015 降魔将軍の♡凱旋♡
今回のお話は、お食事中の閲覧はご遠慮ください。
傷ついた兵士たちと共に遺跡の外に出ると、私の馬も馬車もメイドたちも無事に待っていた。
「お嬢様!」馬車からライラたちが降りて来て私たちの無事を確認した。
「私とスズとニェートは無事よ。でも、兵士たちがけがをしたので手当をしてほしいの」
私の言葉を聞いてライラが兵士の傷の具合を見た。ほとんど打ち身で、皮膚が裂けたり骨折した者はいないようだった。
ライラが馬車から薬箱を出す。その中には乾燥したラメダの葉が詰められており、ライラはそれを飲み水に浸してから、患部に当てて包帯を巻いた。ラメダは万能だな。
大けがを負っていた者はいなかったので、治療を施すとすぐに馬に乗って密林の入口に引き返すことにした。この密林内で夜を過ごすのは、コルシニア王国の兵士にとっても危険だったからだ。
行きと同じようにコルシニア王国の軍馬が我々を囲むように並んで帰路を急いだ。日が沈みかける頃にようやく密林を抜け、密林から少し離れたところで野営をした。
「で、どうだったの?」と落ち着いたところでバネラたちがニェートに聞いてきた。
「すごかったよ!お嬢様の周りを白い輝きが取り囲んで、お嬢様とスズが手を振るとその輝きが飛んでいって魔女を倒したんだ!寸劇よりはるかにすごかった!!」
「黒衣の魔女のときと同じようね」とロルネが言った。「お宝は落ちてなかったの?」
「残念だけど何もなかったわ。あったのは醜い猿の死骸だけ」とスズが言い、バネラたちが震え上がった。
「その死骸はラッケル竜将が持って帰ったわよ。興味あるなら見せてもらえば?」
バネラたちは高速で首を振ってその気がないことを示した。
「それにしてもドロシア様はさすがですね。あの力があれば、お一人で軍隊とも渡り合えるのでは?」とナレーシャが私に聞いた。
「私の力は普通の人に向けては出せないの。魔女を相手にするときだけ使えるみたい」
「でも、最初は自信がないと言っておられましたが、見事に加護の力を出せましたね」
「運が良かったわ。・・・いえ、光明の神のおかげね。明日の朝、タペストリーにお祈りしなきゃ」
翌朝になるとラッケル竜将が王都に向けて早馬の伝令を出した。私たちは行きと同じようにゆっくりと進んだ。
ラッケルもナレーシャも朝からにこにこしていた。王命を無事果たせて安堵しているのだろう。
「我々は、国益に背かない限り、死ぬまで将軍殿を敬い、いざというときは必ず駆けつけてお助けしますぞ」と、上機嫌なラッケルが言った。
他の兵士たちも往路で見せていた緊張感は綺麗さっぱりとなくなっていた。街道沿いの池を見つけると、蛇魚を釣っていたほどだ。
蛇魚の釣りは、3ヤールくらいある長い木の枝を使った。枝の先端に釣り糸を結び、先端の釣り針にベーコンの欠片を刺して池の中に落とす。
すぐに蛇魚が食らいつくので、そのまま釣り上げ、木の棒を高く掲げて蛇魚を吊り下げたままにする。最初は暴れていた蛇魚も空中に半日も吊るされていると息絶え、吊り下げたまま干し魚にする。蛇魚の干し魚は珍味として高値で売れるらしい。
木の棒1本で蛇魚を1匹しか釣れず、効率は悪いが、それだけの価値があるらしい。
万が一、蛇魚が釣り針を吐いて地面に落ちると、兵士が離れたところから槍で叩いて殺すらしいが、その場合は蛇魚が土まみれとなり、売値が下がるそうだ。
私たちは吊り下げた蛇魚を離れたところから見るだけだったが、細長くひれがないその姿は不気味以外の何物でもなかった。珍味と言われても、絶対に食べる気はしない。
3日目に王都に戻って宿に入ると、再び国王からパーティーの招待を受けた。もちろん喜んでお受けする。
宿の浴室で体を拭き、盛装に着替えると、ナレーシャにつれられてみんなで王宮に入った。
先日と同じ会場で甘酒を飲む。やがて国王が一人の若い女性をエスコートして会場に入って来た。
「ドロシア将軍殿!」
国王に呼ばれて近づくと、その女性を紹介された。
「これは我が至宝、私の娘のメイラ王女だ」
王女は年は私と同じくらいだが、頬がこけ、顔色が悪く、とてもやつれていた。
「将軍殿のおかげでメイラの意識が戻った。・・・まだ本復はしていないが、どうしても将軍殿にお礼がしたくてつれて参った」
メイラ王女はよろよろと歩いて私に近寄って来た。
「ドロシア将軍様、あなたさまのおかげで目覚めることができました」と王女が言った。
ナレーシャが言った王族関係者とは、王子でなく王女だったのか。
「メイラ王女、あなたのお力になれて幸甚です。ただ、無理はなさらずに体力の回復にお努めください」
「ありがとう・・・」そう言ってメイラ王女は侍女に付き添われて会場を後にした。
「皆の者!」と国王が大きな声を出した。
「降魔将軍ドロシア殿が我らの期待に見事お応えして、王女の命を救ってくださった。今宵は感謝の宴だ。皆で飲み、食い、騒ぎ、ドロシア殿の偉業を讃えてくれ!」
会場に歓声が響いた。先日の歓迎会の席よりも明るい雰囲気で何よりだ。
さっそく若い男性が私に群がろうと寄って来た。しかしその前に、再び国王が声を出した。
「ラルギン!ラルギンはおるか!?」
国王の言葉に私に近寄ろうとしていた男性たちは立ち止まった。そして後方から一人の男性が国王のところへやって来た。
それは先日ナレーシャが楽しげに話しかけていた男性だった。20歳くらいの若く壮健な男性で、よく見ると顔だちは国王に似ていた。
「父上、お呼びですか?」
「うむ、お主をドロシア殿に紹介したくてな」国王はそう言うと私の方を向いた。
「これが王子で皇太子のラルギンだ」・・・ナレーシャの想い人は王子だったのか!
「お初にお目にかかります」私はドレスの裾をつまんであいさつした。
「ラルギンです。このたびは妹を助けていただきありがとうございました」
「ラルギンよ。ドロシア殿は我が国の・・・我々の恩人であるだけでなく、このように若くて美しいご婦人だ。皇太子妃に迎えてはどうだ?」
国王の言葉に周りの貴族たちがどよめいた。私は面食らってあわあわと口を開いてしまった。
「ドロシア殿よ」と国王が今度は私に向かって言った。
「ラルギンは余の跡継ぎで、見栄えもそれほど悪くはないだろう?我が国へ嫁いで来られまいか?」
「こ、光栄ではありますが、そのようなお話は私の一存では決められません」と私は必死で断ろうとした。
ナレーシャの想い人とつき合うなんてとんでもないことだし、蒸し暑いのにお風呂がなく、猿や蛇魚や猛獣がいるこの国には絶対に住みたくない。
「それもそうだな。後日正式な申し入れを貴国の国王とお父上に送ろう」
私はラルギン王子の顔を見た。「自分には恋人がいる」と言ってくれることを期待して。
しかしラルギン王子は私を見つめてにこにこしているだけだった。だめだこりゃ。
そのとき後方から「ひ〜っ!」というバネラの悲鳴が聞こえた。
「申し訳ありませんが、私のメイドが騒いでおりますので、そのお話はこれくらいで。・・・王女様のご快復を心よりお祈り申し上げます」
私は再びあいさつすると、音も立てずに後ずさり、後を振り向いてバネラのいるテーブルに早足で向かった。
「バネラ、何を騒いでいるの?」と、心の中ではバネラに感謝しつつ、たしなめるように聞いた。
「お嬢様、あのお料理を見てください!」バネラが料理が並べられたテーブルを指さした。
一つの大皿に、茶色い棒のような物が何本も並んでいた。よく見ると、棒の先端に牙がたくさん生えた口があり、その左右に目が4つずつ並んでいた。蛇魚の焼き魚だった。
私も卒倒しそうになり、ふらふらと料理テーブルに沿って横に逃げて行くと、今度は大皿の上にローストした猿の頭があった。
ふらっと倒れそうになる私。その私の体が後方に立っていた人に当たった。
「あ、すみません」とその人を振り返ると、ラッケル竜将だった。
「将軍殿、この猿の頭はなかなか食べられない珍味ですぞ。猛獣はまずくて食えぬが、猿の脳みそはとろりとして極上の味だ。将軍殿のために取り分けよう」
「い、いえ、あまりお腹がすいておりませんので」私はそう言ってバネラたちのいるテーブルに逃げ帰った。
「今日は気持ち悪い料理が多いですね」とロルネが言う。
「でも、そういう料理の方が高価で、滅多に食べられないらしいですよ」
「じゃあ、あなた食べてみて」と私が言ったら、ロルネたちは高速で首を振った。
「誰か、私が食べられそうな物を取って来て」とメイドたちに頼んだが、誰も料理テーブルに近づきたくなさそうだった。
そんな中、平然と料理を取って来たのはスズとニェートだった。
「お嬢様、どうぞ。猪豚のハムとローストポークです」
「あ、ありがとう、スズ」
私がお礼を言ってフォークで料理を刺そうとすると、瞬時に周囲からフォークが伸びてきて、あっという間に皿が空になった。
バネラたちや、あろうことかライラやスニアまで手を伸ばしていた。
「申し訳ありません、お嬢様。でも、ようやく食べられそうな物が来たので」とライラが謝った。
「スズ、悪いけどこの料理をもっと取って来て」と私はスズに頼んだ。
「ニェートは何を取って来たの?」と、皿の上に丸い切り身を載せているニェートに聞いた。
「あのお魚だよ。ちょっと硬くて生臭いけど、食べられるよ」
私は手の平を向けて、ニェートの接近を阻止した。
まもなくスズが新しい皿を持って帰ってきた。ハムとローストポークの上に、薄桃色のホイップクリームのような物が載っている。
「ありがとう、スズ。このホイップクリームみたいなのは何?」
「ハムにつけて食べるとおいしいって」
私は一切れのハムにホイップクリームを載せて食べてみた。ハムは純粋においしい。そしてホイップクリームは脂肪分が多く、こってりして、ハムの味を引き立たせていた。
「なかなかおいしいわね、このホイップクリーム。どこにあったの?」
「あのラッケルってじいさんが、お嬢様に食べてもらってくれって分けてくれた」
私はめまいがして卒倒しそうになった。その私の体を支えてくれたのはナレーシャだった。
「ドロシア様、いかがなされました?」
「ちょっと疲れが出たみたい」
「それはいけませんね。早めに宿に戻られますか?」
「そうして、お願い。・・・あ、それから」
「何でしょうか?」
「先ほど国王陛下に王子様との結婚を打診されたけど、私にその気はないから」
「そうですか。残念です。今後もドロシア様と近しい関係でいられると期待しましたが・・・」
そうナレーシャが言ったが、ちょっとほっとしているようにも見えた。ただし、王子がナレーシャのことをどう思っているのか、その気持ちはわからない。
私はナレーシャに付き添われて国王陛下に退席のあいさつに行った。
「国王陛下、申しわけありませんが、旅の疲れが出たのでこのあたりで退席します」
「そうか。それは残念だ。料理は存分に食べられたか?」
「はい、存分に」
「料理の中に猿の頭があっただろう?猿の頭は高級食材だが、特にあの猿はドロシア殿が倒された魔女で、至高の一品だ。私も一口食べてみたが、これまで食べたどの猿の脳みそよりもこってりとしていて、とても美味であった・・・」
私はその場で意識を失ってしまった。
登場人物
メイラ・ジャメル・レリーナ・コルシニアーレ コルシニア王国の王女。
ラルギン・ザカル・ダルギン・コルシニアーレ コルシニア王国の王子。皇太子。メイラの兄。




