076 王宮内に♡突入♡
私に襲いかかる黒狼。ミラスの守りが遅れ、私が噛みつかれると観念したそのときに、誰かが黒狼を一刀のもとに切り捨てた。
私を守ってくれた相手を見て、私は目を見開いた。「ベ、ベンガル?」
それは私に対していつも敵対心を見せていたメラニア王国のベンガル王子だった。
「お前はすごいやつだな、ドロシア」とベンガルが言った。「だから俺が守ってやる!」
「あ、ありがと・・・」口先だけの男かと思っていたが、初めて見せられた男らしさに胸が少しだけキュンとなった。
「前から来ていたら私が倒したのに・・・」とぶつぶつ言うミラス。
その他の獣はボラスたちに既に倒されていた。
「謁見の間は、前方の広い部屋を左に曲がって、右の階段を上ったところです」とスレン。
廊下の突き当たりの扉を開けると、そこに数人の魔教徒と魔女が待ち構えていた。
いちいち降魔弾で倒すのも面倒なので、広がった降魔障壁で体当たりをする。
たちまち獣に姿を変える魔教徒や魔女。
「スレン、ごめんね。彼らを人間に戻す方法がわからないの」
「やむを得ません。ドロシア、無理を言ってしまいました」スレンがそう言うが、その顔にとても辛そうな表情を浮かべていた。
広い部屋の左手の扉を開け、謁見の間の下の待機場所に突入する。前方右手に謁見の間に上る階段があり、階段を下りたところに細長いキャビネットが置いてあった。
すぐに階段から魔教徒や魔女が何人も下りてくる。降魔障壁に当たる前に黒いもやの塊を飛ばそうとするので、思わず将軍職杖を振って降魔弾を撃ってしまった。
階段にいる魔教徒に降魔弾が当たり、恐ろしい叫び声をあげて猿に変化する。そのまま階段を転げ落ちて、細長い飾り棚にぶつかった。
飾り棚の上部には水晶の板がはめられ、中に何かが飾られていた。それが猿の衝突で粉々に砕け、飾られていた金色のものが私の足元に転がった。
それは金色の頭飾りだった。思わず見入ってしまう。
「ドロシア将軍、どうしたのだ!?立ち止まるな!」猿を仕留めたハラス将軍が、突然走るのをやめた私に気づいて叫んだ。
その言葉を聞いて皆が立ち止まった。
「スレン、オノン、これは何?」私はハラス将軍の叱責にかまわず、その頭飾りを拾い上げた。
「ドロシア、どうしたのですか!?」と聞くスレン。みんなのいらただしげな視線が私に集中する。
しかし私は動けなかった。そのティアラには中央に大きな翠玉がはめ込まれていた。そして翠玉から緑色の優しげな光があふれ出た。
「な、なんだ、その宝石は!?」仰天するボラス。それは宝石に光が反射して生じる輝きではなく、緑色がかった空気が吹き出しているような光だった。
「それは、確か、100年くらい前にこの王都で貧者に施しを与えた光明の神殿の修道女、シスター・ダネルに当時の国王が与えた頭飾りです。修道女はこの頭飾りを受け取る代わりに国営の救貧院を作り、頭飾りはシスター・ダネルの業績を称えるためにここに飾られていました」
シスター・ダネル。・・・私のセカンドネームもダネルだ。
「この頭飾りを貸してもらえないかしら?」と、私はとんでもないことを頼んだ。
戦闘時に何を言ってるんだと糾弾されそうだが、不思議な光があふれ出る頭飾りに誰もが光明の神の力を感じたのだろう。
「かまいませんよ」とスレンが答え、オノンもうなずいた。
私は頭につけていた鉄製の飾鉢金を外すと、代わりにシスター・ダネルの頭飾りをつけた。
とたんに新しい力がわき起こって来るのを感じた。
「形態変化、第6形態、春の妖精!」
私が叫ぶとともに、頭飾りのエメラルドからあふれ出ていた緑色の優しい光が球状に私を包んだ。
降魔障壁は消えていた。しかし、私は階段を駆け下りて来る魔教徒たちの足音を聞きながら、まったく恐怖を感じなかった。
「春の息吹!」私が将軍職杖を前に押し出すと、私の体からあふれた緑色の優しい光が室内を満たしていった。
その光は階段に沿って上り、押し寄せてくる魔教徒たちの体を飲み込んだ。
言葉にならないうめき声をあげて階段を転げ落ちて来る魔教徒たち。彼らがまとっていた黒衣が消え去り、ノルドールの平服である毛皮の服を着た男女に変化した。
「も、元の姿に戻った!?」叫ぶスレン。
スレンは間近に倒れているノルドール人の元へ駆け寄った。
「息をしている。死んでいない。・・・そして顔から邪悪な雰囲気はまったく感じられない!」歓喜の声を上げるスレン。
「この子は、母の侍女だった娘だわ!」オノンが倒れている若い女性を見て言った。
「光明の神が奇跡を示された!」
「何と温かい光だ。我らも癒されるようだ」と緑色の光に包まれたハラスが言った。
「だが、先を急ごう、ドロシア将軍。闇の教主を倒さねば!」
「はい!」私は春の息吹を王宮内に蔓延させながら謁見の間に通じる階段を上り始めた。この階段を上ったところが謁見の間だ。
「階段と謁見の間との間に壁はありません。既にこの柔らかな光で謁見の間も満たされているはずです」とスレンが言った。
ところが階段を上がったところを見上げて私たちは驚愕の声を上げた。
私の春の息吹が、黒い障壁で遮られていたのだ。
春の息吹の緑の光と障壁の闇が接するところで無数の白い輝きが生じていた。春の息吹が闇を消滅させているのだ。
しかし、謁見の間から大量の闇が次々と押し寄せて来るので、春の息吹がその先に及ぶことができなかった。
このままではどちらかが力尽きるまで拮抗状態が続く。しかし黒い障壁はまったく弱まる気配がなかった。
「大いなる癒し!」私は将軍職杖を思い切り振った。
私たちの周囲を満たしていた春の息吹が杖の先端に吸い込まれた。その次の瞬間、杖の先端から緑色の光がほとばしる水流のように噴出した。
緑色の光の奔流が黒い障壁に衝突し、目がくらむような白光が生じた。その光がしばらく輝き続けた後、緑色の光の奔流が黒い障壁を突き破ってその向こうにいる黒衣の人物に衝突した。
その黒衣の人物、魔笏を持つ闇の教主は、大いなる癒しの奔流を受けて苦しみ悶えた。魔笏から闇の力を噴出させて何とか抵抗しようとするが、大いなる癒しの奔流には抗いきれないようだ。
やがて闇の教主はその手から魔笏を離した。魔笏は床の上に落ち、乾いた音を立てる。
とたんに闇の教主の黒衣が消失し、白い毛皮を縫い合わせた服を着た男に変わった。
「あれはノルドグレイン公爵です!闇の力が消えました!」スレンが叫んだ。
ノルドグレイン公爵はふらついていたが、倒れはしなかった。
元の人間に戻ったと思って階段を駆け上ろうとしたが、そのときノルドグレイン公爵は自分の頭をかきむしり始めた。
私たちは目を見張った。ノルドグレイン公爵が自分の頭を裂いたのだ。裂け目から、元の頭の倍はある大きい黒い竜のような顔が出現した。
さらに体をかきむしると、蝙蝠のような黒い翼が背中に伸び、両肘には角が出現し、指には長い爪が生えた。
ノルドグレイン公爵の残った服と皮膚が引きちぎれ、毛でおおわれた下半身と両脚が出現した。両脚の先端にはひづめがある。
「ば、化け物、いや、悪魔だ・・・」あえぐパルス。
「あれは闇の教皇だ!古文書に書かれていた姿そのものだ!」とリュー司令官が叫んだ。
「暗黒の神の第1使徒の、最高位の悪魔だ・・・」
闇の教皇は魔笏を拾うと、10発以上の黒いもやの塊を出現させた。
「形態変化、降魔の巫女!」
私が杖を振ると、降魔障壁が出現した。しかし降魔障壁だけでは黒いもやの塊の全弾を防ぎ切れない。
「降魔防壁!」私は杖を振って、床から天井まで伸びる白く輝く壁を出現させた。
降魔防壁に次々と黒いもやの塊が打ちつけられる。降魔防壁で防ぐことはできるが、闇の教皇が黒いもやの塊を絶え間なく出現させるので、反撃する余裕がない。
そのときレクターが私の横に走り出て、闇の教皇目がけて槍を投げつけた。
レクターの槍は降魔防壁を突き抜けたが、その際に白い輝きをまとって飛んで行った。輝く槍は闇の教皇が打ち出す黒いもやの塊を突き抜け、そのまま闇の教皇の左肩に刺さった。
苦悶の雄叫びを上げ、攻撃が途絶える闇の教皇。
「槍を!槍がなければ矢を射ろ!光明の神の力をまとえば倒せる!」ボラスが叫んだ。
槍を持っている者は投げつけ、背中に弓を背負っていた者は弓に矢をつがえて放った。どちらも持たない者は、ナイフを抜いて投げつけた。いずれも降魔防壁を通過する際にその輝きをまとい、闇の教皇の体に突き刺さった。
満身創痍の闇の教皇。
バストルは幅広剣を抜くと、降魔防壁を突き抜けて突進した。その体と剣に白い輝きをまとっている。
「続け!」矢と槍がなくなったので、ミラスやパルスやリューやベンガルが剣を抜いて階段を駆け上がった。みんな、体に白い輝きをまとって。
闇の教皇の体を切り、滅多刺しにする戦士たち。ベンガルが闇の教皇の右手を手首で切り落とすと、魔笏が床に落ちた。
とたんに闇の教皇の体から闇の力が抜け、体がしぼんで見たことのない翼を持つトカゲにその姿を変えた。既に絶命していた。
「父上!母上!」闇の気配が完全になくなると、スレンとオノンが両親を捜して奥の居室に走って向かった。
「パルス、ナレーシャ!2人を護衛しろ」ハラスの指示が飛ぶ。
「は!」「は!」と言って2人が皇子たちの後を追って行った。
私は床に落ちた魔笏を見つめていた。魔笏からはまだ闇がにじみ出ていた。
「ドロシア将軍、その笏は?」とハラスが聞いた。リューたちものぞき込む。
「この闇の教主の魔笏はまだ闇の力を出し続けています。これを誰かが触れば、公爵と同じように闇の教主になり、闇の教皇に変化するかもしれません。そして周りの人々を配下の魔教徒や魔女に変えてしまうでしょう」
「それをどうするのだ?」
「箱、できれば金属の箱に入れ、それをさらに別の箱に入れ、絶対に開かないように封印すべきでしょう。できれば地の底か、海の果てへ沈めて」
「そうだな。それまで誰にも近づけさせないようにしよう。・・・と、スレン王子かオノン王女がいないと、通訳してもらえない」
そこへスレンが国王に、オノンが王妃に肩を貸して謁見の間に戻って来た。
「ハラス将軍、父上も母上も無事でした!」
「それは良かった!」と言ってハラスは国王の前に跪いた。あわてて私たちも同じように跪く。
「国王陛下、王妃殿下、ザカンドラ皇国のハラス将軍です。お国を乗っ取り闇の使徒と化した公爵を倒し、お二人を救出するために参りました」
「お、お・・・、スレンから話を聞いた。貴殿らのご助力に心より感謝する」と答える国王。
「お体は大丈夫ですか?」と私が口を出した。
「闇の力に捕らえられていたが、先ほど癒しの光が届いて身も心も解放された。すぐに回復する。かたじけない。・・・!?」
国王はそう答えると、私の顔を見て目を見開いた。「そ、それはシスター・ダネルの頭飾り!」
そのとき私は自分がまだ頭飾りを借りたままだったことに気づいた。




