056 留学の♡旅路♡
南東方向の地面から中空に伸びる謎の黒い筋は、あれから消えることがなかったが、その後は異変が生じることはなく、徐々に慣れて平凡な日々を送るようになっていた。
ターニャは感激したのかあれから私にべったりで、ランダ王子やその他の貴族から何度かお誘いがあったがすべて断って、ずっと私と一緒にいた。
家庭教師の勉強につき合ったり、一緒に馬で郊外を散策したり、居間でニェートたちの語り芸を見て笑ったりして、楽しく過ごしていた。
ただ、闇大鴉を倒したときの興奮が忘れられないらしく、ときどきあの光明の神の力が見たいと言い出して困った。
「敵が襲ってこないと出せない力なの。だから普段は出せないのよ」と言って、将軍職杖を振って見せたりした。もちろん何も起きない。
ターニャにも将軍職杖を振らせてあげた。もちろん何も起きなかった。
「あ~あ、また何か襲ってこないかしら」と、とんでもないことを言うターニャだった。
結局何も起こることはなく、とうとう留学のためザカンドラ帝国の帝都に行く日が来た。
一緒に帝都に行くのは、私の屋敷からはメイドのライラ、スニア、スズ、ニェートと料理人のおばさん2人、一緒に留学するバネラ、ロルネ、ぺニアと、護衛のバストルとレクターの11人だ。私の馬車に乗り込むが、少し人数が多いので、ターニャの希望もあって彼女の大型馬車に私とライラを乗せてもらうことにした。
ターニャの馬車に乗るのは私たちのほかにメイドのペッテとラッテ、護衛のミネルヴェとアウロラの4人だ。
一緒に留学する伯爵令嬢のミネアとユミナは2人で1台の馬車に乗り、メイドが計4人同行する。
他に、ミラスとザカンドラの騎兵の合計10人と、私の護衛としてガンダル以下10人の第5軍の兵士が付き添い、それぞれ馬車と軍馬に乗った。兵士が馬車の御者を兼ねている。
第5軍のガンダル以外の兵士は若い独身男性で、私が留学している間は帝都の中城壁の宿舎を借りて滞在する。これは例の黒い筋に対抗するためにボルランツェルの国王がつれて行くよう指示したもので、帝都での滞在費用は国王が出すことになった。
前回の出征時ほどではないが、そこそこの人数と馬や馬車の数になった。出立前に国王にあいさつに行く。
謁見の間に入ると、国王の左右に父とダイバルディー公爵が並び、私のほかにミラス皇子、ターニャ皇女、留学するミネアとユミナが国王に謁見した。
「国王陛下、妹ともども大変お世話になりました。これから帝都までドロシア嬢を護衛して無事に送り届けます」とミラスがまずあいさつした。ミラスはたまに私たちとともに過ごしたが、貴族からの誘いが多く、けっこう多忙だったらしい。
「国王陛下、私も貴国に滞在し、とても楽しく過ごさせていただきました。私はこれからもドロシアと仲良くし、貴国と我が国の友好の象徴になりたいと存じます」とターニャも言った。
「うむ、お二人の滞在と我が国からの留学生の派遣を通して、ボルランツェル王国とザカンドラ皇国は今後は固い絆で結ばれるだろう。皇帝陛下への書状と贈り物をお渡しするので、よしなにお伝えくだされ」
ミラスが侍従から書状と重そうな木の箱を受け取る。箱の中身はやはり金の延べ板かな?
「ドロシア、それにロマンツィノ伯爵令嬢とサラディナーレ伯爵令嬢」
「はい」と私とミネアとユミナが返事をする。
「お前たちはザカン学園に入学し、貴族にふさわしい知識やマナーを見につけるとともに、両国の友好の懸け橋となってくれ」
「はい。そのように努めます」
「3人の男爵令嬢にもよろしく言ってくれ。そして来年にはランダを留学させるかもしれぬ。そのときは力になってくれ」と国王が言って、ダイバルディー公爵がぎょっとしていた。
「なお、ドロシアよ」
「はい、陛下」
「例の黒い筋が気がかりだ。何か判明すれば、私の指示を待たず、連合軍の指示に従ってしかるべく対処してくれ」
「わかりました」
「ドロシアよ、行ってくるがよい」と父が私に言った。「次に会うときにどれだけ成長しているか、楽しみにしているぞ」
「お父様の顔に泥を塗らないよう精進して参ります」
王宮を出るとさっそく馬車に乗り、ザカンドラ皇国の帝都までの旅を始めた。
護衛兵を引きつれてはいるが、のんびりした旅だった。
最初の夜はボルランツェル王国の町の宿に泊まり、温泉で入浴した後、宿の食堂で夕食をとった。私たちのテーブルには私とターニャ、ミネアとユミナに加えてミラスが同席し、ザカン学園の様子を教えてくれた。
当然のことながらザカンドラ皇国の皇子たちは皆ザカン学園に入学している。今現在、在学しているのはミラスだけで、2年前に入学しているので1年間ほど同じクラスになる。
「各国の貴族が集まるから、入学した当初は爵位や国の勢力で同級生より上に立とうと思う者が少なくない。しかし、教師の学園生に対する態度は公正だ。ザカンドラの皇子である私も、もちろんターニャも、特別扱いはしない。試験の成績が良ければほめ、悪ければ注意する。そういう事情がわかってくると無駄に威張る者はいなくなり、みんながまじめに勉強するようになるんだ」
「お兄様の成績はどのくらいですの?」とターニャが聞いた。
「僕は常に成績が上位になるよう努力しているよ。すべての科目でトップの成績は取れないけどね。・・・ザカン学園でザカンドラの皇子や皇女の成績が最下位じゃ、面目が立たないぞ」
「じゃあ、私も頑張らなきゃならないのね」とターニャ。
「ほかの国から来た学園生はそこまで頑張る必要はないからね、のんびり勉強して、他国の友人と仲良くしているよ」
「下位クラスでもそうなのですか?」とミネアが質問した。
「そうだよ。自分の好きな科目、得意な科目に力を注ぐけど、それ以外はのんびりしたものだ」
「良かったわ。国の威信をかけて猛勉強しなければならないなら、どうしようかと心配だったの」
「男の場合は将来外交で元のクラスメイトに再会すると意気投合しやすいというメリットがあるね。女性の場合は、国際結婚のきっかけになるかも」とミラスが言って私をちらりと見た。
きゃあきゃあとはしゃぐミネアとユミナ。周りにあまりいい男がいないのかな?
「女性で実技科目を受講する人はどのくらいいますか?」と私からミラスに質問した。
「貴族の女性でもドロシア嬢のように軍に所属する人は何人かいてね、剣や槍を使う場合はその実技を受けているよ。女性は圧倒的に少ないから、実力に関係なくちやほやされるよ」
「だったら剣術でも習っておけばよかった」と残念がるユミナ。
「ドロシア様は実技は受けられるの?」と私に聞くミネア。
「私は一応将軍職についているから、軍事の講義と馬術の実技は受けるつもりだけど、私も剣や槍は使ったことがないわ」
「剣術の実技を受けられるなら、私が手取り足取り教えて差し上げますよ」とミラスが言って、ミネアとユミナがくすくす笑った。
「ターニャ様はどうするの?」と聞く。
「私はできればドロシアと同じ科目を受けたいけど、そっち方面はさっぱりだわ」
「護身術として剣の使い方を習っておくといいよ」とミラスが言った。
「僕は剣術クラスではトップクラスだから、先生の手伝いで初心者に教えているよ」
「ミラス様は下位クラスでも剣術を教えられているの?」と聞くユミナ。
「実技は上位クラスと下位クラスで合同で行うけど、あいにく下位クラスまで教える余裕はないよ。自分の鍛錬もあるからね」
ミラスの返答にミネアとユミナは心底がっかりしていた。
翌日も旅を続け、鉄門前の村で宿泊した。その翌日に鉄門を抜け、ザカンドラ皇国内に入る。
今回はミラスたちが一緒なので、途中の町で堂々と宿泊することができた。宿の食堂でおいしいパンを食べ、パン屋でそのパンを買い込む。
ミネアとユミナは初めて食べるザカンドラのパンに感激していた。
「軟らかくて、ふっくらしていて、とてもおいしいわ、このパン!」
「ドロシアには悪いけど、パンはやっぱりザカンドラ皇国の方がおいしいわね」とターニャ。
「事実だから、気を遣わなくていいわよ」とターニャに言う。
「でも、小麦粉さえあればボルランツェル王国でも作れるはずだから、誰かに作り方を勉強させようかしら?」
ちなみに貴族の娘は料理などの家事を習わない。すべて使用人がするからだ。
貴族の娘がするのはレース編みなどの趣味的な手芸だけだ。ちなみに私は手芸が苦手だ。
「ミネア様やユミナ様は手芸はできるの?」と聞く。
「ええ、一応、ハンカチに家紋の刺繍をしたりするわよ。手芸は好きだし」とユミナが答えた。
「貴族の娘のたしなみよね」とミネア。
「私だってよくするわよ」とターニャが言ったので、
「ええっ!?」と思わずおおげさに驚いてしまった。
「何よ、ドロシア」
「ご、ごめんなさい。ターニャ様が手芸をするところなんて想像できなくて」
「普通、するわよね」とミネア。
「ひょっとして、ドロシア様って手芸が苦手なの?」とユミナが尋ねた。
「私だって昔はよくしていたわよ」・・・黒衣の魔女を倒した頃からあまり手芸をしなくなった。と言うか、したくなくなった。
「ザカン学園に手芸の授業がないのは残念だわ。あればドロシアに教えてあげたのに」
「そんなに上手なの?」
「もちろんよ。・・・帝都に着くまでに少し教えてあげるわ」
「い、いえ、おかまいなく。・・・手芸の道具なんて持って来てないし」
「あら、私は持ってるわよ」とターニャが言ってまた驚いた。
「旅行に出るときは普通持って行くわよね」とミネアに言われてまたまた驚いた。
「手芸が貴族の娘のルーティーンだったなんて・・・」
バネラたちのいるテーブルに寄って手芸をするか聞いてみた。
「バネラたちは手芸ができるの?」
「え?手芸くらいできますよ」バネラの即答に衝撃を受けた。
「でも、普段手芸をするところなんて見たことがないわ」
「お嬢様の前ではあまりしませんね。私たちのは趣味の手芸ではなく、穴の開いた下着や靴下の修繕が多いですから」
「貧乏貴族には必要不可欠な技術よね」とロルネが言った。
「あなたたちは?」とスズとニェートに聞く。
「何、それ?おいしいの?」・・・聞いた私が間違いだった。
「スニアはもちろんできるのよね?」
「ええ、バネラさんたちみたいに繕い物をすることはよくありますし、お嬢様のハンカチに名前やイニシャルを刺繍していますし」
・・・確かに私が使うものには名前が刺繍してある。あれはスニアがしてくれていたのか。
ショックを受けてターニャの席に戻る。その翌日からさっそくターニャの刺繍の指導が始まった。
ミネアとユミナも喜んで参加した。
「ドロシアは刺繍がへたねえ。敵と戦ったときはあんなにかっこ良かったのに」
「そうなんですか?」とミネアが聞く。
「ええ、体の周りに白く輝くもやのようなものを出したり、それを金色にしたり、小さな稲妻を発生させたりして、とにかくすごかったわ」
「へー、見てみたいですね」
そのとき、誰かが馬を走らせて来た。馬車の横で停まったようだ。
「ドロシア嬢、おられますか!?」ミラスの緊迫した声がした。
「ここにいるわよ。どうしたの?」馬車の窓から顔を出して聞く。
「何か異常事態が起こっているようです。隊列の戦闘に来ていただけますか?」
「わかったわ!・・・ライラ、軽甲冑の準備をして!」
「は、はい!ただいま!」




