004 魔女の♡うわさ♡
再び謁見の間に集まる将軍たち。国王が王の椅子に座り、横に軍務大臣のダイバルディー公爵が立つ。
「このたびの戦働き、大儀であった」とダイバルディー公爵が言った。
「第1軍は王都を防衛し、第2軍から第4軍は鉄門から押し寄せたザカンドラ皇国全軍を見事撃退し、また、第5軍は海門を破ろうとしたメラニア王国兵を撤退させた。各軍の将軍と副将軍に報償を授ける」
第1軍から第5軍まで、順に将軍と副将軍に勲章が授けられる。鉄製の勲章で、名誉はあるが貴金属としての価値はない。第1軍は実質何もせず、第2軍から第4軍は鉄門の内側まで出征して声を張り上げただけ。第5軍は実際に敵を撃退したのに同じ扱いか、と思わないでもなかったが、第5軍もせっせとお湯を運んで敵にふりかけただけなので、あまり偉そうなことは言えなかった。
なお、今回の戦に参加した将軍や兵士には後ほど国王から報奨金が出る。大金ではないが、実質的な戦闘を行っていない者にも支給されるので、国庫金の無駄遣いだと思う。もっとも私は海門までの行軍で多少なりともお金を使っているので、報奨金をもらえるのは助かるが。
「全軍下がってよし!」とダイバルディー公爵が言った。「夕べより戦勝会を開くので、諸将は家族をつれて参加するがよい。なお、ドロシア将軍はこの場に残るように」
おじぎをして謁見の間を出て行く将軍たち。私はその場で頭を垂れたまま待った。
「ドロシア、こっちへ来なさい」と国王自身が私に声をかけてきた。
「はい、国王陛下」国王のそばに近寄る。
「今度の戦ではよく頑張ったな」そう言って国王は私の頭をなでた。
「お心遣い感謝いたします」
「そんな他人行儀な話し方は必要ない。ドロシアよ、初陣なのによくやった」
「いえ、実際の指示はガンダル副将軍がしてくれましたので、私は門の上から見下ろす程度のことしかしておりません」
「でしょうな」とダイバルディー公爵が小声で言った。
「だが、ガンダルはドロシアの軍略だとほめておった。謙遜せずとも良い」
ダイバルディー公爵が私を見て何か言いたそうだったが、結局何も言わなかった。
私も何も答えず、にこりと笑って頭を下げた。
「ところでドロシアよ、お前は何歳になったのだ?」
「私は16歳です」
「そろそろ輿入れできる歳だな」
「いえ、私はまだまだ結婚するつもりはありません。それよりもっと見識を広めたいですわ」
「ほう?以前とは違うことを言うな?・・・小さい頃から早く結婚したいと言っておったのに」
「それは子どもだった頃のお話ですわ」
「ふむ。・・・なら、留学でもしてみるか?」
「それもよろしいですわね」と答えたものの、諸国に狙われているボルランツェル王国の公爵令嬢という身分では、国外に出るのは危ない賭けだ。
「考えておこう。・・・後ほど、祝勝会でまた会おう」
国王にそう言われて、私は会釈をして謁見の間を後にした。
その日の夜、私はバネラ、ロルネ、ペニアをつれて王宮内の祝勝会会場に赴いた。
既に大テーブルの上には様々な料理が並べられ、私たちは給仕から飲み物をもらった。と言ってもお酒はまだ早いので、飲むのはもっぱらラメダ水だ。これは干したラメダの葉を水につけておいたものである。はっきり言って臭いが、鎮静や食中毒予防に効果があるとされている。
会場には100人くらいの貴族や軍の上級士官が集まっていた。他国に比べるとささやかな人数らしいが、それでも会場は人でいっぱいになっていた。
「お嬢様、お料理をいただいてもいいですか?」とバネラが聞いた。
「まだよ!」私はあわててたしなめた。「国王のあいさつと祝勝会の開会宣言があるまではラメダ水で我慢するの!」
「国王様はいずこに?」とお腹を押さえるロルネ。「お腹がすきました〜」
「今日は食事会とは違うのよ。貴族や士官たちの間でなごやかに会話をするふりをして、お互いの腹を探ったり、嫌みを言ったりする会なの」
「人間不信になりそうです」とペニアが弱音をはいた。
「料理は会話の間にたまにつまむ程度で、がつがつ食べないでね。みっともないから」
「来なきゃ良かったです」とバネラ。「留守番をしていたら、今頃お屋敷の台所でご飯を食べていたのに・・・」
「さっきまでとても来たがっていたじゃない?」
「普段食べられないようなごちそうにありつけると思ったんですよ〜」とペニア。
下級貴族は普段あまりごちそうは食べられないし、公爵邸のメイドも似たようなものだから、気持ちがわからないことはないけどね。
国王に先駆けて3人の王子が会場に入ってきた。貴族たちが群がろうとするが、第1王子のランダはまっすぐ私の元へ向かってきた。
「やあ、従姉殿」と私に声をかける。
「これは殿下。お声をかけていただき光栄です」
「他人行儀な話し方をするなよ・・・。昔は子ども部屋で一緒に遊んだ仲じゃないか」
小さい頃は確かに本当の姉弟のように過ごしていた。だから未だに私を慕ってくれているが、王族といつまでもそういう関係ではいられない。
「いつまでも子どもではいられませんから」私の言い方にランダ王子は寂しそうな顔をした。
そのとき、一人の女性が近づいて来た。
派手なドレスに身を包み、髪に派手なカールを施した20歳過ぎの女性だ。これがダイバルディー公爵の娘のベルベルだ。
この国の貴族は20歳過ぎくらいの年齢で結婚することが多い。ベルベルも結婚していてよい年頃だが、誰とも婚約するそぶりは見せなかった。父親の意向で、王子を狙っているのだろう。
ベルベルはまっすぐランダ王子に歩み寄って来たが、私はランダ王子を守るようにベルベルの前に立ちはだかった。
「ベルベル様、ご機嫌うるわしゅう」
「これはドロシア様」とベルベルが口を開いた。「あなたのご機嫌はいかがかしら?」
「私はすこぶる好調よ、身も心も」
平然と答えると、ベルベルはなぜか悔しそうな顔をした。
「ちっとも効き目がないじゃない・・・」とつぶやくベルベル。
「どうかなされましたの、ベルベル様?」
「い、いえ、なんでもないですわ。・・・それより、何でも鉄門での戦を怖がって海門に行ったら、たまたま敵兵が来て守り切られたそうですね。ご武運のお強いことで」
「ベルベル様からお褒めの言葉をいただき、嬉しく存じます」と私は言って頭を下げた。
「ところでベルベル様のお輿入れの噂を聞きませんが、どうなされたんですか?」
私の言葉を聞いてベルベルはむっとした顔をした。
「ドロシア様は、以前と変わられましたわね?」
「というと?」
「以前は誰に対しても優しげに話されましたのに・・・」
「そうなのよね〜」と、背後でバネラがロルネとペニアに囁くのが聞こえた。
「私のことより、ベルベル様の華燭の典のご予定は?」私がしつこく聞くと、ベルベルは鼻を鳴らした。
「私に釣り合う相手がなかなかおりませんの。ドロシア様も同じでしょう?」
「私はまだ結婚にあせる年ではありませんが、ベルベル様はもう後がないんじゃありませんこと?」
「まだ若いわよ!」とベルベルが言い返した。「あなたには負けませんから!」
「私は将軍ですから敵兵を負かすことはありますが、深窓のご令嬢のベルベル様と争ういわれはございませんが」
「その言葉を覚えておきなさいね!」ベルベルはそう言い放つと、王子に話しかけずに私の元から去って行った。ランダ王子も私に手を挙げて去って行った。
入れ替わりに伯爵令嬢のミネアとユミナが近寄って来た。二人とも私と同い年で、以前から私と親しくしてくれている。
「ドロシア様、ご武勲おめでとうございます」頭を下げる二人。
「ありがとう、ミネア様、ユミナ様」
「それよりお体の具合が悪いということはありませんか?」とユミナが心配そうに聞いた。
「いいえ、特には。・・・なぜそのようなことを聞くの?」
「いえ、ちょっと良くない噂を聞いたもので」とミネアが言った。
「良くない噂?・・・なにかしら?」
「ベルベル様が黒衣の魔女に会いに行ったとの噂を耳にしまして・・・」
「黒衣の魔女?」
「ええ、ボルランド山の風穴に住むというあの魔女ですの」
その魔女のことは聞いたことがあった。100年以上生きている老女で、黒衣を身にまとって山の中の洞窟にひとりで住み、様々な魔術が使えるという噂だった。特に人を呪い殺すことができると言われている。
「誰からそのような噂を聞いたの?」と二人に尋ねた。
「私のメイドがベルベル様のメイドと姉妹なので耳に入ったのですが、半月ほど前にベルベル様が腹心のメイド数人とともに黒衣の魔女の居場所を調べて、屋敷を出て行ったということですの」とミネアが説明してくれた。
「ほんとうに黒衣の魔女と会ったのかは定かではありませんが」
この世界では魔法や魔術の類いを実際に見た者はほとんどいない。それでも魔女や魔教徒と呼ばれる世捨て人がまれにいて、食糧や金銭を与えれば祈祷や呪術を請け負うとの噂があった。ほとんどは眉唾物だったが。
「それでベルベル様が私を呪い殺そうとしたのかもしれないと思うの?」
「もちろん確証はありませんが」とユミナが小声で囁いた。「ベルベル様がドロシア様に良からぬ感情を抱いているとのもっぱらの噂ですので」
噂ばかりなのね、と私は思った。それでも彼女らの伝達網は馬鹿にはならないのかもしれない。
「ありがとう、ミネア様、ユミナ様。気をつけてみるわ」
そう言うと二人はほっとしたように微笑んだ。
そのとき国王とダイバルディー公爵とクランツァーノ公爵、つまり私の父が祝勝会会場に入って来た。
「諸侯並びに諸将各位。このたびの戦働き、見事であった。改めて功をねぎらうとともに喜びを分かち合おう。皆の者、盃を持て」
国王の言葉で参加者が手に持っていたラメダ酒(ラメダの葉を漬け込んだ醸造酒)の盃を掲げた。私はもちろんラメダ水の入った盃を掲げる。
「それでは国王と諸侯並びに諸将の健闘を祝して」と、国務大臣こと私の父のクランツァーノ公爵が発声した。
「乾杯!」
参加者が口々に唱和して手にしている飲み物をあおった。
私は一口だけ飲むと、祝勝会会場の中で父の執事長であるヤバルを捜した。
ヤバルはクランツァーノ公爵邸の内部を実質的に切り盛りする父の側近である。財政、人事、警護などのすべてを指揮している切れ者だ。
私はすぐに、父の後方の壁際で父を影から見守っているヤバル執事長を見つけた。
近寄って声をかける。「ヤバル」
「これはお嬢様。会場内で私にお声をかけられるとは、何ごとでしょうか?」ヤバルは父から目を離さずに私の呼びかけに答えた。父の警護をしているので、娘の私が話しかけても顔を向けない。
「黒衣の魔女の情報が欲しいの。そして、できれば会いに行きたいの」
それだけ言えばヤバルは理解するだろう。黒衣の魔女は人を呪う力を持つと噂されている。そして私は人を呪うようなことはしない。となれば、誰かが私を呪おうとしており、その対策が急務だと。
「承知いたしました。すぐに手配します」
父から目を離さずに答えるヤバル。しかし、既に配下に命令が伝わっているだろう。
私は会釈をして会場の中心に戻った。
中央のテーブルではバネラたちが料理に群がっていた。
「あちゃー」と頭を抱えながら、バネラたちに注意をしに近づいた。
登場人物
ベルベル・ランダルノ・ダリバ・ダイバルディー ダイバルディー公爵の娘。
ミネア・アリア・ロマンツィノ 伯爵令嬢。主人公の友人。
ユミナ・アリミナ・サラディナーレ 伯爵令嬢。主人公の友人。
ヤバル クランツァーノ公爵家の執事長。