかせることで資金回収を戒め、被害者の分断を図るのが奴等の作戦なのだろう。
俺達はまんまと同じ罠に嵌ってしまったわけだ。
事情がわかったところで後の祭り。
彼等の交渉は完全に失敗し、詐欺師の策略で被害者の会の評判は地に落ちた。
Sの報復を恐れた二人は会を離れ、身を隠すことになった。
一度失われた信頼は二度と戻らず、疑心暗鬼に陥って分断された会員は告訴を進めるどころではなくなった。
元々刑事告訴の会と距離を取っていた俺がその門を叩いても、今更何もできはしない。
まさにSの思うつぼだったが、本当にどうしようもなかった。
彼等は独断で行動したことに対しては、管理者の俺にも責任がある。
顔の見えない掲示板の相手に全部任せて放任した結果が、この有様だ。
きちんと信頼関係を築いて事前に相談できるような環境を作っていれば、こんな事態は避けられたかもしれない。
悔やんでも悔やみきれない。
たとえこちらに大義があったとしても、詐欺師に直談判などしてはいけない。
相手が誠実に対応することなどありえないし、逆手に取られて二次被害を被るのがオチだ。
お見舞金に唆された二人は、せっかく進めていた計画を台無しにした。
被害者が行うべきは、弁護士を通じた正当な請求。
絡めての入り込む余地のない公の場で、勝訴判決をもって白黒付けること。
そして二人が去った後、それができるのはもう俺しかいない。
刑事告訴の夢が破れ、たった一つ残った民事訴訟。
これでダメなら、全ては水の泡と消える。
絶対に負けられない、最後の戦いが始まる―――




