016 新作の♡寸劇♡
私は宿の寝室で目を覚ました。どうやらパーティー会場で倒れて意識を失ったようだ。
私の傍らでライラとスニアが私を心配そうに見下ろしていた。
その向こうで何やらばくばくという音がする。私が首をあげてみると、バネラたちがボルランツェル王国から持って来たパンを食い散らかしていた。
「バネラ、ロルネ、ペニア、何を食べているの?」3人に声をかける。
「あ、お嬢様、気がつかれました〜?」とバネラ。
「パーティー会場であまり食べれなかったので、非常食をいただいているところです〜」とロルネ。
「そろそろ傷んできそうだったので、食べ切ってしまいますね〜」とペニアも言った。
「あなたたちは!」
「お嬢様、落ち着いて」怒ろうとした私をライラが止めた。
「お体に障ります」スニアも私の身を案じてくれた。それなのに、3馬鹿は!
「スズとニェートは?」
「お嬢様の身を案じていましたが、さっき寝てしまいました」とライラ。
「子どもですから」とスニア。
「ほんとうにだめな子たちよね。お嬢様が倒れられたというのに」とバネラが言い、その身勝手さにあきれて、逆に怒る気が失せてきた。
「まあ、いいわ。明日になったらさっさとボルランツェルに帰りましょう」
「それが・・・」とライラが言った。
「ニェートが大道芸人がいることを聞きつけて、様子を見たいと言ってました。少し出立を遅らせることはできませんか?」
ニェートがあの大道芸人たちにどういう思い入れがあるのか知らないが、一人で会わすとろくな目に遭わないだろう。
「なら、私も一緒に見に行くわ。・・・私ももう寝るから、あなたたちも休みなさい」とライラに言った。
「は〜い、お腹いっぱいになったのでぐっすりと眠れそうで〜す」ロルネの言葉に再び頭の血管が切れそうになった。
翌朝起きるとみんなで“普通”の朝食を食べた。そこへナレーシャが見舞いにやって来た。
「ドロシア様、お加減はいかがですか?国王陛下も心配されていました」
「昨夜は悪かったわね。私たちは今日帰ろうと思うけど、その前に私の寸劇をしていた大道芸人の様子を見たいと思っているの」
「その大道芸人ですが、昨日新しい演目の寸劇を披露すると宣伝していたそうですよ」
「新しい演目?」
「ええ。『ドロシア・クランツァーノ降魔将軍がコルシニア王国の密林の魔女を倒した顛末』と言っていたそうです」
昨日帰ってきたばかりなのに対応が早いなと感心した。誰かから話を聞いたのだろうか?しかし魔女を見たのは、第5軍の兵士とラッケルとナレーシャとスズとニェートで、大道芸人にそうそう吹聴しないと思うが?
「誰からその『顛末』を聞いたのかしら?」
「ドロシア様たちが宿に入った後で、ラッケル竜将が猿の死骸を運んできたところに市民が群がって来たのですが、ラッケル竜将が『これが密林の魔女の正体だ!ドロシア降魔将軍が不思議な力で魔女を倒した!』と、自分のことのように自慢して話していました」
私は頭を抱えた。以前の演目に手を加えて、新しい演目にすることはそれほど難しくないだろう。
「その新しい寸劇はいつするの?」とニェートが聞いた。
「今朝、お披露目すると言っていたから、もう1刻も経てば始まるんじゃないかしら?」
私たちはナレーシャに頼んで、寸劇が公演されるという街の広場に案内してもらった。
既に大勢の人が集まっていた。私たちは少し離れた花壇の縁石に昇った。
「あ、お頭だ!」とニェートが言った。
「さー、もうすぐ『ドロシア・クランツァーノ降魔将軍がコルシニア王国の密林の魔女を倒した顛末』の寸劇を始めるよ!」と、大道芸人の頭が叫んでいた。
続いて鍋を棒で叩き、「ぐわん」という音が響く。
「さー、寸劇の始まり始まりー!お代は見てから払っておくれ」
広間の左側に黒いフード付きのマントをまとった男が現れた。顔に墨で何本も線を引き、魔女のつもりと思われる。
そして右側から頭の妻が私の扮装をして現れた。木でできた剣と盾を持っている。その後に大道芸人の頭が鍋のふたを持って立った。
このあたりは前作とほとんど違いがない。
「やい、密林の魔女よ!お前は多くの善人を呪い殺しているそうじゃないか!?王命を受け、このドロシア・クランツァーノ降魔将軍がお前を倒しに来たー!」と頭の妻が叫んだ。
「そうじゃ、わしがコルシニア王国の密林に住む魔女じゃ!この国の王女を呪い殺してやる!」と黒い布をまとった男が言い返した。
「国王のため、王女のため、国民のため、私はお前を許さない。ガンダル、行け!」
大道芸人の頭がガンダル副将軍の役をするのは変わらないんだな、と思って見ていると、前作と同じように活劇を繰り返した後、頭が後方へ吹き飛ばされる芝居をした。
「それが魔女の呪いの力だな。ボルランド山の魔女を倒した私の力を受けよ!」と頭の妻が叫んで木の剣を頭の上に振りかざした。
「私は神の力を得た魔女殺し。人呼んで降魔将軍!お前の力は通じない。代わりに私の神の力を受けろ!」
そう叫んで頭の妻が木の剣を振り下ろすと、離れたところにいた黒いマントをまとった男が苦しんだ。そして黒いマントを脱ぎ捨てると、その下に茶色いマントをまとっていた。その状態で倒れる。
「何と、魔女の正体は猿だったのか!?」と頭が叫んだ。
「私は降魔将軍ドロシア・クランツァーノ!コルシニア王国の平和は私が守る!」頭の妻が観客の方を向いて叫んだ。
観客たちは喝采した。すると、大道芸人たちが袋を持って観客の間を回り始めた。見物料を催促しているようだ。
大道芸人の頭が袋を持って私の方に近づいて来た。そして私とニェートに気づくと、
「お、お前!いや、あなた方は・・・」と声を震わせた。
「相変わらず私の話で稼いでいるようね」と私は言って、ライラに銅貨2枚を払わせた。頭は頭をペコペコして離れて行った。
「久しぶりのお頭を見てどう思った?」と私はニェートに聞いた。
「う〜ん、あれからほとんど芸が進歩していないね」と冷めた返答をするニェート。
「お頭たちが懐かしい?」
「別に。・・・おいらの今の家族はお嬢様たちだから」
私はその答を聞くとニェートの頭をなでながら宿に戻った。
王宮からいただいた食糧等を詰め込み、馬車の準備をしていると、ラッケル竜将とナレーシャが、装甲騎兵を引き連れて宿の前に来た。
「ドロシア将軍殿、今日お帰りと聞きました。また、国境までお供します」とラッケルが言った。
「私はもちろんボルランツェル王国まで」とナレーシャ。「国王陛下にはドロシア様が出立される旨を報告しておきました」
「ありがとう、みなさん。それじゃあそろそろ出発しましょうか」
コルシニア王国の騎兵に囲まれて第5軍の精鋭部隊と馬車が出発する。王都を出、見慣れてきた水稲の畑の間を進むのは平和な旅だった。
2日ほどでザカンドラ皇国との国境に着く。ザカンドラ皇国側には誰の姿も見えなかった。
「それでは将軍殿、こたびは大変お世話になりました。道中のご無事をお祈りします」
「ありがとう、ラッケル竜将殿。国王陛下にもよろしくお伝えください」
私はそう言ってラッケルと別れ、ナレーシャたち10騎余りの騎兵とともにザカンドラ皇国の領土に入った。
小麦畑が広がるのどかな風景だ。コルシニア王国への往路に使った畑の間の道を北進していると十字路に突き当たった。そして前方の道を数人の農民が立ち塞いでいた。
ナレーシャが前に出てその農民に話しかける。
「我々はコルシニア王国の装甲騎兵軍だ。貴国の皇帝の許しを得て入国している。その道を通してくれ」
すると人の良さそうな農民の一人が頭を下げて言った。
「騎兵のお方、この先の道が陥没して馬車が通れなくなっております。大変申し訳ありませんが、右の道を通って迂回してください」
その言葉を聞いて私は前方の道のはるか先を見つめたが、陥没しているところは見えなかった。
「ドロシア様、若干遠回りとなりますが、東に迂回して進みます」とナレーシャが私に言った。
「西に続く道はどこに通じているの?」
「そちらはメラニア王国の王都に通じる道です。さらに遠回りになりますし、メラニア王国に入国させてもらえるかわかりません」
「わかったわ、先を急ぎましょう」敵国内でもたもたしていたくない。
半日ほど東へ進むと、また小麦畑の中の十字路に出くわした。そこを左へ曲がって北進する。ザカンドラ皇国の帝都は国の東側にあるので、帝都に近い道を進みたくはなかったが致し方ない。
途中、小麦畑の海に浮かぶ小島のような小山が右手に見えた。
「あれは何かしら?」とナレーシャに聞く。
「このあたりにあった丘陵の名残でしょう。大昔に周囲を切り崩して畑にしていますが、あの部分を残して山のてっぺんに出城を作ったみたいです。遺跡のようなものです」
その小山を眺めると、周囲に螺旋状に走る道が見えた。あの道を昇って出城に出入りしていたのであろう。
コルシニア王国の密林内にも遺跡があった。このあたりの国々には長い歴史がありそうだ。
そのとき、小山の向こう側から30騎余りの騎兵が現れた。畑の小麦を踏みにじりながら、私たちの方にまっすぐ近寄ってくる。
警戒してナレーシャが率いるコルシニア王国の騎兵が私たちの前に出た。すると、向こうの騎兵の中から軍馬に乗った鎧を着た兵士が1騎だけで近寄って来た。
「何者だ!我らはコルシニア王国装甲騎兵軍の騎兵だ。ザカンドラ皇帝の許しを得て国内を通っている!」
ナレーシャの言葉に対し、その騎兵は片手を上げた。
「私はザカンドラ皇国軍の軍事情報局に所属する諜報少将のユリゲンツと申す。コルシニア王国、並びにボルランツェル王国の方々と争う気はない」
「ならば我らを通してくれ」とナレーシャが言った。
「・・・争う気はないが、ボルランツェル王国のクランツァーノ公爵令嬢をご招待したいとの皇帝陛下のたっての希望だ。身の安全を保証するので、帝都に参られたい。・・・コルシニア王国の騎兵の方々はどうぞお国にお戻りあれ」
「我らにはボルランツェル王国のお客人を故国まで無事に届けよとの王命が下っている。任務を途中で放棄することはできぬ!道を開けよ!!」
「我らも皇帝陛下の勅命で動いておるので、そういうわけにはいかぬのだ」とユリゲンツ少将は譲らなかった。
対峙するナレーシャとユリゲンツ少将。ナレーシャは一人の部下の騎兵を手招きすると、何かを囁いた。
その騎兵は私たちのところに戻って来た。
「将軍殿、ガンダル殿、ここは我らが食い止めますので、事が起こったら貴軍と馬車はまっすぐ出城に登ってください」
すぐにその指示が第5軍精鋭部隊の騎兵全員と馬車の御者に伝わる。馬車があの坂道を登れるか不安だが、ここはナレーシャの指示に従うしかないだろう。
「相談は終わられたかな?」とユリゲンツ少将が聞いた。
その瞬間、ナレーシャが馬上槍を構えて叫んだ。「押し通る!」
ナレーシャが馬を突然走らせ、ユリゲンツ少将に向かって行った。
ユリゲンツ少将があわてて盾を構えると、その盾にナレーシャの馬上槍が衝突した。その衝撃で馬からころげ落ちるユリゲンツ少将。
「今だ!」とガンダルが叫んで、出城がある小山に向かって第5軍の騎兵と馬車が走り出す。馬車ががたがた揺れて中から悲鳴が聞こえたが、かまっている余裕はなかった。
その行く手を遮ろうとザカンドラ皇国の騎兵が動くが、私たちをかばうようにコルシニア王国の騎兵が展開し、その動きを封じた。
私たちは小麦畑のただ中を疾駆して、小山の登山路を目指した。
登場人物
アナンドル・ユリゲンツ ザカンドラ皇国軍の軍事情報局に所属する諜報少将。




