005 黒衣の♡魔女♡
5日もするとヤバル執事長が黒衣の魔女の情報を集めてくれた。
黒衣の魔女はボルランド山の山腹にある風穴の一つに居住しており、その風穴の場所を探し当ててくれた。私は輿の準備をヤバルに頼んだ。輿とは2本の丸太の上に椅子を載せた形状で、貴人を乗せて4人の人夫が運ぶようになっている。
次いでガンダル副将軍を呼び、極秘の任務と言って護衛の手配を頼んだ。やがて手練れの女戦士バストルと女槍士レクターが来た。女戦士バストルは広刃の片手剣と盾を持ち、女槍士レクターは長い槍と同じく盾を持っている。二人とも並の男よりも体が大きく、筋骨隆々で、仮に4人の人夫たちに一斉に襲われても、武器の一振りで薙ぎ倒すことができるだろう。この二人がついていれば安心だと思った。
さらにガンダル副将軍とスニアが同行を申し出た。
「きつい山登りよ。無理について来なくていいわよ」と一応断ったが、二人とも同行すると言いはった。
バネラ、ロルネ、ペニアも同行すると言ってきた。
「あなたたちには無理よ」と言ったが、
「いいえ、お嬢様お付きのメイドとして、どこへでもお供します」とこれまた頑なに態度を翻さなかった。
「勝手にしなさい」と私は言って、メイド長のライラに軽甲冑の準備を命じた。
最後に将軍職杖を手に取ると、輿の上に乗る。それを4人の人夫が担ぎ上げた。
「出発よ!」私の合図で公爵邸から一行が出立した。
平地を進む間はバネラたちも意気遥遥だったが、坂道を上り始めるとすぐに弱音をはき出した。結局、ガンダルとバストルとレクターが3人を背負うはめになった。
スニアも息絶え絶えだったが、歯を食いしばってついて来る。
2刻ほど山道を昇ると、ようやくヤバルが探し当てた風穴にたどり着いた(1日=20刻)。中は広く奥が深そうだ。私は輿から降り、人夫を風穴の入口に残してバストルとレクターを先頭に風穴の中へ入った。
バネラたちは最初は風穴に入ることを怖れたが、人夫たちと一緒に残るのも不安で、迷ったあげく一緒に風穴の中に入ってきた。
スニアとガンダルがたいまつを持って私の左右を歩く。
しばらく進むと入口からの光が差し込まなくなったが、風穴の奥に明かりが見えたので、まっすぐにその光を目指して歩いた。
その光源〜揺れるたいまつの炎〜に近づくと、炎の前を黒い人影が覆った。
「誰じゃ!?」人影がかすれた声で私たちに叫んだ。「ひいいっ」と恐れ戦くバネラたち。
「誰の許しを得て入って来た?・・・それともわしへの供物を捧げに来たのか?」
ガンダルがたいまつを前に突き出した。黒いぼろぼろのマントのような服を身にまとい片手に杖を持ったった老婆が照らし出される。
「お前が黒衣の魔女だな?・・・お前に聞きたいことがある」
「なんじゃ?また誰かを呪い殺してほしいのか?・・・金次第じゃ。大金を出せば望みを叶えてやる」
「やっぱり呪いを請け負っているのね?」と言って私は一歩前に進んだ。
「ベルベルまたはダイバルディー公爵家から私を呪い殺せとの依頼を受けなかった?」
「お前は誰じゃ?」黒衣の魔女は手近な台の上に刺していたたいまつを手に取って私の方に向けた。
私の顔をたいまつの光が照らす。
「お前は誰じゃ?」顔を見てもわからなかったようで、再び黒衣の魔女は問いかけた。
「私はドロシア。クランツァーノ公爵家の娘よ」
たいまつで照らされた黒衣の魔女の顔がたちまち憎悪で醜くゆがんだ。
「ば、馬鹿な!・・・お前はわしの呪いで死んだはず」
「やっぱり私への呪いを請け負っていたのね?誰からの依頼なの?」
「そんなことを言えるか!?お前を呪い殺さねば、わしの沽券に関わる!」
黒衣の魔女が両手を掲げる。とたんに黒衣の魔女の体の周りを黒いもやのようなものが現れて勢いよく回転し始めた。
「姫将軍殿、危険じゃ!下がりなされ!」ガンダルが叫んで盾を構えて私の前に出た。バストルとレクターも盾を構えながら武器を黒衣の魔女に向ける。
「魔術よ!呪術よ!」バネラたちが私の後で抱き合って地面にうずくまった。私も、黒衣の魔女が本当に魔術を使えるのを知って愕然とした。
「死ねっ!」黒衣の魔女が叫ぶと、黒いもやの塊が飛んで来た。
「ぐわっ!」そのもやの塊はガンダルの盾にぶつかり、ガンダルの体が右後方に吹き飛ばされた。私と黒衣の魔女との間に遮るものがなくなる。
即座にバストルとレクターが私の前に出る。しかし二人もすぐに黒いもやの攻撃で吹き飛ばされてしまった。
「もはや身を守る術はない。死ぬがいい!」黒衣の魔女が叫び、黒いもやの塊が私の体に向かって来た。
万事休す!と思ったそのとき、突然私の体の周りに白いもやが現れて、私の周りを高速で回り始めた。
黒衣の魔女の放った黒いもやは、その白いもやに弾かれて霧散した。驚く黒衣の魔女。
「な、なんじゃ!?わしの呪撃を弾くものなど見たことがない!」
私にもこの白いもやのようなものが何なのか、誰が出現させたのかわからなかった。ただ、頭の中で「自然の摂理に反することは認めない」と誰かが囁いた気がした。
「黒衣の魔女よ、あなたのしたこと、することは許されない!」私は思わず叫んでいた。
「降魔の巫女、ドロシアの手にかかりなさい!」私は頭の中に浮かんだ言葉を意味もわからずに叫んでいた。
私の言葉とともに私の周りを回っていた白いもやが集まって塊となり、次の瞬間、ものすごい早さで黒衣の魔女をめがけて飛んでいった。
白いもやは黒衣の魔女の周りの黒いもやに衝突して消滅させ、さらに黒衣の魔女の体を飲み込んだ。
黒衣の魔女が持っていたたいまつが落ちて炎が消え、あたりは薄暗くなった。すぐにスニアが手に持っていたたいまつを私の前に出した。
「お嬢様、ご無事ですか?」私はうなずいて無傷であることを示した。
「ガンダル、バストル、レクター、大丈夫?」私はスニアからたいまつを受け取り、吹き飛ばされた3人の安否を確認した。幸いなことに3人は盾で防いでいたためか、飛ばされて風穴の床に叩き付けられただけで、目立ったけがは負っていなかった。
「姫将軍殿、ご無事ですか?」起き上がってくる3人。私はガンダルが持っていたたいまつに火を移した。バネラたちは相変わらず地面にうずくまったまま、抱き合って震えている。
「お、お嬢様、何をしたの〜?」とロルネが聞いてきたが、もちろん私にも何が起こったのかわからなかった。
「とりあえず、黒衣の魔女がどうなったか確認しましょう」
私はそう言って、起き上がったガンダルたちと奥へ進んだ。バネラたちも這うようにして私の後を追って来る。
黒衣の魔女が立っていたあたりに近づいて、地面に落ちたたいまつを見つけて火を着けた。あたりがさらに明るくなる。
黒衣の魔女の姿はどこにも見えなかったが、地面に裸の少女が倒れていた。見た目は6歳くらいの肌の白い少女で、気を失っていた。
「この子どもは?」とガンダル副将軍が聞いた。もちろん誰にもわからない。
「黒衣の魔女にさらわれていた子どもかしら?・・・それとも黒衣の魔女の子ども?」
私は子どもに近寄ってその華奢な体を抱き上げた。天使のような無垢な顔をしている。誰かはわからないが、黒衣の魔女の仲間とは思えなかった。
「見て、姫将軍殿!」とバストルが叫んだ。
近くの地面の上に小ぶりの宝箱が3個置いてあった。ダイバルディー公爵家の紋がついた箱だった。
バストルが箱を開けると中に金貨が詰まっていた。
「これが私を呪い殺す代価だったのかしら・・・?」金貨を見下ろしてつぶやく。
「どうしますか、これ?」
「黒衣の魔女の姿が見えないから、もらって帰りましょう。ガンダル、バストル、レクター、重くて申し訳ないけど、表まで運んでくれる?」
「承知しました」そう言って3人が重そうな箱を持ち上げた。
私は倒れていた少女を抱えようとしたが、すぐにスニアが寄って来て背中におぶってくれた。ロルネとペニアにはたいまつを持たせる。
最後にもう一度あたりを見回すと、両手で抱えるくらいの大きさのトカゲが死んでいるのに気づいた。
「これが黒衣の魔女の正体なのかしら?」と私がつぶやくと、
「黒衣の魔女の食べ物だったかもしれませんよ」とバネラが言った。
私はそのトカゲの死体をさっきまで黒衣の魔女が立っていたあたりに引きずっていき、近くに置いてあった黒衣の魔女の物らしき石のナイフを見つけ、それをトカゲの死体の胸あたりに刺しておいた。
「後から来た人がこれを見れば、これが黒衣の魔女の正体で、誰かに殺されたと思うかもしれないわ」
私たちは意気揚々と風穴の入口に向かって歩き出した。
「あの、お嬢様はクランツァーノ公爵家のご令嬢ですよね?」とバネラが聞いてきた。
「そうよ。知ってるでしょ?」
「いえ、さっき黒衣の魔女を倒したとき、『降魔の巫女』と名乗っておられたので・・・」
「あれは黒衣の魔女に対するはったりよ。その場の思いつきでそう叫んだだけなの」
「でも、白い光で黒衣の魔女を倒しましたね」
「確かに、姫将軍殿が不思議な力で魔女を倒した」とガンダル副将軍も言った。
「降魔の巫女ですか?・・・なら我が第5軍は『降魔軍』と名乗りましょうぞ」
「姫将軍は魔女殺しとも呼ばれるかもしれませんね」とレクターも言った。
「あまり黒衣の魔女のことは触れ回らないでね。どこの誰の恨みを買うかわからないから・・・」
風穴の外に出ると私が乗って来た輿の上に宝箱を3個載せた。
「姫将軍殿が乗れなくなりましたが?」とガンダル副将軍が心配するが、
「帰りは下りだから、歩きで大丈夫よ。それより、その女の子を交代で背負ってね」と頼んだ。
その少女はスニアが着ていた上着でくるまれていた。スニアが寒そうな格好になったので、私が近寄ってその肩を抱いた。
「お、お嬢様・・・」あせるスニア。
「いいから、屋敷まで我慢してね」
公爵邸に着くとすぐにライラとヤバルが出迎えた。
「お嬢様、ご無事でしたか?」とすぐにヤバルが聞いた。
「ガンダルたちがついていたので楽観しておりましたが、ガンダルたちの様子を見ると苦戦されたのではないですか?」
ヤバルの言葉通り、ガンダルたちの鎧は土で汚れていた。
「何とか大丈夫よ。それよりライラ、この子の体を診て、けがや病気がないか調べて。そして着る物を与えて。・・・気がついたら食事も与えてね」
ライラは少女を抱き、スニアとともに奥に下がって行った。
そしてヤバルに「戦利品よ」と言って宝箱3個を預けた。
「これはダイバルディー公爵家の紋章。・・・この宝箱をどうしますか?先方に返しますか?」
「黒衣の魔女の住処で見つけた物だから、返すとかえって問題になるかもしれないわね。とりあえず預かって隠しておいて」
「承知しました」頭を下げるヤバル。
ガンダル副将軍とバストルとレクターには礼を言って、手間賃として金貨を1枚ずつ与えた。
「今日のことは誰にもしゃべらないでね」と釘を刺しておく。
頭を下げて退出する3人。
そして最後にバネラたちの方を向いた。
「あなたたちも今日のことはしゃべらないでね」
「わかっていますとも、お嬢様。お嬢様が神の力で黒衣の魔女を倒したこと、黒衣の魔女の正体が大トカゲだったこと。お嬢様が本当は降魔の巫女だったこと。・・・全部、誰にもしゃべりません!」
バネラたちの言葉にかえって心配になった。
そして私も部屋に戻り、しばらく休んでいると、スニアが飛んで来た。
「あの女の子が暴れています!」
登場人物
バストル 片手剣を振るう女戦士。主人公の配下。
レクター 長槍を使う女槍士。主人公の配下。