第十話 逆転しない裁判
差し押さえで手に入れた宝箱は、『ミミック』だった。
俺達は隠し財産を見つけるどころか、償還を止めた犯人の濡れ衣を着せられた。
さらに悲しいことに、仲間の一人は周囲の誹謗中傷に耐えかねて戦線を離脱。
残された22人で、みんクレとの決戦に挑むことになった。
裁判の前に調停ができないかと弁護士を通じてSと交渉を試みたが、残念ながら返答はなし。
徹底的に無視するつもりのようだ。
まぁ、素直に返金に応じるような相手なら、こんな事態にはなっていないか。
やはり法廷に呼び出して、裁判で決着を付けるしかない。
裁判で訴えると言っても、刑事訴訟を起こして罰を与えるわけではない。
詐欺罪で起訴するなら詐欺要件が満たされていることを立証しなければいけないし、仮に有罪になったところで返金が受けられるわけでもない。
俺達が行うのは民事訴訟の賠償請求。
求めるのは、民法第95条に基づく『錯誤の無効』。
俺は中小企業や不動産会社への貸付という条件で2000万円を出資したのであって、グループ会社への横流しや経営者の借金返済に金を出したわけじゃない。
民法に則れば、虚偽の説明で成立した契約は無効になるはずだ。
ソーシャルレンディングは金商法の対象なのでそれに類する条項が他にあるのかもしれないが、細かい法律は素人の俺にはわからないので専門の弁護士に任せるしかない。
なんにせよ、返金を求めるためには、契約の不備を証明して賃借契約を解除する必要がある。
錯誤を証明するために、俺はみんクレとの契約内容をひとつひとつ確認した。
ちょうど1年前、投資を始める前にざっと読み流すだけで済ませた契約書を、改めて熟読した。
貸し倒れのリスク、サービサーへの債券売却の可能性、係争に用いる裁判所の設定・・・
まるで記憶にない内容ばかりだ。
口座に入金する前に、なぜもう少し確認しなかったのか?
元本を失うリスクを正しく認識していたら、危険な投資を思い留まることもできたんじゃないか?
「そういえば、昔から説明書を読まずにゲームを始めて、詰まった後に探してたな・・・」
小学生の頃から全然変わらない、自分の迂闊な性分を呪った。
みんクレHPから出資した全案件を印刷し、机に並べて確認。
さらに広告やS氏のインタビューを洗い出し、行政処分後に発覚した実態と比較した。
錯誤と見られる個所は、あっさり見つかった。
というか、あまりにも事実と剥離した場所が多すぎて、ツッコミが追いつかなかった。
<説明と事実の剥離>
・元本割れ0件 → 2017年7月以降償還の全案件が償還停止
・様々な案件に分散投資が可能 → 一見分散してるが、貸付先の97%がグループ会社
・事業性資金への貸付→代表取締役の借入返済やキャッシュパックに流用
・融資先の厳格な審査、調査 → 融資先は親会社・グループ会社
・確実な動産、不動産の担保 → 担保は絵画や非公開株の有価証券
・融資金額の120%以上の担保を設定 → 実際は20%以下
・代表者連帯保証あり→S代表は何の保証もしない
「これはひどい・・・」
俺は目を覆った。
嘘ばかりなのは既にわかっていたが、文章にまとめるとその脚色っぷりが鮮明になる。
担保、分散、審査といった言葉を並べて安心安全な投資をアピールしておいて、中身は全く伴っていない。
実に腹立たしい話だが、ここまで説明と事実が違っていれば、錯誤の主張は難しくなさそうだ。
「私は厳格に審査された多数の事業に分散して投資できるとの説明を受け、みんなのクレジットに投資を行いました。
しかし、実際の融資の殆どは単一のグループ会社であり、約束された担保もありませんでした。
そのため、契約の破棄と返金を求めます」
かなり大雑把な文章だが、請求の要旨はこんなものだろう。
もちろん法廷で争うためには法律との整合を考えて主張を整理・調整しなければいけないが、それは専門家の仕事。
俺が依頼した弁護士は、過去に何度も金融訴訟を解決してきたプロ。
先生は俺の大雑把な記述と曖昧な説明を上手くまとめて、訴状を作成してくれた。
俺が法廷へ向かう必要もなく、弁護士が代理で出席してくれるとのこと。
本人訴訟と違って弁護士を立てた集団訴訟の場合、原告の仕事は案外少なかった。
肝心の勝敗の見込みついては、疑う余地もない。
22人全員が勝利を確信していた。
そもそも関東財務局の行政処分の時点で、契約通りの業務が行われていないことが証明されている。
裁判官がよほどトチ狂った判断を下さない限り、嘘で塗り固められた契約は無効になるはず。
弁護士の先生も「負けることはない」と太鼓判を押してくれた。
準備は万全で、万が一にも逆転はあり得ない裁判だ。
だが、俺は失念していた。
敗北の可能性を、ではない。
『負けない』と『勝つ』は、常にイコールではない。
勝つためではなく負けないための戦法が存在することを、俺は想像すらしていなかったんだ。
東京地方裁判所に審理を申請し、S被告へ訴状を送付。
裁判が始まって最初の会合、第一回口頭弁論期日において、法廷に呼び出したはずの被告の姿はなかった。




