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「どうしてですか!」
手紙を書いた翌日。私は王妃様にお姉様を王宮に呼んで、王妃教育を手伝ってもらいたい旨を伝えた。すると、王妃様は春の陽だまりのような笑みで、「ダメです」と言った。理解できない。あんなに良い笑顔で「ダメ」って言う?言わないでしょう。しかも、どうしてダメなの。
私は王妃様の意地の悪さにめげそうになった。そういった意味でもお姉様には支えて欲しいのだ。王妃様も私よりもお姉様のことが気に入っているみたいだし、いいじゃない。
「どうしても何も。エマは王妃にはならないもの。王宮へ来る必要はないわ」
「でも、お姉様は今まで王妃教育を受けていたんですよね」
「ええ。残念ながら無駄になってしまったけれど」
「だったら」
私の言葉を遮るように王妃様は口を開く。
「この程度、一人でこなせないようなら王妃にはなれないわ。それに、あなたちょっと、無神経ではないかしら」
無神経?初めて言われた。どうして、お姉様に手伝ってもらうことが無神経になるのだろう。
「意味が分からないって顔をしているわね」
相変わらず王妃様は人の心を読むのが上手い。
「あなたは何でも顔に出し過ぎよ。貴族なら笑顔で本心を隠し、笑って虚言を吐けるようにならなくては」
「嘘をつくなんて。悪いことです」
「そうね。でも、自分を守るための武器よ」
「嘘でしか己を守れないなんて空しいだけです」
「なら平民に戻って、平民として暮らしなさい。今のあなたでは王妃以前に貴族としても生きてはいけないわよ。なんなら、あなたにぴったりの旦那様を紹介しましょうか?辺境故、王都に来るのは難しくなるでしょうけど。とても立派な男爵よ」
にっこりと微笑む王妃様。私は開いた口が塞がらなかった。
「私はカール様の婚約者です!それを他所に嫁げなんて、あんまりです」
王妃様に怒鳴ってはいけないと分かっている。でもあまりにも理不尽すぎるので私はつい、声を荒げてしまった。それに、こういうのに身分何て関係ない。間違えていることは間違えていると言わないといけないのだ。
「あら、まだ婚約者でしょう。結婚前に破棄になることなんてよくあることですわよ。つい最近もあなたの身近でありましたしね。よもや、その者に恋敵の手伝いをさせようとは。私は人から褒められるような性格はしていませんが、あなたもなかなかいい性格をしていますわね」
目くじらをたてて怒る私とは裏腹に王妃様は終始、笑顔を保っている。余裕のある王妃様の笑みはまるで元平民の私を馬鹿にしているように感じられて、私は悲しくなった。
どうして貴族は身分しかみないのだろうか。身分で全てが決まるなんて間違っているわ。
「私の気持ちを分かってくれるのはお姉様だけです」
泣きたくはなかった。でも、我慢しようとすればするほど、目に涙が溜まる。私は泣いてしまう前に席を立った。
「どこへ行くの?今日の分の授業はまだ終わっていませんよ」
「今日は体調が悪いのでお休みにさせていただきます。失礼します」
私は王妃様に止められる前に駆け足で部屋を出て行った。
◇◇◇
「あらあら、はしたない」
王妃は走って出て行くという淑女にはあるまじき行為をするマリアナにため息をもらす。前途多難だ。
「彼女は身分が全てではないと言うけど、何も気づいていないのね。元平民である自分こそが誰よりも身分に守られていることに」
昨日も今日も王妃教育はしていない。
王妃とて暇ではない。もし、明日も続くようなら早々に新しい王妃候補を探そうと王妃は決めていた。




