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王女様の騎士は、何とボルゾイ犬の王子様でした!

作者: 悠木 源基

ボルゾイ犬って知っていますか?

本当に王子様犬なんですよ!


「姫さま、右!!」

 

「牛、牛、牛、牛、牛・・・・!」

 

「ジェラ姫、左!!」

 

「豚、豚、豚、豚、豚・・・・!」

 

「姫さま、後ろ!!」

 

「馬、馬、馬、馬、馬・・・・!」

 

「ジェラ姫、前!」

 

山羊(やぎ)、山羊、山羊・・!」

 

「ウォン、ウォン、ウォン!!」

 

駝鳥だちょう)、駝鳥、駝鳥、駝鳥・・・家鴨(あひる)、家鴨、家鴨・・・・・!」

 

 インジェラ姫は四方八方を指差ししながら、マシンガントークで家畜の名前を叫んだ。すると、襲ってきた魔物達が次々と家畜へと変貌していった。

 

「みんな捕獲しろ! 一匹残らず捕獲しろよ」

 

「「「領主様、無茶言わないで下さいよ。こんな沢山の家畜を」」」

 

「何を言っている。家畜より魔物の方がいいのか?」

 

「「「ひぇ〜、とんでもありません」」」

 

 辺境騎士団の騎士達は必死で家畜を追い回して捕まえた。もちろん、強固な柵が張り巡らされているので、人里へ出る事はそうそうないのだが、今日はいつもと違って駝鳥がいる。

 

 飛んで行ってしまうと厄介なので飛べない鳥をチョイスしてみたが、まさか上空からも魔物がやって来るとは予想外だったので、咄嗟には細かな配慮までは出来なかった。

 駝鳥は飛べないが走るスピードが半端ない上にジャンプ力が凄い。楽々と柵など越えてしまうだろう。途中で急いで家鴨に言い直したが。

 

 しかし、さすがはシュトレーセン王国で一番の強者どもの集団であるピーラッカン辺境騎士団だ。一匹残らず駝鳥及び、その他の家畜を確保した。

 

「皆さん、ご苦労様でした」

 

 急いでプレートアーマー(板金鎧)のヘルメットと口元を覆うゴルゲットを付けたジェラこと、インジェラ姫がこう言うと、騎士達は左片膝をつき、右手を胸に当てた。

 

「とんでもございません。全ては姫さまのお力でございます。今回も姫さまのおかげで魔物の侵入を防ぐ事が出来ました。さすがは姫さまです」

 

 全身をプレートアーマーで覆ったピーラッカン辺境伯のダントスが、豪快に笑った。その横で跡取りである甥のカレリアンも頷きながらこう続けた。

 

「全くです。ジェラ姫のマシンガントークは益々絶好調です。頼もしい限りです。おかげ様で家畜が増え、我が領土も益々ホクホクです」

 

 そう言いながら、やはり全身プレートアーマーで覆われているカレリアンは、少しずつ少しずつ後ずさりをしている。

 それを見てインジェラ姫は少しため息をつきたい気分で、足元にいるボルゾイ犬のプレシャスことプレ君の頭を撫でた。

 

「でも、今日のお手柄はなんと言ってもプレ君よね。まさか、上空の結界まで破れているとは思わなかったから、つい油断していたわ。プレ君がいち早く気付いて教えてくれなかったら、そのまま逃すところだったわ。本当にありがとうね、私の騎士様(ナイト)

 

 プレシャスは『クゥ~ン』と甘えるように泣きながら、インジェラに頭をスリスリした。そのドヤ顔を見てカレリアンはムッとしたが、後ずさりしているヘタレなのだから、嫉妬するなんて烏滸(おこ)がましいと、プレシャスをはじめ、周りの者達は皆思った。そして

 

「ブヒィブヒィ!」

 

 と白黒ぶちの豚が笑ったので、カレリアンは腹を立ててその豚を捕まえて持ち上げると、荷馬車に向かって歩き出した。

 

「生意気な豚め! 今日こそお前を出荷してやる!」

 

「ブフィー、ブフィー、ブフィー!」

 

 豚が泣き叫んで、短い足を必死でばたつかせた。

 

「やめとけ、そんな老豚、硬い肉にしかならんから売れん。皮も薄汚れてて使いもんにならないし」

 

 叔父の辺境伯がこう言うと、老豚は悲しげな顔で二人を見た。

 インジェラは今度こそ本当にため息をついてこう言った。

 

「よくも毎度毎度同じ事やれるわね。もういい加減ブロートン卿を許してあげたらどう?」

 

 このブロートン卿という名の老豚は、十二年前までは本当にブロートンという名の人間だった。しかもピーラッカンの元辺境伯だった。つまり現ダントス伯の兄であり、カレリアンの父親なのだ。そしてインジェラの最初の犠牲者だった・・・・・

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 インジェラはシュトレーセン王国の第一王女である。王子三人の後に生まれた大望の姫君の誕生という事で、国王一家のみならず、家臣一同にも大喜びされたのだった。

 金髪に金色の瞳をした華やかな姫に周りの者達はもう夢中になり、彼女が何か要求する前に何でも望みが叶ってしまった。そのせいでインジェラは言葉を必要とする機会に恵まれず、彼女はなかなか言葉を話さなかった。そしてこれはまずいと皆がようやく気が付いた頃、その事件は起こった。

 

 インジェラの三歳の誕生日のお祝いパーティーの席で、彼女はブロートン=ピーラッカン辺境伯を見かけた。そして彼を指差してこう言ったのだ。

 

「絵本の『食いしん坊の怠け者のピーラット』に出てくる豚さんだ!」

 

 するとインジェラの指先からは白い煙のようなもやが出て、ブロートンの体を覆った。そしてみんなが呆気にとられているうちに、インジェラは会場にいる人達に向かって、次々と指を指して、絵本に出てくる動物の名前を言った。

 

「『嘘つき騙し屋さん』に出てくる狐さんだ!」

 

「『欲張り威張りや王様』に出てくるライオンさんだ!」

 

「『いじめっ子お嬢様』に出てくるフラミンゴさんだ!」

 

「『ブッチョとチュチュー』に出てくる猫さんだ!」

 

 インジェラが言葉を発するたびにその小さな指先からは白い煙のような靄が出た。そして間もなくして靄がなくなると、そこにはに二十匹ほどの動物がいた。

 

「ライオン? チーター? 猿? え~っ!!」

 

 パーティー会場は突然現れた動物達に驚いてパニックになった。インジェラは側にいた乳母のリセッタに口を覆われて、一目散に会場から連れ出された。

 

 そしてパーティー会場に残ったのは、呆然として立ち竦む動物達だった。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 貴族には魔力を持つ者が多いが、その中でも特に王族にはかなり強力な魔力を有する者がたまに生まれたりする。インジェラもまさにそれであった。

 

 インジェラは無意識に変身魔法が使えたのだ。しかも心眼の能力があったようで、人の心の悪い感情が見えるらしく、それを絵本に出てくる登場人物の動物にたとえて、それを口にしてしまったのだ。

 

 今まで頭の中で色々考えて溜め込んでいた言葉が、一度飛び出し事で、次々と溢れ出て止まらなくなったのだった。

 

 国中の魔法使いが集められたが、誰一人動物に変えられた人を元に戻せなかった。そして、インジェラの魔力をコントロールする方法を知る者も。

 

 国王は動物に変えられた家に頭を下げ、出来るだけの補償をすると申し入れたが、どの家も王家を責めたり恨んだりしなかった。望んだ事はただ一つ、動物に変えられた者の除籍だった。そして、半分の家がその動物の引き取りを拒んだ。

 そう、動物に変えられた者達は皆、インジェラが言い当てたような人間で、全員が嫌われ者だったのだ。多分引き取ると言った家も、面倒をみるためではなかったのだろう。

 

 しかし、被害者の家族からの苦情がなかったとしても、その他の貴族達の動揺、不安、恐怖は除かなければならない。

 動物にされる不安というよりは、インジェラに心の中を見透かさられる事を恐れるだろう。もし、人に知られる前に娘の能力が分かっていたら、こんな心強い事はなかったのにと、国王は悔しがった。

 

 国王である父親は、国民には第一王女である娘は聖女だという事が判明したために、聖堂の奥深くで修行させると発表した。

 しかし、実際は同じ缶詰状態でも、もっと自由で、もっと孤独な場所に王女インジェラを監禁した。そう、隣国テッシーリ王国と魔の森で接している辺境の地へ、娘を追放したのだった。

 まあ、インジェラの魔力をコントロール出来ない以上、危険で人前には出せない。それなら、神殿や地下牢に閉じ込めるよりは、まだ自由になるだろうという親心だった。

 

 とは言え、まだ三歳の子供を一人で追い払うわけにはいかない。そこで未亡人だった乳母のリセッタと、小間使いのラナ、コックのダパン、そして近衛騎士の三人が一緒に辺境の地へ赴く事になった。

 何故このメンバーが選ばれたのかというと、普通なら絶対に嫌がる役目である筈なのに、彼らは皆全員自ら希望したからだった。

 

 乳母のリセッタは当然、純粋にインジェラを溺愛し、大切に思っていたから。

 小間使いのラナは王城で酷い虐めにあっていて、それから逃れたかったから。

 コックのダパンは、決められた料理ばかり作らされて、もっと創作料理を試してみたかったから。

 そして騎士三人は王城どころか、王都では騎士としては働く事が出来なくなったからである。というのも、彼らがやってきた悪さがインジェラに指差しをされた事で、調べられて全て表に曝されてしまったからである。

 

 そう、あのインジェラの誕生日のパーティーで護衛していた三人は、インジェラから指差しされて、今までやってきた裏の顔を暴かれてしまった。もちろんまだ幼い王女がそんなに過激な表現をした訳ではなかったが。

 

 綺麗なお姉さんが大好きであちらこちらと飛び回り、まるで『ハチドリ』さんみたいとか・・・

 ゲームが大好きで、お仕事をさぼってばかりいる『ナマケモノ』さんみたいとか・・・

 仲間の弱みを握ってお金をせびってる『ハイエナ』さんみたいとか・・・

 

 しかし、この三人は動物にならなかった。これにより、プレートアーマー(板金鎧)で全身覆われている者は、変身魔法がかからない事が判明した。もっとも、王女の心眼力からは身?を守れなかったが。

 

 

 ピーラッカンの辺境伯家の人々は、殆ど人が立ち入らない辺境の辺境とは言え、自分達の領土にそんな恐ろしい魔力を持った王女がやってくる事に複雑な思いがあった。面倒な者を押し付けられてしまったと。

 しかし、王命を断る事も出来ないし、そもそも家を取り潰す恐れのあった当主を廃嫡してくれた恩義があったので、最初は渋々と王女の面倒を見る事になった。ところがである。今ではインジェラ王女はまさしく辺境地の救い主となった。恐い魔女どころか大聖女であった。

 

 王宮の奥深くいらっしゃる現在の聖女様は、それ程大きな力がある方ではなかったので、国中に結界を張るのは大変らしく、しょっちゅうあちらこちらが破れている。魔物がいない地域はたいして困らないが、魔物の森を抱えているピーラッカンでは命とりになる。

 

 辺境騎士団は絶えず魔物達と向き合っていて、息をつく間もなかったというのに、前当主は騎士達の先頭に立って鼓舞するどころか、屋敷内に世界中の一流のコックと食材を集めて、美食家を気取っていた。そう、無駄に散財し、何一つ自分の役目を果たさない、絵本の『食いしん坊の怠け者のピーラット』に出てくる豚そのものだった。

 

 その迷惑至極な領主を廃嫡させてくれただけでも有難かったのに、インジェラ王女はたった一人で一騎当千の活躍をした。

 変身魔法で森から襲ってくる魔物達を動物に変えてくれたのだから。しかも人々の希望の家畜にしてくれたのだから、領主も領民も大喜びだった。

 

 最初は仕方なくついてきた三人の騎士や、引き取り手のなかった変身させられた動物達も、辺境地の暮らしに満足していた。元家族に会うたびに虐めにあっている白黒ぶちの老豚のブロートン卿以外は。

 そして乳母のリセッタ、小間使いのラナ、コックのダパンもこの地で良い伴侶を得て幸せそうである。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「今日のご馳走は凄いですね! 特にこんな大きなオムレツ、今まで見たことないですよ」

 

「牛ステーキ、(とん)テキ、山羊の丸焼き、駝鳥や鴨のロースト・・・もう最高です!」

 

 魔物退治の後の野外パーティーは恒例になっていて、辺境騎士団の面々は酒も入っていないのに大盛り上がりだ。駝鳥の卵は一つで鶏卵の十倍ほどの大きさだったので、巨大な山のようなゆで卵をどうやって切り分けるかと、みんな興奮していた。

 

 ただ、今回の立役者インジェラと陰の立役者のボルゾイ犬のプレシャスは、みんなと離れた場所で食事をしていた。

 インジェラは五歳頃には大分分別がつくようになり、やたらめったら人を動物に変える事はしなかった。この土地に来て動物に変えたのは、インジェラの住む領地に入り込んで家畜泥棒をしようとした三人組と、小間使いのラナに乱暴を働こうとした業者の男くらいだ。

 

 それに、あのマシンガントークであんなに沢山の魔物達を退治している姿を見ていて、皆はインジェラに対して畏敬の念を抱いてた。しかし、それと同時にやはり脅威を抱いていたのである。王女がいくら賢く、聡明な少女に成長したとはいえ、無意識のうちに、言葉を発するかもしれない。

 そしてそれを体現していたのがプレシャスだった。

 

 インジェラも側にいた者達も、プレシャスの犬になる前の元の姿を知らない。そう。五年前、王女が庭で一人で昼寝をしている時に、どうやら寝言でボルゾイ犬と呟いたらしい。

 ちょうど彼女は夢を見ていたのだ。大好きな絵本『ボルゾイ犬のプレ君は犬の王子様』の話の世界を。

 

 ボルゾイ犬はスマートだが、がっしりした体格で長い四肢を持っている。耳は優しく垂れ下がり、長い銀色の毛は艶があってフサフサしている。特に胸元の毛はまるで羽毛のショールをかけているようで、まさしく高貴な王子様然としている。

 その上元々猟犬であるためにかなりの俊足で、信頼関係を築いた者にたいしては忠実でとても優しい。

 ボルゾイ犬は隣国テッシーリ王国産の犬で、輸出を禁じられているので、シュトレーセン王国には殆どいない。それ故に犬好きの憧れの的であった。もちろん、インジェラ王女も。それが、無意識に声に出たのだろう。

 

 王女のお付きの者や騎士団の人達は、ボルゾイ犬に変えられてしまった人物を探したのだが、とうとう見つからなかった。そして結局、ボルゾイ犬はインジェラが飼う、いや面倒を見ることになった。

 

 この事があって、周りの者達は、王女の事は大好きだが、プレートアーマー(板金鎧)を身に付けていない時は、けして彼女の側には近寄らなくなったのだった。

 

 普通、動物に変えられた者達は事態を認識し、それを受けいれるのに、最短でも一月ほどかかっていた。

 しかし、『貴重な、高価な』という意味のプレシャスと名付けられた愛称プレ君は、最初からインジェラに懐いた。だから申し訳ないと思いながらも、インジェラもプレ君を溺愛し、細々と世話をした。

 

 プレ君はドッグフードを嫌ったので、インジェラは自分と同じ食事を与えた。そして彼の美しい銀色の毛並みを丁寧に丁寧にブラッシングしたり、一緒に水浴びをしたりする事が、王女にとって何よりも幸せとなった。

 

 インジェラは毎日完全武装した家庭教師達に、勉強やらダンスやらマナーを教わっていたが、彼女の側にはいつもプレ君がいた。プレ君は優雅で優しい犬だったが、それがたとえ教師であろうと、男性や雄の動物がインジェラに近づくのを嫌がって牽制をした。

 それ故にダンスのパートナーまでプレ君が、インジェラの相手をしてくれた。

 プレ君は後ろ足で立ち上がると、インジェラよりも背が高かったし、二本足でも上手に歩けたのである。プレートアーマー(板金鎧)を着用しているダンス教師と踊るより、よっぽどスムーズに踊れたのである。

 金色の瞳のインジェラは銀色の瞳のプレ君の瞳を見つめながら優雅にゆっくりと踊った。

 

「王女様はまるで王子様と踊っているみたいですね」


 と、リセッタがそう言って笑った。

 

 インジェラはずっと孤独だった。いくら側に人がいても、相手はプレートアーマー姿だったし、王女自身も魔法をかけられないように、プレートアーマーのヘルメットと口元を覆うゴルゲットを付けていたからだ。

 

 彼女の素顔を知っているのは、インジェラ命のリセッタと、このボルゾイ犬のプレシャスだけだった。

 だから、インジェラにとってこの一人と、一匹はとても大切な存在だった。

 

 天空から魔物が侵入した翌日、インジェラはプレシャスの背中を優しく撫でながらこう言った。

 

「プレ君、私、ずっと考えていたんだけれど、私、結界が破れている今のうちに魔の森を抜けて、テッシーリ王国へ行ってみようと思うの。そして、あの国にいらっしゃるという大魔術師様を探して、私の魔法コントロールと、魔法解除法を教えて頂こうと思っているの。断られても何度でもお願いしてみるわ。だから、プレ君にはここで大人しくお留守番していて欲しいの。わかる?」

 

「クゥ~ン?」

 

「私はプレ君の事が大好きだから、このままプレ君にはずっと側にいて欲しいけれど、それはいけない事なのよね。だってプレ君の家族が心配して、ずっと帰りを待っていると思うもの。

 それに、私、リセッタを縛り付けているのが心苦しいの。せっかく再婚できたのに、私の世話ばかりでは、旦那様とゆっくりと過ごせないでしょ」

 

「クゥ~ン!!」

 

「本当はもっと早く行きたかったけれど、ずっとあの国は政情が不安定だったでしょ。だから諦めていたの。けれど、最近は国民に人気の第二王子派が第一王子派を制圧して、大分安定してきたというから、きっともう大丈夫だと思うのよ」

 

 インジェラはリセッタ宛に手紙をしたため、前々から準備していた荷物を背負うと、こっそりと屋敷から外へ出た。今晩は満月でよく晴れていた。この明るさならきっと無事に森を抜けられるに違いない。

 インジェラはブルっと身を震わせると、プレートアーマーのヘルメットと口元を覆うゴルゲットを外した。金色の豊かな髪がフワッと風に靡いた。そして、金色の瞳が力強く輝いた。

 

 

 魔の森の中にも、月の光が差し込んでいて、歩くにはそう困らなかった。そして魔の森といえ、魔物がウジャウジャいるわけではない。インジェラはそれまでもこっそりと森の中に入っていたので、ある程度森の中を把握していた。

 襲ってくる魔物ばかりではないので、そういう平和的な魔物は素通りし、襲ってくるものには変身魔法をかけた。あまり人に迷惑をかけないような生き物で、しかも生体系をこわさないように配慮して、なるべく色々な動物に。

 

 そして空がうっすらと明るくなってきて、森の終わりが見えてきた時、彼女はホッとしてつい油断してしまった。

 ガサガサという音がしたかと思うと、黒くて大きな魔物が頭上から襲いかかってきた。木の上に潜んでいたのだろう。

 

「ね(こ)・・・・」

 

 瞬時の事で、インジェラのマシンガントークも間に合わなかった。彼女は両手で頭を覆った。

 

「グギャー!!」

 

 恐ろしい悲鳴が上がった。しかしそれはインジェラのものではなかった。インジェラが顔を上げると魔物が横たわり、その側にボルゾイ犬のプレシャスがたっていた。

 インジェラは慌てて、まだ息をしている魔物を猫の姿に変えると、プレ君を抱き締めた。

 

「ありがとう、プレ君。私を心配して追ってきてくれたの? やっぱり私を守ってくれる騎士(ナイト)はプレ君だけね」

 

 インジェラがこう言うと、プレ君は当然だろ、とばかりに顔を軽くあげたのだった。

 

 魔の森を抜けると、草原が広がっていた。どちらの方向へ向かうかと悩んでいると、プレ君がさっさと歩いて行くので、インジェラもその後を追った。すると次第に街の中へ入ってきた。そして幌馬車の荷台にプレ君が飛び乗ったので、インジェラもその中に潜り込んだ。

 一晩中歩き通しだったので、インジェラは疲れて寝てしまった。そしてどれくらいたったのだろうか。プレ君に顔を舐められて王女は目を覚ました。王女はプレ君と共に、慌てて停まっている幌馬車から降り立った。すると、目の前には何と大きな城がそびえたっていた。

 

「えっ?」

 

 驚いているインジェラを気に留めることもなく、プレ君はズンズンと城門の方へ進んで行く。インジェラはそれを引き止めようとしたが、城門にいた門番の騎士に止められる事もなく、城内に入れてしまった。しかも、近衛騎士が現れたので捕縛されるかと思いきや、道案内するかのように長い廊下を先に進んで行く。

 

「あの、私、あの・・・」

 

 インジェラは口を開こうとしたが、何と言ったらいいのかわからない。すると、後ろからついてきた騎士がこう言った。

 

「シュトレーセン王国のインジェラ王女様でいらっしゃいますよね。お待ちしておりました」

 

「えっ?」

 

 何故私を知っているの? 王女は驚いた。しかも待っていたとはどういうことだ。

 

 結局インジェラがプレ君と共に案内されたのは、何と謁見の間だった。そして、騎士に言われるままに豪華な柔らかな椅子に腰を下ろすと、プレ君がいつもと同じようにインジェラの左手の甲をペロペロと舐めた。と思った瞬間、そのザラザラした舌の感触が突然柔らかなものに変わった。

 

 そしてインジェラは瞠目した。

 さっきまで目の前にはプレ君が居たはずなのに、今目の前で跪いていて、インジェラの手の甲にキスをしていたのは、輝く銀髪の若い青年だった。

 

「プ、プレ君? 人間に戻ったの? 何故? どうやって? 私何もしていないのに・・・」

 

「インジェラ王女、私はこのテッシーリ王国の第二王子のカイザーです。そして貴女がお探しになっていた大魔術師でもあります」

 

 プレ君、いやカイザー王子がこう言った。

 

「えっ?」

 

「ずっと勘違いさせていて申し訳ありません。私は貴女の魔法で犬になっていた訳ではありません。私は自ら犬に姿を変えていたのです」

 

「えっ? 何故?」

 

「王女もご存知の通りにこの国は病弱な父である国王の傀儡として、第一王子である王太子の兄が政権を握っていました。しかしそれがあまりにも悪政だったために、第二王子である私を立てようとする勢力が現れ、私は命を狙われるようになりました。

 五年前、私には既に強力な魔力がありましたが、まだ十三と幼く、それだけでは兄に対抗する事が出来ませんでした。それで私だけでなく、味方の勢力が力をつけるまで、私は魔の森に潜む事にしました。ところが、兄の一派が魔の森の中まで追ってきて、私はシュトレーセン王国との境界まで追い詰められました。

 その時、私は僅かに結界の破れ目を見つけ、そこから潜り込んで隣国へと逃れました。そして高い塀に囲まれた人工物を見つけ、それを目標に進みました。

 そして、王女がご存知の通り、ボルゾイ犬に姿を変えて、その塀を飛び越えました。すると、そこに、一人の少女が寝ていました。金色の髪が太陽を浴びて眩しく輝き、女神が寝ているのかと思いました。

 その時、貴女が寝言で『プレ君大好き。ずっと側にいてね』と言ったので、私は心臓が飛び出しそうになりました。

 絵本『ボルゾイ犬のプレ君は犬の王子様』はね、私の叔母が私をモデルにして書いたんですよ。私は幼い頃からボルゾイ犬に変身するのが得意だったから」

 

 インジェラは信じられないような話を聞いて、一瞬思考が止まったが、やがて頭がようやく活動しはじめると、少しずつ怒りと悲しみが湧いてきた。

 

「そりゃあ、私達が勝手に勘違いしたのは悪かったけど、何故ずっと隠していたの? 最初は身分を明かせなかったのはわかるわよ。隣国の王子が勝手に入国したら国際問題だもの。でも、五年も隠している事はなかったんじゃない? そんなに私を信じられなかったの?」

 

「違うよ。私は王女の事が好きだった。プレのままでも少しでも側にいたかったんだ。正体を明かしたら側にいられなくなるから。

 三か月前に兄が失脚したので戻るように言われたけど、私は王女の側を離れたくなかった。貴女を側で守りたかった。

 でも、貴女が夕べ私のために、そして周りの人々のために、一人でこの国を訪れようと決断したのを聞いて、私は自分の幸せばかりを考えていた己を恥じた。そして、自国を守る責任を背負うと決意を新たにしたんだ」

 

 カイザーの言葉に、インジェラは涙が溢れてきたが、無理に笑いながら、こう言った。

 

「私の片思いでなくて良かったわ。それに、私のせいで貴方のご家族を苦しめたのではなくて、本当に良かった。

 自分からこんな事をお願いするのは図々しいのですが、貴方の毛を梳かしたり、水浴びさせたり、お世話をしたお返しに、魔法のコントロール法と、魔法解除法を教えて頂けないでしょうか。

 白黒ぶち豚のブロートン卿やフラミンゴのキャサリン夫人もそろそろ人間に戻して差し上げたいので」

 

 すると、輝く銀髪銀色の瞳をした見目麗しい王子は、微笑みながら言った。

 

「もちろんお教えしますよ。ただし、今から私の両親である両陛下に、私の婚約者として貴女が謁見して下さるのなら、という条件がつきますが」

 

 インジェラ王女は金色の瞳を見開いてカイザー王子の銀色の瞳を見つめた。そして、それから花のように笑ったのだった。

 

インジェラ王女はテッシーリ国王陛下と妃殿下に謁見し、王子を長きに渡って保護していた事を両陛下に大変感謝された。

 そして一月ほどテッシー王国に滞在して、カイザー王子から魔法の指導を受けた。その後インジェラはピーラッカン辺境地に戻って、解除魔法でブロートン卿達の魔法を解いて人間に戻した。

 

 そしてその後、テッシー国王から正式の結婚申し入れがあり、シュトレーセン国王はそれを喜んで受け入れた。娘が王子の指導によって魔術コントロールが出来るようになり、解除魔法も使える事が出来るなった事に深く感謝したからである。

 国王一家はインジェラが隠れて生きずに済む事を、心から喜んだのである。

 

 カイザーと婚約したインジェラは一年後に、結婚式を挙げるためにテッシーレ王国へ向かったが、その途中でピーラッカン辺境地へ寄った。 

 乳母のリセッタ夫婦、小間使いのラナ一家、コックのダパン一家、元護衛騎士の三人組、そして人間に戻ったブロートン卿もインジェラに付いていきたいと言ったからだ。

 

 辺境伯親子と辺境騎士団はインジェラ王女が居なくなる事をたいそう嘆いた。特に、インジェラの素顔を初めて見たカレリアンは、自分の意気地なしを悔んで大泣きしたのだった。

 

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― 新着の感想 ―
[良い点] ボルゾイなら仕方ない!! 世界でもっともイケメンだと言われる大型犬、それがボルゾイ… 実際の犬を見たときはもう本当に目を奪われてしまい、ぼーっと見とれてしまいましたからね…。体も大きいのに…
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