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第五話 初日の終わり、蜜夜かそれとも


 初日の夜。とっぷりと日も暮れ、壁に掲げられた蝋燭や上のシャンデリアに灯された火の下で、彼は椅子に座りながら全身に意識を張り巡らせていた。

 結局講義の後は強化の宝物庫に収められていたという数々の聖剣や聖槍に触れてみたのだが、どれも真央の手には合わず――単純に筋肉のない真央には重すぎたのだ――部屋に戻ってきた真央は、それ以降延々と魔力の操作だけを集中して鍛錬していたのだ。

 それにしても難しいものだと、真央は必死に魔力の流れを意識し、それを動かそうと試みながら感想を抱いた。まるで元から腕が欠けていた人間に、突如腕を新たに生やしたようなものとでも言えばいいのか。動かせることが本来当たり前のはずなのに、魔力は時折ピクリとしか反応を見せない。


「――そうだ。君たちは、魔法を使えないのか?」


 ずっと壁際に立って、魔力操作にうんうんと唸っている真央を見続けていた彼女たちにふと声をかける。

 何かコツでも教えてもらえないものだろうか、と考えたのだ。教会の人間ならば、彼女らも魔法を使えるものだと真央は思っていた。


「いえ、私たちのような下の者には魔法を使うことは許されておりません」


 しかし、そうではなかったらしい。三人を代表して、ミストリアが答えた。


「魔法とは高貴なる、女神さまに仕える者のみが扱うことの出来る奇跡。故に、教会の人間、もしくはお布施を積んだ王族の方々しかその力を習得することが認められていないのです。私たちのような元が平民の人間は、申し訳ありませんが、勇者様に助言することはできません」

「うわ、しょうもない……」


 力の独占。権力を握る人間が真っ先にやらねばならないことだが、それでも限度があるだろうと真央はひとりごちた。そんな有様だから、魔族にここまで攻め込まれるんだよ、と真央は心の底から呆れていた。

 そう考えながら彼は、魔力の操作に再び集中する。なんだかんだ言って、魔族は既に目先まで迫ってきているのだ。もはや手遅れともいえる時期になっての勇者召喚。せめて少しは準備時間に余裕を持たせてくれればよかったのに、と彼は女神が恨めしかった。

 先ほど運ばれてきた相変わらず口に合わない夕食も終わり、後は就寝するだけなのだが。

 「それでもせめて魔法の一つくらいは使えるようになっておかければ」と、彼は焦っていた。


「何が人類の危機だよ……敵が同じ人間じゃ、どう考えても自滅だろ」


 この一日だけでも、彼には十分理解することが出来た。クソのような上と、それを守るために減っていくその他大勢という立ち位置。真央はこのような中世的権力が嫌いだが、せめて本来の役割である民を守る事をやっていれば文句をつけたりはしない。郷に入っては郷に従えという事もあるくらい、あくまで他国からの来訪者である自身が介入すべきではないことを知っている。

 だが、それでも。本来力を振るうべき立場が『高貴なる者の義務』を忘れ、ただつかの間の堕落に浸るだけのこの世界を見て何もしないことも間違っていると、真央は考えた。

 まずは大前提である、魔族に一方的に攻められるばかりの状況の解決。

 ――そして、目の前の三人のような事が二度と起こらないような世界にすること。

 前者だけが、教会の人間が望む勇者の役割だろう。

 だが、真央にとっての自分の役割とは、後者も含んでの勇者であると考えた。女の子が悲壮な表情を浮かべて、夜伽を恋愛ガン無視で行おうとする世界なんて真央にとっては吐き気のする邪悪そのものであった。そこまで考えた彼は、まず何よりも必要な――誰よりも強く、象徴的な力を求めた。そのための魔法の練習である。


「魔法……魔力の放出か……」


 目を瞑り、魔力の流れ以外を意識の上から排除して真央はひたすら自身の内側の理解を試みる。今の所分かっているのは、心臓が魔力の発生源であり、そこから魔力が全身に回っているという事のみ。焦れば焦ろうとするだけ――緊張し、心臓が拍動するたびに魔力の流れが強くなっている。

 なにが、なにが足りないのだろうか。

 暗い闇に閉ざされた、自分という意識と魔力の流れだけが存在する世界の中で彼は考える。同じ思考が幾重にも重なり、頭が痛くなることすら忘れて魔力と言う一点のみに没頭する。気づけば真央は呼吸すら忘れ、それ以外の体の駆動さえ止めていた。胸が苦しくなることにより、更に心臓の動きは増す。魔力の流れが、轟々とうねり出す。

 そして、その激流を後は体外へ排出するだけなのだ。

 魔力が荒れるように体内を循環し始めるこの感覚。行き場のない力が、今にも体外へ飛び出そうともがいている。この感覚までは掴むことが出来たのだ。ならば、後は次の段階へ進むだけ、なのだ。

 しかし、それだけがどうしても難しい。言葉にすればたった一言だけなのに。

 真央にはどうしても――その一歩だけが、踏み出せなかった。

 そして、そのように悩み続ける真央に、ついにミストリアが声をかけた。


「……勇者様」

「あ、うん。どうしたんだ?」

「そこまで根を詰めていると、逆に目的を達成することが難しくなるものです。夜も更けたことですし、本日はもうお休みになられてはいかがでしょうか」

「あー、そうかもな。ありがとうミストリアさん」


 確かに、悩み続けるだけでは逆に答えが出なくなる。一度思考を止め、一晩経ってから改めて考え直した後の方が纏まるものだと彼も若いながらに経験上学んでいる。彼女に頭を下げ、真央は席を立った。暫くの間立ち上がることがなかったためか、体中が固くなっていた。

 凝った体を解しながら、真央は寝室へ向かう。その際、背後で彼女が小さく呟いた。


「……それに、勇者様がそこまで考える必要があるのでしょうか」

「ん?」


 それが独り言だったかどうかは分からない。それでも、気づいた以上は聞かない訳にもいかない言葉だった。真央は、彼女らの方へと振り向いた。


「勇者様は、どちらかといえばこちら側でしょう。私たち平民を人とも思わないピエールたちとは違う、人間です」


 彼女はこちらと目を合わせないように下を向きながら、語り始める。


「この世界は、勇者様は知らないでしょうが、あのような者たちが権威を握っています。かつては偉大な貴族様も居ましたが、今ではそのような方々は全て魔族の隆盛に対抗し、いなくなってしまいました。後に残ったのは、自分の事だけしか考えないような者ばかりなのです。彼らはうるさいのがいないのを良いことに、弱者から全てを奪っていく。外から攻められるばかりか、内側にも毒が存在する。それが、今の人類なのです」

「……それで?」

「たとえ今、勇者様が魔族を倒したとしても、結局はあのような方々によって私たちの命運は握られたままなのです。ならば、結局平民にとっては何も変わらないままなのでございます。――それならばいっそのこと、このまま魔族に全てを滅ぼされた方がマシでしょう。生きる限り搾り取られるよりも、一息に殺されることの方が救いではありませんか」


 変わって、ルナが前に出る。


「私たち魔法を使えない平民じゃ、王様たちに逆らったところで戦いにすらなりませんからね。私たちの代わりに魔族があいつらを殺してくれるなら、代価として死ぬくらい安いものなのよ。もちろん、不思議なことだと思うでしょう。おかしなことだと思うでしょう? ――でも、それが平民の心なの」


 彼女はそう言って肩をすくめた。その瞳に映るのは、悲哀と――強い復讐の心。


「それに、勇者様だって元居た所からこちらの都合で連れてこられたのでしょう。ならば、無理に戦う義理もないはず。黙ってそれらしく担ぎ上げられていれば、それでいいでしょうに。女神の使徒ともあれば、力がなくとも教皇とてむやみに殺してしまうことはできません。なにせ女神の下僕を自称する彼らがそんなことをすれば、権威を失ってしまいますからね。彼らが殺されたなら、女神も役割を終えたとして元の世界に戻すでしょう」

「……そう、だな」


 クレタは特に何も言わない。幼いだけに、よく分かっていないのか。

 彼女らのそんな言葉に、真央は何も返すことが出来なかった。今日一日を見た限りでは、彼自身彼女らの言葉が正しいと感じてしまっているからだ。そして、自分ではそんな彼女らをうまく慰めることはできないとも。


「――それでも勇者ってのは、そういうことをやらなきゃならないんだ。そう期待されて、呼ばれたんだ。少なくとも俺は貴方たちのその顔を見て、役割を放棄することが出来るほど高貴な(・・・)人間じゃあないからな」


 口先だけの慰めることもせず、彼はそういって寝室に入った。逃げるようだが、それで話は終わり。後はもう寝るだけだ、と真央は考えていた。


「いえ、話はそれだけではありません」


 なんで入ってくるんだ、と真央はじろりと睨みつける。

 閉じたはずの扉が再び開き、再び真央の前に三人娘が姿を見せた


「なん――」


 そしてようやく彼は気付いた。

 狭く閉じられた寝室――暗い燭台に照らされたぼんやりとした空間の中。薄い天女の羽衣のような布に包まれた彼女らが、なんとも妖しい雰囲気を漂わせている事に。


「私たちの役割について、貴方様は理解なされておられますでしょう。修道女とあれは言いましたが、そのような者ではないという事に」

「……まあ、一応は」


 先ほどの真面目な雰囲気とは違う、その事に真央は心臓を握られたかのような熱を覚えていた。


「あれは私たちをこの教会に置いておくための言い訳にすぎません。その内実は、昼がたルナがお伝えしたとおりのものです。――勇者様には、これより私たちを抱いていただきます」

「……」


 無言の真央に対し、年長の二人がその衣をそっとはだけさせていく。

 咄嗟に後ろを向く真央。だがそれが失策であることにすぐ気づいた。直接目で見るよりも、布の擦れる音や甘く漂う女香、それだけの方が女に触れたことのない身には余計に妄想を掻き立てられてしまうのだと。

 なおクレタだけは何も分かっていないらしく、彼女たちの様子を眺めるだけだった。それだけが真央にとっては救いだった。

 そんな彼に、二人が背後からそっと抱き着く。

 柔らかな肢体が、まるで蛇のように真央の腕、腹、そして腰に絡みついていく。


「ミストリアさん、貴方は人妻でしょう!? そういうのは良くないと思います!」

「あら、それなら私は良いって事?」

「違いますルナちゃん! こういうことはもっと親密になってから――!」


 力づくで振りほどくわけにもいかず――決してこの感触を手放したいという邪な理由ではない――真央は彼女らの誘惑に何とか耐えながら、言葉で説得を試みようとした。


「いえ、それでは遅いのです。」


 悲しそうな声が、耳元で響いた。


「貴方の感性は全く持って正しいものよ。でも、教会の人間にとってはその感性こそが間違っているの。手を出さない――それが意味することは、貴方が私たちを好みとしていないってこと。じゃあ、そんなものはどうなると思う?」

「……どうなるんだ?」


 どうなるのか……そんなことは、真央にも分かっている。

 だが、口に出す事ははばかられた。そして、急速に頭が冷える。桃色の空気が、冷たい氷色に変わっていった。あのような、彼女たちを対等と見なしていないような人間たちがどうするのか。平和な日本とは程遠い貧しい戦乱の地域では、大人に都合の悪い子供がどうなるのか。――先ほど魔力に悩んでいたのはなんだったのかと思わんばかりに、真央の思考の歯車が廻っていく。体が熱を持つ、それとは対照的に真央の頭は凍冬のように冷えていった。

 彼女らはそんな真央の心中も知らず、彼の胸に手を当てた。


「心臓が、早くなりましたね」

「分かっているのに敢えて答えを口にしないなんて、お優しいこと。でも、言わなくたって私達には分かってます。そう、私たちがあなた好みでないのなら、明日は別の子たちがやってくる。そして私たちは、勇者様の気を害したとして捨てられる。ピエール様たちの印象を悪くしたとして、惨めに、無様に」

「彼らはそれが正しいって信じていますから。勇者様もそれをお望みだと、彼らの認識を貴方に押し付けるのです。実際にはそうでないのに」

「ですから、どうか慈悲だと思って私たちと交わってください」

「一夜の過ち、そう、たった一夜だけで良いんです。それさえ終われば、後はどうとでもなるのです」


 ――そんな言葉を口にする彼女たちを、真央はゆっくりと引きはがした。

 先ほどまでの彼ならば、自ら彼女らの体に触れることに動揺しただろう。しかし今の彼からは、彼女らに魅了されるような色欲が消えていた。

 そして、彼は改めて彼女らに目を合わせた。魅力的な体も、今や彼の集中を削ぐものではなかった。

 突如雰囲気の変わった彼に、彼女たちは困惑していた。


「……寝ろ。寝てくれ」

「勇者様?」

「あの教皇には、一緒に寝たと説明すればいい。納得しない様なら、何度でも俺は言うよ。勇者の言葉なら、あえて疑うようなこともしないだろう」

「待ってくださ――」


 真央は引き留めようとする彼女たちを無視し、後ろで不思議そうにこちらの様子を見ていたクレタの所へと歩み寄る。

 彼はクレタの頭を撫で、子供に言い聞かせるように頼んだ。


「クレタちゃん。二人を、ベッドに入れて寝かせてやってくれ。彼女たちはどうやら、眠くないみたいなんだ。俺は向こうで寝るから。待たせたよ」


 真央はそれだけ言って部屋の外へ出て、扉を閉めた。そして先ほどまで座っていた椅子に再び腰掛けると、そのまま目を閉じて魔力操作に再び集中を始める。先ほどの空気を忘れるように、彼は魔力の事のみに思考を委ねていく。

 あのまま彼女たちの事を考えていると、激情に駆られてそのまま教皇の所へ突入してしまいそうで。加速する心臓の脈動――怒りだ。怒りと共に、魔力の流れも滝のように激しくなっていく。それを押さえつけるように、真央は先ほどとは逆に、魔力を内側へ抑え込むことへ意識を向ける。それに集中していなければ、真央の頭は爆発しそうだった。

 そうして自らの意識と魔力のみの闇に集中していると、やがて一日の疲れと共に彼の心はゆっくりと底へ沈んでいった。なんだかんだいって、疲れていたらしい。寝づらい姿勢にも拘らず、彼の体は眠りに落ちるのだった。



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