夢見る乙女王子は乙女ゲームヒロインには靡かない
「はぁー」
昼休み、私は教室の窓から庭にいる人達を見て、溜め息を吐く。
「まぁ! 毎日、毎日、多くの男性を侍らせて節操がありませんこと」
「本当ね! 私、婚約者がいなくて良かったですわ。もし、あの輪の中にいたら、即、別れますわ」
「私も、御相手が年上で良かったですわ。一緒に学園で過ごせないことを残念に思っていましたが、あの様子を見ていたら、この場にいないことに安堵してしまいました」
「本当よね」
私から少し離れた場所で、ヒソヒソと話す令嬢達の言葉を聞き、益々溜め息を吐きたくなる。
だが、もしかしたらこの会話はわざと私に聞かせる為にしているのかもしれないと思うと、これ以上弱みを見せる訳にはいかないと、気を引き締め、読んでいた本へと視線を戻した。
しかし、溜め息は抑えきれず、息が漏れ出る。
それに目敏く気付いた令嬢が、「御可哀想に、寵愛を失った本妻ほど惨めなものはありませんわね」、「本当ですわ。私だったらとても耐えられません」などと、私の方をチラチラと見て話していた。
私は本をギュッと握り締め、血管が沸騰し、ブチキレそうになる感情を鎮めようと努める。
それでも抑えきれない怒りを、「私だって、あんな浮気男と早く別れたいって思っているわよ! だけど、お父様から許しがでないんですもの。それに、王太子殿下と妃殿下から頭を下げられたら、どうすることも出来ないじゃない!」と、心の中で悪態をつくことで紛らわす。
もう一度、窓の外へと目を向けると、一人の子爵令嬢を囲んで、十数人の男子生徒が楽しそうに談笑していた。
その中心にいる、この国の王太子夫妻の第一子であるジェイド殿下が、私の婚約者だった。
私と彼は同い年で、彼女は一つ下だった。
彼女が入学して来るまでは、彼と良好な関係を築いていると思っていた。
元々、クラスも違い、生徒会に入って忙しそうにしている彼と学園で一緒に過ごすことは、殆どなかった。
ただ、時間がある時は、昼食を一緒にとったり、放課後、同じ馬車で王宮へと行ったりと和やかに過ごすことはあった。
その時は、嫌われている様子など全くなく、寧ろ常に好意を示されてきた。
それが、彼と彼女が知り合ってからパッタリと途絶え、気が付けば二月が過ぎていた。
−−やっぱり、強制力かしら?
このまま私も、物語のように断罪されてしまうのだろうか……——。
−−そう、ここは乙女ゲームの世界。
十二歳まで孤児院で過ごしていたヒロインが、子爵家に引き取られ、養女となり、十四歳になる年から十六歳になる年までの三年間、貴族が通う学園へと、彼女が入学するところから物語は始まる。
学園に通うジェイド殿下をメインヒーローとした、五人の攻略対象者達が、淑女の仮面を纏った貴族の令嬢達とは違う、天真爛漫で明るい彼女に惹かれ、恋をし、結婚するところで話は終わる。
もちろん結婚するまでには、様々な障害が立ちはだかる。
その中の一つが、私の存在という訳だ。
私には、物心がついた時から少しだけ前世の記憶がある。
少しというのは、成人後の記憶が殆ど無い為だ。
しかし、孫を抱いている記憶がある為、成人後にすぐ死んだ訳ではないと思っている。
恐らく天寿を全うしたに違いない。
ただ、そう思いたいだけなのだが……。
話を戻そう。
成長した今は、殆ど薄れてしまったが、ここが乙女ゲームの世界で、よくある悪役令嬢に転生してしまったということを、彼と初めて会った時に思い出した。
彼とは初めて会ったのは、婚約者候補として初めて王宮へ行った七歳の時。
彼の顔を見て、悟った。
このままでは、悪役にされ、処刑されてしまう。と。
取り敢えず、今はまだ婚約者候補の一人。
婚約者に選ばれなければ大丈夫。
そう思っていたら、次の日には婚約者にされていた。
この時に、「強制力」というものがあるのではないかと思い至り、恐怖した。
何とか穏便に婚約を解消出来ないかと、色々と働きかけてはみたが、全くの徒労に終わった。
何故か彼が、私に物凄く懐いており、私の言い分を誰も本気で受け止めてはくれなかったのだ。
彼に嫌われようと冷たく接したりして、頑張ったこともあったが、良心の呵責に苛まれ、そこまで悪人になることが出来なかった私は、めげずに好意を示し続ける彼に、結局、ほだされた。
ここまで好かれては、無碍にも出来ず、彼が離れてしまうまでは、婚約者として彼を支えていこうと覚悟を決めた。
そう、覚悟を決めてはいたのだが、いざその時が来てしまうと、やはり報えるものがあった。
ゲームとは違い、ヒロインには近づかず、取り巻きも作らず、影でのいじめも事前に防ぐように尽力していたが、強制力によって冤罪でも処刑されてしまうのでは、と怯えた。
王族の婚約者で、筆頭公爵家の令嬢であるにもかかわらず、風紀を乱す彼女を遠巻きにして注意もしない私に、他のご令嬢方の私に対する印象は悪くなり、取り巻きになりたがっていた者達も離れて行った。
それにはホッとしたのだが、本当の友人と呼べる味方を作ることも上手くいかず、孤立してしまった私は、次第に疲弊していった。
ついに、耐えられなくなった私は、両親や王太子夫妻に現状を訴え、婚約の解消を願い出た。
洗い浚いを吐き出して、これで楽になれると安堵したのは、ほんの束の間だった。
私の話を聞き終えた王太子殿下は、「よくある若い時特有の一過性のものだろうから、堪えて欲しい」と言い、妃殿下は、「前よりも厳しく教育し直すから、どうかもう一度だけチャンスを与えて欲しい」と、私に頭を下げて懇願した。
それを受けて、父は、取り敢えず学園を卒業するまでは、猶予を与え、様子をみるようにしてはどうかと提案して来た。
権力者達からの圧力に、抵抗することが出来るほどの強靭な精神力を、私は持ち合わせていない。
私は、父の案に首肯した。
その為、婚約を解消することは出来なかった。
この時、お父様にどれだけ言いたかったか!
「卒業まで待っていたら、貴方の娘は処刑されてしまうんですよ!」と。
でも、言ったところで、「馬鹿なことを……」と、呆れた目で見られ、軽くあしらわれるのが予想出来たので、口には出さなかった。
だから私は、この時から処刑された時の為の準備を始めた。
家族へはこれまで育ててもらった感謝の手紙を書き、王太子夫妻には彼女をいじめてなどおらず、国に対して反逆の意志などなく、罪を犯してはいないことや、何も知らず自分とは無関係な家族は助けて欲しいと訴える書状を認めた。
ジェイド殿下には、恋文を書いた。
書きながら、私はいつの間にか涙を流していた。
−−私、いつの間にか、こんなにも彼を愛してしまっていたんだ……。
泣きながら手紙を書き終えると、便せんを封筒に入れ、愛しい気持ちと共に封をした。
断罪が行われる、卒業パーティーまで一年と八ヶ月を切ったある日のこと、帰宅する為に廊下を歩いていた私は、ずっと避けていた彼女と曲がり角でバッタリと出会ってしまった。
幸い私と彼女は、ぶつからずに済んだのだが、彼女はその場に蹲り、泣き出した。
私は狼狽え、一歩下がる。
「どうした!?」
彼女の後ろを歩いていたのだろう。
角から、ジェイド殿下と、彼の側近達が姿を現し、泣いている彼女に寄り添った。
「大丈夫か?」
殿下の言葉に、「はい……。でも……」と、彼女は弱々しくそう言って、意味有りげに私の方を見た。
それに合わせて、皆私の方へと視線を向け、一様に驚いた表情を浮かべた。
私は、呆然として何も発することも、動くことも出来なかった。
その様子を見た彼が眉を顰め、問い掛けて来た。
「ルビー。何があったんだ?」
私は、言葉に詰まりながらも、見たままのことを答えた。
「その、あ、歩いていましたら、角を曲がった彼女とぶつかりそうになりまして……。でも、あの、幸いぶつからずには済みました。ですが、急に彼女が蹲り泣き出したので、どうしたのかと……」
「ルビー様、酷いです! わざと足を引っかけて、転ばせて、私のことを嘲笑ったではありませんか!」
彼女は、キッと私を睨み、そう言って騒ぎ立てた。
すかさず、私はそれを否定する。
「そんなこと、していません!」
「私とジェイドが恋人になって嫉妬したからって、あんまりです! えーん」
彼女は、顔を覆って泣き出した。
−−えっ!? ヒロインって、こんな思い込みが激しくて、一方的に相手を攻めるようなヤバい性格だったの?
確か原作だと、健気で誰にでも優しくて、純粋な子じゃなかったかな?
間違っても、無い罪を作って相手を陥れるようなことをする子じゃなかったと思うんだけど……。
しかも、あまりに嘘泣きっぽいんだけど、本当に泣いているの?
「はぁ!?」
どうすべきか迷っていると、地を這うようなドスの利いた声がして、そちらに目を向ける。
すると、凶悪な悪魔のような顔をした彼が汚物を見るような目で彼女を見ていた。
それに驚き、私は何度も瞬きをして、見間違いではないかと確かめた。
「何を言っている? 私が君と恋人だって? 何ておぞましい!」
「お、おぞましい?」
彼の言葉に、彼女も覆っていた手をどけて、彼を見る。
驚いた表情を浮かべる彼女の目に涙で濡れた様子は全くなく、やっぱり嘘泣きだったのかと呆れた。
そんな私のことは置き去りに、二人の遣り取りが続く。
「気持ちの悪いことを言うのは止めてくれ!」
「ジェイド?」
「私は、ルビーと出会い、母に、『この子が貴方の将来のお嫁さんよ。大切にしてあげてね。間違っても、父上のように不誠実なことをしては駄目よ』と紹介された時から、彼女と結ばれることだけを夢見て来たんだ!」
彼は、うっとりとした表情を浮かべ、彼方の方に視線をやって語り出した。
−−えっと、これは何処から突っ込めばいいのだろう?
皆が困惑していることなどに一切構わず、彼は話し続ける。
「『女の子は、とっても壊れやすくて、砂糖菓子のように繊細なのよ』と母上が言うから、彼女を喜ばせ、傷つけないように大切に、大切に慈しんで来た……」
−−彼のあの懐きっぷりは、まさかの王太子妃殿下による教育……?
いやいや、例えそうだとしても、彼の純粋に私を慕っている目は本物だった。
今は恋に恋をしているだけかもしれないけれど、これから私が頑張って本物にして行けばいいのよ。
「十四歳の誕生日に手を繋いで初めてのデートをして……」
−−確かに、去年の誕生日に、手を繋いで町を歩き、カフェでケーキを食べて御祝いしたわ。
あの日は、本当に幸せだった……。
「十五歳の誕生日に満天の星の下で初めてのキス。学園の卒業と同時に、花に囲まれた聖堂で、私がデザインし作った純白のドレスとベールを纏った女神のように美しいルビーと結婚式を挙げる。その夢を汚すような真似をする君を許すことは出来そうにない!」
余りに具体的で乙女チックな彼の夢に、私は若干引いた。
そんな私とは反対に、彼と彼女はヒートアップしていく。
「そんな!」
「それに、ルビーは、そんな陰湿なことをするような人じゃない! 何故そんなつまらない嘘をつくんだ!」
「嘘じゃないわ!」
「どうなんだ、ルビー?」
「私に振るな!」と思いながらも、直に否定する。
「そんなことしないわ」
「そうだよな」
私の言葉を聞いた彼が、至極当然のように、すかさず頷く。
「この嘘つき女!」
そう言って、彼女が私を睨み付ける。
「なんだと! 嘘つきは、君だろう? 彼女のことを侮辱する者は、誰であろうと許さない!」
彼女の傍にいた彼が、彼女から守るように、私の傍へと移動した。
彼女は、彼に縋るように、「何で? 私は、嘘なんてついていない! 信じて!」と、手を伸ばす。
だが、彼は、「私は、誰が何と言おうとルビーを信じている。君のことは友達だと思っていたけれど、絶交する! もう二度と私達に話し掛けないでくれ!」と、言ってその手を振り払った。
「そんな! お願い! 信じて!」
彼女は必死に懇願したが、彼はそっぽを向いて返事をしなかった。
「無視しないで! ねえ、貴方達は私を信じてくれるでしょう?」
目を潤ませ、上目遣いで見る彼女に側近達は、一瞬たじろぐが、殿下の方を見て、その怒りを感じ、慌てて首を横の振ることで、彼女へ意志を伝えた。
「そんな……。どうして上手くいかないの? 私はヒロインなのに! もしかして、バグ? それとも、ゲームの世界とは違うの? でも……」
彼女は、ブツブツと独り言を呟き、意味が分からない彼らは、困惑の表情を浮かべていた。
暫くして、ハッとした様子で、殿下の方を向いた彼女は、一差し指で彼を指し示した。
そして、「兎に角、フェミニスト王子の中身が、夢見る乙女なんて聞いてない!」と、捨て台詞を吐いて駆け足でその場を離れて行った。
殿下や側近達は、ぽかんとした表情を浮かべ、その場に立ち尽くす。
私は、彼女の言葉に、うんうんと一人頷いた。
−−そうよね。殿下の方が余っ程、ヒロインみたいよね……。
「はあー」
「ルビー? どうした? 溜め息なんか吐いて……」
フリーズしていた彼が、私の溜め息を聞いて、正気に戻ったようだ。
「いえ。私は、貴方のことをよく分かっていなかったと、反省していたところです」
「そうか。私のことを考えていてくれたのか……」
殿下はそう言って、頬を染めた。
私は、「何処の乙女じゃ!」と、心の中で突っ込んだ。
「そういえば、ルビーとこうやって話すのは随分と久しぶりな気がするな」
「そうですね……」
そう言って、私は感慨深くなり、再び無意識に溜め息を吐いていた。
「すまなかったな。中々、時間が取れなくて。ルビーにも学校に通う間に、私達以外の交友関係を広げてもらいたいと思って……。それに、彼らが束縛する男は嫌われると言うから……。だから、少し距離を置いていたんだ」
彼に恨みがましく睨まれた側近達は、気まずそうにそっと視線を外した。
「そうだったのですか……。てっきり、私は貴方に嫌われたのかと……」
「まさか!? 本当は、一分一秒もルビーと離れたくなんてなかったさ!」
彼の言葉に今まで堪えていたものが堰を切って溢れ出してしまった私は、その場に蹲り、嗚咽した。
そこが、学園の廊下で周りに他にも人がいることとか、外聞を気にする余裕などこの時の私には全くなかった。
「ルビー。どうした? 大丈夫か? 頼む。泣かないでくれ」
突然蹲り泣き出した私に、彼や周りの者達は狼狽え、おろおろしていたようだが、一杯一杯な私はもちろん気付かない。
「うっ、ひっく……」
「先に話しておけば良かったな。すまない……」
「ジェイドの馬鹿! わ、私が今まで、どんな思いで……——」
私は泣きながら彼の胸を叩き、辛かった思いや今まで溜まっていたものをぶちまけた。
そんな私に彼は懐から出したハンカチを差し出した。
私は躊躇うことなく、それを受け取り、鼻を擤む。
それでも、涙が止まらない私を、彼は抱き締め、あやすように背中を撫で続けた。
漸く落ち着き、涙が引いた私は、現状を把握し、羞恥に悶える。
赤面する顔を俯けたまま、慌てて彼を押しのけて、腕の中から逃れた。
「もう大丈夫です。御見苦しいところを御見せしました……」
「いや。君がこんなに苦しんでいたことに気付けなかった、自分が情け無いよ」
俯いていた私は、手ものハンカチが目に入り、そこに精密な刺繍が施されているのを見て顔が青くなる。
「あの、申し訳ありません。このような立派なハンカチで鼻を擤んでしまい……」
「いや。気にしないでくれ。それは、失敗作だから」
「えっ!? 失敗作!? これが?」
−−いや、どう見ても老練のお針子が刺したようにしか見えないのですが?
まさか、この流れは……。
「ああ。ウエディングドレスに入れる刺繍の練習に刺したものだが、中々上手くいかなくてな。本番にはもっと素晴らしい刺繍をするから楽しみにしていてくれ!」
−−やっぱり! 乙女王子のお手製だった!
本当に器用だな!
羨ましくなんて無いんだから!
刺繍を習って五年以上経つのに、未だに、人にプレゼント出来るだけのものが刺せない不器用な私は、心の中で涙を流す。
「はぁ」
そして、気の抜けた返事を返すことしか出来なかった。
彼は、私を支えて立ち上がらせて、そのまま周囲から私を隠すように馬車までの道のりを歩いた。
我が家の馬車の前まで来たところで、彼が話し出す。
「それで、今度の私の誕生日パーティーなんだけど……」
「はい」
「さっき言ったことは、覚えているか?」
「さっき?」
「その、私の夢の話だ」
「あっ……」
私は、「初めてのキス」という言葉を思い出し、頬を染める。
「それで、その……」
彼も頬を染めて俯き、身体をもじもじとさせた。
私以上に乙女な様子の彼の姿が目に入った途端、私の頬の熱は下がり、引きつるのを感じた。
若干引き気味の私の様子を窺うように、彼は上目遣いでちらちらと見る。
「パーティーの後に、二人きりで過ごす時間を作ってもらえないかと思って……」
「えっ?」
「少しだけで良いんだ!」
余りにも必死な様子の彼が可愛くて、私は思わず意地悪をしてしまった。
「どうでしょう? 父に聞いてみませんと……」
「そうだよな……」
見るからにシュンとした彼に、何だかキュンとしてしまった私は、彼の手を取って言った。
「大丈夫ですわ。時間は作らせていただきます。二人で素敵な時間を過ごしましょう?」
彼は瞬く間に、パッと花が咲いたような満面の笑みになった。
「ああ!」
私は馬車に乗り、扉が閉められた後も、笑顔の彼が窓から見えた。
馬車が走り出し彼の姿が見えなくなるまでずっと、彼は笑顔で見送ってくれていた。
私も心からの笑みを浮かべて、手を振った。
その後、私も生徒会に入ることになり、彼と一緒に過ごす時間が増えたというよりも、授業以外の時間はほぼ一緒にいた。
役割を果たしながらも、甘い空気を発する私達に、周りは最初の内は戸惑い、そして呆れ、遂には諦めたかのような気配を漂わせるようになった。
この頃になると、私のポンコツ振りが完全に周知され、お高く止まった完璧令嬢よりも親しみやすくて良いと、低位の貴族子息や令嬢を中心に支持してもらえるようになって行った。
高位貴族の子息、子女の中にも、「私が将来の王太子妃を守り、お支えしなければ」という使命感に燃えた者達が現れ、王族の婚約者に相応しくないという者達を退けて行った。
そして、ヒロインはというと、彼の攻略は諦めたのか、全く話し掛けて来なくなった。
ただ、相変わらず、メインヒーローの殿下とその側近である攻略対象者以外の男子生徒を侍らせて、女子生徒の顰蹙を買っていた。
しかし、殿下が彼女に関わらなくなった為、今まで遠慮していた風紀委員の生徒達が彼女達に苦言を呈したり、学園に相応しくない貢物を没収したりと取り締まるようになると、彼女が本性を現し始め、一人二人と少しずつ取り巻きの数が減って行った。
私達が最終学年になり、ヒロインが二年生になる頃には、彼女は最後に残った誠実そうな青年と付き合い出したようだった。
その頃から彼女は、今までとは別人のように大層大人しくなった。
私が図書館へ本の貸し借りをしに行くと、二人が幸せそうに笑い合っている姿をよく見かける。
恋は人を変えるって本当だった。と、しみじみ思った。
ずっと彼女の動向を影から見守っていた私は、良い方に変わって良かったと、安堵の息を吐く。
そうして、私達の卒業まで大きなトラブルが起こることは無く、日々が過ぎて行った。
話は遡るが、彼の十五の誕生日の夜はというと……。
彼の夢通りに、満天の星の下、ムーディーな月明かりに照らされた庭園で私達は初めてのキスをした。
キスした後も、私達はお互いだけを瞳に映し、この世に二人だけになったような感覚を味わっていた。
お父様の使いが私を呼びに来るまで、その幸せな時間は続き、家に帰りベッドに横になっても、私の心はずっとフワフワと夢心地だった。
−−彼も同じ気持ちでいてくれるかしら?
そんなことを悶々と考えてしまい、この日は朝日が昇るまで眠ることが出来なかった。
それも今となっては、良い思い出である。
そして、卒業式の翌日に、彼の夢と希望を一杯に詰め込んだ結婚式を挙げ、花嫁以上に涙を流す花婿の姿を拝むことになるのも、予想通りのお約束なのであった。
お読み下さり、ありがとうございます。