420 ボルテックス・バンドの♡真価♡
「コールさん、行っちゃいましたね。どうしますか?」とミアンが聞いてきた。
「コールが戻るまでここで待つけど、ちょっと確かめたいことがあるの。スズ、白鷺草飛翔翼をひとつ出してくれるかしら?」
「はい」とスズは答えて、鳥の形をした花を出現させた。
「私は大穴の上空あたりでしばらく待つけど、みんなは適当に休んでおいて」そう告げると、私は白鷺草飛翔翼に乗って上空に飛んだ。おそらくこのあたりが、大穴から吹き出る黒いもやの最上部くらいだろう。
私はボルテックス・バンドを開口させてしばらく待った。あたりを見回す。すごい速さで飛んで行ったコールの姿はどこにも見えなかった。
今度は眼下を見下ろす。みんなが乗っている飛天龍舟がゴマ粒くらいの大きさに見えていた。
多分みんなは朝買った軽食を食べてのんびりしていることだろう。私は白鷺草飛翔翼の上に座り、じっとその時になるのを待った。
突然その時がやって来た。
大穴の中から轟音が聴こえてきたかと思うと、黒いもやが噴出して来て私のいる高度まで迫って来た。
私はボルテックス・バンドの突起を押して、襲い来る黒いもやを吸引し始めた。
眼前に山のように立ち上がる黒いもや。黒くなければ入道雲のように見える巨大なもやの塊をボルテックス・バンドは吸い続けた。空気はほとんど吸わず、黒いもやだけがボルテックス・バンドの穴の中に吸い込まれて行く。
私の体には見た限りでは何の異変も起こらなかった。・・・このボルテックス・バンドの穴は、眼下の大穴の奥が通じているところ、つまり黒いもやの源泉につながっているのだろうか?そうだとしたら、単にもやを循環させているだけなのだろうか?
そんなことを考えているうちに黒いもやの噴出が止まり、近くのもやを吸い尽くしてしまったので、私は飛天龍舟に戻った。
女神兵の半分が舟の上にいない。
「ほかの人たちはどこへ行ったの?」とミュリたちに聞くと、
「出て来た化け物を狩りに下に降りました」と教えてくれた。
「お姉ちゃんは何をしていたの?」と私に聞くメイム。
「このバンドに黒いもやを吸わせていたの。たくさんの黒いもやを吸わせたら何が起こるのか確かめたくて」
「で、何が起こったの?」
「何にも起こらなかったわ。ただ吸っただけ」
「それ、闇の神器なんでしょう?何の目的で作られたものなのよ?」と尋ねるターニャ。もちろん私にわかるわけがない。
「とにかく、ボルランド山の風穴に戻ったら、あの中の闇の気をできるだけ吸引するわ。そうすればみんなも黒い塊とシェンライ国王に近づけると思うの」
「そうね。そうすればみんなで一斉にシェンライ国王を攻撃できるわね。そして私たちと応戦している間に、ドロシア、シェンライ国王を何とかしてね」
「うん、わかった・・・」できるかどうかわからないけど。
そのとき、メイムが西の空を指さした。私たちがその方角を見ると、白毛の龍が接近して来るのが見えた。
「コールが戻って来た!」と叫ぶメイム。
地上に降りていた女神兵たちは白鷺草飛翔翼に乗って飛天龍舟に戻って来た。スズに白鷺草飛翔翼を出してもらって地上に降りていたようだ。
白毛の龍の巨体がどんどんと迫ってくる。そして私の視野いっぱいに白毛の龍の体が広がったとき、急に小さくなってコールの姿に戻った。
飛天龍舟に降り立つコール。その瞬間、一陣の風が私たちを襲うが、すぐに風はやんだ。
「コール!?」と言って近づくメイム。
「何かわかった?」と私が聞くと、
「はい。この大陸中を飛び回っておおよその位置関係がわかりました。・・・ここはこの大陸のほぼ中心、かつてのエルベネ大陸の首都があったあたりです」
「ここが首都だったの?」
「間違いありません。そしてこの大陸には山らしい山がどこにもありませんでした」
400年前に私が十二翅翼龍を極超新星で爆発させたことがある。爆風は大陸中に広がり、小高い山なら吹き飛ばすほどの威力があっただろう。でも、その前にみんなで大陸全土を捜索したとき、低い丘のようなものはあったが山らしい山はなかった。・・・私の極超新星で山がなくなったわけではないはず。
「何万年も経っているから、地殻変動や雨による浸食で、徐々に平地になったんじゃないの?」とコールに言ってみた。
「昔の地形図を見た限りでは、サンデラ大陸やラダナル大陸には現在と同じような山脈があったように思います。たかだか数万年程度でひとつの大陸から山がすべてなくなり、平地になってしまうことなど考えられません」
「そうねえ。・・・やっぱり大爆発でも起こったのかしら?」
「そうかもしれません。ただ、そんな大爆発が起こったのなら、他の大陸にも影響があるはずですが・・・?」
大爆発の直後に爆風と衝撃波が次元陥穽に吸い込まれたならこの大陸だけしか地形が変わらなくても不思議はない。・・・400年前のように。
そう考えると十二翅翼龍との戦いは、下手をすると私たちの大陸や新大陸にも大きな被害を与える危険があった。私は思わず冷や汗をかいた。
「そしてこの大穴はかつての首都のほぼ中心にあります」とコールが話を続けた。
「このあたりには何があったの?」
「光明神の神殿です」とコールが言ったので、私は唖然とした。暗黒教徒の悪だくみは、いつの世も光明神の神殿の影で行われるのだろうか?
私は女神兵たちの方を向いた。
「みんな、聞いて。暗黒教徒たちが行おうとしている降神の儀がどういうものかまだわからない。でも、私たちが住んでいる大陸がこの大陸のようになってしまうのかもしれないわ!」
私の言葉にみんなが息を飲んだ。誰もが口を開かず、静寂に包まれる。
「そんなことはさせないわ!」突然ターニャが叫んだ。
「そうです!私たちがそんなことはさせません!」と続いて叫ぶミアン。
「そうです!」「負けない!」「必ず倒す!」と口々に叫び合う女神兵たち。
そのとき、再び大穴から轟音とともに黒いもやが噴出した。私たちは親の仇に会ったかのようにその黒いもやを睨みつけた。
「この世界からあの黒いもやをなくしてみせる!」私はそう叫んで将軍職杖を握って立ち上る黒いもやに向けた。
「大いなる癒し!」
私の言葉とともに何条もの緑色の電光が私の体の表面を走った。そして極大な緑色の輝きが将軍職杖の先端から放たれ、黒いもやの塊を貫いた。
その輝きの眩しさに一瞬目がくらんだが、ようやく周囲が見えるようになると私たちはみな言葉を失った。
黒いもやの真ん中に直径30ヤールくらいの大きな穴が開いていたからだった。
その穴を通して向こう側の青空が見える。・・・その穴を縁取る黒いもやが少しずつ崩れ始めて、徐々に穴は狭まっていく。
「何なの、あれ!?」とターニャが震える声で言った。
「ドロシア、あなたの大いなる癒しにはあれほどの威力はなかったじゃない?」
「え?・・・ええ・・・うん」私もわけがわからなかった。
再び黒いもやが立ち上り、大いなる癒しで開けた穴が消えていく。私はもう一度将軍職杖を振った。
「大いなる癒し!」
今度はいつもの量の緑色の輝きが将軍職杖の先端から放出され、黒いもやの表面に当たった。・・・もやを多少は消失させたが、貫通することはできなかった。
「なぜ?・・・なぜあんなに強い大いなる癒しが撃てたの?」自分でもよくわからない。
「お姉ちゃん、すごい・・・」とメイムが言った。
「すごい威力でしたね。どうされたのですか?」と聞くコール。
「私にもよくわからない・・・」
「私が飛んでいたときに何かあったのですか?」
「・・・そう言えば、このボルテックス・バンドで黒いもやを吸ってた」
「黒いもやがドロシア様の力に変わったのでしょうか?」と疑問を述べるナレーシャ。
「闇の力を放出するのならともかく、光明神の癒しの光が増強されたってこと?」とモモ。
「よくわからない。でも、もう一度吸ってみる」
私はスズにもう一度白鷺草飛翔翼を出してもらうと、ひとりで飛び上がった。
まだ上空に黒いもやの塊が残っている。私はボルテックス・バンドの突起を押すと、その残っている黒いもやを再び吸い込んだ。
その間に飛天龍舟が私の背後についた。黒いもやを吸い込んでいる私を後から見守る女神兵たち。
光明神の白銀の光と闇の気である黒いもやは対極の存在。接触すれば打ち消し合う。・・・でも、それは表面的な違いで、光明神と暗黒神の違いこそあれ、元はどちらも同じ神の力だとしたら。
ボルテックス・バンドが周囲に散った闇の気を集めて神の力に変える神器だとしたら、私が使ったために光明神の力に変換されたのかもしれない。
試してみよう。・・・私はボルテックス・バンドが周囲の黒いもやを吸い尽くしたのを確認すると、後方の舟の上にいるマグダラに声をかけた。
「マグダラ!」
「はい、何でしょう!?」返事をするマグダラ。
「これから私は大穴に向けて徹甲弾を撃つけど、不可侵聖域で守られた鳥を徹甲弾に先行させて、奥底の光の壁に達したら教えてほしいの!」と、私は以前にレドラが経験したことを思い出して言った。
「おっしゃられていることの意味がよくわかりませんが、やってみます。・・・群鳥の母、白鳥の群れ!」
マグダラが大きな白い鳥を10羽ほど出現させて、大穴の中に飛び込ませた。私もすぐに大穴に向かって将軍職杖を振り下ろした。
「徹甲弾!」
将軍職杖の先端から直径1ヤールもある大型の徹甲弾が飛び出た。大砲の弾よりも大きい。
「何をするの?」と聞くターニャ。
「効果があるかわからないけど、見ててね。・・・次元断層!」
私は地面に沿って水平にあらゆる物体を通さない壁、次元断層を展開させた。大穴を覆う次元断層。
「深い、深いですね」とつぶやくマグダラ。そのまま待っていると、突然マグダラが叫んだ。
「視界が歪んで白鳥の群れが消滅しました!」
「わかったわ!・・・極超新星!」私は大穴の中に打ち込んだ巨大な徹甲弾の中心に微小次元陥穽を生成した。
まもなく、大穴が激しい閃光で包まれた。次元断層があるので音はまったく聞こえない。閃光に続いて大穴の周囲の直径10ミジルの範囲の地面が崩れて陥没していった。
「何をしたの、ドロシア!?」ターニャの声が響いた。その間も地面の崩落が続いている。
「大穴の奥底にある光の壁あたりで極超新星による大爆発を起こしたの」
「黒いもやと闇の獣の噴出源ね。・・・その光の壁は崩壊したの?」
「わからない。・・・けど」
私は眼下を見下ろした。大穴周囲の岩盤が大穴の内部に向かって崩れ、傾いた岩壁が互いに重なり合って大穴の入り口を覆っていた。しかし大穴の内部は完全には塞がってないだろう。そこで私は、「森羅簇生」と唱えた。
大穴があったあたりの崩れた地面の上に木々が生え始め、森林が広がっていく。木々の絡み合った根が、大穴をふさいだ岩盤の支えとなるだろう。
「私も手伝う。竹林墙!」メイムの声とともに森林の横に竹林が生長していく。やがて大穴があったところを中心とする直径10ミジルの範囲が植物で覆われていった。
この回から連日投稿する予定です。よろしくお願いします。




