021 降魔軍全軍の♡出動♡
ケールランドル大沙海に向かって第5軍全軍が出立する朝になった。全軍200人、馬車13台というのはそれほど大きな部隊ではないのかも知れない。しかしボルランツェル王国軍のこれだけの兵士が国の外に出ることは近年なかったことである。
私は自分の軍馬にまたがると、隊列の先頭に出た。隣にガンダル副将軍、その後に女戦士バストルと女槍士レクターが続く。そして私の馬車には、光明の神の輝くタペストリーが風を受けている。
王宮の前に着くと、いったん全軍を停止させた。王宮のテラスに国王と第1王子ランダ、国務大臣の父、軍務大臣のダイバルディー公爵が並んでいた。王宮の前には上級貴族たちが大勢並んでいる。
「第5軍、降魔軍将軍、ドロシア・クランツァーノよ」と国王が大音声で叫んだ。
「各国の軍隊と足並みを揃え、悪しき者どもの総本山、闇神殿の包囲殲滅戦に参じ、ボルランツェル王国軍の勇姿を示せ!」
私はその言葉を受けて右手を上げた。
「王命、確かに承りました。これより第5軍、出動します!・・・進め!」
私は右手を前に振り下ろした。そして馬を静かに進める。
私の前進にガンダル、バストル、レクターが歩調を合わせ、その後に続く軍馬や馬車たちも進み始めた。
そのまま王都の中心の広場を通る。下級貴族や平民が大勢来ていて、第5軍が通り過ぎるのを待ち構えていた。
「姫将軍殿!」
「降魔将軍殿!」
人々の間から私の名を呼ぶ声が聞こえる。内心恥ずかしいなと思いながら、ときどき手を振って応えていた。
やがて王都の出口に着く。ザカンドラ皇国の帝都とは異なり、ボルランツェル王国の王都には高い城壁はない。高さ3ヤール程度の石壁が王都を覆い、その周りを水をたたえた広い堀で囲まれていた。
堀にかかる橋を渡る。王都を出た先は放牧地が広がり、牛やヤギの姿を散見する。王都に向かう商人や農夫たちは、第5軍の列を避けながら何ごとかと凝視していた。
しばらく進むと先導をガンダルに託し、私は自分の馬車まで戻った。
馬から降りて馬の手綱を馬車に結び、私は馬車の後端のステップに上がると、後の扉を開いて馬車の中に入った。
「ドロシア様、お帰りなさい」とスニアが言った。
馬車の中ではジャジャ、スニア、スズ、ニェートとバネラたち3人がくつろいでいた。
「広場ではすごい声援でしたね」とバネラが言った。
「私たちも窓から顔を出して、手を振りました」とロルネ。
「コルシニア王国へ行くときとは違って、国王陛下や貴族や平民の見送りが派手ですね」とペニアも言った。
「あのときは少人数の精鋭部隊で行ったからね」
スニアが網でくくって壁に吊るしておいた瓶から、木のコップにラメダ水をついでくれた。
「お嬢様、お疲れさまでした。ご一服してください」
「ありがとう、スニア」私はコップを受け取るとのどをうるおした。
「私たちにもちょうだい、スニア」とバネラが言う。見ると、バネラたちはパンをかじっていた。
「あなたたちは、もうおやつを食べているの?ジャジャがあきれているじゃない」
「だってえ、今朝は早起きしたから、朝食はいつもの半分しか食べてないんですよ」とロルネ。
「鉄門に着くまでに非常食を食べ尽くさないでよ」と私が言うと、バネラたちは顔を見合わせていた。
「ジャジャのお父さんが言っていた、ジナン帝国軍のお迎えとはどのあたりで出会うのかしら?」とジャジャに聞く。
「そうですね、父が帝都に帰って、すぐに軍隊の手配をしたとしても、迎えの軍隊が帝都を出るのは私たちと同じ頃でしょうね。ですから、落ち合うのはザカンドラ皇国に入って、数日くらい進んだ頃でしょうか」
「ジナン帝国の軍隊って、見た目が第5軍とはかなり違うのかしら?」とバネラが珍しく食べ物以外のことに興味を示した。
「軍団によって鎧の色を染め分けているそうで、ザカンドラ皇国の帝都に駐屯している軍隊は、鎧を赤く染めていて、赤銅軍と呼ばれています」
「ほかには青とか、緑とか、あるの?」とロルネ。
「青緑色に染めた青銅軍、黒く染めた黒鉄軍、黄色く染めた黄鉱軍などがあるそうですが、私は見たことありません」
「落ち合うのは赤銅軍なのね。見るのが楽しみだわ」とペニアが言った。
「ペニア、ジナン帝国の軍隊は鉄門までは来ないから、あなたたちは見られないわよ」
「あ、そうでした」と自分の頭をこつんと叩くペニア。
「ペニア、しっかりしなさいよ」と珍しくバネラが注意していた。
1日目は当然何ごともなく、夕方には途中の町に着いた。馬車は町の外に止め、兵士のほとんどは野宿だ。私たちは兵士たちに申し訳ないと思いつつも、貴族用の宿屋に入る。
「姫将軍殿、失礼します」と言ってバストルとレクターも、私の護衛のために宿屋の同じ部屋に入ってきた。
「バストル、レクター、今度もよろしくね」と声をかける。
「は、姫将軍殿。この身にかえてお守りいたします」とバストルが言った。
その後でみんなで宿屋の食堂に行く。牛肉のソテーをみんなでつついていると、旅商人らしい別の客が私たちをじろじろと見た。バストルとレクターがぎろりとにらむと、あわてて旅商人は目をそらし、変なちょっかいをかけられる心配はなかった。
次にみんなでお風呂(温泉)に入った。いつものようににぎやかな入浴タイムだった。
翌朝、再び第5軍とともに出立した。まだ国内だからのんびりした雰囲気だ。今回は馬車が多いため進軍速度は遅く、結局3日目の夕方になってようやく鉄門に到着した。
「今夜は鉄門の近くにある村の宿屋に泊るわよ。ここで食糧などの補給をしておきましょう」
私がそう言うと、バネラたち3人が私の前に来た。
「お嬢様、残念ですが私たちはここまでです」
「そうね、お疲れ様」
「先ほど調べたら、一番早い乗合馬車の王都急行便は日の出前に出るそうです。それに乗ると、夜までに王都に着くそうです」
「それに乗って帰るの?」
「はい。・・・お嬢様たちが寝ている間に宿を出ます。物音をさせるかもしれませんが、お気になさらず寝ていてください」
「わかったわ。無事に帰ってね」
その日は夕食までバネラたちが馬車の補給と自分たちが帰る準備を熱心にしていた。感心、感心と思っていたら、夕食の席ではいつもよりたくさん食べていたのであきれてしまった。その後入浴すると、バネラたちはおしゃべりもせずさっさとベッドに入った。私たちも彼女らの睡眠を妨害しないよう、その夜は早めに寝た。
翌朝目を覚ますと、バネラたちの姿はもうどこにもなかった。
「夜明け前に起きだして、静かに部屋を出て行きました」とバストルが言った。
「もう帰ったんでしょうか?」とスニアが聞いた。
「そのようね。今回はあの3人は手伝いも積極的にして、素直に帰って行ったわね。成長したようね」
「あの3人がいない生活は私初めてです」とスニア。
「そうね。なんだかんだ言って、いつも一緒にいたからね」
朝食をすませ、身支度を整えると、私は再び軍馬に乗った。第5軍の先頭にガンダルと立ち、鉄門前に進み出る。
「第5軍の出動である。開門をお願いする」
鉄門の警備隊に声をかけると、鉄門が大きく開いていった。鉄門の外側には誰もいない。
「第5軍、出発!」私のかけ声とともに馬を進め、その後を馬車の隊列が続く。
鉄門前の荒れ地に出ると、南方にまっすぐ進んだ前回と異なり、南西に進路を向けた。
しばらく進んでいると、まもなく街道の両側に小麦畑が広がって来た。街道の右端には用水路が流れ、きれいな水をたたえていた。用水路ぞいに並木も植えられていて、のどかな風景だ。畑にいた農夫がこちらを心配そうに見る姿が印象的だった。
やがて日が高く上ったので、全軍を停め、お昼の休憩を取ることにした。私は自分の馬車に戻った。
「みんな、お昼にしましょう」と私は馬車の中にいたジャジャやスニアたちに言った。
食事の準備を進めるスニアたち。そのとき私は、馬車の中に見慣れない大きな麻袋が2つあるのに気がついた。いずれも両手で抱えるぐらいの大きさだ。
「その袋は何?」
「一つには非常食の堅く焼しめたパンが入っています。もう一つの袋には乾燥したラメダの葉が詰まっています。昨夜、バネラさんたちが追加で購入したものらしいです」
「今回は珍しく気が利くわね、あの3人」
馬車の中の、小さいかまどに火を入れ、お湯をわかしてラメダ茶を作ってもらった。それをすすりながら、バターを塗ったパンをかじる。
「バネラさんたちがいないと静かですね」とニェートが言った。
「そうね。ちょっと寂しいわね」
食事をすませてから再び全軍が進み始める。同じような風景が続き、のどかではあるがほんとうに進んでいるのかわからなくなることがある。
やがて日が暮れてきたので、街道沿いで野営をする。町が近くにないことはないが、他国の軍隊をそうそう招き入れてはくれない。
護衛のバストルとレクターが来たので、一緒に夕食をとる。パンとチーズに加え、牛肉の干し肉をかじる。
日が暮れると用水路の水を桶に汲んで、馬車の中で体を拭く。コルシニア王国風の局所入浴を試そうと思ったが、そう遠くないところに男性の兵士がいるので、今夜はその気にならなかった。なお、用水路の中には蛇魚のような獰猛な魚がいないことを昼間のうちに確認しておいた。
そして馬車の中で雑魚寝をする。バストルとレクターは御者台と後部のステップ上で寝てくれるそうだ。体が痛くなりそうで気の毒だ。
私たちは馬車の床の上にカーペットを敷き、その上で毛布にくるまって眠るのだが、この日の夜はスニアか誰かがいびきをかいていて、疲れていたのになかなか寝つけなかった。
翌朝、顔を洗ってから朝食を食べる。今日もパンとバターとラメダ茶だ。
「スニア、昨夜はいびきをかいていたわよ」と何気なく言うと、
「え?私じゃありませんよ。・・・私もいびきが気になって、なかなか寝付かれなかったですから」
スニアの主張を聞いてジャジャを見る。
「わ、私でもありませんよ。私もいびきを聞きました。てっきりドロシア様かメイドさんの誰かかと思っていました」
スズとニェートに聞くと、2人とも早めに寝たのでいびきには気づかなかったということだった。しかしまだ小さい2人がいびきをかくとも思えない。
「バストルさんか、レクターさんのいびきが、馬車の中にまで聞こえてきたんじゃないですか?」とスニアが囁いた。
「そうかもね」と言って、その話題は打ち切ることにした。
朝食を終えると第5軍の進軍再会だ。今日は先導をガンダルに任せ、最初から馬車の中にいることにした。
しばらく経つと、どこからか「ぷぴ〜〜ぴっ」という妙な音が聞こえてきた。そしてまもなく、悪臭が漂ってきた。
「あなたたち、粗相をしてない?」と私がスズたちに聞くが、小さい2人は首を振って否定した。
「窓を開けますね」とスニアが立って、馬車側面の窓を開いた。そのとき、どこからかすすり泣きが聞こえてきた。
「誰?誰が泣いているの?」私が問いただすが、ジャジャもスニアもスズもニェートも、泣いていないことは一目でわかった。
「だ、誰か侵入者がいるのでしょうか?」心配するスニア。
「ここから臭い匂いがするよ」とニェートが指さしたのは、ラメダの葉が入っている大きな籠だった。
「バストル、レクター!」私は御者台の方から2人を呼んだ。すぐに馬車に馬を寄せてくる2人。
「どうしました、姫将軍殿?」
「誰かが侵入しているみたいなの。馬車に乗って調べてちょうだい!」と私は2人に指示を出した。




