037 祝勝会の♡夜♡
「ガンダル、負傷兵を運ぶために馬車を至急2台呼び寄せて」と私は指示を出した。
20人余りの負傷兵は馬には乗れないし、徒歩も困難だ。王都の遺跡に置いてある馬車を手配してそれに乗せるしかない。王都から神殿まで続いている昔の道が残っているので、馬車が通るのに支障はないだろう。
さっそくガンダルの部下が王都の遺跡まで馬を飛ばした。
負傷兵が出るのを見越してパルス将軍の東覇軍はあらかじめ馬車1台を伴って来ていた。先見の明があるが、負傷兵全員が馬車1台に乗れるかはわからない。
今回の戦闘で負傷兵が多かったのは我が降魔軍と東覇軍だった。天井の崩落が主因で、おそらく私を狙った攻撃だったのだろうと考えると、犠牲になった兵士たちに申し訳がなかった。
私が悔やんでいるところにミラスがやって来た。
「ドロシア嬢、お見事な働きでした」にこやかな顔のミラス。
「でも、犠牲を多く出してしまいました」と、私はにこやかでないであろう顔でミラスを見返した。
「落盤の犠牲者に哀悼の意を表します」とミラス。今思いついたあいさつかもしれないが、彼に文句を言うのもお門違いだろう。
「私の北伐軍はあの落盤のせいで速やかに侵入できず、ようやく中に入って奥に進んだときには、あの蝙蝠みたいな化け物が倒されるところでした。お役に立てず申し訳ない」
「それはミラス様のせいではありません」
うなだれている私を見て元気づけようと思ったのか、ミラスが私を抱きしめようとした。私はその手を抑えて、
「どうぞお気遣いなく」とだけ言った。
我が軍の馬車が到着する頃にパルス将軍たちが地下から出てきた。
「ドロシア殿、あいにく金目のものはなかった。安物の食器や燭台があるだけだった」とパルスが言った。
「だが、古文書がけっこう残っていた。古王国の文字で書かれているので解読するのに時間がかかるが、彼奴らの組織を解明するのに役立つかもしれぬ」
「そうですね」と気の抜けた声で返事をした。
「ジナン帝国とザカンドラ皇国とで半分ずつ持ち帰って解析しようと思うが、ドロシア殿はそれで良いか?」
「私の国には古王国の文字を読める学者はいませんので、お任せします」
「うむ、わかった。多少の犠牲が出たが、ドロシア殿のお力がなければ、犠牲者はこんなものではすまなかっただろう。改めて協力していただいたことを感謝する」
そこへジナン帝国のバラグッダ、リーム、リューの3司令官もやって来た。
「降魔将軍殿、このたびのご協力に心より感謝する。いずれ天帝より感謝の気持ちを送ることになるでしょう」
「では、野営地に戻り、今宵は祝勝会で盛り上がろう!」とパルスが宣言した。
「ドロシア殿も是非ご参加ください」
勝利を祝う気分にはなれなかったが、さすがにここで断るのはKYすぎるだろう。私は了解し、帰還の指示をガンダルに出すためにその場を去った。
野営地に戻る頃には日が沈んでいたが、パルスの指示だろう、既に大きなたき火が何か所かで焚かれ、祝勝会の準備が進められていた。
私は後をガンダルに任せ、自分の馬車に戻った。
「お嬢様だ、スズだ、ご無事だ!」私たちの姿を見つけたニェートが大声で叫んだ。少し前から待っていてくれたようで、すぐにスニアやバネラたちが馬車から出てきた。
「お嬢様、お嬢様!」私にすがりつくスニア。ニェートはスズに抱きついていた。
「ご無事ですか?おけがはありませんか?」
「私たちは無傷よ。待たせたわね」
「ご無事で何よりでした、お嬢様」とバネラたちも涙ながらに喜んでくれた。
「我が軍の兵士が馬車を取りに戻って来たときの切羽詰まった様子で、お嬢様に何かあったんじゃないかと気が気でありませんでした」
「心配かけたわね。今夜はごちそうを振る舞ってくれるそうよ」
そう言いながら馬車に入ると、軽甲冑をスニアに脱がせてもらった。
既にお湯が沸かしてあって、スニアが淹れてくれたラメダ茶を飲んだ。ほっとする。我が家に帰って来たような気分だ。
一息ついてから祝勝会に参加するために馬車を出る。今回は全兵士が参加するので、スニアたちメイドもつれて行く。
一つの大きなたき火の前に私たちの席があった。隣には当たり前のようにパルス将軍の席がある。反対側はミラスだ。
「それでは」とパルス将軍が立ち上がると、せき払いをしてから話し始めた。
「はるかケールランドル大沙海までの大遠征であったが、何とか我らが宿敵の総本山、闇神殿を殲滅することができた。これも各国から軍隊を派遣してくれた諸君らのおかげだ。特に降魔将軍ドロシア殿が光明の神の力を示して我らの大いなる助けとなってくれた。光明の神に感謝をし、諸君らの健闘を称えて酒を酌み交わしたいと思う。・・・重傷を負った者もいるが、起き上がって酒を飲める者は参加してくれ」
「おーっ」と兵士たちから歓声が上がった。
次に立ったのはバラグッダだった。バラグッダは隣のたき火でリーム司令官やリュー司令官と同席していた。
「それでは、今後の平穏な日々を願って、そして我らの絆がさらに強固になることを誓って、乾杯しよう。みんな、唱和してくれ!」
「おーっ」と、また兵士たちから歓声が上がった。
「それでは乾杯!」
「乾杯!」という声があちらこちらから響いて来た。
盃をあおると(私たちは馬乳酒をすすった)、さっそくパルス将軍が自ら料理を私のところへ持って来た。
「これは新鮮な焼き肉だ。みんなで食べてくれ!」
木の棒に刺した肉を私やメイドたちに配ってくれる。
「この肉は?」
「うむ、さっきバラグッダ殿が配ってくれた」
私は一瞬躊躇したが、バネラたちはすぐにかぶりついた。
「この前、湧泉湖で食べたお肉だわ。おいしい!」
私は地下神殿で砂龍を赤銅軍の兵士が倒していたことを思い出し、食欲が失せた。
「先日の焼菓子もまだあるぞ」とあの焼菓子が入っている籠をさし出してくれた。
「あ、ありがとうございます・・・」
私が食べるのを躊躇していると、リーム司令官とリュー司令官が私を誘いに来た。
「降魔将軍殿、こちらでジナン帝国の料理を作っています。どうかご相伴あれ」
またお粥か小包蒸かな、と思って私は立ち上がった。
「誰か、ジナン帝国の料理をお呼ばれに行く?」とメイドたちに声をかける。
「いえ、ここでけっこうです」と遠慮するスニア。
「私たちはお肉をもう少し食べてから行きます」と言うバネラたち。
結局着いて来るのはニェートだけだった。ほかのメイドはお粥をあまりおいしいと思わなかったようだから。
「ド、ドロシア殿!?」私が立ち上がるのを見てあせるパルスとミラス。
「今日初めてお会いしたジナン帝国の方々にあいさつして来ます。また、戻りますから・・・」と断って、リームとリューの後をついて行った。
「どうぞ、降魔将軍殿」
最初に出されたのは干した果実を漬け込んだ飲み物だった。甘く、馬乳酒のような酸味を感じずとてもおいしかった。
「おいしいですね」
「これは杏露酒と呼ばれる果実を漬け込んだ軽いお酒で、さらにグラスに干した果実を入れています。女性向けのお酒です」
お酒と聞いて一瞬躊躇したが、甘いし、アルコールをあまり感じないので、つい飲んでしまった。酔った気はしないが、ニェートは一口飲んで顔を赤くしていた。子どもだからかな?
次に出されたのが薄切りしたハムを火であぶったようなものだった。
「これは火腿と呼ばれる手間をかけた猪豚の保存肉です」
「とてもおいしいわ。今まで食べたどんな干し肉よりもはるかにおいしい」
「さっき食べた肉よりもおいしいね」とまだ顔が赤いニェートが言った。
「はっはっは、砂龍など、比べ物になりませんぞ」とリーム司令官が笑いながら言った。
次に出されたのが米の飯だった。炊いた米はこの前のお粥よりおいしく、私とニェートは涙を流しながら食べた。
「こんなおいしいもの、食べたことがありません」
「はっはっは、確かに飯はうまいが、おかずがなければならんでしょう」と言ってリューがお椀に入った汁物を出してくれた。
お椀の中には薄く、表面がなめらかな何かの切り身が入っていた。汁は塩味のようだ。
汁を少しすすってから中の切り身を食べる。ぷりぷりした食感で、味わったことのないうまみがにじみ出た。
「これもとてもおいしいです」
「それは明鮑という海で採れる貝の身を干したものです。この汁で柔らかくなるまで煮込んだのです」
「砂漠の真ん中でこんなおいしいものが食べられるなんて・・・」
「行軍用の保存食ですからこんなものしかありませんが、国に戻ればもっとたくさんのおいしい料理がありますよ」とリュー。
「いつかジナン帝国に行ってみたくなりました」
「是非お越し下さい。私の屋敷で歓迎しますよ」と破顔するリュー。
まだ若いのに司令官をしているから、お金持ちの家の子かもしれない。
そこへ砂龍の肉をしこたま食べたバネラたちがやって来た。
「お嬢様、来ました〜」
「おお、若いお嬢様方がたくさん来た!」とリームやバラグッダが喜んだ。
「降魔将軍殿のおつれでなければ、つれて帰りたいほどだ」
「おいしいものを食べさせれば、ついて来るかも知れませんよ」と私が言うと、リームたちは食べ物をバネラたちにせっせと勧め始めた。
「スニアは?」とバネラに聞く。姿が見えない。
「お嬢様が去られたので、パルス将軍らに絡まれていますよ。・・・あの焼菓子を食え食えと迫られていました」
・・・明日の朝はスニアが臭い息をしているのだろうか?
「スズは?」
「あまり食べず、夜空を見上げてぼんやりしています」
昔のことを思い出しているのかな?
私はさらに小包蒸と干し果実を食べさせてもらい、その後、スニアの様子を見るために元の席に戻った。
スニアの両側からパルスとミラスが迫っていて、スニアはとても困っていた。
「パルス将軍、ミラス様、私のメイドにちょっかいを出さないでください」
「これは失礼したドロシア殿。なかなか可憐なメイドさんなので気に入って話しかけておったのだ」
「スニアは差し上げませんから、そろそろ解放してくれませんか?」
私の頼みを無視できないらしく、パルスとミラスがすぐにスニアから離れた。顔を赤くしているスニアの隣に腰を下ろす。
「大丈夫だった、スニア?」
「お、お嬢様・・・」唇をわなわなと震わせるスニア。
「どうしたの?いやらしいことでもされたの?」
「おほん」と私の言葉を聞いたパルスがせき払いをした。「我々はこう見えても紳士ですぞ」
「わ、私・・・。あの焼菓子を断れず、何枚も食べてしまいました!」と、泣きそうな顔でスニアが告白した。
私は隣のたき火を見た。あそこではしゃいでいるバネラたちをつれ帰ったら、馬車の中でスニアからは離れて寝ようと考えた。




