第九話 1億2000万円を奪って逃げた裏切者
失敗した。
失敗した。
失敗した。
俺達の財産を賭けた大作戦は、見事に失敗してしまった。
それが判明したのは、7月28日。
結果として最後になった償還日に、悲劇は訪れた。
いや、『罠に嵌められた』と言った方が正しいか・・・
回収行動は裏目に出た。
目的の1億円は差し押さえられなかった。
それどころか、最悪の結末になってしまった。
なんてこったい・・・
6月までの償還日も支払いが滞っていたが、7月はとうとう支払いが行われなかった。
代わりにみんクレHPとメールにて、次のような告知がされていた。
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<みんなのクレジットからのご案内>
一部の投資家(23名)が融資先に直接的回収行動を行ったため、不動産売買決済や融資が一時停止し、その結果弊社への弁済を7月28日に実行出来なくなりました。
また、融資先から弊社に対し裁判外紛争解決手続きによる調停の提起がなされ、そこでの合意が行われるまでの間、融資元金の償還は一時的に停止することになりました。
今回のアクションによって融資先の決済等の業務に支障をきたし、数千人の投資家様への償還や配当に極めて多大な悪影響をもたらすこととなりました。
最悪の場合、アクションを起こされた方々が逆に法的対応の対象となり得る可能性も不本意ながら生じます。
くれぐれもご留意頂きますようお願い申し上げます。
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簡単にまとめると、「俺達の差し押さえが原因で償還できなくなった」とみんクレは言いだした。
正確には「俺達を口実にみんクレは償還を止めた」のだが、そんな事情を外野が知るはずもない。
7月の大規模償還を待ちわびていた投資家達の怒りは、当然行動を起こした俺達に向かう。
俺が希望者を募って集団訴訟を計画していたことは、もちろん被害者の会の全員が知っていた。
ブログにも訴訟の方針は書いていたから、容疑者は俺しかいない。
返金を止められた会員は激怒し、俺達訴訟組を詰問した。
「この事件はお前達が起こしたのか!?」
「自分達が助かればそれでいいとでも思っているのか!」
仲間からの罵詈雑言の嵐に、俺達はじっと耐えた。
訴訟組に償還を止める意図はなかったが、彼等から見えば俺達の訴訟行為が原因なのは間違いない。
もちろん、みんクレの言い分は事実ではない。
俺達は、償還できるだけの金(3億円弱)を差し押さえていないからだ。
「前日に口座が止まったから業務が妨害されて償還できなくなった」という理屈もあり得ない。
まさか営業日が一日ということはないだろうし、それまで営業できていたなら弁済金はあるはずだ。
支離滅裂な主張とはいえ、裁判の内容をペラペラ話すわけにもいかず、俺達は口をつぐむことしかできなかった。
弁解しなければみんクレの主張を認めることになるとしても、守秘義務がある以上どうにもならなかった。
とにかく、事実を確かめなければいけない。
弁護士に事の顛末を尋ねて、俺は作戦の失敗を悟った。
いや、失敗というのは語弊があるか。
一応仮差押えの手続きは行われ、『親会社の口座』を差し押さえることには成功した。
親会社はみんクレから約40億円を借り入れて事業を行っているのだから、未使用金や売上を弁済のために口座に蓄えているはず。
だが、実際に差し押さえて中を確認すると・・・金がなかった。
もう一度言おう。
口座残高はごく僅かで、到底償還に足る額は入っていなかったのだ。
債権者の口座を調べて裁判所の許可を得れば差押えは実行できるが、その口座にいくら入っているかを事前に知ることはできない。
供託金を積んで1億円分の差し押さえを要求することはできても、その口座に1億円以上の金が入っている保証はない。
2000万円の供託金で、差し押さえられた金額は〇万円!
まんまとしてやられた!
融資先は最初から金を払うつもりなどなく、口座を空にしていた。
そして俺達が口座を差し押さえたのを機に償還を停止させ、未払いの責任を押し付けたのだ!
事前に情報が漏れていたのか?
あるいはこのような事態を想定していたのか?
S元代表は過去に何度も裁判や差し押さえを経験しているらしいので、おそらく後者だろう。
いつ回収を受けてもいいように口座残高を少なく保ち、いざ回収が来たらそれを逆手に取れるように手筈を整えていたに違いない。
俺達の渾身の一撃をヒラリとかわし、完璧なカウンターをボディーに打ち込む妙手。
もはや悪知恵が回るとかいう次元じゃない!
プロの詐欺師を甘く見ていた。
無論、みんクレの言い分は無茶苦茶で道理が通らない。
空の口座が差し押さえられて、なぜ償還の原資が消失する?
仮に1億円が差し押さえられてもその分が動かせなくなるだけで、それ以外の償還金が遅延を起こす理由にはならない。
口座が凍結されることもないから、業務に支障をきたすこともない。
公表していた通りにブルーウォールジャパンが営業利益を上げられているなら、きちんと配当金を支払えるはずだ。
みんクレは融資先が6月まで弁済していたと述べているが、実際の償還はもっと早く、おそらく行政処分の頃には止まっていたと思われる。
その後は償還を引き延ばしながら担保の処分で繋いでいただけで、それも既に尽きていた。
おそらく翌月に来る大型の償還をどう言い繕うか悩んでいたところに、俺達の行動が上手く嵌ったのだろう。
「アクションを起こされた方々が逆に法的対応の対象となり得る」との文面は、明らかにスラップ訴訟を示している。
既に何件もの訴訟が提起されており、流石の詐欺師も数千人の投資家が次から次へと裁判を仕掛けてきたのでは身が持たない。
法的対応を盾に脅迫することで、今後の実力行使を止めようという魂胆だと思われる。
結局は金を返さない言い訳を並べているだけだが、それを信じてしまう人はいる。
理屈では虚偽とわかっていても、近場に叩ける相手がいれば、金を騙し取られて苛立っている投資家の怒りの矛先はそちらに向かう。
「口座は空だった!」
「あいつら最初から払うつもりなんかなかったんだ!」
そんな言葉が口から出そうになったが、守秘義務が邪魔をした。
裁判のために収集した情報を外部に漏らせば、それこそ弁護士や仲間達に迷惑をかけることになる。
今後の法廷闘争に勝つためには、どんなに罵声を浴びせられようと、知らぬ存ぜぬで通すしかない。
Sが裏で情報を流したのか、いつの間にかネットには「23人が1億2000万円を差し押さえて償還を止めた!」という噂が出回っていた。
かくして自身の投資金を取り戻そうとした俺達は『1億2000万円を奪って逃げた裏切者』となり、数千人の投資家から怨嗟の念を向けられることになった。
償還を止めた(原因に仕立て上げられた)訴訟組と、償還を止められた(と思い込んでいる)非訴訟組には埋められない溝が生じ、互いの対立から被害者の会は機能を停止した。
失ったのは、供託金2000万円と会員100人の支持。
手に入ったのは、小銭の入った口座と数千人の憎悪。
ギャンブルにしたって、こんなひどい結果は見たことがない。
まだ訴訟は始まってすらいないのにこんな有様とは、本当に笑うしかないだろ!
四面楚歌の中、俺達は裁判所に足を進めた。
どんなに相手が狡猾でも、周囲に誤解されようと、一度出港した船は止められない。
俺達の正義を証明するには、法廷で白黒つけるしかない。




