039 薔薇水晶の♡首飾り♡
翌朝、出発の準備をすませた頃にパルスとバラグッダがやって来た。
「ドロシア殿」とパルスが声をかけた、
「おはようございます、パルス将軍、バラグッダ司令官」
「うむ、おはよう。ところで昨日の刺客だが、尋問したところ懸念すべきことを言った」
「何でございましょう?」どんな尋問だったかは聞くまい。
「彼奴は長年修行をしたが、とうとう闇の力を使えることができなかった従僕だったそうだ。だが、暗黒教の教えに惑わされておった」
「平民だけの世界になるという暗黒教の教えを信じ、その教えを受入れない者は平民といえども誅殺してよい対象と考えておった」とバラグッダが続けた。
「王侯貴族がいなくなっても、誰かが国を動かさねばならず、その者に権力が集中するのはわかりきっておるのにな」とパルスも言った。
「それで、ほかにも仲間がいると申しましたか?」
「約400年前のケールランドル古王国の滅亡とともに、支配層が各地に分散し、力を蓄えていると言っていたが、しょせんは従僕のたわごと、本人もはっきりしたことは知らないようだった」
「でも、ほかにも闇神殿のようなものがあるとしたら、気を抜けませんね」
「そうだな。このたび持ち帰った古文書を早く解読して、ジナン帝国の解読結果とつき合わせたい。頼むぞ、バラグッダ司令官」とパルスはバラグッダに言った。
「承知しております。彼奴らは一国の損得で対処すべき相手ではありませんからな」
「そ、それで、あの刺客は?」私はおそるおそる聞いてみた。
「まだ生きておる」とバラグッダが答えた。その後に小声で「ユリアナ公国まで保つかはわからないがな」と付け加えたのを聞き逃さなかった。
パルスとバラグッダが戻ると、まもなく全軍が出発した。後4日ほどでユリアナ公国の首都に着くはずだ。食糧も買い足せるはず。・・・買い足せるかな?
「ユリアナ公国で買った平べったくてあまりおいしくないパンも、残りわずかですね」と、バネラがそのパンをかじりながら言った。
「残りを心配するならそんなに食べないでしょ」と注意しておく。
「でも、ユリアナ公国に着いてもあまりおいしい食べ物はありませんよね。早くザカンドラ皇国の帝都に行きたいです」とロルネが言った。
「ザカンドラ皇国の料理の数々を夢に見るわ」とペニアが歌うように言った。
「種類が豊富でどれもおいしいパン、芳醇なチーズの数々、そして脂したたる肉料理」
バネラとロルネのお腹が同時に鳴った。私も空腹を覚えた。
「極めつけはバネラの匂いがするチーズ!」
「やめてよ〜。せっかくのいい思い出が台無しだよ〜」とニェートが文句を言った。
「でも、みんなパルス将軍にもらった焼菓子を食べたでしょ?あれを食べたら、バネラ・チーズの匂いが気にならなくなっているかもよ」と私がみんなを脅した。
「ほんとなの?」とロルネが興味を示した。「今度あの大衆食堂に行ったら、試してみようかしら」
「もしそうなら、私の家で輸入して、『バネラ・チーズ』の商標で大々的に売ろうかしら?もうかるかも」とバネラが言った
「その前に、あの焼菓子を売り出して、みんなに匂いを慣らさせないとね」とロルネ。「それはうちで売ろうかしら?」
・・・みんな、食欲と商魂が逞しいね。受入れられる食品か微妙だけどね。
おいしい食事を夢見ながら、4日めのお昼頃にようやくユリアナ公国の首都にたどり着いた。さっそく全軍を上げて食糧を買い出しに行く。
ユリアナ公国の肉屋やパン屋は我々が戻ることを想定して、かなりの量の食べ物を用意していた。それがあっという間に売り切れてしまった。
それでも何とか買えた食材を元に、宿営地で火を焚いて遅めの昼食を作ることにした。
今度の米料理は失敗しないようお粥にした。多めの水で米を炊く。おかずは砂漠トカゲの干し肉とサボテンの葉の塩漬けだ。バネラたちも米の味に慣れたようで、お粥をがぶがぶと飲んでいた。飲み物じゃないんだけど・・・。
「サボテンの塩漬けとお粥が合うね」とニェート。
「そうね、塩気がある食べ物がお粥のおかずに最適ね」とスズが言った。スズも元気を取り戻していた。
昼食を食べ終わってラメダ茶を飲みながらまったりしていると、ミラスがやって来た。悪い予感がする。
「ドロシア嬢、久しぶりの町です。今夜も高級食堂に参りましょう」
「あ、ありがとう、ミラス様。でも、今夜は旅の疲れを癒すためにゆっくり休みたいのですが」
「まあ、そう言わずに。今夜はバラグッダ司令官も同席されますので」
「え?バラグッダ司令官も?」バラグッダはバネラ・チーズが苦手と言っていた。それならバネラ・チーズを使った料理は出さないのかも。
「高級食堂では、ジナン帝国の米を使った珍しい料理や、ザカンドラ皇国から輸入した小麦粉を使ったパンなど、普段のユリアナ公国では絶対に出せない料理を用意してくれるそうです」
「そ、そうですか・・・」米料理なら食べてみたいと思った。
「わかりました。そこまでおっしゃられるのであれば、ご招待をお受けします」
「それは良かった」とミラスが微笑んだ。「それでは後ほどお迎えに上がります」
私はスニアに夕食をお呼ばれしたことを告げた。
「大丈夫ですか、お嬢様?」心配するスニア。
「また、臭くなって帰って来られるんじゃないかしら?」と不安を口にするバネラ。
「大丈夫、と思うけど・・・」ちょっと乗り気になっていた心が、みるみるうちに萎んでしまう。
「まあまあ、時間まで、食べ物以外のお土産を見に行きましょうよ」とペニアが言ってみんなが賛同した。
アクセサリー屋も石造りで、他とほとんど区別がつかないような建物だった。かろうじて指輪の絵が描かれた看板で気づくことができた。
中に入って石の机の上に並べられた商品をざっと見る。指輪、ネックレス、腕輪などがあるが、あまり高価なものはなかった。お土産感覚で買えそうだ。
「あ、お嬢様のと同じようなネックレスがある」とバネラが叫んだ。
バネラの方に行ってみると、確かに薄桃色の透明な玉を通したネックレスがあった。
「これはジナン帝国産の薔薇水晶のネックレスですよ。これを身に着けると恋が成就すると言われているそうです」
「恋が成就?」
「ええ、特に殿方から女性に贈られると、必ず結ばれるという言い伝えがあるそうです」
私は口から泡を吹き出しそうになった。にやにやして私を見るバネラたち。
「うらやましいですね、お嬢様。私たちもほしい!」
リュー司令官の本意がわからずあせったが、女性への贈り物に最適と軽い気持ちでくれたのかもしれない。と言うか、私に会う前に買っていたとしたら、誰かほかの女性(特定、不特定を含む)に贈るつもりだったのかもしれない。
「いいわよ、せっかくだから買って上げるわよ、安いのを」
バネラたち3人に一番安い薔薇水晶のネックレスを買ってあげた。それでも1つ銀貨3枚だ。ザカンドラ皇国の町で買ったパンなら150個は買える。
私が店員に銀貨9枚を払うと、今度はスニアたちに聞いた。
「あなたたちは何かほしいものある?」
「い、いえ、そんな、畏れ多い」とスニアは固辞をしたが、スズが指輪を指さした。
赤銅色の指輪で、宝石類は付いていないが、上面が平らになっていて、光明の神の印である「@」形の紋様が刻まれていた。
「これは魔除けの指輪ですよ」と店員。
1つ銀貨1枚だったので、スニア、スズ、ニェート用に3つ買った。スズとニェートの指に合うサイズがなかったので、別にネックレスチェーンを2つ買って、それに指輪を通してスズとニェートの首にかけられるようにした。
「あ、ありがとうございます。一生大事にします」とスニア。そこまでの物じゃないけどね。
スズとニェートは首にかけて笑い合っていた。子どもとはいえ女の子だから嬉しいのかな?
みんながちょっといい気分になって馬車に戻った。そのままスニアにドレスを着させてもらう。せっかくだからリュー司令官にもらったネックレスを首にかける。
まもなくミラスが迎えに来たので、護衛のバストルとレクターをつれて一緒に高級食堂に向かった。
その途中でミラスは私のネックレスに気がついた。
「おや、そのネックレスは初めて見ますね。どうされたのですか?」
「これはリュー司令官が別れ際にジナン帝国のお土産だと言ってくださいましたの。高価な物ではないと思いますわ」
「そ、そうですか・・・」ちょっとあせった様子のミラス。「それでは私も何か用意しましょう」
「高価な物は受け取れませんから」と牽制しておく。
3回目となる高級食堂に着くと、既にパルス将軍とバラグッダ司令官が席に着いていた。
「ようこそ、ドロシア殿」立って私を迎え入れるパルス。
「今宵は私もご相伴させていただきますぞ」とバラグッダも言った。
「お言葉に甘えて参りました。よろしくお願いします」とドレスの裾をつまんであいさつする。
「おや、そのネックレスは?」とパルスが私の胸元に気づいた。男はみんな胸を見るからね。
「これはリュー司令官にいただいたジナン帝国のお土産ですの」
「ああ、女性に贈ると恋が成就するというネックレスですね」とバラグッダが一目で見抜いた。
「私も独身だった若い頃は、よく買って女性にプレゼントしたものです」
「よく?よく買われていたんですか?」
バラグッダはわははと笑った。「なかなか効き目が表れませんでした」
そんなものかと思い、私はほっとした。リュー司令官も深い意図はなく、気軽にくれたのだろう。
「え?今、リュー司令官からもらったと言われましたね?」とバラグッダが何かを思い出して聞き返してきた。
「え?・・・ええ、そうですけど」
「リュー司令官の母君は昔亡くなりましたが、今際の際に父君と出会ったときにもらった薔薇水晶のネックレスを、好きな女性ができたらあげなさいと、形見としてもらったという話を聞いたことがありますが・・・」
青ざめるパルスとミラス。私も青ざめていたと思う。その話がほんとなら、重い、重すぎる・・・。
「そ、そういう作り話をして、多くの女性に同じようなネックレスを配っているかも知れませぬぞ」とパルスが言って、全員でやけくそ笑いをした。
「こ、こうなったら、私も母の形見の指輪を差し上げよう!」とパルスがとんでもないことを言った。
「パルス兄さん、兄さんの母君はまだご存命ですよ」とミラスがツッコむ。
「そ、そうであったな。それでは・・・」
「あの、リュー司令官は安物のお土産と言っておられましたから、お母上の形見などではないと思いますので、どうぞお気遣いなく」と私はあわてて言った。
「そ、そうだな。・・・リュー司令官はお国ではとんでもない女たらしだという噂を聞いたことがあるから、ドロシア殿もそのネックレスはあまり大事にされなくてよいと思うぞ」
「そうですね、安物にしか見えません」とミラス。・・・まあ、いいけどね。
「それよりまず乾杯をしよう」パルスが指を鳴らして給仕を呼んだ。
給仕はすぐに食前酒と前菜を持って来た。食前酒はいつものように馬乳酒かなと思ったが、テーブルに置かれたのは薄桃色の透明なお酒だった。
「サボテンの果実酒でございます」と給仕が説明した。
「前回、ドロシア殿がサボテンの実を喜んでおられたので、用意しておいたのだ」とパルスが自慢げに言った。
「ありがとうございます」私はお礼を言ってグラスに口をつけた。
「あら、おいしい」さわやかな甘味のある、あまりアルコール度数の高くないお酒だった。
気分を良くして前菜を見ると、私の目が飛び出してしまった。




