181 ドロシアの♡死♡
ダリアが扉を見つけたと叫んだので、私たち(チェインを除く)はそこへ駆け寄った。
地面の横3ヤール、前後6ヤールの範囲がやや凹んでいる。私たちが表面の草を抜き、土をかき分けると、その下に「@」の印が現れた。
「階段の先の天井にあった扉みたいね」
私たちは凹みの周りを囲んだ。「@」の印までは少し遠く、私の将軍職杖では届きにくかったので、ナレーシャに双頭竜槍でつついてもらった。
とたんに凹みの範囲が消失し、その上に少量の草が網のように張って残った。
草をかき分け、生じた穴の中に階段があるのを確認すると、まず私が下りていった。
この下の階段のところでもかなり強い闇の力を感じる。階段を100段くらい下りたところに縦3ヤール、横3ヤールほどの扉があった。私がその前に立って後を振り向くと、ターニャを含めたほかの隊員たちは下から50段くらいのところで立ち止まっていた。
「どうしたのー!?」私が声を張って聞いた。深い階段内で私の声が反響する。
「私たちはもうこれ以上下りられないわ〜!」とターニャが叫び返してきた。
「闇の力が強すぎて、足が動かないの〜!」
私は自分の降魔障壁を見下ろした。確かに闇の気とばちばち反応しているように見える。しかしそれほど激しいものではなく、私はまだ余裕を感じた。
「私が一人で進んでみるから、みんなは地上に戻っていてー!」と叫ぶ。
「大丈夫〜?」
「今のところは大丈夫よー!」
「疲れて気を失う前に戻ってね〜!」
「わかったわー!」
引き返すターニャたちを見送ってから私は目の前にある扉の「@」の印に手を触れた。
扉が一瞬で消失し、強い闇の気があふれ出てきた。降魔障壁の反応が強くなるが、まだ大丈夫そうだ。
塔の中に足を踏み入れる。中は真っ暗だった。降魔障壁が足元を照らすが、闇の気が濃く、反対側の壁や天井は見えなかった。
その中を中心に向かって歩き出す。・・・普通だったら真っ暗な道など怖くて一人では歩けない。しかし闇の気への対抗心を強く感じてあまり怖いとは思わなかった。
中央部に直径3ヤールほどの浅い凹みがある。真上を見上げるが、もちろん天井は見えない。しかしはるか上に塔の部屋があって、そこにあの黒くて大きな兜が鎮座しているはずだ。
今いる浅い凹みに光明の神の力を注げば、私は塔の上の部屋に瞬間的に移動できる。だが、そこにあの兜があったら、私はどうなるのだろう?
移動先に人がいれば、そもそも移動できないようになっているのではないだろうか?そうでなければこういう設備は安心して使えない。兜も同じはずだ。
私は意を決すると、浅い凹みの中に入った。中央に印がある。私はその印を将軍職杖の先端で触った。
一瞬で目の前の情景が変わった。私は塔の最上階の下の部屋にいた。私の周りは濃い闇の気に包まれており、視界はあまり良くないが、私の前にはあの兜はなかった。もちろん私が立っている部屋の中央にも兜はない。
しかし降魔障壁がばちばちと火花を立てて強く反応している。この部屋に長居はできない。
そのとき、私は部屋の北側に何かの気配を感じて振り向いた。最上階に通じる階段の下あたりに、あの巨大な兜が存在した。
「誰があそこに動かしたの?」そういう疑問が頭に浮かぶが、もちろん答はわからない・・・はずだった。しかしその答はすぐにわかった。兜の頬当て部分の装甲が左右にゆっくりと開き始めたからだ。
そして兜のてっぺんから小さな兜のようなものが飛び出して来た。
開いた左右の装甲が伸びて腕と足になる。こうして兜は身長4ヤールくらいの巨人、闇兜巨人に変形した。・・・もっとも頭が天井につかえて、前屈みになっていたが。
「階段が封じられている」私は瞬時にそう悟った。
最上階に上がれば最悪でもウーフェイの塔へ移動できるだろう。しかし最上階に上がる階段の前に闇兜巨人がいる。もちろん今の私の力では闇兜巨人を倒すことはできない。
私は無策でこの塔に来てしまった。中に入れば何かの手がかりを得ることができるのではないかと思ったが、大間違いだった。闇兜巨人は私が来ることを想定して待ち構えていたのだ。
「とりあえず逃げよう」私はそう思って床にある「@」の印を将軍職杖で突こうとした。その前に闇兜巨人は階段下の壁にある「@」の印をその腕で強く叩いた。
「@」の印は本来は光明の神の力にしか反応しないはずだ。しかし闇兜巨人の強い闇の気が印に注入され、塔が揺れ始めた。
急いで床の印を将軍職杖で突く。次の瞬間、私は塔の内部の広い空間の真ん中に戻っていた。
入って来た扉の方を向く。すると私から50ヤールくらい先の床に轟音を立てながら直径10ヤールくらいの穴が開いたのがかすかに見てとれた。そういう穴が8方向にほぼ同時に生じた。
「何の穴?」もちろんわからない。とにかく扉から外へ脱出しなければ。
そう思ったとき、轟音とともに外壁の内側に上から別の外壁が下りて来て、扉があった壁面を塞いでしまった。さらにその内側に上から別の外壁が下りて来る。
そう、直径の異なる多数の筒をつなげた構造になっている塔の、その多数の筒がどんどん下りてきて重なりあい、塔自体の高さが下がってきているのだ。同時に私がいる空間も狭まり、外壁がどんどん私の方に近づいて来るように見える。もちろん天井も高速で下りて来ていることだろう。
私から10ヤールくらい先の床に、直径3ヤールくらいの新しい穴が開いた。もちろん8方向のすべてにだ。その穴の中に圧縮された空気が押し込まれている。そう、あの穴は塔が縮むときに塔の内部の空気を押し出す排気口だったのだ。
穴に近づけば、押し込まれる空気とともにその穴に吸い込まれてしまうだろう。そして吸い込まれた先は、どこまで落ちていくのかわからない。
まもなく天井に押し潰されてしまう。もはや逃げ場はなく、私の死は避けられなかった・・・。
<ターニャの回顧録>
私の親友であり、光明の神の力を得た聖女ドロシアと、その日ついに黒い塔の下に来た。
黒い塔は強い瘴気を発し、ドロシアから光明の神の力を分けてもらった私たちでさえ強い圧迫感を感じ、自ずと足がすくんできた。
光明の神の力を受け取れないチェイン司令官は、塔から500ヤール以上離れたところまでしか近づけなかった。
私たちは塔の中に入る地下階段の入口を、塔から40〜50ヤールくらい離れた地面に見つけた。そこが凹んでいたのだ。
ナレーシャがドロシアの代わりに光明の神の力で扉を開ける。その入口は草で覆われていたが、私たちは草を取り除き、ドロシアを先頭にして中の階段を下りていった。
ずんずん進むドロシア。しかし私たちの体に襲いかかる圧迫感は一段下りるごとに強まり、足は重くなり、ついに階段の中程で立ち止まってしまった。
平気な顔をして一番下まで下りていたドロシアは、振り返ってようやく私たちが下りられないことに気づいたようだ。
「どうしたのー!?」とドロシアの声が聞こえた。
「私たちはもうこれ以上下りられないわ〜!闇の力が強すぎて、足が動かないの〜!」と叫び返す。
「私が一人で進んでみるから、みんなは地上に戻っていて!」とドロシアの声が聞こえた。まったく無謀なんだから。・・・私はこのときドロシアを一人で行かせたことを、その後長い間悔やんで夜も眠れないほどだった。
「疲れて気を失う前に戻ってね〜!」とだけ告げ、私たちは階段を急いで上って地上に出た。
とたんに階段の中からものすごい量の闇の気が吹き出して来た。私たちはあわててチェインがいる方に逃げ出した。ほんとうにドロシアは大丈夫なのだろうか?気が気でなかったが、確かめに行くことはもはやできなかった。
チェインのいるところに私たち輝煌神女隊が集まる。チェインもドロシアが一人で行ったことを案じていたが、無事に帰ってくるのを待つしかなかった。
あまり時間が経たないうちに突然地響きが起こった。地面が揺れ、土ぼこりが舞い始めた。
何ごとかと思って黒い塔の方を見ると、塔の基部がかなりのスピードで地中に埋まって行くところだった。
「塔が、塔が縮んでいく!」とナレーシャが叫んだ。この塔も地中に埋まっていき、最上階だけが地上に残る形になるのか?
「ドロシアは!?ドロシアはどこにいるの!?」私は思わず叫んでいた。
ドロシアが空洞になっている塔の中にいるのなら、縮んだ塔によって押しつぶされてしまう。
違うわよね。ドロシアはきっとあの不思議な力で塔の最上階に行っているはずよ。・・・でも、その下の階に巨大な兜があり、強い闇の力を放っていると言ってた。その兜にやられたりしないよね、ドロシアは。
「塔の上部に渦巻いている闇の気も下りてきます!」誰かが叫んだ。上を見上げると、円盤状に広がった黒いもやがどんどん私たちに近づいている。
「チェイン司令官、すぐに逃げましょう!」
私たちは停めておいた馬に飛び乗った。ドロシアの馬にはかまっている暇がない。
私たちが馬を走らせたとき、塔の最上階が地上に到達し、その周りに渦巻いていた闇の気が周囲に爆発的に広がった。
私たちは馬ごと吹き飛ばされた。魔教徒たちが放つ暗黒靄弾を一度に食らった感じだった。
私たちが意識を取り戻すまでに少し時間がかかったようだ。
「ターニャ姫、大丈夫ですか?」チェイン司令官が優しく私を抱き起こしてくれて、ようやく私の意識が戻った。
「だ、大丈夫よ。・・・体中痛いし、頬も額も手も、いろいろなところから血がにじんでいるけど、死ぬことはないわ」
「良かった」
私が体を起こして周囲を見ると、隊員たちも起き出していた。体を打ったものの大けがをした人はいないようだ。
「そ、それよりドロシアは!?」
私は縮んだ黒い塔を見た。今や塔の最上階が地面の高さになっており、その周りを濃い黒いもやが取り囲んでいた。私たちの体からは光明の神の力が消え去っており、とうてい近づくことはできなかった。
「ドロシア、ドロシア!」私は張り裂けそうな声で叫んだ。
「司令官!」隊員たちも口々にドロシアを呼ぶが、ドロシアの返事はついに聞こえなかった。
その日の夜は少し離れた濠の近くで過ごした。夕方のぞいたときには底にたまっていた海水が少なくなっていたらしい。しかし私にはどうでもいいことだ。夕食はのどに通らず、私はドロシアが無事に戻ってくることだけを一晩中祈っていた。
次の日も私たちは動かなかった。ドロシアを置いていくわけにはいかなかったからだ。
その日の午後に黒鉄軍の兵士が何人か様子を見に来た。彼らにチェインが涙を流しながら事の次第を説明していた。
・・・あのチェイン司令官でも泣くことがあるんだ。そう思うとドロシアの死を実感してしまい、私の目からも涙があふれ出た。隊員たちもすすり泣いている。
結局もう一晩をその場で過ごした。翌朝、チェイン司令官が私に言った。
「お辛い気持ちはわかります。・・・でも、このままずっとここで待っているわけにはいきません」
「でも、でも、ドロシアは・・・」私ののどから嗚咽が漏れる。ドロシアの死を認めたわけではないが、「ドロシアはまだ生きている」とはどうしても言えなかった。
チェイン司令官にずっとなだめられ、お昼過ぎに私たちは馬車のいるところに帰ることにした。ドロシアの死をスニアやライラや大道芸人に、そして故郷の親に伝えることが私たちの最後の義務だと感じたからだ。
それでも足取りは重かった。
夕方になってようやく馬車のところに戻って来ると、ペッテやラッテが私の姿を見て喜んで駆け寄って来た。
スニアも馬車から出て来たが、まもなくその場に泣き崩れる姿を、私はどうしても見ることができなかった。