090 グランメゾン♡幻影銀河♡
「そうね、飲みやすいわ」と言って米酒をターニャが飲み干した。すぐに給仕が米酒をつぐ。
「ターニャ、そんなに一気に飲むと酔っぱらうわよ」以前の私のように。
「いいのよ、輝煌神女隊を立ち上げて最近気分がいいから。後は優秀な隊員を集めるだけよね」
「ドロシア殿が言った若い美少女兵士なら、東覇軍にも何人かいたぞ。本人の意向もあるが、数日後には顔合わせができるだろう」
「どんな子が集まるのかな?とても楽しみ」とターニャ。
「レアステーキにフォアグラソテーを載せたものです」と給仕が新しい料理を出した。
そのステーキには驚いた。ピンク色の生肉としか思えない1辺5サンヤール(1ヤール=100サンヤール)の立方体の肉片が大きな皿の真ん中に置かれ、その上に円形で厚みのある褐色の何かが載っていた。
それぞれの味を味わうために、私はフォアグラソテーと呼ばれたものをナイフで少し切り取って口に入れた。濃厚な脂肪のうまみが口の中いっぱいに広まる。
「おいしい。でも、前に同じような物を食べたことがある。・・・そうだ!ジャジャの家で食べた鴨肝に似ているわ」
「鴨肝とは何だ?」とパルスに聞かれた。
「確か、無理矢理太らせた家鴨の肝だったわ」
「これは鵞鳥の肝だ。同じように太らせて、肝に脂肪を蓄えさせたものだ」
「だから同じような味なのね」
「ステーキはどうかな?」とパルスに言われてピンク色の肉の塊を見た。
「これは生肉かしら?」そうつぶやいてナイフを入れると、切断面から肉汁がこれでもかというくらいにあふれ出した。
「え?」
細かく切って口の中に入れてみる。生かと思ったその肉はほの温かく、噛みしめると肉と脂のうまみが口いっぱいに広がった。
「おいしい。生かと思ったけど、脂肪がとろけるくらいに絶妙に火が通っているわ」
「これはもっと大きい肉の塊をあぶって、表面が焦げ、中心部にやっと熱が及んだときに火から下ろし、まわりの肉をすべて切り取って中心部だけを取り出したものだ」
「ぜ、ぜいたくね!?」
「そうだな。何せ超高級料理店だ。そこまでしてやっと出せたのがこの味なのだ」
食材も高価な入手しにくいものを集め、調理にも手間ひまと無駄を惜しまないなんて、これが超高級料理店?
そしてすっきりした米酒が口の中の脂を洗い流してくれる。
「おいしいわね、このお酒」と言ってターニャがまた米酒を飲み干していた。ほんとに大丈夫かな?
脂肪分の多いこの料理を食べ終わると、けっこうお腹がいっぱいになっていた。量的にはそんなに多くないのに。
「チーズでございます」そう言って給仕が私の前に置いたのは、小さなグラスに入った液体だった。
「これがチーズ!?」私は目を白黒させた。液体のチーズなんて見たことも聞いたこともない。
「これは当店自慢の液状チーズでして、当店の店名と同じ“幻影銀河”と名づけられた最高峰の料理です」
「“幻影銀河”?・・・ギャラクティカ・ファントム?」
そのグラスに入った液状チーズはかすかに黄色い透明な液体だった。チーズを溶かしたなら不透明のどろどろした液体になるはずだ。どうやって作ったのだろう?
グラスを取って中の液体の匂いを嗅いでみる。ほとんど匂いがしない。もちろん、バネラ・チーズのような排泄物臭はまったくない。
「これをドロシア殿に飲ませたくてこの店につれて来たのだ」とパルスがしたり顔で言った。
私はうなずいてグラスに口を付けた。中の液体を少しだけすすってみる・・・。
次の瞬間、私は宇宙の深淵にいた。超光速で宇宙の果てに向かっていた。私の周りをいくつもの星雲が通り過ぎて行く。そして目の前に暗黒の闇が広がり、その中に落ちていった。
はっと気づくと、私は超高級料理店にいた。まだグラスを傾けたままだった。
私は陶然としながら残りの液状チーズを飲み干した。
「とてもおいしくて気が飛んでしまいました。・・・それにしてもなぜチーズが透明な液体になったのでしょう?溶かして濾したのですか?」とパルスに聞く。
「そうではない。・・・ドロシア殿は“皇帝のチーズ”の作り方をご存知か?」
「いいえ」
「普通に牛乳でチーズを作った後、そのチーズをある物に数か月間漬けて熟成させるのだ」
「ある物?・・・何ですか?」私の質問にパルスがあせった。
「い、いや、それはこの場では言えない」
私は企業秘密かな?と思った。
「普通は数か月で取り出して、表面を削って食用にするのだが、この液状チーズは最低でも10年は漬け込んでおくのだ」
「じゅ、10年!?それは何と長い!」
「その10年の間に熟成が過度に進み、チーズの中心部から脂肪分が分離して、あの液状チーズが溜まるのだ。とてもおいしいのにできるまで時間がかかることと、量が取れないことから、非常に高価になる」
「なるほど・・・」
「何、これ、おいしい!」とターニャが液状チーズを飲んで叫んだ。
「皇宮の食事に出たことがないわよ!」
「いくら皇帝である父上であれど、これをしょっちゅう飲んでいたら皇宮予算が枯渇してしまうよ」とパルスが笑いながら言った。
「そんなに高価なものなのですか?」と私は驚いて聞いた。
「そうだよ。このチーズ一人分の代金で、ミラスがつれて行ったという家庭料理屋なら20回は食事ができるだろう」
「そ、そんなに?」家庭料理屋での食事代がいくらか知らないが、今日のお料理は液状チーズだけでないから、それを含めるともっと高価だろう。
「そんな高いお料理をすみません」と言ってパルスに頭を下げる。
「でも、一生の思い出ができました」
私の言葉を聞いてパルスは笑った。
「おおげさだな、ドロシア殿は。・・・確かに毎日ここに通うのは難しいが、私と一緒にいれば年に1回くらいはつれて来てあげるよ」
「もったいないお言葉です」
「ずる〜い!」とターニャが少し顔を赤くしてパルスに怒った。「私も一緒につれて行ってよ」
パルスは苦笑した。今日、ターニャがついて来たことで、支払いが1・5倍になったはずだ。顔で笑っていても、心で泣いていたのかもしれない。
「ターニャ、無理を言ってはだめよ」パルスに同情してターニャを諌めておこう。
「ドロシアばっかり行く気ね?ずるい!」私に絡んでくるターニャ。やはり酔っているようだ。
「今度はミラスにつれて行ってもらいなさい。またはハラス兄上か、ボラス兄上に」とパルス。
名前を出された皇子たちはいい迷惑だな。
「食後酒のポムブランデーです」とそのとき給仕が小さなグラスを置いた。もっとアルコール度数の高いお酒だ。
ターニャはそれを一気に飲み干した。
「ドロシア、今日は私の部屋に泊まりに来て!」突然ターニャが言い出した。
「え?・・・ええ、いいけど」
「一緒にお風呂に入って、ベッドで抱き合って、キスしながら寝ましょ?」
「なんと、いつもそんなことをしているのか!?」とパルスが目を丸くした。
「してません、してません」必死で否定する。
「ターニャが酔っぱらったから、もう帰りませんか?」
「そ、そうだな。ドロシア殿を高級バーに誘いたいと思っていたが、ターニャがいるから断念せざるを得ないか」とパルスがうなだれた。
「その後、ドロシア殿には私の部屋に泊まってもらいたかったが、ターニャに横取りされた・・・」とパルスが小声でぶつぶつ言っていた。聞こえなかったことにしよう。
パルスの馬車で皇宮へ向かう。ターニャは私の肩に頭を預けてうとうとしていた。
皇宮の西門でターニャと降りる。ばあやが酔っぱらったターニャを見て目を吊り上げていた。怖い。私はばあやにおびえているように見えるパルスにもう一度お礼を言った。
「今夜は素敵なお食事ありがとうございました、パルス殿下。とても楽しく過ごさせてもらいました」
「またつれて行ってくださいね」という言葉は飲み込んだ。パルスを警戒して、ではなく、パルスの懐を心配してだった。
「ああ、ドロシア殿、私も楽しかった。また行こう。それではターニャをよろしく」そう言ってパルスは私に将軍職杖を返してくれた。
パルスの馬車が出発する。パルスの住まいに近い別の入口があるのだろう。
ターニャに肩を貸していると、ばあやの指示でメイドたちがターニャを両側から支えて奥に歩き始めた。
「これはどういうことでしょう?」とばあやが私をにらんだ。
「い、いえ、ターニャ姫と一緒にいたらパルス殿下にお食事に誘われて、そこで出されたお酒がおいしかったようで、知らない間にターニャ姫が飲み過ぎてしまいました。・・・ごめんなさい」
「ドロシア〜、こっちよ〜早く来て〜」と酔っぱらったターニャが私を呼ぶ声がした。
「では、ドロシア様、中へお入りください」とばあや。
私はほっと胸をなで下ろした。「どうぞお帰りください」と言われなくてよかったよ。どうやって帰ればいいのかわからないし。
ばあやの後についてしずしずと歩く。
ターニャの部屋に入ると、さっそくターニャはメイドたちに服を脱がせられ、ネグリジェを着せられ、ベッドの上に大の字になって横たわった。
私は胸飾りと頭飾りを外して傍らに置いた。将軍職杖も置いておく。
そしてドレスをメイドたちに脱がせてもらうと、ばあやとメイドたちは部屋を出て行った。
私もターニャの横に寝転ぶ。既にターニャは寝息をたてていた。
ボルランツェル王国人としてはお風呂に入らずに寝るのは抵抗があったが、今夜は仕方がない。今日の料理の味を思い出しながら、私も寝入ってしまった。
翌朝はミラスの大声で目を覚ました。
「ここにドロシアが来ているんでしょ?至急会わせてください!」
体を起こしてみると、ターニャのベッドの上で寝ていた。隣にはまだターニャが眠っている。
「お嬢様方はまだ就寝されています。もう少しお待ちください、ミラスぼっちゃま」とばあやが必死で止めているのが聞こえた。
あまりにも騒々しくて、ターニャが目を覚ました。
「うるさいわねぇ、何なのよ?」
寝ぼけた目で私がいるのに気づく。
「あら、ドロシア、何でいるの?」
「昨日、パルス殿下と一緒にお食事をいただいたでしょ?そのとき、ターニャが酔っぱらって、私を部屋に泊めるって言ったのよ」
「ああ、そうだっけ?・・・つつつ、頭が痛い。何なの、この痛みは!?」
二日酔いかな?
ターニャが起きるとすぐにメイドたちが入って来て(常に監視されている?)、ターニャと私に柑橘茶を淹れてくれた。
私はドレスを着て、胸飾りと頭飾りをしまっておくところがないので、それらも身につけた。
そこへばあやが入って来た。
「ミラスぼっちゃまがドロシア様に面会したいとのことですが、どうなされますか?」
超高級料理店“幻影銀河”の今宵のコースメニュー
Apéritif(食前酒):ジナン産梅酒
Entrée(前菜):半熟ゆで卵、黒松露ソース
Soupe(スープ):鴨のダブルコンソメ
Vin(食中酒):米酒
Viande(肉料理):レアステーキ、フォアグラソテー載せ
Fromage(チーズ):液状チーズ“幻影銀河”
Digestif(食後酒):ポムブランデー




