019 ジナン帝国の♡使者♡
「ジナン帝国の使者に会ってみるか?」と国王に聞かれる。
「は、はい。・・・ジナン帝国まで行けるかどうかはまだわかりませんが、遠路はるばる来られたのであれば、会わないわけにもいかないでしょう」
「そうか、わかった・・・」国王が侍従に合図をすると、侍従が静かに退室して行った。
「ジナン帝国って、ザカンドラ皇国のはるか東にありましたよね?」と私が地理の授業で家庭教師から習ったことを思い出しながら聞いた。
「うむ、ザカンドラ皇国の東にユリアナ公国がある。一応独立国だが、実質はザカンドラ皇国の属国だ。そのさらに東にケールランドル大沙海と呼ばれる砂漠が広がっている。砂と石と下草だけの土地だ」
「かつてケールランドルという古王国があった土地ですね?」
「その頃は砂漠の中央に大きな湖があったらしいが、その湖が干上がってその王国は滅んだと伝えられている」
「そして砂漠を超えた先にあるのがジナン帝国ですね。その使者の方は砂漠を越えてわざわざ来られたのですか?」
「そのようだな。詳しくは直接聞くとよい」
そのとき侍従が二人の使者をつれて謁見の間に入ってきた。ネグリジェのような形状の色鮮やかな民族衣装を着た中年男性と少女だった。少女は私と同い年くらいで、肌は黄色く、黒く長い髪を後ろで1本の三つ編みにまとめていた。
「ジナン帝国の使者、外交武官のダナ・ナナンダと申します。国王陛下にお目にかかれて光栄です」とその男性が言った。
「これは娘のジャジャです。降魔将軍殿にお仕えさせるためにつれて参りました」
「ナナンダ殿、遠路はるばるよくぞ参られた。こちらが我が姪で、公爵令嬢のドロシア・クランツァーノだ。最近は降魔将軍と呼ばれているようだがな」
「こ、これは、私の娘と年のあまり変わらない美しいご婦人ではございませんか!?」
「ほんとうにお美しい方ですね」とジャジャも言った。
「お世辞と思いますが、ありがとうございます」と私はあいさつした。
「あいさつはそのくらいにして本題に入ろうか」と国王が言った。
「闇神殿に大々的に攻撃を仕掛けるという話だが、どういう状況なのか?」
「はい、闇で呪いを請け負う魔教徒や魔女の存在はジナン帝国でも昔から知られていました。最近は西方のこちらの国々でも王族が被害に遭い始めたとの情報を得ております。国の存続さえ危ぶまれるため、彼奴らの存在を発見するたびに多大な犠牲を出しつつも討伐してきました」
「どのように討伐するのですか?」と私は聞いた。
「数百人で取り囲み、離れたところから無数の矢を射かけるのです。当初は不思議な力で矢を防ぎつつ攻撃してきて次々と兵士が倒されていくのですが、そのうちに少しずつ矢が当たり始めて魔教徒や魔女の力を削いでいきます。最終的には倒すことができるのですが、その間に兵士の半数が重傷を負ってしまいます」
「そ、それは、・・・大変ですね」
「ですから、わずか数人で魔女を倒したというあなたの噂を聞き、我々は驚きました。さてこのたび、倒した魔教徒の住処の調査から、彼奴らを輩出する闇神殿の在りかがわかり、総攻撃をしかけることにしました」
「その闇神殿とやらはどこにあるのだ?」と国王が口をはさんだ。
「ケールランドル大沙海の中央で、かつてケールランドル古王国の王都があったところの近くです。今はジナン帝国の領土内ですが」
「闇神殿には魔教徒や魔女がたくさんいるのではないか?」
「我々もそう考えています。そこで我が国だけでなく、各国に派兵を依頼して、総攻撃しようと交渉を始めました。ザカンドラ皇国やコルシニア王国にも使者を送っています。・・・そして降魔将軍殿のお噂を聞き、ボルランツェル王国にも派兵を、特に降魔将軍殿の参戦をお願いしに参ったのです」
「その途中でさらにコルシニア王国の魔女をも倒したと聞き、噂は真実と確信しました」とジャジャが続けた。
「しかし、私の噂がこの短期間で遠方の国にまで及んでいるなんて・・・」
「噂の伝達速度をなめてはいけませんよ」とジャジャ。
「大陸中を常に商人たちが移動しています。特に興味深い情報は、多くの商人の口を経てすぐに拡散します」
こわいものだ、と思った。
「二か月後に大沙海の西端で各国の軍隊に集結してもらう予定なのですが、降魔将軍殿にも参戦していただきたい」とナナンダが改めて言った。
「一国だけでなく、全世界が取り組まなくてはならない問題であることは理解しました。しかし我が国はザカンドラ皇国と仲が悪く、先日コルシニア王国に呼ばれたときも、身の安全を保証すると約束したザカンドラ皇国に拉致されそうになったのです。ザカンドラ皇国を通過して大沙海へ赴くこと自体が困難かと思います」
「今回はザカンドラ皇国も軍を出します。さすがに友軍には手を出しますまい」とナナンダが言った。
「もしザカンドラ皇国が降魔将軍殿に手を出すのなら、我が国の天帝が黙ってはいません。こたびの作戦は、ジナン帝国の命運をも左右するものです。降魔将軍殿の参戦がどれだけ兵士たちの士気を高めるかわかりません。そのようなお方を我が軍は必ず守ります」
「わかりました」
また、ザカンドラ皇国を通るはめになるのだろうか、と思ってしまった。
ボルランツェル王国の主要な交易路は、鉄門を抜けてザカンドラ皇国に入る道だ。他国、特に東国に行く場合はどうしてもザカンドラ皇国を通過せざるを得ない。
西境の海門は道が急すぎて普段の交通にはあまり向いていないが、海門からメラニア王国に入れば、船に乗って大海を南下し、大南洋を東進することができる。あるいはメラニア王国の陸地を北進し、ボルランド山の北麓にある北方蛮国の陸路を進むこともできるだろう。だが、海路は恐ろしい生物が多くて危険だし、北方蛮国の道は整備されていない。蛮族も信用がならない。
★大陸地図
「どうする、ドロシア?」と国王が私に聞いた。
「国王陛下のお気持ち次第ですが、行けと仰せであれば、ザカンドラ皇国内を堂々と通って行くしかないでしょう」
「ふむ、ナナンダ殿、ドロシアの軍隊のザカンドラ皇国内での安全はどのように保証してもらえるのかな?」
「は、既に手筈は整えております。ザカンドラ皇国の帝都にジナン帝国の軍隊が駐留しています。降魔将軍殿の軍隊にはザカンドラ皇国内を進んでいただき、途中まで迎えに参ります。帰りも同じように手配する予定です」
「軍の集合場所までは、歩兵の行軍速度でここからどのくらいかかるのかね?」
「およそ一月です。そこから闇神殿の在りかまで、気候にもよりますが半月はかかります」
「ならば半月以内に準備をさせよう。ドロシアよ、王命を下す。降魔軍将軍ドロシアよ、闇神殿へ出動せよ!」
「はっ!」私は国王の前に跪いて拝命した。
「ありがとうございます、国王陛下!」ナナンダが両手を合わせて感謝の意を表した。
「それでは私は一足先にザカンドラ皇国に行き、降魔将軍殿のお迎えの準備を進めます。案内人として娘を残しますので、留めておいてもらえますでしょうか?」
「なら、私の家で預かるわ」と私が提案した。
「ジャジャ・ナナンダさんだったわね。私の屋敷に来ていただけるかしら?」
「降魔将軍殿、お気遣いありがとうございます。喜んでお世話になります。私のことはジャジャと呼び捨ててください」とジャジャが両手を合わせて頭を下げた。
「なら、私のこともドロシアと呼んでね。・・・それでは国王陛下、ジャジャをつれて屋敷に下がります」
「うむ、頼むぞ、ドロシア」
私はジャジャをつれて謁見の間を出ると、ガンダルに屋敷まで来るよう使いを出し、馬車に乗った。
ライラにジャジャのために屋敷の客間を用意するように言うと、馬車の中に向かい合わせに座っているジャジャを観察した。肌や髪の色は違うが、その立ち居振る舞いに異国らしさは感じられなかった。
「ジャジャはこちらの言葉を流暢に話すわね」
「私は、ジナン帝国出身とはいえ10年以上前からザカンドラ皇国の帝都に住んでおりますので、言葉や態度にジナン人らしさをあまり感じられないと思います」
「そうだったの。じゃあ、大沙海を越えた記憶はないのかしら?」
「ええ。父の話では大沙海は砂地ではなく、石がごろごろ落ちている堅い地面だそうです。馬車で問題なく進めますが、水辺がほとんどありませんので、飲み水をたくさん持参する必要があります」
またお風呂に入れない生活が続くのか。そう思うと少しげんなりした。
屋敷に着くとすぐにメイドたちを私の居間に呼んだ。
「みんな、ジナン帝国のジャジャ・ナナンダを紹介するわ。しばらく滞在するから」
両手を合わせてお辞儀をするジャジャ。
「そして第5軍出動の王命が下ったわ。半月以内に出動するから準備をよろしくね」
「今度はどこへ行くんですか?」とバネラが聞いた。
「今度ははるか東方にある砂漠、ケールランドル大沙海よ」
「え~っ!?」とみんなが驚きの声を上げたが、中でも目を見開いて硬直しているスズの姿が目についた。
「スズ?」
「なぜそこへ行くの?」とスズが食いつくように聞いた。
「ケールランドルのかつての王都の近くに闇神殿が見つかったそうよ」
「私、お嬢様について行くわ!」と宣言するスズ。
「じゃ、じゃあ、おいら・・・私も!」とニェートがすぐに言った。
「もちろん私たちもよ」と当然のようにバネラが言った。
「何言ってるのよ、バネラ。今度は片道一月半以上の長旅になるし、お風呂のない生活が続くわよ!」
「えー、そんな~!」と叫ぶロルネ。「でも、お嬢様には私たちがついてなくちゃ」
「そうよね。私たちがお仕えしないと、お嬢様が途方に暮れるわ」とぺニアも言った。
「お笑い要員はニェートだけで十分よ」私は即座に言い返した。
「どういう意味ですか~!?」文句を言うバネラたち。しかし今度はさすがに全員はつれて行けないだろう。
「に、にぎやかなメイドさんたちですね?」とジャジャがあきれていた。
そこへガンダル副将軍が入ってきた。
「姫将軍殿!?」
「ガンダル、わが軍の出動よ。半月以内に出立するので至急第5軍全軍の出動準備を始めて。往復3か月以上の長征よ。」
「わかりました、姫将軍殿。で、行く先は?」
「ザカンドラ皇国の帝都を抜けた先のケールランドル大沙海の真ん中よ。各国の軍隊と共同戦線を張って暗黒神の教徒の総本山である闇神殿を攻撃するそうよ」
「ほう、それは腕が鳴りますな」とガンダルがにやりと笑った。
「姫将軍殿を我が軍に迎えて以来、わしは幸せじゃ。国外へも何度も出兵できて・・・」
今度でまだ2回目だけどね。
「すぐに全軍に連絡して砂漠装備を含めた準備を進めます。馬車は10台以上の隊列になりますな」
「水樽もたくさんいるわよ」
「了解じゃ!ではさっそく手配を始めますぞ!」そう言ってガンダルは部屋を出て行った。
「準備が終わるまで何日もかかるわね。とりあえず、一緒にお風呂に入りましょうね、ジャジャ。その後で夕食よ」
私は立ち上がってジャジャの手を取った。
「え?え?」
バネラ達も立ち上がった。
「一緒に温泉で入浴するのよ」
「え?え?」ジャジャにもみんなで一緒に入浴するという習慣はないようだ。
脱衣所でジャジャの服を剥ぎ取る。ジャジャはまっ赤になって必死に前を隠そうとするが、私はそれに構わずジャジャの背中を押して一緒に浴室に入った。
スニアに私とジャジャの体を洗ってもらい、その間はバネラたちが湯船で大騒ぎしていた。お湯しぶきが飛ぶ中で、ジャジャと一緒に湯船につかる。
「お湯が豊富ですごいですね」そう言うジャジャの胸はあまり豊満ではなかった。
「こういう経験はここでしかできないから、出立するまで何度も楽しみましょうね」
私はそう言ってジャジャに微笑みかけた。
登場人物
ダナ・ナナンダ ジナン帝国の外交武官。
ジャジャ・ナナンダ ダナの娘。




