043 ターニャの♡休日♡
私はターニャが来たと聞いて、あわてて櫓の階段を1階まで駆け下りた。
櫓の入り口前にミラスの馬車が止まっていて、私の姿を見るとミラスに手を取ってもらい、ターニャが馬車を降りてきた。今日は薄紫色のドレスに、薔薇水晶のネックレスをつけている。
「ターニャ様!?・・・今日は夕餉のお誘いでなかったの?」
「もちろん夜は家庭料理店に行くけど、日中から一緒に遊ぶのもいいじゃないかしらと思って来たの。迷惑かしら?」
「迷惑ってことはないけど、こんな所にまで来てもらえるとは思ってなかったわ」
「あなたが住んでいるところを案内してもらえるかしら?」
「ええ、どうぞ、こちらに」
私が手招きすると馬車から男装の麗人が2人降りてきた。細身の剣を装備している。ターニャの護衛なのだろう。
「それではお兄様、夜までここにいますので、迎えに来てね」と馬車の前にいるミラスに言った。
「あ、ああ、わかった・・・」
「じゃあ、行きましょう」と私に言うターニャ。
「こちらへどうぞ」と階段へ案内する。
私たちの前をバストルとレクターが歩き、私たちの後に2人の男装の麗人が続く。
最初は意気揚々と階段を上るターニャだったが、いつまでたっても目的の階に着かないので息を切らしてきた。
「い、い、いったい・・・どこまで、あ、上がるのよ?」
「私の居室は7階なんです」
「な、7階?い、今、な、何階?」
「まだ3階ですよ」
ターニャが苦しそうにしたので、私は腕をターニャの脇に回し、支えてあげた。
「あ、ありがと・・・」頬を染めるターニャ。
「皇女様、私が背負いましょうか?」と後にいた男装の麗人が声をかけたが、
「い、いいえ、け、けっこうよ」とターニャが拒んだ。
ようやく7階に上がると、ドアを開けて居室に招いた。息を切らしながら部屋を見回すターニャ。
「部屋はここだけ?寝室じゃないの。それもメイドたちと同室?」
「私たちは短期間泊まるだけだし、もともと軍隊の駐留所ですから、これでもぜいたくな方ですよ。床に絨毯があり、壁にタペストリーが掛けられ、私のベッドは天蓋付きなんですから。とりあえず座ってください」
私は長テーブルの椅子にターニャを座らせた。護衛たちは入り口の横に立って並んだ。
「失礼します」とスニアが言ってターニャにラメダ茶の入ったカップを出した。
メイドには興味を示さないターニャ。ラメダ茶をすするとまずそうな顔をした。
「何、これ?」
「ラメダ茶というハーブティーよ。初めて飲むと臭く思えるけど、慣れるとおいしいわよ」・・・バネラ・チーズほど臭くはない。
「変なものを飲んでいるわね」
私はバネラたちを呼んだ。
「バネラ、ロルネ、ぺニア、ごあいさつをしなさい」
3人が私とターニャの向かいに立って並んだ。
「ボルランツェル王国、デルシア男爵家のバネラ・ララと申します」
「同じく、ベラニア男爵家のロルネ・ロロと申します」
「同じく、カルネロア男爵家のペニア・ラパと申します」
「ああ、そう・・・」男爵令嬢になど興味なさそうなターニャ。
「この3人の男爵令嬢は、上級メイドとして私に仕えている3馬鹿トリオなの」
「お嬢様、3馬鹿トリオなんてひど~い!」と文句を言うバネラ。
その言葉にターニャが目を丸くしていた。
「メイドが主人の言ったことに文句をつけるの?」
「しつけが悪いと思うかもしれないけど、みんな家族みたいなものだから、いつも言いたいことを言ってわいわい騒いでいるのよ」
私は次にスニアを指さした。「お茶を淹れてくれたのが下級メイドのスニア。私の世話をしてくれているの。そして・・・」
スズとニェートを呼ぶ。
「この2人が下級メイド見習いのスズ・シロとニェートよ。下級メイドは平民なの」
「メイドを紹介されるなんて、思ってもみなかったわ。ボルラ・・・っツェルではみんなこうなの?」
「さすがに私のところだけかもね」
「お嬢様、お嬢様」とニェートが私に声をかけた。
「また新しい語り芸を考えたので、見てもらえますか?」
「いいわよ」
「語り芸って何?」とターニャが聞いてきた。
「まあ、いいから見ててごらんなさい」
ニェートがスズに話しかける。
「いや~スズさん、ザカンドラ皇国にやっと帰れてよかったですね」
「砂漠の旅は大変だったからね」とスズが応じる。
「ここ、ザカンドラ皇国は食べ物がおいしくて大満足です。いつもお腹いっぱいに食べちゃいます」
「でも、食べ過ぎると出るものも出てしまうわね」
「そうだね、こんな風にね」ニェートが後ろを向くと、お尻を突き出して口で「ぷっ」と言った。
「私も」とスズも後ろを向いてお尻を突き出し、「ぷっ」と口で言った。
「バネラさんたちも」とニェートが言うと、ロルネ、バネラ、ぺニアの順にニェートとスズの後ろに並んだ。ひょっとして5人で練習していたのか?
ロルネが同じように後ろを向いてお尻を突き出し、「ぶっ」と口で言った。
次はぺニアが同じように「ぶっ」と言った。
そしてバネラが後ろを向いてお尻を突き出すと、下の口から「ぶぅ~ぅ」という音が響いた。
ほかの4人がずっこけ、鼻をつまむ。
「も~いやっ!」とニェートが言って、語り芸というか、寸劇が終了した。
よりにもよって下ネタだった。私がターニャの顔を横見すると、口を開け、青ざめているように見えた。
さすがに怒らせたかなと思い、ターニャに声をかける。「あ、あの・・・」
突然、ターニャがお腹を押さえて、くくくく~と笑い出した。この下ネタがツボにはまったのか?
「あ~、おかしい。でも、わかったわ」とターニャが言った。
「何がわかったの?」
「この5人のメイドの言葉使いがぞんざいだなと思ったけど、要するに道化師だったのね」そう言ってターニャがスニアを指さした。
「この子だけが本物のメイドね。・・・でも、メイドの数より道化師の数の方が多いなんて、ドロシアも相当物好きね」
私は頭をかいた。芸人志望のニェート以外は、普通のメイドなんだけど・・・。その5人はターニャに受けたので、満足そうな笑みを浮かべていた。
そのとき、部屋のドアが開いてジャジャが入って来た。「ドロシア様」
次の瞬間、ターニャの護衛が抜身のレイピアをジャジャの首筋に当てた。恐怖でへなへなと座り込むジャジャ。
「あ、その子は大丈夫だから、剣を収めて」と男装の麗人に頼んだ。
「今度は誰なの?」とターニャ。
「その子はジャジャといって、ジナン帝国の外交武官の娘よ。今度の作戦のために、私を呼びにボルランツェルまで来てくれた子なの」
「その子が何の用なの?」
「今度の戦いの凱旋のお祝いで、昼食をご馳走してもらうことになっていたの。ジナン帝国のおいしい料理を食べさせてくれるそうよ」
「ふ~ん、その子も平民なの?・・・私も行こうかしら」
「ジャジャ、ターニャ皇女を紹介するわ。ターニャ様も一緒に呼ばれていいかしら?」
「え?え?皇女様~!?」驚くジャジャ。無理もない。普通なら絶対に会えない相手だからだ
「・・・お料理は十分な量を用意しているので、2、3人増えても大丈夫ですが、うちのようなボロ屋に来られるなんて・・・」
「ボロ屋って、どこ?」とターニャが聞く。
「えっと、ここと同じ中城壁の一部を間借りしているのですが・・・」
「じゃあ、ボロ屋じゃないじゃない。あなたの家も7階にあるの?」
「いえ、うちは食堂が2階にあるので、そんなに上る必要はありません」
「じゃあ、問題ないわね。ドロシア、行きましょうか」
「え?ええ・・・ジャジャ、よろしくね」
「は、はい!」
ジャジャに先導され、護衛を含めた私たちが1階まで階段を下りた。途中ですれ違った兵士が私に敬礼する。外に出ると、中城壁と外城壁の間の通りをを歩き出した。
「そんなに離れていないので、歩いて参ります」とターニャに向かってぺこぺこするジャジャ。
こんな平民と兵士しかいない通りを歩くのが珍しいのか、ターニャはあたりをきょろきょろしながら歩いていた。
ちなみに私たちの順番は、ジャジャの家を知っているスズとニェートが一番前でスキップし、その後にジャジャ、その後にターニャと私、その後に護衛の4人と続き、最後尾にバネラたち3人がおしゃべりしながらついて来た。
500ヤールほど歩いたところにジャジャの家があった。同じ中城壁の中の宿舎で、通用門を通って中に入ると、そこには馬車置き場と厩舎があった。
階段を上って2階の食堂に入ると、ナナンダが出迎えてくれた。
「これは降魔将軍殿、よくぞお越し下さいました」
そう言った直後に私の隣にいるターニャに気づいた。
「あ、あなたは?・・・もしや、皇女様ですか?」
「ええ、あなたの娘に誘われて来たわ」・・・ジャジャが誘ったわけではないけどね。皇女様だからこういう言い方になるのかな。
「こ、これは、こんなあばら屋によくぞお越し下さいました」両手を合わせ、深く頭を下げるナナンダ。
「どうぞ、奥にお進みください」
石造りの壁や床を豪華なタペストリーや絨毯が覆っている。そして奥には立派なテーブルがあり、そこに山海の珍味が山のように並べられていた。
「本日はお昼ですので、着席するコース料理ではなく、好きな料理を勝手に取る立食スタイルになっております」
「パーティー形式ね」
ナナンダの家のメイドたちが私たちに飲み物のグラスが乗ったお盆を差し出してきた。白く濁った飲み物や、薄桃色の透明な飲み物がある。
「ターニャ様、これでよろしいかしら?」
薄桃色の透明な飲み物をターニャに渡すと、にっこりと微笑んでターニャが受け取った。
「あら、おいしい」とターニャが口に含んでから言った。
「これはサボテンの実のジュースです」とジャジャ。
「砂漠地方の味ね」と私が教えた。
「これがジナン帝国の料理なの?」とターニャがテーブルの上の料理を見て聞いた。
「そうです。お口に合うかわかりませんが、どうぞご賞味ください」
いろいろな料理が並ぶ。小包蒸や肉包子、肉や野菜の炒め物、蒸し物、煮物、焼き物、揚げ物など、目移りするほど種類がある。
「これは何かしら?」とターニャが指さして尋ねた。




