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第二話 人類の最終防衛圏



 大浴場は全体が白い大理石で構築されているという事を除けば真央のよく知っている日本のものと変わりなく、真央は全身を彼女らにくまなく磨かれた後、張られたお湯にどっぷりと浸かっていた。

 元々は疲れていなかったというのに、年頃の女性たちに全身を洗われるという事に慣れていないせいで結果的に精神的に疲弊させられていた真央であった。なんとか股間だけは頭を下げて死守させてもらったものの、それ以外の部分は薄い素材でできた彼女らの服が湿気によりピッチリと体に張り付いていたせいで、彼の眼には毒であった。

 そして風呂から上がった後は全身を拭かれた後に、これまた臭いのキツイ香水を塗りたくられ、もはや彼は限界であった。

 口から魂を吐き出しながら、彼は何とか再びピエール教皇の下へ戻るのだった。服も彼等と同じような派手さ第一のものであり、金銀宝石が縫い込んであるおかげで彼には非常に重く感じられた。


「おお勇者様、見違えましたぞ!」


 彼はこちらの姿を認めた後、どすどすと真央の下へ近寄ってくる。


「既に食事の用意は整っておりますので、どうぞお気楽になさってください。既に他の国の方々も到着しております故、挨拶などをされてはいかがでしょうか」


 近くの修道女が、真央に一枚の皿とフォークを差し出してくる。どうやら食事形式は立食らしく、いくつかのテーブルの上に並べられている大皿から好きなものを取って食べていく仕組みのようだ。

 教皇は笑いながら、真央の一歩後ろへと下がる。

 すると、それと同時に多くの人間たちが彼の下へと殺到するのだった。


「勇者様、私はエクストルの大司教を務めておりまして――」

「私はミナズキの教会で司祭として――」

「私はロキュールにて――」

「私は――」


 誰も彼もが真央の下へ集まり、その手を握り、自らを強く印象付けるためにその立場や功績をもって売り込んでくる。彼は何とか愛想笑いと共にそれらを受け流す。彼らのいう事を一々聞いていては食事にありつくことすらままならないからだ。

 これも勇者の役割なのかと辟易しながら次から次へと人を捌いていると、突然後ろから引っ張られた。

 そちらへ彼が目をやると、これまでの純白を基調とした教会の人間たちとは異なる、深紅の礼装に身を飾った妙齢の女性が俺の腰の辺りに巻かれた帯を掴んでいた。陶磁器のような染み一つない白い肌と、装いとお揃いの烈火の如き赤髪が目を引く彼女は、不機嫌そうに顔を顰めながら口を開いた。


「勇者殿。そなたはいつまで教会の豚どもにかまけて、わらわの事を無視するというのか」


 どうやらこの教会の人間たちとはあまり相性が良くないらしい。真央としても彼らとの応対は荷が重かったため、素直に彼女の方へ向き直る。一応教会の人間の中にも女性はいるのだが、高貴そうなのは全て彼女の言う通り肉団子だったので、真央にとって彼らと一夜を過ごすことは想像すらしたくなかった。

 それよりも魅力的な女性と触れ合う事の方が、真央にとっては優先度が高かった。


「これは失礼致しました。して、紅玉(ルビー)の如きお美しさを持つ貴方はどちら様なのでしょう?」

「うむ。わらわは由緒正しきイクスヴァーレ王家の最後の血統にして、その頂点に座す女王。メディナ・オーグスト・ガゼル・イクスヴァーレである。して、そなたの名は?」

「マオ・ユウギリと申します。非才の身でありますが、勇者の位を女神より授かりました。どうぞよろしくお願いします」

「マオ・ユーギリ、か。よろしい、その名は覚えたぞ」


 そうして彼女は、真央の瞳をじっと見据えた。

 一体何なのかと身を引きながら待ち構えていると、彼女は突如俺の体を再び掴んで引き寄せた。張りのある双房が押しつぶされ、互いの吐息がかかるほどの至近距離で、彼女は俺の耳元にその可憐な唇を寄せて呟いた。


「――では、待っているぞマオ。御身がいずれ、我がイクスヴァーレの下へ馳せ参じることをな」


 そして彼女は最後に、離れ際に真央の頬へそっと口を触れさせて、後はもう用はないと言わんばかりに颯爽と外へ出て行ってしまった。

 ――その別れ際にほんのりと漂うバラの香りと金属の臭いが、真央の鼻にやけに強く残っていた。


「ふん、あの行き遅れの雌狐めが。……勇者様に色目などを使いおって、まったく年を考えろと言うものでございますな」

「行き遅れ、と申されますと?」


 どういうことか近くの男性に問いかけると、彼は簡単に説明をくれた。


「イクスヴァーレでは先代、先々代とあの女の父と兄が魔物との戦いで死んでおるのですよ。他の皇室の血を引く男性も全て無くなっており、それ故に結婚以前に彼女が即位せざるを得なくなったのです。しかし王室に下の者の血を入れる訳にもいかず、結果二十歳にもなって処女のままなのです。なんとも嘆かわしい」

「なるほど、それ故に勇者の血を狙っているとおっしゃりたいんのですか?」

「その通りでございます! まったく、女神様の使命をうけた勇者様をなんだと思っているのか、汚らわしい!」


 それを公然で話すアンタらの方がよほど汚らわしいのだとは、口が裂けても言えない真央であった。

 仕方なしに彼の胸糞悪い悪口を聞いていると、続いて一人の男性が歩み寄ってきた。立派なカイゼル髭を生やしたご老体である。ちなみにこちらは先ほどのメディナ女王とは違い、ビロードのマントをたなびかし、ゆっさりと勲章の乗った腹を揺らす見事な肥満体だ。年齢を考えるに、糖尿病一直線に違いないと真央は感想を抱いた。


「ふぉふぉふぉ、初めましてですな勇者殿。余はアルバート・クレッセルと申します。人類最後の生存圏である三国の最後、クレッセル帝国を治めておりますぞ」

「これはどうも。勇者として選ばれた、マオ・ユウギリと申します」

「ではマオ様、先ほどの年増はともかくとして、こちらはどうでしょう」


 そう言って彼はいきなり、自分の横に立っていたもう一つの肉塊を前面に押し出した。


「ぶひっ、カレン・クレッセルでしゅ。勇者様、どうずぉよろしくお願いじますぅー」


 彼女、と呼ぶには議論の余地が残るそれはいきなり真央の体に飛び込んで抱き着いてくる。加えてその体を服の上からぐりぐりと押し付けてくる。正直真央はそれだけで死にたくなってきたのだが、流石に女性を突き飛ばすわけにもいかず彼は両手を上げて降参の意志を示していた。加えて、どうにかしてくれと周囲の人間に視線で訴えかけるのも忘れずに。

 しかし恐らく父親である目の前のアルバートはただ笑っているだけで何もしない。代わりに他の教会の人間が彼女を引き離そうとするが、やけに力強くしがみついているせいでなかなか剥がれない。


「これは……仕方がありませんね」


 そう言って、ここまで黙っていたピエール教皇が彼女へ手をかざす。

 すると、彼の手のひらから水が突如湧き出し、それが巨大な手の形をとって彼女の腕をゆっくりと真央の体から引きはがした。

 これが魔法か、と真央が感動している内にも彼女は魔法に抵抗しようと顔を真っ赤にして腕に力を入れていた。しかし、そのせいで勢いよく離れたため、彼女はバランスを崩して近くのテーブルなどをなぎ倒しながら、ゴム毬のように転がっていってしまった。


「こ、これはお見苦しい所をお見せしました! カレン、大丈夫か!?」


 アルバートも慌てて娘の後を追い、真央の下から離れていった。


「……これではもはや、食事にはなりませんな。勇者様は一度部屋へお戻りください。改めて食事を運ばせますので。その後に、先ほどの様子を見る限り勇者様はこの世界の情勢をお知りにならないご様子なため、そちらを説明いたします」


 呆れと愉悦を半分ずつ混ぜた顔で、ピエールは真央の下を離れていった。

 聖職者としては疑わしき態度だ。しかし、その極度に膨張しただらしのない肉体を見る限り、彼は実に外見と調和した性格をしていると考えられる。


「……では、こちらへどうぞ」


 真央にはどうすることも出来ず、再び三人の女性たちに従って食堂から離れるのだった。



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