第2話:殺せない賢者、始める。
第2話です。
異世界生活2日目。
朝早くに平は目覚めた。
「……今何時だ……?」
そう言って窓の外を見ると、まだあたりは暗かった。
だが、それよりも──
「夢じゃなかったんだな」
内心、夢じゃないかと疑っていたのだが、どうやらこの状況を嫌でも認めるしかないようだな。
「これからどうなることやら……」
*
部屋から出ると、隣の部屋の翔もちょうど部屋から出るところだった。
「おっ、平。お前も出るところか?」
「ああ」
「にしても、マジで俺たち異世界に来ちまったんだな……」
「そうみたいだな」
「……お前、意外と冷静だな。俺なんてまだ夢だったら、なんて思ってるのによ」
「……そうだな、まあ俺の場合、まだ現実味がないのもあるし、元の世界にそんなに未練がないのもある。妹を残して異世界に来たのは心残りだが、あいつは俺がいなくても十分やっていける。資金も残した」
「お前妹いたんだ。可愛いのか?お前顔は良いからな」
「……どうだろうな。妹として可愛らしいとは思うが。まぁ、良い子だぞ。昔はかなり兄の扱いが雑だったが……。あと、友人の妹を狙うな」
「ふーーん……。あっ、てか今何時だ!?集合時間8時30分だったよな?間に合うか!?」
この世界は、1日は24時間で365日。1時間は60分と、俺が元いた世界と同じである。これは本当にたまたまのようで、王女様がそう言っていた。もっとも、言語が違うので呼び方は違うらしいが、その辺は翻訳魔法が何とかしてくれているようだ。これぞご都合主義。
俺は部屋にあった腕時計を見た。
「いや、まだ8時20分だ。集合場所は確か食堂だったよな、朝食もかねて。ここからなら5分くらいで着くはずた。まだ間に合う」
*
8時26分。食堂に着いた俺たちだが、そこで違和感を覚える。
「……なんか人少なくないか?」
もう集合4分前だと言うのに、まだクラス40人中7人しか集まっていない。
俺が疑問に思っていると、俺と翔のもとに学級委員長の秀坂がやってきた。
「あっ、夜川君、中田君!よかった、君たちは来てくれたんだね」
「どういうことだ?なんでこれしか集まってないんた?」
「あっ、本当だ。全部で9人しかいないじゃん」
「翔、今気付いたのか……」
「実はね……」
秀坂は、召喚された日の夜──つまり昨日の夜に起きたことについて話し始めた。
「実は昨日の夜10時に、自分たちのこれからについてクラスメートの意見を聞くために全員参加のクラス会を行ったんだ」
「……?昨日クラス会があったのか?そんな話は聞いてないんだが」
「俺もー」
「あー……、実は昨日、夜川君と中田君も参加してもらおうと思って君たちの部屋まで行ったんだ。でも全然反応が無くてね。寝てるなら起こすのも悪いかなと思ってそっとしておいたんだ」
なるほど、そういうことか。
確かに昨日はかなり早く寝たからな。
「そうか、悪かった。で、そのクラス会で何かあったのか?」
「実はね、このクラスの不良グループのリーダーの石川君と、あまり目立たない高野君が喧嘩になったんだ」
「高野?あいつは喧嘩するイメージはなかったが」
「そうなんだよ。僕も完全に油断してた。後で知った話なんだけどどうも高野君は石川君に裏やネットでいじめられていたみたいなんだ」
「そうだったのか……。でも、なんで喧嘩なんてしたんだ?」
秀坂は、昨日のクラス会の様子を丁寧に説明してくれた。
まず、クラス会が始まると、まずこれからどういう方針でいけば良いのか話し合った。
結果だけ言うと、せっかくの機会だからとりあえず嫌なことは忘れて異世界を満喫しようということになったらしい。
そして、ある程度この世界に慣れてきたら元の世界のことも考えようと。
また、深く考えるのは王女様からのメッセージを聞いてからにしよう、と。
そういうことで、話はひと段落した。
──しかし、
「話が終わったなら、僕から一ついいかな?」
普段目立たない高野が珍しく発言した。
「高野君が発言するなんて珍しいね。意見はもちろん大歓迎だよ」
「僕はね、そこにいる石川のことが気にくわないんですよ」
「えっ……?」
秀坂が困惑していると、石川が声をあげた。
「おい、高野。てめぇ何様のつもりだ!」
石川が怒鳴り声をあげたが、高野は臆さない。
「僕はね、君から酷いことをたくさんされてきた。君のことが憎くてしょうがなかったよ……。でも、今日で全て終わりだ。僕は力を手に入れたんだ!」
そう言って、高野は自分のステータス画面を見せた。
──
【名前】高野 英斗
【年齢】17歳
【性別】男
【職業】暗殺者/戦闘系/ランクS
──
「なっ、ランクSだと……?ランクSはクラスでも数人しかいなかったはずだ。」
「ほらみろ、みんな僕のステータスなんかに興味ないだろ?どうせ誰も覚えてないんだろうな」
高野は、顔を歪ませ石川へ近づく。
「石川ぁ、お前確かランクAだったよな?つまり、この世界では俺の方が強いってことだ!」
「……なんだと……?てめぇ、なめやがって!」
石川は、目の前に立つ高野を殴ろうとする。
だが──
「残念だけど止まって見えるよ」
そう言って石川の拳をあっさりかわすと、高野は石川のみぞうちに拳を叩きつけた。
「ぐはッ!?」
胃の中にあったものを撒き散らしながら、石川は倒れた。
クラス全員が絶句する。
クラスの中に石川に喧嘩で勝てるやつなどいないと思っていた者が多く、酷く痛感した。
ただのランクによってここまで差がでるのか、と。
「さて、流石に殺しちまうと俺が犯罪者になっちまうからな。この辺で勘弁してやるよ」
「高野君……」
「ああ、そうそう。俺へのいじめに加担してたやつは俺が必ず潰しに行ってやるからな。あと、ランクS以外のやつらは俺に跪け。はははっ」
そう言って、高野は去っていった。
「って言う感じなんだ」
ふむ……正直いじめられていたなら、いじめっ子を殴り返す分には別に良いが、「跪け」とかは少し冷静さを失っているな。
「でも、結局なんでこんなに人数が少ないんだ?」
「もちろん、ただの遅刻の人もいると思うし、僕たちがこうやって話している間にも何人か来たみたいだけど、多分ステータスが比較的弱い人は、強い人を恐れているんじゃないかと思う。部屋にいれば鍵もかかってるし突然攻撃されることもないからね」
なるほど。昨日の光景が生々しくて途端にランクSを恐れだしたわけか。確かに話を聞く限りいつ殺されかけてもおかしくないくらいの差があるみたいだからな。非戦闘系は尚更だ。
ここにいる十数人(後から数人入ってきた)も確か戦闘系が多いからな。
気付けば、8時40分。集合の時間を過ぎている。遅刻者もいたので結局集まったのは40人中30人ってところか。後から来た人はやはり来た方が良いと思ったのだろうか。
そう考えている間に、食堂に王女様が入ってきた。
30人しかいない状況に王女様が困惑したのは言うまでもない。
*
俺たちの最適なポジションを王女様みずから考えてくれたようだ。
結局俺は、戦闘要員として魔物の討伐に向かうことになった。
ただ、戦闘要員と一括りに言っても実際は様々で、目的に応じて戦闘要員である25人を5班に分け、その班ひとつひとつに回復要員などを配置する。俺が所属する10班は主に強力な魔物を討伐する役割を担う。
ちなみに、5班の班長は俺になった。俺が賢者だからだそうだ。まあ、一応ランクSってことになってるからな。(本当のステータスでは何故かランクが表示されていなかったが……。偽装スキルに良い感じにしてもらったので大丈夫だろう)
そして、俺の班の班員だが、1つ問題があった。
「あの、すいません。なんで5班だけ班員が4人しかいないんですか?」
そう、40人を5班に分けたはずなのに、何故か第5班だけ班員が4人しかいない。他は9人前後いるのに。
「あっ、えーとですね。これから第5班にやっていただく任務は英雄が少数の方が良いんですよ。少し寂しいかもしれませんが、そこは妥協してもらえると嬉しいです。あっ、でも英雄以外の人を増やすのは別に構いませんので」
少し言い方が気になったが、そういうことなら仕方ないか……?
*
「えーとですね、私が依頼することももちろんありますが基本的に皆さんは『ギルド』に登録して冒険者となって活動していただきます。登録料は国が負担するのでご心配なく。皆さんならすぐに稼げる冒険者になるはずです。もちろん、最初のうちは国がいろいろな費用を負担しますので」
ギルドか。ゲームやラノベにはよく出てくるが、当たり前だが実物は見たことがない。どういうシステムで存在するものなのか、非常に気になる。そもそもギルドとは何なのか。運営はどのうようになっているのか。
「では、皆さんにはさっそく今日からギルドに登録して依頼をばしばし受けてもらいたいです!その中である程度の経験値を得たら、私からの依頼を伝えます。皆さんは超ハイスペックですが、まだレベル1なので。レベル上げをして下さい!」
王女様は、俺たちに袋を手渡す。
「あっ、あと、これを受け取ってください。しばらくの食費や宿代などです。この町にいる間は王城に泊まっていって構いませんが、冒険者はいろいろな場所に冒険しにいく職業ですからね。違う町や村に行ったときにこのお金を使ってください。」
どうやら俺たちはまずはギルドに登録して、レベル上げを各班でしなければいけないようだ。
準備が整い、10時ごろに俺たちが城を出ると、王女様は
「がんばってください!応援してます!」と、全員を笑顔で送り出してくれた。
こうして、俺たちの異世界冒険がスタートしたのだった。
ー第2話 完ー
お読みいただきありがとうございました。
次回更新は明日か明後日を予定しています。