第十一話 真犯人はプロレスラー
ゴキブリは何千年も人類の生活を脅かしてきたが、未だに撲滅されていない。
日の下で人間と対峙して正々堂々殴り合えば確実に負けるが、そもそも戦わないのだから関係ない。
奴等の目的は、人に寄生して生活の糧を得ること。
勝負に勝ったとか負けたとか、そんな概念すらない。
詐欺師という人種も、きっと同じ。
人を騙して金を奪って、それを返さなければ目的は達成できる。
普通の人間が大事にする道徳とか秩序とか正義とか、そういった常識は理外の生物には通用しないのだ。
みんクレとの裁判は、とてつもなく時間がかかった。
日本の裁判は欧米に比べて進展が遅いので有名だが、それにしても審理の進行が悪かった。
被告が資料の提出を渋り、欠席を繰り返し、ひたすらに遅延させていたからだ。
どこぞのナルホド逆転ゲームのように「異議あり!」と叫んでスパスパと論破していけば簡単に決着が付くんだろうが、現実の法廷はパフォーマンスの場ではない。
原告側の訴状に対して被告側が答弁書を用意し、互いの主張を文面で精査して話し合いを行う。
ひとつひとつ事実を確認して互いに質疑や答弁を行うため、第一審だけでも何ヶ月もかかってしまうこともある。
その上日本の司法は、世界で類を見ないほど被告に優しい組織だ。
例え詐欺師であってもその言い分を懇切丁寧に聞き、書類に不備があれば修正のために審議を延期し、また数ヶ月後に次の口頭弁論期日を設定する。
何をすれば期日を引き延ばせるのか、どれだけ不誠実な対応をしてもペナルティを受けずに済むのか、その道のプロであるSは誰よりも熟知していた。
聞くところによると、彼は過去にプロレス団体を含むいくつかの企業を破綻させ、今のように顧客に訴えられていたらしい。
何度も事業を立ち上げては計画倒産させてきた結果このような遅延戦術を生み出した、ということか。
そんなに起業経験が豊富なら、まともな事業の一つぐらい運営したらどうなのか・・・
Sの不誠実な対応も問題だが、さらに厄介なのは彼が『別の裁判』を提起したこと。
俺がみんクレを訴えるのと同時期に、なんとみんクレは別の企業を訴えていた。
しかも訴えた対象は、親会社を含む身内企業だ。
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<みんなのクレジットからのご案内>
弊社融資先における債務不履行の発生を受け、融資先及び連帯保証人に対して法的措置を開始しました。
また、弊社融資先からは、分割返済を軸とした調停の成立を求める旨の調停申立書が送付されました。
この調停申立にかかる裁判所による第一回目の調停期日をお知らせいたします。
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メールで届いた裁判の告知を見て、俺は目を疑った。
平たく言えば、子供が親を訴えたのだ。
親会社ために40億円を調達したみんクレが、「金を返さない親が悪い!」と言い張っている。
腹話術士の手に装着したウシやカエルの人形が、持ち主を叩いているようなものだ。
「以前プロレス団体を経営していたとは聞いていたが、
本当にプロレスが得意だとは思わなかったよ・・・」
あまりにも見事なやらせっぷりに、観客としては感服するしかなかった。
こんな才能があるなら経営するより自分で試合した方が良かったんじゃないかと、俺は本気で思った。
顧客から見れば、みんクレと融資先は一心同体。
親会社の運転資金を集めるためにソーシャルレンディング会社が作られ、ソーシャルレンディング会社の美味い広告に載せられて、俺は2000万円を騙し取られた。
親会社と子会社は同じビルに存在し、創立者も同じ。
運営者はいずれもS一味で子会社は本体の窓口にすぎないから、俺達は融資先の口座に対して差し押さえを行ったわけだ。
だが、Sはあくまで『別の会社』と言い張った。
みんクレの経営者をすげ替えて資本関係を解消し、みんクレから融資先を訴えた。
融資元が訴えられたから、責任の所在を融資先にすり替えたのだ。
「私達は融資先の将来性を信じて融資しましたが、事業の失敗により返済が滞りました。
遅延は約款で承諾して頂いたリスクの範囲であり、不正ではありません。
分割でも返済できるように、貸付先に請求を続けて参ります」
普通の投資会社であれば筋が通った主張に見えるが、信用する被害者はいなかった。
当たり前だ。
こんなマッチポンプに、今更騙されると思うのか?
ソーシャルレンディングの匿名性を利用して自分の懐に金をしまい込んでおいて、誰に返金を要求するというんだ?
既に金融庁に手口を暴露されているというのに、よくこんな白々しい嘘が吐けるものだ!
だが、客にはバレバレの嘘もこと訴訟においては有効な手段ではあった。
というのも、法的に法人は『一個の人格』として扱われるからだ。
S本人、親会社、子会社はいずれも別の人間であり、それぞれが互いを訴えて責任を追及することができる。
たとえ告訴状を書いているのが同一人物であっても、法人名が違う以上は全て別人として扱われる。
自分の右手が自分の左手を訴えるような狂った裁判が、現実には起こり得るのだ。
Sは既に代表取締役を退任し、代わりに手下の名前を代表として登録した。
裏でガッチリ手を結んでいるとしても、書類上は別の法人として審議されることになる。
俺達が裁判で勝つには融資が正しく精査されたものではなく、一連のグループによる犯行であることを法廷で証明しなければいけなくなった。
事情を知る者から見ればわかりきった詭弁でも、裁判官にそれを納得させるのは難しい。
Sの言い訳も書類上は正式な融資と記載されている以上、無視することはできない。
被告が責任逃れを行う度に原告は事実を調査・検証して、逃げ道を塞いでいかなければならない。
俺達が疲れ果てて諦めるのが先か。
相手が追い詰められて負けを認めるのが先か。
真っ向勝負を避けて逃げ続ける相手と、終わりが見えない鬼ごっこを続ける羽目になってしまった。
みんクレと融資先の係争がどう進むのかは知らないが、会員にとって都合の良い結果にならないことだけはわかっていた。
請求している振りだけで実際には行わず、ひたすら時間稼ぎするのか。
みんクレ側をわざと敗訴させて、親会社の債務をチャラにする気なのか。
彼等の回収に期待して待ったところで、素直に返済が行われるとは到底思えない。
このままではラチがあかない。
弁護士は裁判で必死に請求しているが、逃げ続ければ諦める程度の相手と侮られているんじゃないか?
何か、他に打てる手はないのか?
自分から返済したくなるように、圧力をかける方法はないのか?
遅々として進まぬ裁判の中、俺は何か月も答えを探し続けた。
そして願いが天に届いたのか、ある日それは突然見つかった。
きっかけは、とあるブログの書き込み。
もう一人の勇者の出現。
待ちに待った、『救世主』の到来だ。




