031 ユリアナ公国の♡晩餐♡
今回のお話は、お食事中の閲覧はご遠慮ください。
私の発酵チーズが苦手という告白を聞いて、パルスとミラスは一瞬きょとんとした。
「ああ、ザカンドラ皇国の発酵チーズですか。私もあの匂いは苦手だな」とバラグッダ司令官も言った。
「我が祖国にはあのような強烈な匂いの食べ物はそうそうない」
「・・・そ、そうでしたか。それなら良かった」とミラスがほっとした顔で言った。
「はい?」
「先日は家族の女性陣の発言が、昨日は私どもの態度がご不快に思われたのではと心配しておりましたが、そうではなかったのですね」
「確かに、あの発酵チーズの匂いを敬遠する者は多い。ドロシア嬢に対して配慮が欠けておった」とパルスが謝罪した。
「だが、あの匂いと味に慣れれば病み付きになるのだ」
「そ、そうでしょうね」と私は答えた。でなければ食べ物として成り立たない。
「そう言えば義姉君も、嫁いで来られた当初は涙を流しながら食べておられましたね。あれは匂いに耐えておられたのでしょうか?」
「そうかもしれぬ。あまりのうまさに感激していると思っていたが」
ミララ妃もあれで苦労してたんだな。
「あのチーズは“皇帝のチーズ”とも呼ばれていますが、その名の通り、家族の大好物なのです。ドロシア嬢には今度から量を加減して、少しずつ慣れてもらうようにしましょう」とミラス。
「そうだな。ハラス兄上も、義姉君からチーズの香りがするようになって、これでほんとうの夫婦になれたと喜んでいたな。ドロシア嬢にも慣れてもらわなくては」
パルスの言葉を聞いてミラスが頬を染めた。今のはエロい話だったのか?どっちにしても、私はあなたたちの妻になる気はないよ!
そんなにあの匂いが好きなら、バネラを愛妾として献上したら喜ぶかな?・・・もちろん冗談だけど。バネラもあそこまで臭くはないだろうし。
「そろそろ狩りに出かけましょうか」と、私は心中を隠してバラグッダに言った。
「そうですな」
私とバラグッダとパルスとミラスの4人、プラス護衛兵約10人を引きつれてユリアナ王国の首都を出る。バラグッダたちは長さ1ヤール余りの手槍を持ち、護衛兵の2人は3ヤールくらいの長さの金属棒を持っていた。
「あの棒は何に使われるのですか?」
「砂漠貂を巣穴から引き出すのに使います」
乾燥した荒れ地を半刻ほど進むと、バラグッダが槍で先方を指した。
「いました。砂漠貂です」
私が目を凝らすと、数ヤール先に砂漠貂らしき獣が5匹、寝そべっているのに気づいた。
地面に巣穴があり、体の後半分は巣穴の中に入っている。巣穴から伸びた半ヤールほどの体の前半分に貂のような顔と2本の短い腕がついていた。寝ているように見える。
その体は私の腕くらいの太さで、手槍で突くには小さすぎるように思えた。
私が疑問に思っていると、バラグッダの部下があの金属棒と何かが入っている籠を持って来た。籠の蓋を開けると、中に私の拳サイズの砂漠ネズミが入っていた。
砂漠ネズミには、その体と同じくらいの大きさのかぎ針が紐で結びつけられていた。そしてかぎ針には長さ2ヤールくらいの紐がついていて、それを金属棒の先端に結んだ。
それでなんとなく狩りの仕方がわかった。魚釣りのように砂漠ネズミを餌にして砂漠貂に食いつかせ、巣穴から引きずり出そうとしているのだ。
それにしてもかぎ針がでかすぎないか?砂漠貂の胴体の太さと同じくらいのサイズだ。とても飲み込めないだろう。・・・体に引っ掛けるのか?
「それではおびき出すので、降魔将軍殿は前列の真ん中で狩りを見ていてください」
バラグッダとパルスとミラスは、手槍を持って私の左右に並んだ。バラグッダの指示で、部下が金属棒を前に伸ばしながら、そろりそろりと前進した。
餌の砂漠ネズミを砂漠貂の鼻先にそっと降ろす。すると砂漠貂の一匹が目を開いて、次の瞬間、砂漠ネズミに襲いかかってその首筋に噛みついた。
そしてそのまま巣穴に引きずり込む。かぎ針と一緒に。
驚いたことに他の4匹の砂漠貂も同時に巣穴に引き込んだ。
金属棒を持った部下は、巣穴の中にかぎ針付きの紐が入るように金属棒を傾けて近づいていたが、突然金属棒を後方に強く引っ張った。
紐がぴんと張るが、かまわず力一杯引く。
次の瞬間、大量の砂がばっと舞って、地中から獣が現れた。
それは人間の手のような形状の化け物だった。5本の指に当たる部分が先ほどまで巣穴から出ていた5匹の貂のような形状をしており、手のひら部分の真ん中に巨大な口が開き、その中にかぎ針についていた紐が飲み込まれていた。
「今だ!」
バラグッダの叫びとともに手槍を化け物に突き刺す。そして手槍を引いて再度突き刺す。・・・この行為を何度か繰り返していると、化け物が力つきて地面に横たわった。
金属棒を持った部下がさらに引っ張って、化け物の全身を引き出した。
手のひらのような形状の部分は長さ2ヤール、横1ヤールくらいの大きさで、暗褐色の毛皮で覆われていた。そしてその後端に、トカゲのような鱗に覆われた、長さ3ヤールくらいの尾がついていた。
私は気持ち悪いと思う前に驚愕していた。こんな妙な生物を見るのは初めてだったからだ。
「こ、これは食べられるのですか?」
「毛に覆われた部分の肉は臭くて食べられません。毛皮も何度も槍を突き刺すので、あまり高値では売れません。ただ、しっぽの肉は、うまくはないが食べられなくはないですな」
「砂漠には変わった動物がいますね」と感心した。
「このあたりだと大型の動物はこの砂漠貂くらいだが、大沙海の中央には沙龍という巨大な蛇がいますぞ。もっとも大きい個体だと倒すのに一軍隊が必要です」
「それはすごいですね」
「発見したら一緒に狩りに行きましょうぞ」と、私の発言に気を良くしたバラグッダが言った。
その日は砂漠貂をもう一匹狩って、夕方に首都まで戻った。
「それではまた夜にお迎えに参ります」とミラスが言い残して去って行った。
「おかえりなさい、お嬢様」とスニアが出迎えてくれた。「楽しまれましたか」
「まあまあだったわ」私自身は狩りに興味はないが、貴重な体験だった。
「それから、またミラス様たちに晩餐に招待されたから」
「ええっ!?」とスニアが驚いた。「大丈夫ですか?また食べられなかったら、体調を崩しますよ」
「あのチーズは苦手だとはっきり伝えたから、今夜は大丈夫でしょう」・・・と思う。思いたい。
私は昼間のうちにしわを伸ばしてもらった一張羅のドレスを着た。一張羅と言っても、今回の旅に持って来たのが1枚だけという意味で、屋敷に戻ればいっぱい持っているのだ。何回も着る機会があるとは予想していなかった。
今夜も、パルスとミラスが護衛兵数人を引きつれて迎えに来た。2人の着ている豪勢な服は、昨日着ていたのとは違うようだ。いつも同じドレスを着ている私をどう思っているのだろう?
「今夜もお美しいですね、ドロシア嬢」とミラスが言った。いやみじゃないよね?
護衛の兵士を引きつれて、昨夜行った高級食堂に入った。お客はほかにいない。今夜も貸し切りなのだろうか?
席に着くと、さっそく給仕が素焼きのグラスと小皿を持って来た。
「食前酒と前菜でございます」
今夜はコース料理か?・・・食前酒として出されたのはいつもの馬乳酒だった。ほかのお酒があるのかな?
前菜は、薄いパン生地で包んだ一口サイズの何かだった。
「これは何でしょうか?」と給仕に聞く。
「これは小包蒸というジナン帝国の郷土料理をアレンジしたものです。一口でお召し上がりください」
何かわからない食材で、非常に不安だが、フォークで刺すと口の中に放り込んだ。かみしめると、馬乳酒の酸味とともに何かとろりとしたものが入っていた。
とろりとしたものの味は、酸味のためよくわからなかったが、吐き気を催さずに飲み込むことができた。おいしいのか、よくわからない料理だ。
念のため馬乳酒を一口すすって流し込んでおく。
「どうですか、お味は?」とパルスが聞いた。
「お、おいしいです」と社交辞令を言う。
次に出されたのは、焼いた薄いパンが入った野菜スープだった。サボテンの切り身とよくわからない草?が入っている。馬乳酒少量と塩で味づけされており、酸味はあまり強くなく、これも何とか食べることができた。
次に給仕が持って来たのは、肉料理の皿とガラスのグラスに入った飲み物だった。
「3種肉のステーキ盛り合わせとツォサイラグです」
ステーキ盛り合わせは、手のひらサイズの厚めの肉のステーキが3切れ入っていた。
肉を一切れずつ切って口に入れてみる。筋っぽいが生臭くはなく、何とか食べることができる。塩味しかついていない。
3切れそれぞれの味は若干異なるが、言葉では違いをうまく表現できなかった。
ツォサイラグはピンク色の飲み物で、味は馬乳酒とほぼ同じだが、味わいが若干こってりしていた。
「これは何の肉かね?」とパルスが給仕に聞いた。答を聞きたくない。
「砂漠トカゲのオスとメスと砂漠貂の、いずれもしっぽの肉です」
私は生前の姿を想像するのをやめた。今夜は無心でいようと思う。
「ほう。砂漠貂の肉はあまりうまくないと聞いていたが、これは料理長の手柄だな」
そんな、食通みたいなことを言われても。
「ありがとうございます」嬉しそうに微笑む給仕。
「とてもおいしいですわ」と私も社交辞令を言う。
今日の料理は何とか食べられそうな味だから、食材の説明はしないでくれ、と切に思う。
それでもなんとかお腹がいっぱいになって来た。最後に給仕がデザートと食後酒を出した。
デザートは前菜の小包蒸と見た目はまったく同じだった。しかし口に含んでみると、例のとろりとしたもののほかに、シャクシャクした若干甘い果実のようなものが入っていた。
「これは・・・さわやかな味わいでおいしいですね」
「サボテンの実を入れた甜小包蒸です」と給仕が説明した。
食後酒は馬乳酒だが、これにもサボテンの実の味わいが追加されていた。
「今宵の料理はいかがでしたか、ドロシア嬢?」とミラスが聞いた。
「とてもおいしかったです」・・・何とか食べられたという意味だ。
「それは良かった。また機会があれば、一緒に会食いたそう」とパルスも言った。
満面の笑顔(社交辞令)を返して高級食堂を出た。
バストルとレクターをつれて宿営地に戻り、自分の馬車に入る。
「お帰りなさい、お嬢様」とスニアたちが迎えてくれた。
「今日の料理は食べられましたか?」とバネラが聞いてきた。
「ええ、よくわからない料理だったけど、どうにか最後まで食べることができたわ」
そう答えると、なぜかみんなが手で鼻と口を覆った。
「どうしたの?」
「い、いえ、お嬢様の息からバネラさんの匂いがします」とスニア。
スニアの頭を軽くはたくバネラ。
「私の匂いじゃないでしょ!」とバネラが言って私の方を向いた。
「お嬢様、バネラ・チーズの匂いがします」
「え?え?・・・バネラ・チーズなんて食べていないはずなのに。・・・なぜ?」
高級食堂“ユリアナの揺りかご”の今宵のコースメニュー
Aperitivo(食前酒) 馬乳酒
Antipasto(前菜) 小包蒸:馬乳酒漬け“皇帝のチーズ”の粟パン包み蒸し
Primo Piatto(主菜1) 覇王樹と馬腸内飼葉のスープ、焼き粟パン添え
Vino(食中酒) 馬血入り馬乳酒
Secondo Piatto(主菜2) 3種肉のステーキ盛り合わせ:砂漠トカゲ(オス)と砂漠トカゲ(メス)と砂漠貂のテール肉のステーキ
Digestivo(食後酒) 覇王樹の実の果汁入り馬乳酒
Dolce(デザート) 甜小包蒸:覇王樹の実と馬乳酒漬け“皇帝のチーズ”の粟パン包み蒸し




