068 ドロシアの♡才能♡
翌日は普通に学園に登校した。なお、スズは皇宮から別に迎えが来て、別々に貸家を出た。
みんなには一応スズのことを説明しておいたが、スズが昼間いなくなるのでニェートが寂しそうだった。
「しばらくの間だけだから」と慰めておく。
教室に入ると今日もざわついていた。今度は大規模な軍の遠征が近いということを噂していたようだ。ナレーシャも興奮してメイラ王女に何やら話していた。
ターニャと言えば、さすがに遠征にはついて行けなくてつまらなそうな顔をしていた。
一方、スレンとオノンは教室には来なかった。進軍の計画立案に参加しているのだろうか。
午前第1講の「修辞」は、今日も美しい筆記体を書く練習だった。これだけで数か月続くだろうか?しかし、遠征のために1月以上授業を休むはめになれば、勉強の遅れを取り戻せるか心配だった。
午前第2講の「音楽」は、今日も楽譜の勉強だったが、先生が手風琴を持って来ていて、その音階がどの音になるか教えてくれた。メロディーがわかると、音楽の授業が少しだけ楽しくなってきた。
昼休みになると食堂で昼食をとる。さっそくバネラたちが話しかけてきた。
「ねえ、おじょ・・・ドロシア、また出軍なさるのですか?」
「下位クラスでもそういう噂が広がっているの?」
「ええ、軍隊の兵士として所属している学園生は、今度は出征するんだとはりきっていますよ。・・・で、どこへ行くんですか?」
「それはまだ軍事機密ですよ、バネラ」とナレーシャが口を出した。
「正式に発表されない限り、一般人に教えることはできません」
「でも、それだと私たちの準備が間に合わないじゃないですか」とロルネが言った。
「あなた、またついて来る気?」と私はあきれてしまった。
「大沙海への旅だってあんなに苦労したのに・・・特に食べ物に。懲りたんじゃないの?」
「私たちはドロシアのメイドでもあるんですよ。おそばでお仕えしなきゃ」とペニアも言った。
今度の遠征は北ザカンドラ山脈の峠を越えなくてはならない。つまり山道だ。なるべく不要の重いものは置いていく方がいいだろう。
「あなたたちはつれていけないわよ」
「なぜですか!?」と食いつくバネラたち。
「だって体重が重いもの」
私の言葉にバネラたちは顔を真っ赤にして反論してきた。
「そ、そんなにドロシアと違いませんよ」と反論するバネラ。いや、違うでしょ。
「今度の旅はあまり人や物をつれて行けないの。だからおとなしく引き下がって」
「じゃあ誰をつれて行くんですか?」とロルネが聞いた。
「多分、スニアかライラね。それにスズと」
「何でスズをつれて行くんですか?軽いからですか?」
「それもあるけど、今日からスズは連合軍に協力しているの。メイドとしてでなく、軍の協力者として行くのよ」
「ずる〜い」と文句を言うバネラたち。いや、ずるくはないでしょ。
「そしたらニェートがかわいそうですよ。スズと仲良しなのに」
「それはそうだけど、私とスズがいない間、あなたたちでかまってあげてよ」
まだぶつぶつと言っているバネラたち。確かに、バネラたちが学園に行っている間は、ニェートはほとんど一人きりになる。かわいそうだけど、仕方がない。
昼食が終わるとバネラたちは帰り、私とターニャは剣術の実技を受けるために校庭に移動した。校庭では異様な熱気が漂ってきた。
私たちと同じく下位クラスで剣術を習っているミネアとユミナが私たちの方に近づいて来た。
「どうしたの、ミネア?」
「それが、例の軍隊の遠征の噂でみんなが興奮していまして、急きょ練習試合を行うことになったんです。初心者の私たちは同じ初級コースのドロシアのところに行くように言われました」
「そうなの?」
「あなたたちは何を習っているの?」とターニャが聞いた。
「私たちは剣を抜くのと、鞘に納める動作です」
「じゃあ、私たちと同じね。みんなでおさらいしてみる?」
「はい、わかりました」
少し離れて2人ずつ向かい合わせになり、一斉に剣を抜いてみる。ミネアとユミナは足を踏み出してけっこうきれいに剣を抜いていた。
「じゃあ、剣に納める動作ね」とターニャ。
足を戻して剣を鞘に納める。剣先を鞘の中に入れるのにもたついたのは私だけだった。
ひょっとして、私は運動神経が悪いのだろうか?
「ドロシアはまだ慣れていないようですね」と言ってミラスが近づいて来た。
きゃあきゃあ言うミネアとユミナ。
「やあ、ミネアにユミナ。今日は一緒に練習ですね」
「ミラスはあちらの試合に出なくていいの?」と口をとがらす。一人だけ慣れていないと言われ、すねているわけではない。
「私は師範代を務める腕ですからね、出なくてもいいんですよ。学園生の指導は先生にお任せしてきました」とミラス。
「クララとネアンは?」
「2人とも試合に夢中になっていますよ。あの2人は、剣に強い男性に興味があるみたいですから」
ミラス一筋じゃないのかな?2人同時にミラスの妃にはなれないから、結婚相手の第2候補を見つけようとしているのかもしれない。
「では、もう一度今の動作を繰り返してみましょう」と先生ぶるミラス。
4人で剣の抜き差しを繰り返す。やはりもたついたのは私だけだった。
「ドロシア以外はまあまあですね。では、3人には次の動作を教えましょう」
私は置いてけぼりかよ、とついすねてしまった。
「右足を踏み出して剣を抜いたら、左足を出して直立します。このとき、次の動作のために剣を構えますが、上段、中段、下段の3通りの構え方が基本です。まず、上段の構えに移ってみましょう。・・・あ、ドロシアは剣の抜き差しを繰り返し練習しておいて」
ターニャたち3人が次の動作を教えてもらっている間、私は泣きそうになりながら1人で練習を繰り返した。
「それでいいです。それじゃあ、今教えたことを繰り返して」3人に向かって指示を出すミラス。
そしてミラスは私の方に向かって来た。
「ドロシア、お待たせしてすみません。今からドロシアの指導をしますから」
「ミ、ミラス・・・」ミラスが私を忘れていなかったと知って、私は思わず涙ぐんでしまった。
「よろしくお願いしますね・・・」
「じゃあ、また基本動作を教えますよ」そう言ってミラスはまた私の背後に密着した。
左手で私の左手を握り、右手で私の右手を取り、お尻を体でぐいぐい押してくる。お尻が押されるのは私の姿勢が悪いからだろうと好意的に解釈した。
「じゃあ、構えて、剣を抜くと同時に右足を前に出す。・・・いいですよ、ドロシア」
ミネアとユミナが自分の練習をしながら、私たちの方をちらちら見ていた。
「次に足を戻すとともに剣の鍔を鞘の先端に当て、剣をずらして剣先を鞘の中に入れます。・・・そうそう、いいですよ」
体を密着させてする同じ練習を何度か繰り返した。心なしか、ミラスの方が私より息が荒くなっている気がする。それだけ熱心に教えてくれているのだろう。
ふと気づくと、ミネアとユミナがにやにやしながら私たちを見ていた。ターニャはまじめに練習を反復している。
「ミラス!練習試合の優勝者と対戦してくれ!」と先生から声がかかった。
残念そうに私から体を離すミラス。
「ドロシア、残念ですが呼ばれてしまいました。しばらく1人で練習してくださいね」
「あ、ありがとうございました!」去って行くミラスの後ろ姿に礼を言う。
「すごく体を密着させていましたね」とミネアが近づいて来て言った。
「ミラス様も相当興奮されていましたね」とユミナ。
「何変なことを言ってるのよ?ミラスは熱心に教えてくれていただけよ」
「そうですか?ちょっとエッチな雰囲気でしたよ?」とミネア。
「それはあなたたちがエッチだからそう見えただけよ」と言い返すが、2人はくすくす笑いながら練習を再開した。
「ターニャ、今どんなことをしているの?」とまじめに練習しているターニャに聞く。
「見てて」鞘から剣を抜くと、剣をさっと顔の前に立てた。
「か、かっこいいわ、ターニャ。一人前の剣士みたい」
次の瞬間、ターニャは剣を振り下ろし、剣を回転させると次の動作で鞘に納めた。
「す、すごい。・・・ターニャってほんとうに初級コースなの?」
「習い始めたのはあなたと一緒よ、ドロシア。体の動かし方がわかれば、ドロシアもすぐ追いつくわよ」
・・・ほんとうにそうなのでしょうか?
校庭の離れたところから歓声が上がる。見るとミラスが練習試合で相手の剣を叩き落としたところだった。
ミラスもターニャも才能があるんだ。皇子や皇女だからといって誰も手加減する必要がない。
それに比べて自分はどうか?光明の神の力が使えるとちやほやされてきたが、考えるまでもなくそれは光明の神自身のお力で、私の生まれつきの才能でなければ、努力して身に着けた力でもない。自分自身の才能のなさに自己嫌悪に陥る。
実技の前半が終わると、私は早々に帰ることにした。校庭ではまだ練習試合が続いているし、ターニャも練習をまだ続けたがっていた。
「ターニャは残って続けて。私は用事があるから、悪いけど先に帰るわ」
そう言って校庭を後にした。
馬車に乗って帰るとき、私は御者をしているレクターに、
「レイピアの模擬剣を売っているところはないかしら?」と聞いた。
「模擬剣があるかわかりませんが、武器屋に安物であまり切れないレイピアなら売っていると思います」と答えたので、帰りに寄ってもらった。
武器屋で「剣術の練習に使う切れないレイピアがないか」と聞いたら、「模擬剣ではないが、下級貴族が飾りで着けるようなレイピアならある」と言われ、見せてもらった。練習に使えそうなのでこれを買う。
ついでに近くの遊戯場に寄った。盤上戦戯を賭けで行うような店だ。そこで盤上戦戯一式を売っていたのでそれも買った。
そう、才能のない私ができるのは、家でこそこそと地道に練習をすることだ。
家に帰るとさっそくエントランスで剣の抜き差しを練習した。それをバストルに見てもらった。バストルはミラスみたいに体を密着させることなく、腕が曲がっているとか姿勢が悪いとか指摘してくれた。
夕方になってようやくスズが帰ってきた。私は剣術の練習を終え、居間でスズに今日は何をしたのか聞いた。
「会議室に通されると、大きなテーブルの上に古文書が拡げられていました。闇神殿にあったもので、ザカンドラ皇国軍が持ち帰ったのと、ジナン帝国軍が持ち帰ったものの写しでした。そしてテーブルのそばには、古代文字の専門家と称する学者が4人いました」
スズはラメダ茶をすすって一息ついた。
「私が古文書の一つを読み上げると、学者たちが何でわかるんだと食いついてきました。私はこれは神殿言語で、ケールランドル古王国で一般に使われていた言葉とは違うことを説明しました」
「学者さんたちは教えてもらって感謝したでしょうね?」
「いいえ、最初はでたらめだと食ってかかられましたが、私がすべての文字を知っていること、私の言うとおりに訳せば理路整然な文章になることを徐々に理解し始め、解読に没頭してしまいました。あまりに熱心だったので、お昼ご飯を食べ損ねました。結局時間になったので私は帰りましたが、あの様子だと学者たちは私がいなくなったことに気づいていないでしょうね」
「明日も呼ばれているの?」
「ええ、帰るときにボラス将軍に呼び止められて、明日もお願いすると言われましたから、また迎えが来るでしょう」
「スズは頑張ったわね。お風呂に入って、すぐに夕食にしましょう」
私自身はお風呂に入る頃には体中が痛くなっていた。明日も筋肉痛が必至だ。
夕食が終わるとみんなを居間に呼び寄せた。「これからみんなで盤上戦戯をするわよ!」




