012 降魔軍の♡出動♡
私は王宮からガンダルに使いを出してもらった。第5軍の出動準備と、神殿のタペストリーの拝受のために。
そして私は屋敷に戻ると、ライラに軽甲冑と長旅の支度をしてもらった。ヤバルたち、父の使用人も総出で手伝ってくれた。
さすがに海門よりもはるか遠くの外国まで行くので、私が同行させるメイドは最低限の人数にしようと考えた。しかし、スズとニェートはついて来たがり、バネラたちも何も考えず物見遊山のつもりで同行したがったので、結局いつものメンバー勢揃いになってしまった。
海門へ行くのにも使った行軍用の馬車に食糧と着替えなどの生活必需品を詰め込み、ガンダルが持って来た神殿のタペストリーを馬車の横に括りつけた。
一方、ガンダルが手配した第5軍は、早く進軍することを考えると歩兵を含めた全軍で出動するわけにも行かず、軍務大臣がそろえた軍馬に乗るガンダルと騎兵20人ほどの少数精鋭となった。20人の中に女戦士バストルと女槍士レクターも含まれている。食糧等を運ぶための大型馬車2台も同行する。
この20人の騎兵は、魔女と戦わせるための兵ではなく、ザカンドラ皇国内での道中の護衛のようなものだ。ナレーシャは我々の安全を保証すると言ってくれたが、ザカンドラ皇国がいつ気を変えるかわかったものじゃない。
王宮に呼び出された日から2日後に、馬車3台と騎兵22名(私とガンダルを含む)が王宮前に整列した。女騎兵ナレーシャも参列して馬を私の横につけた。
王宮のテラスに国王と父とダイバルディー公爵が並んで見下ろしている。
「それでは国王陛下、軍務大臣殿、これより第5軍、出動します!」
国王が片手を上げた。それを合図に私とナレーシャを先頭として第5軍の精鋭部隊が動き出した。光明の神のタペストリーが風になびき、日光を反射して輝く。
しばらく馬を進めてから私はナレーシャに話しかけた。
「ナレーシャ殿は侯爵家のご令嬢と聞きましたが?」
「将軍殿、私のことはナレーシャと呼び捨てにしてください」とナレーシャが答えた。
「じゃあ、私のこともドロシアと呼んでちょうだい。あなたに将軍殿と呼ばれると何だかむずむずするわ」
「わ、わかりました、ドロシア様。・・・私は昔から馬に乗ったり、剣のけいこをするのが好きだったので近衛軍に入りました。お妃様や王女様の護衛に重宝されております。今回は将軍殿・・・ドロシア様が女性なので、私が行くことになったのです」
「わざわざボルランツェルにまで来てもらって、道中大変だったでしょう?」
「いえ、軍に所属していると国外に出ることがないので、急ぎの旅ではありましたが苦にはなりませんでした」
「結婚はされてないの?」
「一応軍隊にいるので、『私に剣で勝てる相手じゃなきゃ結婚しない』と前から言っているんですが、侯爵家の娘と本気で勝負する男もおらず、未だに縁はありません」
「そうなの。・・・ところでまじめな話に戻るけど、魔女はあなたの国の兵士にどうやって勝ったの?」
「私はその場におりませんでしたが、口が利けた者の話では、何か黒い塊がぶつかってきて盾ごと吹き飛ばされたということでした。そのまま地面に叩き付けられ、鎧が潰れたそうです」
黒衣の魔女と同じような力だな、と私は思った。
その日は陽が暮れるまでに進軍し、途中にある街の宿場に泊まった。
私たちは広めの部屋に入り、メイドたちとナレーシャ、バストル、レクターを同室にした。ほかは男ばかりだったから。
「ドロシア様、私までご一緒させてもらってすみません」とナレーシャ。
「いいのよ、その代わり、メイドたちと一緒だけど我慢してね」
「それはかまいませんが・・・」
部屋の中でライラとスニアは明日の着るものを準備していたが、バネラたち3人とニェートはけらけらと笑い合っていた。スズはそのそばでニェートたちの様子を見ている。
「にぎやかなメイドさんたちですね」
「ちょっと恥ずかしいけど、これがいつもの我が家の情景なの。あの騒々しい3人は、あれでも貴族で上級メイドよ。あの小さい子は元芸人なの。そしてもう一人の白っぽい子は、ボルランド山の魔女と一緒に住んでいた子なの」
「ええっ、魔女と?」
「今は私が保護してるけどね。・・・スズ、ちょっと来て」と私はスズを手招きした。
「何でしょうか、お嬢様」口調だけは一人前のメイドだ。
「あなたはコルシニア王国の密林の魔女のことを知ってる?」
「いいえ、知りませんね。私が出て行った後で闇神殿に入った女なのかもしれません。・・・もうよろしいですか?」
私が行っていいと告げると、スズはニェートのそばに戻っていった。
「あの子は何を言ったの?」スズの言葉に驚いているナレーシャ。
「あの子はボルランド山の魔女と一緒に暮らしていて、そこで聞いた魔女の経験を自分のことのように話すの」
「闇神殿とは?」
「私たちが信仰している光明の神と対立する暗黒神を祀った神殿らしいわ。そこに仕えた者が暗黒神の力を得て、野に下って魔女になるらしいの」
「その力とは黒い塊をぶつける術のことでしょうか?」
「そうみたいだけど、私も詳しいことは知らない」
「ドロシア様は、そんな魔女をどうやって倒したのですか?」
「私にもよくわからない力でその黒い塊を弾き返したら、次の瞬間魔女は消滅していたわ。教主様は光明の神が力を貸してくれたんじゃないかと言ってるけど」
「神の加護を得た将軍殿ですか。・・・ドロシア様、私はあなたを尊敬します!」
「でもね、今度も神様が力を貸してくれるかは、私にもわからないの」
私の言葉を聞いてナレーシャが目を見張った。
「もし神様が力を貸してくれなかったら、どうするのですか!?魔女を倒す自信があるから来てくれたんじゃないのですか?」
「魔女を倒せる自信はないわ。・・・でも、なぜかしら、ちっとも不安は感じないの」
「それこそが神の加護を受けている証かも知れませんね」
「そうかしら?・・・それよりみんなでお風呂に入りましょう!」
この宿にも温泉はあった。というか、ボルランツェル王国のあちこちで温泉が湧いていて、温泉のない宿はないほどだった。
みんなで入浴する習慣がないらしいナレーシャは恥ずかしがっていたが、私は有無を言わせず手を引いてナレーシャを浴室につれ込んだ。
「コルシニア王国ではお風呂に入らないの?」ナレーシャの体にお湯をかけながら聞いた。
「普段はお湯か水をつけた手ぬぐいで体を拭く程度ですね。お湯につかることは滅多にありません。ただ、水回りのそばに置いてある桶に水かお湯を入れて、汚れやすいあそこだけ洗うことをしています」
あそこってどこだ?と思ったが、恥ずかしそうにしていたので追求はしなかった。
「私たち、ボルランツェル王国の住人は、お風呂のないところじゃ住めないわね」と、例によって湯船の中で騒いでいるバネラたちを見て言った。
翌朝、第5軍が出立し、1日行軍して次の町に着き、同じような宿に泊まった。そして3日目に鉄門の手前に着いた。
表面を黒い鉄で覆った高さ20ヤールの鉄門の手前には、ボルランツェル王国の第2軍が並んで待ち構えていた。司令官の第1王子ランダは、私の姿を見つけると馬に乗って近寄って来た。
「従姉殿、遠征ご苦労様です」私に声をかけるランダ。
「これは殿下、軍隊をそろえていかがなされましたか?」
「もちろん、従姉殿を見送るために参上したのです。・・・従姉殿が鉄門を出た途端、ザカンドラ皇国軍が襲って来たときのために待機しているのです。もっとも近くに敵の軍勢は見当たりませんが」
「それはお気遣いありがとうございます。先を急ぎますので開門をお願いします」と私はランダに頼んだ。
鉄門は非戦闘時には交易のため馬車が1台分通れるだけの隙間を開け、その状態で閂を通して固定する。突然敵の軍隊が現れても、鉄門内に大勢の兵士を侵入させないためだ。
「開門!」とランダが叫び、その閂がはずされて鉄門が大きく開き始めた。第5軍を通すためだ。
開いた鉄門の向こう側には荒れ地が広がっているが、人々の往来で自然に広い道ができ、南方にまっすぐ伸びていた。その道に沿って第5軍が進んで行く。
後方からランダの、「従姉殿、ご無事で」という声がして、再び鉄門はその隙間を狭めていった。
鉄門を抜けてしばらく行軍していると、前方から10騎余りの騎兵が近づいて来た。ガンダルの指示で直ちに第5軍の騎兵が前方に並び、馬上槍を構えて迎撃態勢を取る。
するとナレーシャが前方に進み出て、第5軍の前で馬を止めて振り返った。
「ご安心あれ!あれは私の装甲騎兵軍分隊に所属する部下たちです」
その騎兵たちはナレーシャのそばまで近づくと、馬を反対方向に向けて第5軍の先頭に着いた。
「ここからコルシニア王国との国境まで、我らが先導します」とナレーシャが言った。
コルシニア王国の装甲騎兵の後について馬を進めるうちに、第5軍は広大な小麦畑の間を通る街道に入っていた。寒冷な高地のボルランツェル王国とは全く異なる景色だった。この広い穀倉地帯がザカンドラ皇国の国力の元で、小麦を輸出して富を得て、軍備を拡充し、ときどき鉄門前に軍を進めて来るのだった。
ガンダルに従う20騎の中に諜報員がいて、ザカンドラ皇国の風景のスケッチや、おおよその広さの記録などを馬上でつけていた。
その広大な小麦畑のはるか東の方に20騎ほどの騎兵が現れた。ザカンドラ皇国軍だ。私たちが警戒していると、ナレ-シャが近づいて来て、
「ザカンドラ皇国軍もドロシア様たちを警戒していますが、我々がいるのであれ以上近寄っては来ません」と教えてくれた。
ナレーシャの言葉通り、ザカンドラ皇国軍の騎兵はしばらく並走していたが、やがて地平線の彼方へ消えていった。
この広い穀倉地帯には、ところどころ塀で囲まれた町か集落が点在していたが、我々はそこに寄ることはなく、夜は街道脇で野営をした。硬いパンにバターを塗り、ラメダ茶を飲むという普段の軽食と同じような食事を朝、昼、晩にとった。私たちは皆未婚女性なので、自然と男女で別れて食事をとった。
そんな旅を続けて四半月、すなわち5日ほど経つと、ようやくコルシニア王国との国境が見えてきた。
その国境には鉄門のような強固な門や塀はなく、木の枝を組み合わせた隙間だらけの塀が申し訳程度に建てられて東西に伸びていた。そして門も何もないコルシニア王国の入り口の向こう側には、コルシニア王国の軍隊が我々を迎えに来ていた。
100騎ほど並ぶ軍馬の威容。その中から高級そうな鎧を着た初老の男性の馬が歩み出て、私に近づいて来た。
「これはラッケル竜将、お出迎え感謝いたします」とナレーシャが進み出てその馬上の男に敬礼した。
「うむ、ナレーシャ殿、降魔将軍殿の引率ご苦労であった」ラッケルはそう言うと、私たちの方に近づいて来た。
「ボルランツェル王国のクランツァーノ降魔将軍殿、このたびは遠路はるばる我が王の依頼にお応えいただき感謝します。私はコルシニア王国装甲騎兵軍司令官のラッケル・ドライアセルと申す」
「私がドロシア・クランツァーノです。ラッケル・・・竜将殿?」
「ドロシア様。コルシニア王国軍の将軍は、上位から神将、竜将、虎将とランクづけされています。ラッケル殿は二番目に位が高い竜将ですが、神将は王子の名誉官位なので、実質上は軍のトップのお方です」
「そうでしたか。・・・そのような方が私めのためにわざわざお迎えに来ていただき恐縮です」
「降魔将軍殿がこんなに美しいご令嬢だったとは・・・」とラッケルは私を見て目を細めた。ちょっと緊張する。
「こたびは、我が軍にも手に負えない事態なので、将軍殿に遠路はるばるお越しいただいたというわけです。まず王都に向かい、そこで旅の疲れを癒してください」
軍のお偉いさんなのに割と親しげに話す人だったので、私は緊張を解いた。
ラッケル竜将たちの先導で我々は王都に向かって進んだ。
コルシニア王国はザカンドラ皇国より気温や湿度が高く、森、いや密林と言うべきか、うっそうと茂った木々の塊がところどころにあり、その間に町村や畑が広がっていた。
畑は周囲にうねが盛られ、窪んだ畑の内部には水が張ってあり、水面から丈の長い草がたくさん生えていた。うねの周囲には細い用水路が掘られている。
「あの、池のようなところに生えている草は何?栽培しているの?」と私はナレーシャに尋ねた。
「あれは水稲の畑です。米という麦と同じような穀物が実りますが、麦よりも栄養があります。麦と同じように粉にしてパンを作ります。おいしいですよ」
気候が変われば農作物も変わるのだなと私は感心した。ボルランツェル王国に生えるのは牧草かラメダしかないのに。
登場人物
ラッケル・ドライアセル コルシニア王国軍竜将軍。装甲騎兵軍司令官。




