024 進軍中の♡食事事情♡
スニアを残して私たちは部屋に戻った。スニアは宿のメイドにお湯の入れ替えを頼み、お湯を注いでいる間にバネラたちを呼びに行った。
その後のことは、スニアやニェートや、バネラたちから聞いた話から想像した情景である。
お湯を入れ終わるとすぐにニェートとバネラたちが浴室に入ってきた。
「一人ずつしか入れません。お嬢様に指示されたように、まずニェートから入浴してもらいます」とスニアが言った。
「しょうがないわね」とバネラ。「早く入ってね」
「うん」と言って服を脱ぐニェート。
湯船に入ると、しばらくお湯につかった後でスニアに背中を流してもらった。
「どう?」と聞くロルネ。
「なかなか気持ちいよ。泳げないのが残念だけど」
「泳げないお風呂はだめよね~」とぺニア。
「いえ、お風呂では泳がないのが普通なんですけど」とスニアが言った。
ニェートが出ると次に誰が入るかでもめ出した。
「当然私よ!私は漏らしてないんだから!」と主張するぺニア。
「私たちはちゃんと川の水で洗ったから、むしろ私たちのほうがきれいよ」とバネラが反論した。
「そうよ!バネラの言う通りよ。・・・それから、漏らした量は私の方が少なかったわ」とロルネ。
「はあ?うそつくんじゃないわよ、ロルネ」と今度はバネラとロルネが言い合った。
「ちゃんと見たわよ!土に埋める前に」
「やっぱりざっと水で洗っただけじゃきれいになったとは言えないわよ。やっぱり私が先に入るわ!」と改めて主張するぺニア。
もめているうちにお湯がぬるくなりそうなので、スニアがまずぺニアを先に入浴させ、その後でバネラとロルネを一緒に湯船に入れた。
当然、バネラとロルネは半身浴になり、不満たらたらだったらしい。
「よくバネラたちを納得させたわね」と話を聞いた私は感心していった。
「申し訳ありませんが、お嬢様の名前を出して無理矢理お願いしました」
「なかなかやるわね。よくやったわ」
「でも、やっぱりお湯は最後には濁ってましたね。お湯が豊富なボルランツェル王国とは違いすぎて・・・」
「そうね。でも、お風呂事情はこれからますます悪くなるかもね」
「そうですね・・・」とスニアが気落ちして言った。
その後、バネラたちの部屋に行った。
「みんな、さっぱりしたようね」
「はい!」とにこやかに答えるニェート。
「川の水よりはましだったわ」とバネラがやや不満そうに言った。
「それでは宿屋の食堂に行きましょうか」と言ったらみんな喜んだが、バネラたちは人一倍喜んでいた。
「お腹ペコペコよ」とロルネ。ちょくちょく食べていたように見えたが?
「ただ、こんな場末の宿場で、おいしいものが食べられるのかしら?心配だわ」とぺニア。
「コルシニア王国の猪豚肉はおいしかったけど、このあたりは畑しかないから、お肉があるのかしら?」とバネラ。みんな、いっぱしの食通だね。
みんなで食堂に入る。そして宿屋が提供してくれた食事は、パンに野鳥と野菜のスープだった。
このあたりは畑が広がり、小麦は豊富に採れる。野菜も少しは栽培している。そして畑の海の中に浮かぶ離れ小島のように林が散在し、そこに棲み、小麦をついばむ野鳥を網で取って食べているそうだ。
牛肉や乳製品が貴重品であることを、スニアが宿屋のメイドに聞いていた。
パンはボルランツェル王国の硬いパンと違ってふっくらと柔らかく、これだけでもおいしく食べられた。スープにも小麦粉が使われ、少しとろみがあって、野菜と野鳥の肉の味をひきたてていた。
「なかなかおいしいわね」とパンの味をほめるバネラ。
「いくらでも食べられるわ」とロルネ。
「バターがあればもっとおいしいと思うけど、これだけでも十分だわ」とぺニアも言った。
「少し買えないかしら?」と私が言うと、
「このパンは売ってないのですか」とスニアがメイドに聞いていた。
「どこの家もだいたい自分の台所で焼いてますが、町内にパン屋さんがありますよ。朝早くから開いていますが、朝早いと昨日の残りしかないかもしれません」
「時間があれば買い占めに行きましょう」と私は言った。
その後部屋で休み、翌朝になると朝食(パンとコンソメスープ)を食べた後でさっそくパン屋を探しに宿を出た。
パン屋は既に開いていて、しかもたくさんのパンを焼いていた。
「おはようございます、パンを買いたいんですが」と店に入ってスニアが聞いた。
「ああ、おはよう」とパン屋のおばさんが返事をした。
「余分に焼いた50個までなら売れるよ」
店先に置かれていた長持ちを見ると、中に数百個の焼き立てのパンが並んでいた。
「朝からたくさんのパンを焼いているんですね」とスニアが聞いた。
「今、町の外に駐留している軍隊さんが昨日のパンを全部買い占めて、さらに大量注文してくれてね、今朝は早起きして焼いているんだよ。いつもならまだ焼いてない時刻だけどね」
第5軍や赤銅軍の兵士用に買ったのだろう。みんな考えることは同じだ。
籠ごと50個のパンを買う。私が銀貨1枚(パン代)と銅貨1枚(籠代)を出し、スニアに払ってもらった。
その後馬車に帰った。
「あのパンが詰まった長持ちを見たら、ロルネのお漏らしを思い出したわ」とバネラがからかうように言った。
「何よ!そのパンが入った籠を見たら」とロルネがバネラに言い返した。
「バネラのお漏らしを思い出したわよ!」
「やめなさい、あなたたち」とたしなめる。せっかく買ったパンが食べられなくなるから。
馬車に戻ると、私は世話をしてもらっていた私の馬にまたがり、バラグッダ司令官のもとへ行った。
「バラグッダ司令官、宿をありがとう。おかげで旅の疲れが癒されたわ」
「それは良かったです、降魔将軍殿。帝都までは同じように宿を確保しますので、ご利用ください」
「気を遣ってもらって本当に助かるわ」女性だし、貴族だから、こういう気遣いはほんとうにありがたい。私のジナン帝国に対する評価がまた一つ上がった。
その後宿場町を出立し、今までと同じような小麦畑のただ中の街道を進んだ。お昼の休憩時間になると、バネラたちがさっそく今朝買ったパンをぱくつきだした。
「あなたたち、今日中に食べ尽くす気?」と私は文句を言った。
「だって、お嬢様、このパンはボルランツェルのパンと違って柔らかくふっくらとしています。早く食べないと、すぐに傷みますよ」とバネラが言った。
「それに今夜も同じような宿場町に泊まったら、また買えますよ」とロルネ。
「それもそうね。あなたたちにしてはまともな意見だわ」私は彼女らの意見に納得し、パンを一つとった。
「『あなたたちにしては』は余計ですよ、お嬢様」とバネラ。余計だとは思わないが。
「スニア、秘蔵のバターを出して」とスニアに言う。
スニアはすぐにバターの入った壺を出してきた。
木の匙でひとすくいしてパンに塗って食べる。
「うん、このパンはこのままでもおいしいけど、バターを塗ると格別だわ!」
私がそう言うと、バネラたちがじっとその壺を見つめた。
「どうぞ、食べれば」と言って壺を差し出すと、バネラたちがあっという間に群がった。
この勢いだと早々になくなるだろう。このあたりじゃ手に入りにくい貴重品なんだが。
しかしバネラたちの幸せそうに食べる様子を見ると何も言えなくなった。まあいいか、どこかでバターに代わるものを調達しよう、と思った。
柔らかくておいしいこのパンを一人6個ずつ食べると、籠の中に2個のパンが残った。
「お嬢様、パンが余っていますけど食べられますか?」とバネラが私に聞いた。
そんなに大きなパンではないが、さすがに6個も食べるとお腹いっぱいになったので、
「私はもういらないわ。誰か食べたい人いる?」と聞くと、ジャジャ、スニア、スズ、ニェートはもういらないと答えた。
「じゃあ、遠慮なくいただくわ」とバネラが手を出すと、ロルネもペニアも手を出して来た。
「パンは2個しかないのよ」とバネラ。
「だから手を出したのよ」とロルネ。
「別にバネラのってわけじゃないからね」とペニア。
にらみ合う3人。その瞬間、バネラが腕を伸ばして両手にパンを1個ずつ取った。
「あ!」すかさず手を出すロルネとペニア。それぞれバネラの両手にあるパンの端をつかんで引っ張り、2個のパンは真ん中から半分に千切れた。
にやっと笑うバネラ。これでロルネが半個、ペニアが半個、バネラが半個×2=1個になった。
すかさずロルネとペニアが顔を前につき出して、バネラが持っている半分のパンに噛みつく。
「ああっ!」悲鳴を上げるバネラ。バネラがもつ2個の半分のパンのそれぞれが、ひとかじりされていた。
量的にはこれで3等分になるのかなと思ったが、3人が自分のパンを飲み込んだ後でつかみ合いになった。ジャジャがあきれ顔をしていたので、さすがにこのままではまずいと思い、私は立ち上がると3人の頭を1回ずつ叩いてけんかをやめさせた。
「恥ずかしい真似はやめなさい!」とたしなめる。
「はーい」と答える3人だが、またやりかねないと私は思った。
昼食後、再び進軍して、次の宿場町に着く。宿屋に入るとすぐに町のパン屋の場所を聞いて、明日の朝に受け取るパンの注文をした。前の町のパン屋から受け取った籠を置いて、これに48個入れてもらうよう頼む。
なぜ48個かと言うと、余りが出るとまたバネラたちが奪い合って騒動を起こすからだ。
その後は昨夜と同じようなお風呂に同じように入り、同じようなメニューの夕食を食べて寝た。
翌朝、朝食を食べた後にパン屋に行って注文しておいたパンを籠ごと受け取った。やはり兵士たち用のパンを注文していたようで、昨日見たのと同じ長持ちの中にたくさんのパンが入っていた。
「パンに塗るようなものはありませんか?」とスニアに聞いてもらう。
「野イチゴのジャムならあるけれど、あまり作れないから高いよ」とパン屋の店員に言われた。
「おいくらですか?」と聞くスニア。
「銀貨1枚だ」・・・パン48個とほぼ同じ値段だが、たまにはいいかと思って購入した。
「ジャムだ〜ジャムだ〜」と言いながらるんるん気分で馬車に戻るバネラたち。ほんとうに食べることが大好きな3人だ。
再び進軍を始め、お昼休みにパンに野イチゴのジャムを塗って食べてみた。甘味料は添加されておらず、野イチゴ本来の淡い甘味しかないジャムだった。酸味もある。
それでも普段あまり甘いものを食べられないメイドたちには好評だった。
「おいしいね、このジャム付きパン!」とニェートもスズに話しかけていた。
バネラたちは言うまでもない。安い買い物ではなかったが、
「好きなだけジャムを塗って食べなさい」とみんなに言った。
こんなのんびりした生活を続けながら半月が経過した頃に、ようやくザカンドラ皇国の帝都が見えて来た。城壁に囲まれた大都市だ。
私は自分の馬に乗って、第5軍の先頭に進み出た。




