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第四話 人類の危機と光の勇者


 食事を終えた後、真央は彼女たちに連れられて講義室へとやってきた。正面には少々目の粗い黒板らしきものが壁いっぱいに張り付けられており、教師役として初めて見る男性が立っていた。


「それでは勇者様、まずはご挨拶をさせていただきます。私は大司教のミートレと言います。これから暫しの間、勇者様へ色々とこちらの知識をお伝えさせていただきます。では、よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 ちなみに三人はずっと真央についているらしく、揃って壁際に立っていた。そういえば教皇は彼女らを修道女と言っていたが――実態は全く逆のものだが――この辺りの知識は教えられているのだろうか、と彼はちょっとした疑問を覚えた。

 ミートレは額に浮き出た汗を白い布で拭きとりながら、黒板の隅に置かれた箱に右手をかざした。


「はい、それではまず勇者様には人類の生存圏を見ていただきます」


 そのまま彼が手を動かすと、箱の中の白い粉が黒板に絵を描いていく。巨大な短足胴太の馬のような形をした一つの大陸と、それを取り囲む海。そして彼は、新たな赤い色紛で馬の鼻先辺りを塗り潰した。そしてこう書き加える――《■■■(人類圏)》と。

 声に出して読むことはできないが、真央にはその意味をはっきりと理解することが出来た。


「これが、およそ我ら人間が住む地域になります。かつては大陸全土を支配していたものが、どこからか現れた魔族と呼ばれる魔物を従える能力を持つ汚らわしい者どもによって今やこれっぽっちとなってしまっているのです。特に百年前までは半分程度まで拮抗していたのですが――」


 彼は更に緑の粉で、馬の胴体を縦に割るように線を引いた。


「突如奴らの勢いが増し、我々は押し込まれることを余儀なくされたのです。なぜそのような事が起こったのかは不明です。これまでバラバラに攻め込んできていた魔族たちが唐突に統率された動きを見せたとのですが、なぜ奴らがそうなったのか。それは、一部の魔族によると魔王が誕生したからとのことらしいです」

「魔王、ですか」

「ええ。とは言っても、誰かが実際に見たという報告はありません。なので、あくまでも噂でしょう。魔族の統率などと言うのも、妄想にすぎません。野蛮な獣風情が、どうして我々のような知識ある人間の真似事が出来るというのか。これだから現場の人間は力もないのに、無駄に吠えると言われるのですっ」


 ……これは、人類が衰退するのは当然だと真央は彼を見て納得した。

 彼は心の底からそう信じている。あえて間違いを語り、真央が疑問を持つことを待っているのではなく。相手は野蛮で能無しと言う事を絶対的な前提として考えているのだ。

 そしてクレタの親のような、現実を知っている人間から戦死していき戦場の知識が何も受け継がれることなく消えていく。知の集積もなく、勝算をどこから引っ張り出しているのか。

 顔を真っ赤にして憤慨しているミートレのあまりに滑稽な姿に、後ろの三人も冷ややかな目線を向けているのが分かってしまう。もっとも彼にはそんな下賤の者の感情は理解できないようだが。


「……失礼、少々取り乱しました。そのように能無しどもによって人類が衰退していく中、我々は役割通り、女神さまに祈りを捧げていました。そして勇者様! あなた様が顕現されたのです! 貴方様ならば、必ずやあの憎っくき屑どもを鏖殺し、世界を救って下さるでしょう!」


 叫ぶと共にぽよんと揺れるお腹に、どうしても目が行ってしまう真央。

 だがその中で、彼には気になる話があった。勇者が世界を救うというのは真央の世界ではゲームなどでも有名な設定だが、この世界でも同じような骨格が当たり前のように存在しているらしい。


「なるほど。ところで、勇者というのは私だけなのですか? お話を聞いていると、まるで勇者が魔族を倒すことは誰もが知る所のようなのですが、その知識はどこから得たのでしょうか」

「それはですね、人間の種としての困難の際には必ず女神様が祈りに応えて救いの手を差し伸べるという言い伝えがあるからなのです。かつて大陸中の植物が枯れ、誰もが食事にありつけないようなときにはありとあらゆる作物に活力を与えることの出来る勇者サンドラ様が降臨なされました。風を操り雨嵐を起こす暴竜が現れた時には、天を裂き地を守る勇者アーサー様が召喚されました。そのように、女神さまは必ず祈りを捧げれば救いを与えてくださるのです。此度も、マオ様を召喚してくださったように。彼らはみな、様々な力を女神さまに与えてくださったと言われています。その中でも共通している力、勇者のみが扱うことの出来る女神さまの御力――それが、光の魔法と言われています」

「光の魔法、ですか」


 真央が繰り返すと、ミートレは満足そうに頷いた。


「はい。数ある魔法の中でも、光魔法だけは勇者様以外に扱える者は存在しません。故に、光の魔法は貴方様以外には誰一人として存在せず、故にその具体的な力も伝承から読み取る事しか出来ないのが現状です。ただ相当範囲が広いようで、アーサー様の光は味方さえも焦がしかねない灼熱だったと言われていますが、サンドラ様の光はまるで慈愛の太陽のように誰もに癒しと活力を与えたと言われています。故に、マオ様もマオ様だけの光を持っているのではないかと」

「そうは言われても、私は魔法なんて使ったこともないんです。それなのに、ミートレさんのように自在に何かを操るような事が出来るのでしょうか」

「ああ、それなら簡単ですよ」


 そう言って、彼は握手を求めるかのように真央へと手を差し出した。

 特に疑う事もなく、真央はそれを握り返す。すると、手のひらが接触してきた瞬間、なにか暖かいものが彼の体に流れ込んでくるかのように感じた。そして、それは元々彼の体に合った力の流れとやがて一体化していくように消えていく。


「魔法には魔力と言うものが必要でして、魔法を使う際にはそれに想像を重ねて外界へ放出するものなのです。魔力とは我らのような選ばれし者が持つ力の流動体ですが、最初からそれを意識して扱えるものはおりません。ですが一度他者が干渉すれば、そこから生じた違和感を元に魔力の流れを認識できるようになります。後は赤子が歩く術を覚えるように、魔力の流れを意識して操作できるよう練習あるのみですな。たとえ勇者様とはいえ、こればっかりは最初からできていたものはおりません」

「なるほど……」


 今まで扱ったことのない熱が真央自身の体を巡っていることが認識できる。当たり前のようで、その当たり前の事に疑問を抱いていなかった過去の自分が取っ払われたような感覚。それはまるで血流のように、心臓を中心に全身を駆け巡っている。


「いや、なんとなく感覚をつかむことが出来ました。ありがとうございます」

「いえいえ、当然の事をしたまでです。ですがその先は、私達には何も出来ません。勇者様には手探りで、自らの魔法が何をもたらすことが出来るのかを探求していただかねば。……おっと、話が逸れていましたね。では、歴史の話を続きをば」


 とはいっても、その後の話はほとんどが負け戦により人類が殺されていったという話と、それに付随する騎士や兵士の不甲斐なさにミートレが憤慨するというものだったので、真央には大して重要ではないように思えた。

 その代わりとばかりに、彼は貰いたてのおもちゃを仕様書も読まずこねくり回す子供のように、自らの体内を動く不思議な熱を持つ力――魔力へと、ミートレの話の間はずっと意識を向けていたのだった。



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