017 出城で♡籠城♡
私たち、第5軍の精鋭の騎兵とライラたちが乗っている馬車は小麦畑の中を疾走し、出城がある小山の登山路を目指した。
ザカンドラ皇国軍の騎兵が行く手を阻もうとするが、ナレーシャが率いるコルシニア王国の騎兵たちに妨害されて近づけずにいた。彼らもコルシニア王国と戦線を開く意思はなさそうだ。と言うか、皇帝からそれだけは禁じられているのだろう。
まもなく私たちは登山路の入口に着いた。そのまま登山路を駆け登る。
小山の周囲を螺旋状に回っている登山路は砂利道で、軍馬はともかく馬車はがたがたと上下左右に揺れ、後輪を外側に降りながら走っていた。万が一外側の崖から転落したら、中に乗っている者は助からないだろう。
恐怖を覚えながらも何とか登り切ると、小山の頂上付近に簡易な木の柵と門扉があった。ガンダルたちが馬から飛び降りて門扉を押し開き、中に騎兵と馬車を誘導した。
我々全員が中に入って間もなく、ナレーシャたちの騎兵も登ってきた。ナレーシャたちが門扉の中に入ると、ガンダルが門扉を閉め、傍らに倒れていた大きな木材を門扉の内側に転がし、簡易な閂にした。
木材の重みで柵と門扉が外側に倒れても困るので、馬車からロープを出して柵に結ぶと、内側に引っ張って近くに生えている木に結んだ。この程度の柵でも騎兵には超えられないだろう。
ユリゲンツ少将ら、ザカンドラ皇国の騎兵はナレーシャたちの後からゆっくりと登山路を登ってきた。
門扉が閉められているのを見ると、ユリゲンツ少将が私たちに声をかけた。
「この古びた出城に籠城しても、逃げ道はありませんぞ。観念してクランツァーノ公爵令嬢に我らに同行するよう説得していただきたい」
「そういうわけにはいかぬ!」とナレーシャが言い返した。
「我らはコルシニア国王の名にかけて、ドロシア様を渡すつもりは毛頭ない!」
「ならば、そこでしばらく頭を冷やされるが良かろう!」そう言い放ってユリゲンツたちは登山路を降りて行った。
「悪いわね、ナレーシャ。あなたたちまで巻き込んでしまって」
「いえ、悪いのは約定を違えようとしているザカンドラの連中です。道中の安全を保障するならば、ドロシア様の拉致監禁もしてはならないはず」
「わしは出城の中を見てきます」とガンダルが言って奥に進んだ。遺跡のような城なら住めるかどうかわからない。
私は自分の馬車の様子を見に行った。馬車の中に入ると中の物が乱雑に散らかっていて、メイドたちがぐったりとしていた。
「あなたたち、大丈夫?けがはしていない?」
「けがはしておりませんが・・・」とライラが気分悪そうに言った。道が悪いところを馬車で飛ばしたので、酔ったのだろう。
「何なんですか!?安全運転をしてくださいよ!」と文句を言うバネラ。
「ザカンドラの連中が私をさらおうとしたのよ、あなたたちごと」
「道中の安全は保証されているのではありませんか?」とライラが尋ねた。
「私の身の安全は保証するけど、帝都に連れ帰るつもりのようなの」
「身の安全が保証されるのなら、帝都に寄ってもいいんじゃないですか?それなりの待遇はしてくれるでしょう?」とロルネが聞いた。
「私の身の安全はね。・・・あなたたちまで保証されるとは言われてないわよ」
それを聞いてバネラたちが青ざめた。
「ど、どうするんですか〜!?それにここはどこですか〜!?」とペニアがわめいた。
「ここはザカンドラ皇国内にある小山の上の出城よ。出口をザカンドラ兵に囲まれているわ」
「ど、どうするんですか〜!?」
「それをこれからナレーシャたちと相談するの」
私は馬車を出るとナレーシャに近づいた。ガンダルも戻ってきた。
「姫将軍殿、ナレーシャ殿、出城はほぼ廃屋に近いですが、木製の屋根も壁も残っていますので、夜露をしのぐことは可能かと。それに古井戸があります」
「食糧はボルランツェル王国までの往復を考えて一月分くらい持参してきました」とナレーシャも言った。
「私の馬車に摘んだ食糧もそのくらいね。一月以内にボルランツェル王国にたどりつければ、あなたたちの帰りの食糧は提供できるけど」
「問題はここからどうやって逃げ出すかですね。ラッケル竜将に救援を求めることはできますが、ザカンドラとの関係を考えれば、抗議をしても、表立った戦闘はできないのかもしれません」
「救援が来ても戦えないとなると、押し問答を繰り返すだけで、いずれ姫将軍殿が投降せざるを得なくなるのか・・・」とガンダルがうめいた。
「ラッケル竜将に救援を求めることができるの?」と私はナレーシャの言葉に引っかかって尋ねた。
「ええ、念のために伝令用の鳥を持参しております。その鳥に文を結びつけて空に放てば、王都に戻るよう訓練されています。王都からこちらへ戻すことはできませんが」
「なら、こういうことはできるのかしら?」と私はナレーシャに相談した。
「なるほど。少し時間がかかるかもしれませんが、ラッケル竜将に提案してみます」
ナレーシャは2枚の文に同じ文章を書き、2羽の伝令鳥の足に結びつけて空に放った。
「2羽飛ばすの?」
「ええ、1羽が行方不明になっても連絡が届くように」
その後野営の準備を始めた。古井戸はとても深く、水汲み用の桶に新しいロープを結びつけて水を汲んだ。最初は濁った水だったので馬の飲み水にする。何度か汲み出していると、多少は透明度が増した水が汲めるようになった。
「若干臭いがするけど、沸騰させてからラメダの葉を入れれば飲めるかも」悪臭を悪臭で打ち消すのだ。
それからしばらくは我慢の日々だった。食糧を食いつなぎ(バネラたちが食糧を多めに取ろうとするのを阻止するのに苦労した)、ただひたすら救援が来るのを待った。
ユリゲンツ少将は1日1回、門扉の向こうから私たちに投降を呼びかけてきた。ナレーシャが拒否すると、肩をすくめて登山路を降りて行った。彼らは急がず、私たちの心が折れるのを待つつもりのようだった。
そして半月が経過した頃に、ようやくラッケルの姿を見張りの騎兵が見つけた。
「ラッケル竜将殿です!」
私たちが見晴し台から麓の方を見ると、小麦畑の間の道を30騎余りの騎兵と、大型の馬車が進んで来るのが見えた。
「よし、軍馬に帷を装着せよ!」ナレーシャの指示で、コルシニア王国の軍馬の側面に金属製の薄い鎧が垂らされた。
出城の門扉の内側に転がしておいた木材をずらし、門扉を開放する。
メイドたちを馬車の中に入れて扉を閉めさせ、その周りを第5軍の騎兵が囲んだ。さらにその周りを帷を垂らした軍馬に乗ったコルシニアの騎兵が囲む。
その状態でしばらく待っていると、麓の方から悲鳴が聞こえてきた。馬の駆ける蹄の音が響いてくるが、それが途中で聞こえなくなり、やがて徒歩の騎兵が這うようにして登山路を登ってきた。
「行くぞ!」ナレーシャの号令でコルシニア王国の騎兵が走り出した。その後を私たちが追い、さらに馬車が追随する。
登山路にはところどころにザカンドラの騎兵が這いつくばっており、その向こうに倒れている馬が見えた。そしてその馬に、コルシニア王国の密林に住む猛獣がかみついていた。
コルシニアの騎兵はすれ違いざまに慣れた仕草で槍を猛獣に突き刺した。突き損じても、後続の騎兵が次々と突き刺し、とどめを刺していく。私たちが通り抜ける頃には、道ばたにザカンドラの騎兵と血だらけの軍馬と、同じく血だらけの猛獣が倒れていた。
そして私たちは制止させられることなく登山路を降りきった。
麓にはラッケル竜将ほかの装甲騎兵が立っていたが、
「止まらずに進まれよ!」とラッケルが叫んだので、私たちはそのままボルランツェル王国に続く道を走り続けた。
「ドロシア様の作戦がうまくいきましたね」とナレーシャが私に言った。
私がナレーシャの伝令鳥を使ってラッケルに伝えた作戦は次の通りだ。
まず、コルシニア王国の密林に住む猛獣を多めに生け捕りする。檻に餌の肉を入れておき、密林の端に置いておけばすぐに猛獣が入ってくるので、檻の入口を閉じれば生け捕り完了だ。
その檻を馬車に積んで出城に急行する。猛獣には餌を与えない。ユリゲンツ少将率いるザカンドラ軍は登山路の入口に腰を据えているので、私たちの解放を頼んで聞き入れられなかったら、馬車に積んでいた檻を開けて猛獣を外に出す。ラッケルたちが槍や鞭で腹を空かせた猛獣を誘導し、ザカンドラの軍馬にけしかけるのだ(猛獣が勝手に襲いかかるので、ラッケルの責任ではない)。
馬が襲われ、恐慌状態に陥ったザカンドラの騎兵の間を私たちが脱出する。馬と戦意を失ったザカンドラの騎兵は、私たちを追いかけることができない。後は仕留め損なった猛獣をラッケルたちが始末して、帰国するという段取りだ。
後日談であるが、ラッケル竜将はこの作戦の成功で国王から表彰され、猛獣使いの名を賜ったそうだ。ラッケルは私に教わった戦法だと謙遜したらしいが、実際に猛獣を捕まえて運んでいったのはラッケルだから、その名にふさわしいと言えるだろう。ちなみに倒した猛獣の死体は、証拠隠滅と換金のために持ち帰ったそうだ。
私たちは夜通し馬を進め、出城を出てから3日でボルランツェル王国にたどり着いた。
鉄門をナレーシャの部下たちと共に抜け、伝令を飛ばしてから途中の宿に泊まりつつ王都に向かった。宿泊代はクランツァーノ公爵家持ちで、騎兵たちには存分にごちそうを食べてもらった。
そして久々の♡お風呂♡。バネラたちが歓喜の声を上げた。
私たちははしゃぎながら浴室に入ると、人目を憚らずに湯船の中で泳ぎ、久しぶりの全身浴を堪能した。
「私たちは外国にはすめませんね〜」とバネラが言った。私も同感だ。バネラの言葉を少しも否定せずに受け入れる日が来るなんて・・・。
鉄門を抜けて3日目に王都にたどり着いた。私はナレーシャの部下を宿に案内してもらい、第5軍の兵士には報償を約束してとりあえず自宅に帰らせた。
ライラたちはそのまま公爵邸に戻って行ったが、私は王宮に報告する最後の仕事がある。
身なりだけを整え、ナレーシャをつれて王宮の謁見の間に入る。
国王が現れると、ナレーシャがその前に跪いて使者としての口上を述べた。
「ボルランツェル国王陛下、このたびはコルシニア王国にドロシア将軍殿を派遣していただきありがとうございました。ドロシア将軍殿はたやすく密林の魔女を倒し、呪われていた王族の命を助けていただきました」
「ドロシアが貴国の役に立てたなら幸甚だ」と国王が答えた。
「我が国王からの書状と、感謝の献上品を持って参りましたので、お納めください」
ナレーシャがまず巻いてあるコルシニア国王の書状を3通、国王の侍従に手渡した。侍従がそれを国王に渡す。
「ふむ、感謝を述べた書状とこれからの友誼、交流を希望する書状か。間にザカンドラ皇国があるのが難儀だが、今後はコルシニア王国と我が国の友好を進めて参ろう。後ほど返事を渡すので、しばらくは旅の疲れを癒されよ」
「ははっ」
「ところでドロシアよ」と国王が私の方を向いて言った。
「3通目にはお前を王子の嫁に欲しいという願いが書かれているぞ。どうする?」
「はい。・・・先日も申し上げましたように、当分は勉学に励みたいと考えておりますので、コルシニア国王にはどうかやんわりとお断りください」
「そうか、わかった。・・・ダイバルディー公爵にこの話を譲るかな?」
私は苦笑した。ベルベルはあの国ではとても生活できないだろうと思った。
「それから献上品として、コルシニアの特産品である毛皮を持って参りました」
ナレーシャが部下に運ばせてきた木箱を侍従に渡した。侍従が国王の前で蓋を開くと、黒い毛皮や黒い斑点模様のついた黄色い毛皮などが何枚も納めてあった。
「これは見事な物だ。ドロシアよ、せっかくだから好きなのをやろう」
「あ、ありがとうございます」
「これなんかどうだ?」と言って国王が持ち上げたのが、頭付きの猿の毛皮だった。
「これをかぶれば猿に化けられるぞ」とおもしろそうに国王が言ったが、私は血の気が引いて卒倒しそうだった。
「お、王子殿下なら喜ばれるかもしれません」私は毛皮を見ないようにして答えた。
「それから使者殿よ、帰路に貴国の将軍殿に助けていただいたことを聞いておる。そのお礼に我が国の特産品も持って帰り、国王陛下に献上してくれ」
国王がそう言うと、侍従が小さい木箱を重そうに持って来た。ナレーシャの前に置いて蓋を取ると、金の延べ板が詰まっていた。
「こ、これは・・・」その輝きに絶句するナレーシャ。
「ナレーシャ、ラッケル竜将殿にお礼を言っておいてね。ラッケル竜将殿が約束してくれた通り、私が窮地に陥ったら、ほんとうに助けに来てくれて感激したって」
「ええ、必ず」とナレーシャが言った。




