第1話:殺せない賢者、異世界に召喚される。
よろしくお願いします。
「──ここはどこだ……?」
目の前が真っ暗だ。頭が痛い。
ついさっきまで教室にいたはずの高校2年生の俺、夜川平は、いつの間にか知らない場所にいた。
***
-9月11日-
夏休みが終わり、多くの学生が胸の中に憂鬱を抱える9月。
高校2年生の夜川 平は、クラスメートで友達の中田 翔と明日行われるカエルの解剖の授業について話をしていた。
「……明日生物の授業でカエルの解剖か……どうしたものかな」
平がそう呟いた。
「ほんそれ、解剖とか気持ち悪いし。俺血マジで無理だわー」
翔もそれに続く。
「……まぁ、俺は血がダメなわけじゃないんだが、無意味に命を奪うのはな……」
「お前虫も殺せないもんな」
そう、俺夜川平は、命を奪うことが嫌いだ。
殺さなくても済むとき、もしくは殺す必要がないときは絶対に殺しをしないことに決めている。
とは言え、多くの場合は相手との意思疎通ができない以上、どうしても殺さなければならない場面はあるのかもしれないが。
「はぁ……、やっぱり明日学校休もうか……」
──帰りのホームルームにて。
「はい、ではまた明日。……あっ、そうそう明日生物の授業でカエルの解剖があるらしいですね。いやだからと言ってずる休みしないように!!明日の実習を休むと評定が大幅に下がると生物の田中先生が言っていましたよ」
「げっ、まじ?」
「えぇぇ……、どうしよう……」
今の担任の言葉で、クラスは阿鼻叫喚である。今時カエルの解剖が出席必須というのは、この学校の古い所が出ているな。
そして、最悪の気分になっているのは、俺も同じだった。
(……明日休もうと思ってたんだけどな……評定が下がって単位が取れなくなったら困る。まぁ……テストの点が良ければなんとかなるか……。でも特待生のこと考えると成績が良い方が良いからな……)
「はいっ、じゃあさようなら。…………………えっ?」
その時だった。教室が目が開けられないくらいの光に包まれたのは。
(……っ、なんだ!?)
***
そして、冒頭にいたる。
「ここはどこだ……?たしかさっきまで教室にいたはずなんだが……」
それから数分が経過したと思う。だんだんと状況が分かってきた。
どうやらここは広い部屋の中のようだ。さらによく見ると、教科書で見た昔の城のような内装の部屋で、高校の体育館ほどの大きさだ。……とは言っても、少し薄暗くて細かいところまでは分からないのだが。
俺の知っている建築ではない。少なくとも、俺の住んでいる地域ではこんな大空間は作れそうにない。
(何があったんだ?)
「おい平、お前ここがどこか分かるか?」
しばらくすると、翔が俺に話しかけてきた。
「翔か。無事か?暗い中、俺をよく見つけたな」
「ああ、俺もみんなも無事みたいだぜ。先生は見当たらないけど、他は全員いるっぽい」
どうやら、クラス全員がこのよく分からない場所に連れてこられたらしい。
クラスメートが皆、突然のことに驚きつつも状況を理解しようとしている。
──その時。
「みなさんどうもこんにちは」
薄暗い空間に明かりが灯った。
(……誰だ?)
人が立っていた。
「私はこのハント王国の王女‘‘ミア・ファン・ハント‘‘と申します。私たちは魔の勢力と凶悪な魔物からこの世界を救ってもらうためにあなた達を召喚いたしました」
俺たちの目線の先には、豪華な衣装を見に纏った金髪の女性がいる。
「あなた達の世界では『らいとのべる』?というものがあって、異世界召喚の知識があるとのことなので。前に召喚した英雄の方が言っていた様です。……つまりですね、あなた達はこの世界を救う英雄たちなのです!」
その言葉に、あたりはざわつく。
「えっ、マジ?俺たちが英雄?」
「ってか異世界召喚ってマジ?家帰りたいんだけど」
俺は、非現実的な作品のテンプレートのような展開に戸惑う。しかし同時に『あること』に喜んでいた。
(──これは、もしかすると……明日の解剖実習なくなったんじゃないか?)
今考えるようなことではないことはわかっているが、大事だ。
***
ー異世界生活1日目(超神暦608年、5月1日)ー
俺たちは、詳しい説明を受けるために椅子がある落ち着いた部屋に案内された。
俺たちが席に着くと、王女様は話し始めた。
「さて、まずは勝手に召喚をしてしまったことを謝罪させて下さい。しかし、われわれとしても世界を守るためにしかたがなかったのです。われわれは、貴方達たちに世界を救っていただくために全力でサポートします。例えば、今こうやって意思疎通ができているのはみなさんにわれわれが翻訳魔法を召喚時にかけたからなんです」
「あっ、確かに。じゃあ、あの……、一つ良いですか。僕たちは元の世界に帰ることができるんですか?」
それを聞いて、王女は覚悟を決めたような表情をした。そして、ゆっくりと口を開いた。
「それはできません」
王女から発せられた言葉に、クラスメートのほとんどが固まった。
「えっ……」
質問した生徒も絶句している。実際、クラスのどの生徒もこの状況を楽観視していた。どうせ作品のように、『異世界転移なのであれば魔王を倒せば元の世界に帰れる』くらいに思っていたのだろう。むしろこの状況を楽しんでいたのではないだろうか。
「で、でも、異世界に移動できるなら元の世界に帰ることだって……」
しかし、王女は苦虫を噛み潰したような表情をした。
「……確かに、理論上は可能なのです。しかし、こちらの世界に転移する魔法は開発されていても、こちらの世界から転移する魔法は開発できていないのです……。もちろん、その魔法の研究も日々進められていますが……、その研究は50年で半分程度しか進んでいません……。仮にみなさんが魔王を倒して世界を救ったとしても、魔法が完成していない間は元の世界に帰ることはできないのです」
「……そんな……。魔法はいつ頃完成できそうなんですか?」
「……もちろん正確ではないですが、このペースだとおそらくあと4、50年はかかるとのことです。何か技術革新が起これば別ですが……」
「4、50年って……」
「あっ、でも、これから発表する職業が戦闘系ではない人は王城で転移の研究をしてくださっても構いません。英雄である貴方たちが協力すれば、特殊スキルなどで一気に研究が進む可能性もありますから。もちろん、戦闘系の職業の人はなるべく魔の勢力の討伐や撃退に向かって欲しいのですが……」
王女様はずいぶんと弱気だ。勝手に転移をして、しかも帰れないということに罪悪感を感じているのだろうか。
いや……まぁ、弱気だろうが、迷惑なことをした事実は変わらないが。
罪悪感くらいは感じて欲しいところだ。
クラスのみんなの反応はバラバラだ。
帰れないことに絶望する者、突然の出来事にまだ理解が追いついてない者、この状況を楽しんでいる者、ラノベ作品のような展開に興奮している者、元の世界が嫌いだったからちょうど良いと思っている者などなど。
そんな中、王女がこう言った。
「でもみなさん、そんなに悲観的にならないで下さい!帰れないと決まっている訳ではありませんし、この世界にはみなさんの国のらいとのべる?やげーむ?のようなことができます。みなさんの世界には魔法が無いそうですが、この世界にはあります。他にも楽しいことはたくさんあるんです!」
その言葉を聞いて、みんな少し明るくなった。
こいつらチョロいな。
「では、早速みなさんの職業とステータスを発表します!『ステータス・オープン!』」
「おお!マジで出た!」
「これ意外と楽しいかも!」
「マジでゲームみてぇ!」
流石にこれにはみんな盛り上がっているな。
かく言う俺も多少は興味をそそられている。昔からゲームやラノベは好きだし、プログラミングなんかもやっていたから、この『ステータス』画面は色々な意味で非常に興味深いものだった。
「えっと、俺の職業は……」
『職業』というゲームのような存在があること自体正直意味がわからないが、今はいい。
頼む、支援系の職業であってくれ……。
ある程度ゲームが好きとは言え現実世界で実際に相手を殺すなんて俺には無理だぞ。
そう思っていると、ステータスボードが現れた。
──
名前:夜川 平
年齢:17歳
性別:男
職業:賢者/バランス系(魔法)/ランクー
──
(賢者か……作品によってだいイメージが違うが、中身を見ればわかるか?)
──
<ステータス>
【LV.(レベル)】1
【HP.(体力)】2640
【AP.(攻撃力)】25
【MP.(魔力)】2633
【DP.(防御力)】35
〈魔法属性〉回復、光、闇
〈固有魔法〉
・神の治癒(LV.1)
:1日3回まで使用可能。対象1人のHP.を全回復する。
・神の解毒(LV.1)
:1日3回まで使用可能。対象1人の状態異常を解除する。
〈固有スキル〉
・手加減(LV.1)
:相手のHP.が1割以下であり、自分の次の攻撃で相手が死亡する場合発動可能。相手のHP.を1だけ残して気絶させる。
・殺しを嫌う者(LV.1)
:相手を殺さずに無力化した場合に発動可能。自分のLV.を10上げる。ただし、相手を殺した場合に獲得できる経験値が減少する。
〈スキル〉
・獲得経験値増加(LV.1)
・感覚強化(LV.5)
・ステータス偽装
──
なるほど、このゲームのような世界ではどうやら賢者は魔法を得意とするようだ。
さて……なんとなく分かってはいたが完全に戦闘職だ。でも、魔力属性に回復があるから回復役としても活躍はできそうだろうか。
回復要員として参加できるなら俺にとっては以外と当たりかもしれないな。
……クラスメートの画面はどうなっているのだろうか?少し聞いてみるか。
「翔のステータスはどんな感じだったんだ?」
翔は食い入るようにステータスボードを眺めていた。俺が話しかけたことに気づくと、
「……!平、見ろよ。俺の職業”炎の勇者"だってよ!これ結構当たりじゃね?」
そう言って翔は自身のステータスボードを俺に見せた。
──
名前:中田 翔
年齢:17歳
性別:男
職業:炎の勇者/戦闘系/ランクS
<ステータス>
【LV.】1
【HP.】500
【AP.】980
【MP.】100
【DP.】82
<魔法属性> 炎
<固有魔法> なし
<固有スキル>
『ゲーム感覚』
任意でオンオフ可能。
相手を殺したときに、相手の死体がゲームのように消えていくように脳が認識する。
<スキル>
・剣術(LV.1)
・魔法剣(LV.1)
──
「勇者か。すごいな(?)お前。……でもお前血を見るのだめじゃなかったか?」
「まぁ、確かにそうだけどなんか固有スキルあるし何とかなんだろ!」
「……そんなものなのか?」
(…………ん?俺と同じレベル1なのにステータスが全然違うな。職業が関係している?でも翔は勇者だしな。普通勇者の方が全体的なステータスが高くないか?ゲームだと)
「それで、お前のステータスはどうなんだよ。まさか人が見せたのにお前だけ見せないなんてことはないよな?」
(何だろう?何故か分からないが、このステータスをそのまま見せてはいけない気がする。よく見ると、『感覚強化』が反応していた)
「あー……、俺のステータスはこんなだ。お前に比べると弱いけどな」
(そう言って、俺はスキル"ステータス偽装"を発動した)
そこには翔と似たステータスが表示されていた。
「ふーーん、賢者か!よかったじゃん魔法職だろ?お前体育会系じゃないもんな」
「ああ、そうだな」
偽装が上手く発動してくれたようで、不審に思われることはなかった。
「さて、みなさん。ご自身のステータスはいかがだったでしょうか。この世界には、異世界から来た者はみな同じく能力値が高く、上がりやすいという言い伝えがあります。前に召喚したときもみなさんとても良いステータスだったようですよ」
「あの、すいません。クラスのみんなでステータスを共有しても良いですか?今後のためになると思うので」
そう言ったのは、さっき元の世界に帰れるのか質問した男子生徒。学級委員長の"秀栄 優一"である。彼は常にクラスのことを考え、クラスに貢献してきた。そのため人望がある。また、彼は優しい。困っている生徒がいるとすぐに助けるほどだ。それも彼への人望につながっているのだろう。
「はいっ!もともと私もそうしたいと思っていました。私たちも1人1人の能力を把握したいので。そうすることでサポートを充実させることができますから」
王女は石を取り出すと、クラスメートに列になって並ぶように促した。クラスメートみんなが並び終わると、石の説明をしだした。
どうやら、あの石はさわった人のステータスをみんなが見れるように大きく表示してくれるようだ。
「……ん?」
まただ。
スキル感覚強化が反応し、俺に嫌な予感を告げる。やはり本物のステータスは隠すべきなのか?
……念のため偽装しておくか。
***
「はい、ヨルカワさん。職業は賢者ですか。これからのステータスの伸びが期待できそうですね!」
「ありがとうございます」
何とかごまかせたみたいだな。
さて、これからどうなることやら。
──そうしている間に、全員終わったみたいだ。
「はい、ではみなさんの能力を元にこちらが戦略をねます。どこに誰を置くかは明日発表しようと思います!あと、今日はもう遅いです。夕ご飯を用意しているので早速食堂に行きましょう!私もお腹ぺこぺこです!」
笑い声が起きた。
少しはみんな落ち着いたみたいで良かったな。
***
ちなみに、夕食はとんでもなく豪華で美味しかった。
というか、王女が異世界の他人と一緒のテーブルで食事をしていて良いのだろうか……?暗殺されても困るが……。
夕食後、俺たちはそれぞれの部屋に案内された。
1人1部屋なのに結構広い。
着替えも用意され、風呂に入りたい人は案内された。ちなみに部屋にも小さい風呂はある。
もっとも、俺は疲れていたので風呂に入らずに、着替えてすぐ寝た。
「……ようやく1日が終わったな」
ー第1話 完ー
お読みいただきありがとうございました。