013 コルシニア王国の♡衝撃♡
コルシニア王国のところどころにある密林の中は薄暗く、その中に入り込んだら慣れていないとすぐに道に迷いそうだ。
「あの密林には何か生き物がいるの?」と私は再びナレーシャに聞いた。
「密林には猛獣や猿がいますが、食べられる動物はあまりいないですね。ここでは食肉として、農場で飼っている猪豚を主に食べています」とナレーシャが答えた。
「猛獣や猿は密林の外に出てくるの?」
「猛獣はたまに密林から出て人を襲うことがありますが、我が軍の兵士や町村の警備兵がその都度退治しています。猛獣の肉は臭くて食べられませんが、毛皮はいい値で売れます。猿は滅多に密林から出ないですね」
私は猿のおぞましい姿を思い出して背筋に冷たいものが走った。
光明の神の神話では、この世界ができてまもなく、神々が数多の動物を創ったそうだ。光明の神が他の神々を追い出した後、人間に目をつけて信徒とすべく知恵を与えた。しかしその知恵を悪用する人間が増えてくると、神はその悪人たちから知恵を奪い去り、猿の姿に変え、南方の密林の中でしか生活できないようにしたという。そのため我々には、猿が堕落した人間のおぞましい姿というイメージが刷り込まれている。
私はコルシニア王国の魔女が「密林の魔女」と呼ばれていることを思い出した。
「密林の中に魔女が住んでいるの?」
「魔女が住んでいるのは王都より南方の本国最大の密林の中なのですが、古い遺跡が密林内に点在していて、その一つが魔女の住処の入口なのです」
「そうなの・・・」猿がいる密林の中になど入りたくはないが致し方ない。その入口まで、猿を寄せ付けないようにして案内してくれることを願った。
コルシニア王国の王都へは一日では着かず、我々は途中の町の宿屋に泊まらせてもらった。夕食の猪豚肉のシチューや米のパンはなかなかおいしかった。米を甘く発酵させたアルコール分が少ない飲み物もおいしかった。ちょっと酔っぱらったけど。
この宿屋には浴室があったが、体ごとつかる湯船はなく、たらいにお湯を貯め、裸になって手ぬぐいで体を拭くだけなのには閉口した。
そのときバネラが浴室内に、たらいとは別に小さな桶がいくつか置いてあるのに気づいた。
「ここにお湯を入れたら体にかけられるんじゃない?」
「い、いえ、それはちょっと汚い桶なので、そういう使い方はしない方が・・・」とナレーシャがあわててバネラたちを止めた。
「じゃあ、この桶は何のためにあるのよ!?」とロルネが文句を言ったので、しかたなくナレーシャが桶にお湯を入れ、実際に使ってみせた。使ったお湯はすぐに排水口に流した。
あんぐりと口を開けて硬直するバネラたち。
「ま、まあ、局所的にはさっぱりするんじゃない?」と私がみんなに使うよう言ってみたが、誰も使おうとしなかった。何日か経てば使ってみる気になるかも知れないが。
「このあたりは暖かいから、夏になれば川で水浴びできるんじゃない?」とナレーシャに聞いた。
「いえ、水辺には猛獣が寄ってきますし、川や湖沼の中には蛇魚という肉食魚がいて、水中に落ちた動物をかんだり、体の中に侵入したりします。水浴びはお奨めできません」
どこから体の中に侵入するのか気になったが、あえて何も聞かなかった。
カルチャーショックを受けた私たちは、翌朝再び王都に向けて出発した。
ボルランツェル王国はまだ寒い時期なのに、このあたりは若干蒸し暑かった。汗が滲んでくるし、小さな虫がたかってくる。
昼食は街道沿いでとった。猪豚肉のベーコンをパンで包んで食べる。これもなかなかおいしかったが、虫がつかないように気をつけながら食べなければならなかった。
「王都にはちゃんとしたお風呂がありますかねえ?」とペニアが弱音をはいた。
「汗臭くなっちゃいましたし、心持ち体がかゆいような・・・」
「じゃあ、今晩はあの桶を使ってみなさいよ」とバネラがからかうように言った。
「べ、別にあそこが臭くてかゆいわけじゃないわよ!バネラこそ使ってみたら?臭いから」とペニアが言い返してわあわあと騒ぎ出した。
「やめなさい、あなたたち!王都に着くまでもう少し我慢しなさい!」と私はたしなめた。
「お嬢様、お嬢様!」とニェートが手を挙げた。
「何、ニェート?」
「新しい語り芸を考えました。見てください!」
「どうぞ」と言うとニェートとスズがみんなの前に出た。スズを相方にしたのか?
「スズさん、スズさん、この桶を差し上げます」と小さな桶を手に持っているふりをしてニェートがスズに話しかけた。
「その桶は、お風呂場にあったのじゃないですか?いりません」とスズが答えた。
「そう言わないで、これは便利ですよ。まず、パンを入れられます」
「いりません」
「シチューやスープを入れられます」
「いりません」
「替えの服を入れられます」
「いりません」
「カバンとしても使えます」
「いらないと言ってるでしょ!」スズがニェートの頭を叩こうとしたら、ニェートは見えない桶を頭にかぶって防御した。
「このように、兜としても使えます」
「頭にかぶって臭くないですか?」
「バネラさんが使ったのじゃないから匂いません」
その言葉にバネラが立ち上がって抗議した。さらにみんながはやし立てて騒々しくなる。私はまた下ネタかと思って肩をすくめた。
その日の夕方にようやく王都に着いた。
「今夜は国王陛下が将軍殿の歓迎の宴を開いてくださるそうなので、後ほどお集まりください」とラッケルに言われた。
我々は王宮前の宿屋に案内され、また女と男に別れて部屋をとった。
「それではドロシア様、後ほどお迎えに参ります」とナレーシャが言って去って行った。
迎えが来るまで2刻くらいある。私たちは宿の亭主に聞いて浴室に向かった。この宿屋の浴室にも湯船はなく、たらいと桶があるだけだった。
「がっかりです〜」と文句を言うロルネ。
「せっかくだから使ってみましょう」と私は言って、スニアに大樽の中のお湯を小さい桶に移してもらった。
私を凝視するメイドたち。「見てないで、あなたたちも使いなさい」と叱っておく。
実際に使ってみると、これはこれでいいものだった。全身浴には及ばないけれど。
桶のお湯を流し、手ぬぐいで体を拭いていると、
「バネラが使った桶は臭いかしら?」とロルネたちが匂いを嗅いだので、バネラが怒って手ぬぐいでロルネたちを叩いていた。
部屋に戻るとライラとスニアに手伝ってもらって盛装をした。この旅では初めて着る。メイドたちも公式なパーティーに出られるメイド服に着替えた。もちろんこのメイド服は、本来はパーティーでメイドとして仕えるために着るものであるが、今回のパーティーには私のメイドたちも賓客として招かれていた。
準備を終えた頃に同じく盛装に身を包んだナレーシャが私たちを迎えに来た。
「ナレーシャ、あなたもドレスを着るのね。きれいだわ」
「お世辞と思いますが、ありがとうございます。私自身は鎧の方がしっくり来ますが」
そう謙遜しつつナレーシャが私たちを案内してくれた。宿屋を出るとすぐ近くにある王宮の正門をくぐり、案内されるままに大広間に入った。
大広間には小テーブルが並べられ、お酒が入ったグラスが置かれてあった。私たちは強い酒は飲めないので、もっぱら米を甘く発酵させた甘酒をすすっていると、国王が入室して来た。
私はナレーシャに促され、グラスを置くと国王に近づいた。
「ボルランツェル王国よりドロシア・クランツァーノ公爵令嬢をおつれしました」
「おお、あなたが噂の降魔将軍か!?寸劇と違って若く美しいお方だ」
「ど、どうも・・・」やはりあの寸劇を見た人は、私をあのおばさんみたいな女だと思うのだな。
「皆の者、ボルランツェル王国より来られた降魔将軍殿だ!」と国王が会場にいる人々に大声で宣言した。
「このたびは我が国のためにはるばるお越しいただいた。今宵はそのご厚意と勇気に感謝して盃を交わしたい!」
国王がそう言うと、この国のメイドがお盆にグラスを2つ載せて来た。甘酒でなく、アルコール度数が高そうな醸造酒のようだ。
国王が片方のグラスを手に取ったので、しかたなく私もグラスを手にした。
「それではボルランツェル王国との今後の友好を祈念して・・・」と、大臣らしき人物が言った。
「乾杯!」
口々に唱和するパーティーの出席者たち。私も「乾杯」と言って、少しだけそのお酒を口に含んだ。
「ところで国王陛下、魔女の呪いで体調を崩された方のご容態はいかがですか?」
「お気遣い感謝する」と国王が謝意を表した。「意識が混沌としておる。瀕死ではないが、起き上がることも話をすることも難しい状態だ」
「それはご心配ですね。明朝早々に王都を発って魔女の元へ向かいたいと思います」
「よろしくお願いする」と国王が言った。平静を装っているが、国王の大事な人物の具合が相当悪いのだろう。
国王にどう声をかけようか迷っていると、若い貴族が何人か私の周りに寄って来た。
「おおっ、将軍殿、こんなに若くて美しい方とは思いませなんだ。どうかお名前をお教えください」とその一人が言った。
「ドロシア・クランツァーノと申します」
「おお、ドロシア姫。どうか私とテラスの方で語り合いませんか?」
「抜け駆けをするな!」と別の貴族が言った。「それより私と踊っていただけませんか?」
「い、いえ、私は明朝の魔女討伐の準備で早めにここを退かないといけませんの。それともどなたか、魔女討伐にご一緒していただけるのでしょうか?」
私が微笑みながら聞くと、貴族たちの顔色が変わった。
「い、いえ、明日は職務が多忙でして・・・」
「ドロシア姫のご武運を陰ながら祈っております」
そう言ってそそくさと離れていった。
私がため息をついてライラたちがいるテーブルに戻ると、バネラたちは若い兵士たちとけらけら笑い合っていた。
私が近づいてくるのに気づくと、その兵士たちは頭を下げて離れていった。
「あなたたち、食べるものを食べたらさっさと宿に帰るわよ。明日魔女のところへ出立するから、男と遊んでいる暇はないわよ!」
「お嬢様はおかたいんだから。もっと青春を楽しまなくっちゃ」
男には相手にされそうにない小児体型のスズとニェートが、料理テーブルから皿に盛ってきた料理を私にさし出した。私は骨付き肉を手づかみすると、豪快にかじった。それを見ていた若い貴族は、私と目が合うと、視線をそらして去って行った。
「お嬢様、はしたないですよ」とライラがたしなめる。
「私は公爵令嬢として来ているんじゃなく、降魔将軍として招かれているのよ。あなたたちも豪快に食べて、明日に備えなさい」
私の言葉を聞いて料理にかぶりつくスズとニェート。ライラとスニアはそこまで吹っ切れないようだが、それでも上品さを装いながら食べるスピードを速めた。
バネラたちはおしゃべりしながらばくばく食べていた。この3人にはしっかり食べろと言う必要はなさそうだ。
しばらくしてパーティー会場から退席する国王。立場上パーティーに出席しなければならなかったが、そんな気分にはなれないのだろう。
私は骨を皿の上に置くと、甘酒を一気にあおった。
「そろそろ帰るわよ」と言ったらバネラたちがあわてて料理を口に詰め込んだ。他の4人は十分に食べたようだ。
私は一人の男性と話をしているナレーシャを見つけて近寄った。
「ナレーシャ、お楽しみのところ悪いけど、そろそろ宿に帰るから」
「あ、はい、わかりました」ナレーシャはその男性の顔を名残惜しそうに見上げると、向きを変えて私の方に歩いて来た。




